第20話 ロプノールを知っているかい?

 ショウ達は山岳地帯を越え、西部小領主地帯を抜けるところだった。


 北側にある小領主達は、すでに民を連れて避難済みだけに、日本で言えば九州と四国を合わせた広さの無人地帯が横たわっていることになる。


 その上で、ハーバル家をはじめとして、伯爵や子爵家が同盟を組んで「防波堤」となることで、南に避難した民を救っていたのだ。


 国がいち早く警告し、主な貴族達が総力を上げて民を救う。


 貴族制の社会においては最も理想的な姿だ。


 一方で、ローディングの傷跡も濃いアマンダ王国では、そうやって組織的な抵抗を見せることは不可能だった。


 北方遊牧民族にとっては「領土」など全く興味はないので、獲物が少ないサスティナブル王国側に侵入するよりも、獲物だらけのアマンダ王国の土地に侵入する部族が圧倒的だった。


 そのあたりのことを思いながら、西部小領主地帯を西進するショウ達に「不幸中の幸いであったな」とつくづく思わせるのだ。


 放棄した家や田畑は荒れ、立て直すのにも時間は掛かるだろうが、ともかく、民が無事ならやり直せる。


 そして、ショウ達一行は、西部では大河の一つとして知られるインディー川に沿って進んだのである。山岳地帯の激流を集めた中流域は、水量は豊かで、流れも速かった。


 ショウは、何事かを考えながら、その流れを見つめつつ、いささか足を速めたのであった。


・・・・・・・・・・・


「結局、ショウ様の作戦は仕上がったのですか?」


 シータは、今日もこの質問を繰り返した。明日はいよいよ、アマンダ国との国境を越えるところまで来た。そろそろ、方針が知りたかった。


 いつもなら「まだまだ、だね」と微笑みを浮かべて誤魔化すところを「あぁ。決まったよ」とあっさりと言われて、逆に驚いている。


 見つめるシータに、肩をすくめて見せるショウ。


「ヒントはね、やっぱり彼らの話にあったんだよ」 


 繰り返し聞いた「手柄話」には、いろいろな話が合ったのは事実だ。その大半が、偶然彼らの痕跡に気付いて近づけた結果として、これこれの結果を残したというパターンに落ち着いている。


 しかし、いくつもの話を繰り返されるうちに、実は「敵と出会う前」に共通点があることに気付いたと言うのだ。


「あのね、わりと西部の人には信じられているみたいだけど『北方遊牧民族に補給はいらない』ってヤツ。あれは多分、間違っていると思うよ」

「え? いや、彼らに補給部隊なんてありませんよ」

「ふふふ。補給が必要ないっていうのを正確に言えば『北方遊牧民族の戦闘部隊には必要ない』ってなるんだよ」


 そんなショウの言葉にシータは首を捻った。


「戦闘部隊? 連中は全員が戦士ですよ」

「いいえ。彼らは一族全員を連れて歩くからこその遊牧民族なんです。まあ、戦闘に向かうのは戦士達だけでしょうけどね」

「だとしたら、同じ事では?」


 シータには笑顔を見せる皇帝が何を考えているのか今ひとつ掴めない。といっても、相手は若き英雄として知られている人物だ。自分よりも年が若いからと言う理由だけで小馬鹿にできるほどシータの頭は硬くなかった。


 なんと言っても、自分達があれほど苦労したローディングなる事態に対応できたのは、目の前の少年の鬼謀によるものだというのは、西部一帯の情報を握るハーバル家にとっては既に常識。まして、あの宿敵・アマンダ王国を少数の部隊で降伏に追い込んだ天才ぶりは、心底、尊敬に値すると考えていたのだ。


 軍事は若き天才が全てを変えることがある、ということは直感的に理解できたのだ。


 だからこそ「その先」を解説して欲しいと望む顔になった。


 しかし、直接答える前にショウはにこやかに尋ねてきた。


「この戦いで一番、難しいことは何だと思う?」


 少しだけ考えてから「相手の現在地を把握することでしょうね」と答えると、どうやら、それで満足をしたらしい。


「シータだったら相手の位置をどう掴もうとする?」

「襲われた街を探して、そこから捜索の円を広げていくと思います」


 実際問題として、それくらいしか方法がないが、現実には襲われた街を見つけた時には遅すぎることが多くて役に立たないことが多い。


「おそらくなんだけど、連中を追いかけるって言うのは、襲ってきた連中、つまり戦闘部隊を追いかけることになるよね?」

「それは当然でしょうな。襲ってきた連中を追う。普通のことです」

「ふふっ。それが間違いだったと思うんだ」

「え?」


 驚くシータに、ニヤリとするショウだ。


「ついに、みぃーつけたって感じかな。攻略方法が分かったよ」

「攻略する方法がわかったんですか? でも、見つける方法が分からないんじゃ?」


 すぐ後ろを行く副官のパールに聞くまでもなく、補給を必要としない敵を見つけることは困難である。

 

