第21話 ぎ ふ と

 偵察隊を送り出した後の行軍中は、ヒマさえあれば義父と語り合っていた。


 初めて会ったとはいえ実家の話は聞いていたから、ニアが自分で言うよりも溺愛されていたのは、想像通りだった。


「ビィーは、小さいときから頭のよい子だったみたいですね」

「えぇ。あの子が男の子だったら、我が家の内向きのことは全部任せていたでしょう」


 飛んでいる鳥すら射落としそうな鋭い眼光を持った、抜き身の刀身のごとき殺気を放つ痩せたオッサンが、娘の話をするときだけやに下がるのである。


 この切り替えが、いっそ見事すぎて楽しい。


 なお、ショウからすると、どう考えてもアブネー親父にしか見えないのに、かなり最初からアテナは反応しなかった。どうやら、パールは娘可愛さのあまり「娘婿」を溺愛の対象の中に入れてしまったらしいのだ。


 こういう相手の「ショウに対する忠誠度」を見極めるのは、アテナの得意中の得意である。


 ショウは微かに、前世でジイちゃんが飼っていた柴犬をおぼろげに思いだしていた。名前をどうしても思い出せないが、ただ、ジイちゃんが何をするでもなく座っていると、その横にいるだけで上機嫌だった姿が頭に浮かんでいる。


 まさに、前世は柴犬だったのではないかと思えるほど、ショウの側にいるだけで嬉しそうなパールだ。


「いやあ、あのビィーが、そのようにお役に立てる日が来るとは」


 ゴールズの事務官のまとめ役として、今も館の中で活躍しているはずだ。そんな話は何度もしてきた。


 活躍している娘のことを聞くのも嬉しそうだが、その場を与えてくれたショウへの感謝が溢れている。


 高位貴族が第一夫人の妻妃に、外向けの仕事をさせるのは極めて珍しいため、国政の中心で男達の上に立つ仕事を任されているというのは、非常に名誉なことなのだ。しかも、ご懐妊の話は既に伝えてある。


 パールからしたら、娘を重用してくれる上に、愛情も注いで孫までこしらえてくれる夫だ。しかも、ショウがニアの仕事ぶりを正確に評価しているのは、話をしていればすぐ分かる。


 だから、ショウは娘の夫として最高の存在であるとさえ思ってしまった。


 こうなるとパールは「裏切る」側に回ることはない。むしろ、愛する娘のためには、自分の命をかけてでもショウを守ろうとするだろう。


 その気持ちはショウも感じたし、パール自身も「娘のために、あなた様を命がけでお護りさせていただきます」と言葉にしていた。


「最後までショウ様をお守りできたら、ぜひとも、自慢話をまg…… 娘にしなくてはなりませんな」


 孫の話は最高機密なのであるが、もはや「ジイジ」の顔になったオッサンにとっては、命がけの忠誠を尽くす相手としてのめり込んでいるのである。

 

 それにしても、とショウは思う。


『その発言って、思いっきりフラグになっちゃってるけど、この世界だと、大丈夫だよね?』


 前世の日本のアニメも、ラノベも「この戦いが終わったら」と喋った男は、ことごとく戦死しているだけに、少々顔が引き攣ってしまうのだ。ここで義父に死なれると、ニアにお詫びのしようがないではないか。


「ところで、都ではニビリティアのことを、私はニアと呼んでいるんです」

 

 とりあえず、話題を変えるショウである。

 

「なるほど。良い呼び方ですな。父親としては、馬の側で泣いていた幼い娘の姿がチラついて、ビィーとしか呼べないのは申し訳ないのですが」

「いえいえ、家族には歴史があるものです。ご家族がビィーと呼ぶのも一つの愛情です。ただ、私がニアと呼ぶのをお認めいただければ、というだけのこと」

「もちろんです。むしろ、嫁いだ後の娘を、夫が自分だけの愛称で呼んでくださるというのは、とても麗しいことですな」


 ショウが、そんなことを話題にしたのは理由がある。


 家族から、ニビリティアが「ビィー」と呼ばれていることは、以前、オメガから聞いていたし、父親と喋るときに呼び方を相手の家族に寄せるのは、ショウなりの配慮である。


 しかし、もう一つの前戦であるボンにはドーンがいる。彼が「妻」を呼ぶ時も「ビー」と呼んでいるのは承知しているだけに、こちらにも配慮が必要だと思ったのだ。


 ラノベの「好きな人を取り合う系」で誤解の場面は、ちょっとした呼び方から発生してしまうのはありがちなこと。こういうちょっとした誤解が、戦場では思ってもみない裏切りを誘うことがあるのだ。


 もしも、ショウが「ビーと呼ぶ女性が皇都で待っていると誰かに言っていた」というウワサをドーンが小耳に挟んだら……


 その一つだけで、何がどうなるわけでもないが、誤解の元になることは、できる限り排除するのが当然のことなのである。


 だから、こうやって義父とサシで話をするときだけの気遣いが必要になるが、やはり妻を溺愛してきた父親と話すのは楽しい。


 子どもの時から優秀であったニアの話は、何を聞くに付けても楽しすぎた。一つひとつの話を、あれもこれも帰ったらネタにしてあげようと思ってしまうショウだが、目だけは常に、木々の間から覗いて見える遙かなる高地を見つめていた。


 インディー川が浸食作用で作り出した壁のような細い尾根。緑に隠れながら通り抜けると、左側の盆地の一部が、少しだけ高くなっている場所があった。


『ここなら、周囲が氾濫しても水は来ないんだろうな』


 周囲にはない老木が何本も見えるということも、ベース基地の場所として好材料だ。


『合わせて、この谷沿いと、緑に包まれた尾根沿いとで、連絡員が見つかりにくい』


 そこまで判断してから指を伸ばす。


「あのあたりにベースキャンプを作ってください」

「わかりました」


 命じられたパールは納得の様子で基地作りの命令を出した。実戦経験の豊富なパールのお眼鏡にかなった場所なのだろう。ここにベースキャンプを作るにあたり、一切の疑問も不満も見られなかった。


