第22話 戦わないためには戦うんだよ


 最初に動いたのは、シータである。自分の隊と、第2小隊を連れて行った。


 これは顔見せだけだが、敵が既に罠を張っていたら危機に陥ることがある。ひいき目無しに、能力は適任だった。


 ただし、危険な賭けをする局面に義理の兄を出すのはためらわれるのは正直な所。


 でも、今回、一番のバクチの部分だから、ここでシータを出さないと、他の隊に対して申し開きができないっていうのが第二の理由。


 そして、第三の理由は……


「あの子は、昔からカンとウンは抜群ですからね。もしも罠があったら、逃げてくるでしょう」

「そうあってほしいです。あ、いや、罠がないのが一番ですが」


 我々は、昨日のウチに上流に戻って高地側へと川を渡っていた。そして、おもむろに全軍で下流へと移動を開始し、明らかに見下ろせる場所に野営地を築いたのである。


 当然、通常の野営に見せかけている。その実、ベースキャンプを構えて以来、粛粛と作り上げてきた馬防柵を影に仕掛けておいたが、とりあえず夜の襲撃は無し。


 もしも、朝の時点で敵が気付いているなら、遠く離れた戦闘部隊への連絡を出しているはずだ。あるいは狼煙や鳥などだろう。


 北方遊牧民族がどんな連絡手段を使っているのか、誰も知らないため、あらゆるケースを想定して見張らせている。今のところ高地側から何かが出たという知らせは入ってない。


 そのため、現時点で考えられるのは二つ。


 一つは、とっくにこちらを発見していて、先遣部隊を罠に掛けようと手ぐすね引いて待っているケース。


 もう一つは、あまりにもこちらに都合の良い想定だが、朝一番の我々に気付いて、今ごろ大慌てで対策を考えているケース。あわよくば「見落とされることを期待して、息を潜めて見張っていよう」という甘い考えを持ってくれると良いのだけれど。


 シータを送り出して2時間。


 彼らには、想定される罠がないのを確認するために、あっちに寄って、こっちを通り、ここの林を通り抜け、なので時間がかかる。


 しかし、見渡す範囲に戦闘が起きる気配も、馬群が走り始める土煙も見えてなかった。


「これはイケそうですね」


 マジかよ。連中、ホントにこっちに気付いてなかったんだ。なんてラッキー。ただし、まだ安心できるところではない。


「このまま、いって欲しいよ、マジで」

「では、次で?」

「はい。良いでしょう。出しちゃってください」


 オレの指示を受けると、たちまち剣呑な表情になった痩身の男が「わかりました」と応じる。


 そのまま立ちがあがあると、シャキーンと振り上げた剣を天に伸ばして号令する。


「時は満ちた! 我らはターゲット! 皇帝の御前にての初陣なり。皆の者! 命を捨てよ!」

「おぉおおおお!」


 ここで騎馬は全軍出動。それにしても「無駄に剣を振り上げての号令」って何? なぁんて前世のオレなら突っ込むところ。


 しかし、槍と剣の世界では「士気を鼓舞」というのは、戦力を倍に、はちょっとオーバーかな? ともかく、確実に5割増ししてくれる便利な力だから、武将というのは常に意識をするもんなんだよ。


 ホントは、オレだって陣太鼓の一つや二つ持ってきたかったくらいなんだから。


 太鼓一つで、戦力が3割増えるっていったら、そりゃ誰だってヤるでしょう。


 今までは川沿いをノンビリと進軍していた姿だったのに、ここで方向転換するなり、凄まじい勢いでの「全軍」突撃だ。


 もしも、こちらに気付いたのが今日だったなら、向こうは、大慌てのはずだ。


 そして、同時に、予め決めておいた通りの方向で、シータ達は散り散りになっていく。もちろん、向こうも見えているはずだけど、去って行く少数部隊よりも「怒濤の突撃」を見せる400の突撃は、脅威に見えるはずだ。


 敵は想定で1万以上。しかし、そのうち、戦闘要員は上を見ても千人もいれば、というあたり。あらゆる情報を集めたけど、敵本体のキャンプなんて見たことのある人は、超超レアなんで、全ては想像の範囲だ。