「さて、これから我々は敵を探しますよ。といっても、既に始めていますけどね」

「そう言えば、あのオッサン達が朝から見えませんね」

 

 今朝、一番でどこぞへ向かったらしい。


「ええ。旧ロウヒー家騎士団だった方々は、このあたりに土地勘があります。それぞれ単独で捜索に出て行ってもらいましたが、みなさんは違いますので」


 そこまで言ってから、ショウは「さあ、みなさんを呼んでください。いよいよ始めますからね」と笑顔で言ったのである。


 ショウの頭の中に19世紀末に存在したスウェーデンの地理学者・中央アジア探検家であったスヴェン・ヘディンのことがあったのは、秘密であった。


・・・・・・・・・・・


「ということなので、各小隊に分かれていただき、北方遊牧民族の本体を探していただきます」


 元スコット家、カルビン家の騎士達だけでなく、シータをはじめとする西部の男達も首を捻った。


「本体というのは、いったい何ですかな?」


 一同の疑問を代表するように、パールがそう尋ねたのはある意味「副官」として当然の義務である。


「本体とは、戦闘部隊となって我々の街を襲ってくる連中の家族がいる集団です。そこには、妻や子、そして、まだ育ち切ってない馬や羊たちがいます。また、都市攻略用の捕虜達もそこに囚われている可能性が高いです」

「ショウ様、お言葉ですが、確かに敵の家族集団がいるキャンプを探そうとしたことは我々にもあります。しかし、偶然以外の確率で見つけられたことはありません」


 敵も、そこがウィークポイントだと分かっている。巧妙に隠しているのだろう。過去にも、偶然出会ったケース以外に見つけたことはなかったのが現実だ。


 しかも探すべき土地は広大だった。その「どこか」に隠れている相手を探すのは難しい。日本で言えば関東平野並みの広さの場所に、数千人規模の集団を見つけろというミッションだ。かなり、いや、相当に困難がある


 これを「縮め」て考えると、公園の砂場に解き放たれたアリが、どこかに落ちている饅頭を見つける確率、というほどに難しいのと同じだ。空から探すなら別であろうが、地べたを歩き回る「二次元」の中では、どんなに頑張っても、偶然以上の確率では不可能になる。


「それは闇雲に探せばそうなりますが、おそらく、5隊出せば半月で見つかると思いますよ」

「まさか」

「少しだけ先に、話をしますけど、以前、不思議だって思ったことがありました。ブロック男爵のところに遊牧民族の一隊が襲ってきたんですが、彼らはカマやナベを求めていた。あの時は、そんなものかと思ったんですが、書物を読むと違和感ばかりが残ったんです」

「どういうことでしょう?」

「彼らは、家畜の胃袋を使って煮炊きもできるし、革袋を使ってチーズも作る。それなら、なんで重い鉄のナベを欲しがるんだろうって」


 パールは「あっ!」と思った。確かに、街を襲った遊牧民が家財道具を持っていくことは珍しいことではなかった。絵や美術品には興味を示さないくせに、台所の道具を洗いざらい持っていくのは珍しいことではないのだ。


「それに、大量の馬や羊に必要なものって何です? もちろん、飼料は必要ですが、もっともっと必要なのは水なんです。それも大量に。となると水を補給できる場所じゃないと本体はキャンプするのが難しい。そして、連中が井戸を掘るなんて文献にはどこにも書いて無かった。だから、彼らの本体がいるキャンプはある程度の定住性を持っているに違いないんです。けれどもずっとそこにいれば羊たちが食べる草がなくなるから移動する。となると、彼らを探すなら大量の水が存在する場所をある程度辿る形になるってわけです」


 この瞬間、パールをはじめとする元ハーバル家の男達は口をあんぐりと開いたままだったのである。


「というわけで、みなさんには、インディー川から派生する支流を中心に、水場を探索していただきます。ただし、おそらく、川のすぐ側ではなくて、そこから少し小高くなった地形に隠れているはず。だから本体を見つけなくても良いです。川沿いで家畜に踏み荒らされた跡のある土地を見つけてください。そこが見つかって、初めて我々も勝負できますので」


「「「「「はい!」」」」」


 全員が、一斉に返事をする勢いに、少々ビビリながらも『やっぱり、ここは「おう!」にした方が、馴染みやすいかなぁ』と思ってしまうショウだった。


 かくして、ショウによる対北方遊牧民族作戦は、敵本体の索敵からが始まったのである。




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作者より

モンゴルの遊牧民族も、もともとは川の流れや湧き水による泉などとキャンプの位置が相関していましたし、中国の砂漠地帯にいた遊牧民も、水場の移動と共に国の場所そのものを変えています。ショウの頭の片隅には「さまよえる湖」として有名なロプノールがあったのは確かです。

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