第19話 ターゲット・オープン

 話は3月中旬まで戻る。


 ソロモン領都・ボン


 騎士団の問題が一段落すると、政治向けの業務を素早くベイクとドーンに丸投げした。


 とにかくこれは面倒ごとの塊だった。


 元ロウヒー侯爵家傘下の子貴族達に片っ端から手紙を書き、呼び出して、その帰属を明らかにさせる業務が最優先。もちろん、呼び出された貴族達は、ここを先途と他家との争い事の解決を願い、自分に都合の良いことばかりを捲し立てるのが普通だ。


 ハッキリ言えば、面倒ばかりで益は小さい。けれども、ここをおざなりにすれば「新しき革袋」に入れるべき水が、入る前から腐りかねないから厄介なのだ。


 おまけに、逃げた人材を呼び戻し、あっちこちの町や村を正常化させることは同時に進行させねばならない。


 また、すでにチョロチョロしている北方遊牧民族の小さな部族とのいざこざも牽制する必要がある。


 これらを上手く回すために、身体がいくつあっても足りないところだ。ハッキリ言えば、邸のメイドレベルの問題など構っていられるはずがなく、以前の人員をそのまま雇用するのが一番簡単だった。


 現代日本で言えば「従業員ごと居抜きで買い取るラーメン屋の開業」みたいなものである。簡単に見えて細かいところで齟齬の出ないところはないのだ。


 そこから、思い切りよく手を引いたのは、一刻も早く戦える戦力を作る為だった。


 ベイクとドーンからの恨みがましい視線は、ゴリゴリとショウの心情を削ったが、こちらも差し迫っていたのだ。


 たった一つだけ「プラス」に働いたのは、なんとニアの父上に会えたことだった。


 当年39歳の痩せ過ぎなほどに痩せた、しかし骨がそのままバネになっているような身のこなしをするのがパール・タック=ニルベンガー子爵だ。


 ショウが来ていることを知って、わざわざ会いに来てくれたのだという。


 嫡男であるオメガと次男のシータ、そして150騎の護衛を連れてショウの到着に合わせるようにやってきたのだ。


 情報伝達の遅い西部において、これはなかなかできない事である。しかも跡取りと次男を連れているというのは、この情勢下においては最大の敬意を示すことになる。


 これはハーバル家の情報網が西部地区においては凄まじい能力を持っている表れであった。


 しかも、連れてきている150騎は、まさに当主と息子達の護衛に付くにはぴったしの精鋭であった。身のこなし、馬のあしらい、ともに様になっていた。


 ショウは、義理父との思ってもみない邂逅に狂喜したのだ。


 貴族式の挨拶はミニマムにしたのは、義理父の性格とショウの配慮がフィットしたこともあったが、戦地で長々しい口上は不要という切迫感もあったのだろう。


「娘がお世話になっております」

「ニビリティアとは、なかよくやってくれます。私のとっても大切な妻です。素晴らしいお嬢様をありがとうございます」


 何ともぎこちない挨拶からであったが「これはまだ極秘ですが」と、出立する直前の極秘情報おめでたをニオわせると、今度は義父が狂喜する番だった。


 特に、生まれてくる子どもの名前の候補を男の分、用意してから来たのだと告げられると、狂喜を通り越して涙を浮かべるほどだ。


 どうやら、義父は義理と家族愛が豊富に存在するタイプらしい。娘の結婚をロウヒー家に丸投げした親父だから、ショウは大変心配していたのだが、どうやら「親貴族に預けるものだ」という田舎子爵なりの常識が優先して自縄自縛状態であったらしい。


 本当は、不満だらけだった。


 しかし、いつのまにかショウ閣下の側妃となり、王都で直接会ったオメガからも話が聞けて心から安堵していたとのこと。


 ここで、ショウはおねだりをしたのだ。「50騎をいただけないか」と。


 さすがに訝しむ義父に説明したのは「借り物の戦力で何とかなる敵ではないのです。私の直属の戦力にするつもりです」ということ。


 おそらくショウの決意が伝わったのだろう。ハッキリと、しかしごく小さな声でこう言ったのだ。


「やせっぽちの娘をもらってくださった方に、誠意を見せるのは父としての義務ですね。そして、に忠誠をお目にかける良い機会をくださりお礼申し上げますぞ」


 そして、次男のシータを呼び寄せると「こいつは長男オメガと性格が全然違います。大人しく何でも言うことを聞く男ではございませんが、昔から才気煥発の見本と言われております。つきましては、息子共々、お世話になります」と貴族式の礼をしたのである。