 まあ、本体のキャンプは連中の家族が中心だから、そんなモノだろうというのが推測だ。


 別枠で戦闘用に飼っている奴隷として、捕虜達が数千もいるはずだ。しかし、本体のキャンプで彼らを自由に戦わせることは絶対にない。


 なぜなら、一か八かで、あるいはヤケになって暴れられたら、そっちに手を焼くことになるからだ。


「まあ、こうなると、そうだよね」


 オレの目にとまったのは、ワラワラと高地への登り口に現れた数百騎。一方で、高地の上では人の気配が、ものすごい勢いで動き回っている。


 つまりは、我々と同数程度の戦力があって、戦う意志は見せるけど、それは見せかけだけ。


 本体が逃げの一手を打つまでの時間稼ぎが目的というわけだ。


 これは敵からすると当然のこと。


 今見えている敵が全て、とは限らないからだ。むしろ開戦するやいなや「全軍」で突撃してくるバカは普通、いない。


 はーい、馬鹿が、ここにいまーす。


 まあ、一応歩兵は残っているけどさ。


 どんなヘボ指揮官でも400規模の敵騎馬隊が先鋒で来るなら、最低でも5千の軍勢が隠れていると考えるのが普通だよ。


 夏場にキッチンで見かける「あれ」だと、1匹見かけたら30匹だそうだけど、戦場で突撃してくる先鋒は、本軍の一割程度なのが常識なんだよ。


 しかも連中は、その敵を発見できず、歩兵らしき(オレ達のことね)部隊が見え始めている。


 何をどう間違えようと、ここで敵が取るべき常識的な戦法は、小当たりしての時間稼ぎをして、本体を逃がすことに尽きるんだよ。


 敵との距離が適度に詰まったところで、今度は全軍が左ターン。


 右に残った敵の騎馬隊は、それを追いかけるべきか、敵の本軍を待つべきか迷うところ。


 やっぱり、見送りだ。


「ま、敵さんは逃げる時間を稼ぐのがお仕事だから、それが正解だよ」


 思わず上から目線になっちゃうけど、ここまで、あまりにも予定通りに進むと、どうしてもそうなるのは、ご勘弁だ。


 そして、ごく少数の追跡部隊が、ブチッと千切れるようにして突出してくるところまで再現してくれちゃってるよ。


 想定通り。


 もちろん、敵の大部分は残って警戒態勢だ。それが普通だよね。本体がいる高地への登り口を押さえている以上、自分達が動いたらどうなるのか、火を見るよりも明らかだもん。


 相手からしたら、こっちの行動は「高地への入り口を開けさせるための陽動作戦」と思うのが普通だ。


 どこの世界にも跳ねっ返りがいる。


 プチッと出てきた連中は、恐らく、そういう向こうっ気の強い集団だ。


 よくいるよね。なんかの理由でベテラン指揮官の言うことを聞かずに、敵を追いかけちゃうヤツ。


 さて、ここまでは見事に「一番甘い想定」通りに来ちゃった。


 当然、追いかけてくる連中は想定通り。さ、ここからも想定通りで頼んます。


 騎射は北方遊牧民族のお家芸だ。射程ギリギリの所まで追いついてきているし、さて、見せ場だよ、みんな!


 突然、後ろ半分が大きなカーブで退避行動。馬の速度と弓矢の速度が合成されるはずが、横撃の形では勢いが削がれる。


 そして、連中には今回の秘密兵器が使われている。


 ふふふ、跳ね返してる、跳ね返してる。


 彼らは「馬を大事にする民族」特有の価値観で、近距離からの馬上弓は、必ず人を狙うんだ。重装騎兵でもない限り、通常の騎馬隊の着けている鎧は、重量の関係で全てを覆うわけにはいかないから、ちゃんと効果があるものだ。


 逆に遊牧民族は軽装騎兵に相当する。機動力重視で皮の胸当てくらいしか付けないくらいだもん。


「秘密兵器は、超々ジュラルミンってね」


 見事な腕前で狙われた後部の部隊は、軽量の超々ジュラルミンを使った鎧を着用中。


 秘密兵器は、しっかりと矢を弾いている。


 弓部隊の矢ならともかく、矢尻に動物の骨や角を使うような半弓のものなら、超々ジュラルミンの軽い鎧で十分なんだよ。


 そして、十分に引きつけた敵は取り囲んでしまえば、アウトさ。


 言っているそばから、取り囲んでボコボコにしている光景だ。


 もちろん、深追い禁止は厳命してある。


 十騎ほどの「鼻っ柱の強い連中」は半分ほどを討ち取られて、逃げ帰っていた。


 さて、第1ゲームは、想定通りの完勝だ。


 ここから第2ゲームだよ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

気を持たせてしまってすみません。

ちょっと、調べ物に想定以上に時間が掛かってしまいました。

確か第2章で「馬上用のアルミを使った盾」の話が出ていたと思います。やっと、ここで鎧という形で出せました。遊牧民族の戦闘の脅威は、縦横無尽な騎馬技術と、半弓を使った騎射の技術です。逆に、それを奪ってしまうと、実はそれほどでもないという面があります。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

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