『それにしても、子爵家当主とは思えないほどに慣れている』


 基地作りに必要なことが頭に入っているのだろう。テキパキと複数の部下を同時につかって宿営地を効率よく作らせていく。つまりは、それだけ戦場経験が長いということ。


 子爵家当主自ら前戦に立っていると言うことは、やはり西部の環境は厳しいのである。


 ひとわたり縄張 ※が終わって、パールが戻ってきた。


「場所の秘匿には十分ですが、念のため、あっちの出入りは気を付けるようにお願いします」

「わかった」

「それ以外の場所は、奥から木を持ってくれば、十分に隠蔽できます」

 

 敵に発見されないことは重要だ。慎重にも慎重でなくてはならない。パールがこうも用心深いのは、こちらの規模が小さいからだ。


 20隊・500人のうちの半分を索敵に出している。


 もしも今、敵の戦闘部隊に見つかれば、タダではすまないのだ。相手が騎馬の名手揃いである以上、逃げ切れる可能性も低い。


 しかし、それは承知の上だ。何事にもリスクは付きものなのである。


 そして、シュメルガーの影が届けてくれた手紙によれば、ボンに残留したベイクは、西部方面の国軍歩兵を既に送り出したとのこと。相変わらず仕事が速い。というよりも、ショウのしたいことを先読みして仕事をしているとしか思えないほどだ。


 ベイクが暗号で指定してきた、こちらの出迎えとの予定邂逅地点も、ほぼ、ショウの動きを予想していたとしか思えないほど、こちらに都合の良い場所だった。


『ホント、この仕事ぶりって、マジで予言者レベルだよな。ここまで先読みして仕事ができるんだから、全く羨ましい能力だぜ』


 普段、他人から自分がそう思われていることを知らないショウであった。


「ともかく、ここで、捜索部隊の帰還と、歩兵の合流を待ちます。その間に、少数による前方高地の監視を全力でやっていきましょう。あくまでもカンですが、あそこが本命って感じですからね」

「わかりました。いや~ さすがですね。これだったら、最初から、捜索部隊など必要なかったのでは?」


 パールは本気で、そう言っていたが、ショウからしたらとんでもないのだ。自分の読みが当たる確率なんて半分もないのだからと、本気で「めっそうもない。当たる確率なんて半分もなかったんですよ」とパールの言葉を否定した、


 だが、ショウは知らなかった。


 歴史上、遊牧民族の根拠地となるキャンプを、そのつもりで探して見つけた例は皆無。まして、地図上で「あたり」を付けた司令官など皆無という前に、そもそも、そんなことが可能だと考えた者などいないのだ。


 まして、それを50パーセントの確率で当ててみせるなど、神の如き知謀にしか思えない、というのが普通の人間が持つ感想なのである。


 パールにとっては、目の前の少年は「皇帝」という偉人である前に、誰よりも深く先読みをする知謀を見せつける司令官なのであった。


『我が娘ムコ殿は、我が国始まって以来の知謀を見せる方か。さすがビィーが惚れ込んだお人だけはある。ますます素晴らしいですぞ!』


 ショウの知らないうちに、また一人「ショウのためなら命も」というオッサンが誕生していたのであった。


 そして……


 秘密キャンプに少しずつ戻ってきた偵察隊と、西部方面の国軍歩兵が合流したのは6月に入ってからであった。なお、ヒミツキャンプで待つ面々は、時間を有効活用するために、日々、魚釣りのロッドを振り回していたのである。


 全員が、ロッドの扱いに習熟した頃に、ようやく偵察隊の一部が移動した痕跡を見つけ、それがこちらに移動してきたのだろうという報告までしてくれた。


 高地に北方遊牧民族のキャンプがあることは、確定だった。


 全てのコマが揃ったのである。


 いよいよ、明日から、本格的な作戦に入ることになる。


 各中隊長や、やたらとデカい歩兵の指揮官(ガーネット家の分家であるギーガス・ロード=ギリアス )を招集し、作戦会議を開いたのである。


 ショウは開口一番、宣言した。


「明日から、戦わないのが我々の戦いです!」


 迦楼羅隊なら「またまた、親分は何を言い出したんだ」とニヤけたヤジの一つも飛ぶところだろうが、生憎と今回の指揮官達は「ショウ流」には慣れてない。


 会戦を翌日に控えた作戦会議で、およそ指揮官が言うべきセリフではない宣言だ。


 一同はシーンとなってしまったのである。


『あ~ ちょっと、ウケ狙いし過ぎちゃったかなぁ~』


 心の中でオロオロして「誰か早く反応してよ!」と願いつつ、顔だけで笑って見せられるようになった自分を、ショウは誉めていたのである。


縄張り:城や基地などの大規模な建築をする際に、あらかじめ、ここには何を建てる、ここには道をという位置を決めておくために、地面に縄を張って場所を示す作業のこと。ヤの付く自由業の方々の「ある者の勢力範囲」という意味は、ここから生まれている。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 気を持たせてすみません。ただ、敵の本体のキャンプの中心は敵の家族達。すなわち女子どもです。これを虐殺するのはショウ君らしくないって言うのもある上に、そんなことをしでかすと、相手の怒りを必要以上にあおる結果となるわけです。

 実は、機動力のある遊牧民族の本体を狙ったのは、ということを、明日は喋ってくれるはずです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 




 


 


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