「え? 今なんと?」


 思わず難聴系ラブコメ主人公のような返しをしてしまったが、まさかである。


 息子共々って聞こえた……


「シータは既に本領では一隊を任せている男です。そして今回連れてきた100名と共に、今日からお仕えいたします」

「あ、いえ、その…… 今、息子共々って聞こえた気がしたのですが」

 

 ありえないよね? しかし、子爵はさも当然という顔だった。


「もちろんでございます。西部で戦うのであれば、ハーバル家の当主が表に立つことで、いろいろな便宜が図れましょうぞ! いやいや、ウルサいことは申しませんぞ。なあに、領地はオメガがそつなくやれますので、心配ご無用」


 あっけにとられるショウであった。子爵家当主が、自ら激戦地の前戦に立つという申し出である。重ねて言うが、ありえないと言うよりも、あってはならないことだ。


 ショウの驚く顔に、豪快に笑って見せる39歳は「皇帝の征西直属軍ですからな。隊の名前を伺っても?」と爽やかに尋ねてきた。


 我を取り戻す余裕もなく「隊の名前は『ターゲット』と言います」と正直に答えてしまった。


 もう、言ってしまった以上、下手に隠しても仕方ない。


「ターゲットとは、西部に襲いかかってきた北方遊牧民族を狙うという意味です、ただし、将来的にはゴールズに組織的に編入する予定です」

「なるほど。となると、名高きゴールズは東を攻めているのですね?」


 まだ、情報が伝わってないはずなのに、パール子爵は鋭く読んだらしい。


「よくご存知ですね。はい。同じ名前にしちゃうと、中央が混乱しかねないので。西で働く部隊は別に名乗ることにしました」

「なるほど。良き名前です。わかりました。皇帝のために、さらに鍛え抜いて見せますぞ!」


 どうやら、パール子爵は雪が積もった時のハスキー犬以上に狂喜し、ヤル気に満ちあふれているらしい。


 さっそく、直属軍に差し出す隊士を息子と共に、選抜に熱中するのだった。  

 

『うーん、思わぬところで結婚が役に立ったみたいだけど。これで直属軍の中核ができたかも。悩みが、解決しそうだよ!』


 ラッキーのひと言だった。


 実は「直属軍」のアイディアは、皇都にいたときあるにはあったが、ボンに来るまでの道のりで、それが切実であることをつくづく感じたのである。  

 

 なにしろ、手持ちの戦力はスコット家とカルビン家から騎士団なのである。これを「400騎の一つの戦力」にしなくてはならない。スコット家騎士団は以前のつながりがある分だけマシだが、カルビン家に至っては若様を敵地のような場所に残して戦場に行くことにためらいが伴うのは当たり前。


 しかも、騎士団というのは、基本的にお互いを尊重し合うものだ。同じ旅をしつつも、様々なやり方を統一する考え方などしないのが当たり前であった。


 エルメス様方式で、ここに移動するまでの間も演習を重ねてきたが……さすがに、ヒャッハー! はやってないにしても……いっこうに、混ざり合う気配がなかったのだ。


 しかし、最後の最後にショウを支えてくれたのが、げっそりとやつれたベイクであった。


「こんなこともあろうかと、来る前に、お願いしておきましたです」


 ショウに差し出したのは、この地に届けられたとおぼしき2通の手紙だった。高級感溢れる封筒には金色の封 ※が押されてある。


 もちろん、未開封である「当主からの直筆の手紙」だった。


「これは?」


 高位貴族家当主の直筆の手紙が、このタイミングで届くだと? 


「ご確認ください。そして、そのまま全員の前で読み上げていただければと存じますです、はい」


 頭に「?」をいくつも浮かべながら、ショウは中を確認した。


 そして、言った。


「えっと、この内容って、こっちに来る前にお願いしたって言ったよね?」

「はい。必要なければ、正直、知らんぷりしていようかと思いましたですけど、役に立てて良かったです、はい」

 

 ベイクの読みのスゴさに驚きつつ、分かったと言わざるを得なかった。劇薬ではあるが、今、まさに必要なことは明白だったからだ。

  

 全軍を並べた前で、その封蝋を見せてから読み上げた。


「これはリンデロン卿とサウザー卿から諸君に宛てた手紙である。封蝋をみて分かるだろう? お二方の直筆である」


 全員が、カチコチに緊張して、目を見開いた。家臣に宛てて当主が直筆の手紙を出すなど、ありえない名誉であるからだ。


「ここには、ご当主の文字で諸君の名前が記載されている。読み上げるぞ」


 派遣された全員の名前が記されていた。


 ただでさえ、旅先で忠誠を誓う当主からの手紙が届けば感激ものだ。しかも当主の直筆で、そこに自分の名前が書かれている。


 こんなことは一生ものの名誉に違いない。


 騎士達の感激はただでさえ大きい。


 しかもスコット家騎士団の騎士達は、ご当主が文字を書けるだけ回復されたということに大喜びだ。


 全ての名前を読み上げる終わる前に、全員が男泣きに泣くほどに昂ぶってしまうのは無理のないことだった。


 そして、全員の名前を読み上げた後、ショウは言った。


「この後に書いてある内容は、両家とも全く同じ内容だ。読み上げるぞ」


 次に続く文言で全員が耳を疑い蒼白となったのである。


「以上の者を当家騎士団から永遠に除籍する」


 キッパリと読み上げられた言葉は間違えようがない。全員が凍り付いていた。


「ウソだ」


 辛うじて、口からこぼれ落ちた、その言葉が全てだ。


 居並ぶ騎士達に読み上げられた内容は、宣言した通り両家とも同一であった。


 要約すると「全員、騎士団から除籍する。帰ってきても当家の騎士団へは戻さない」という決別の手紙だ。


 細々と家族の待遇については、信じられないほどの好待遇が書かれているが、それをちゃんと聞いているの者はほとんどいなかった。


 そして、最後に書いてある言葉も同じこと。


「サスティナブルのため、民のために命を捨てて励むことと信じる。今日からのあるじはショウ皇帝であると心得よ」


 それは、ゴールズと並んだ皇帝直属軍の成立を意味したが、その場で気付いた者はいなかった。あまりにもショックが大きすぎたのである。


 しかし、ベイクは、そのショックが抜けきらないうちに、第二の矢として小隊の再編成を行った。


 ハーバル家の100名から2名(シータを入れると3名)と両家騎士団から優れた者を17名選び出し、小隊長として抜擢した上でだ。


 会社の合併のように役職をたすき掛けにするわけでもなく、部隊の人数を3家が混ざるように按分するでもなく、純粋に力量や性格だけをみてごちゃ混ぜにしたのである。


 当初はショックがあったのは事実だ。


 しかし、狂喜するハスキー犬状態なまでに前向きなハーバル家の面々の気持ちに引きずられるようにして、いつの間にか「ターゲット」としての連携が取れるまでになるのは一週間であったのだ。


 そして、これ以上の訓練期間を取れないと判断したショウは、ターゲットを率いて、いよいよアマンダ王国を目指すことにしたのである。 


 行軍の途中が、エルメス方式による演習を伴ったのも当然のこと。


 そして、ターゲットには「お客様」を伴わせている。ロウヒー家騎士団改め、ソロモン騎士団から連れてきたベテランの10人である。


 彼らは実に有用だった。


 なにしろ、ショウの生きてきた年数の倍近くの長きにわたり、北方遊牧民族と戦い続けているのだ。その経験値はハンパない。


 移動しながら聞いた体験談は、王都でむさぼるようにして読んだ本には絶対に書いてないことだらけだった。


 彼らは、この体験を元にして戦い、生き延びてきたのだから。何気ないひと言、ちょっとした冗談までもが、いや、むしろ、そういうジョークが出てきた発想が参考になる。


「それにしても、ショウ様は、飽きないのですか?」


 そう言って話しかけてきたのは、シータである。


 彼自身も北方遊牧民族と戦った経験もあるため、半ば自慢話のようなベテラン兵の話に飽き飽きしたのであろう。


「えっと、逆に聞くけど、なんで飽きる? 今教えてもらったことで生き延びられるのかもしれないでしょ?」


 シータは、才能ある青年特有の自信に満ちた顔で言った。


「あんなじーさん達の下らない自慢話なんて、役に立ちませんよ」

「いや。実に役に立つと思うよ。ま、この先、山を超えたら、そのうち分かるよ」


 どうやら納得できないらしい。


 それでも、行軍が進むと隊の練度が明らかに上がっていった。


 訓練を繰り返しつつ、険しい山岳地帯を越えたのは5月の15日。


 新生「ターゲット」を背負うショウの眼下には広々とした西部の荒野が広がっていたのである。



 

※金色の封蝋:高位貴族の当主が直筆する手紙の場合は、封蝋の色がマイカ雲母を用いて金色にしたものを用いるので、それとわかる。家臣が当主直筆の手紙をもらうことは、ほぼありえない名誉である。

 なお、高位貴族当主が手紙を書く場合、執事や家令に書かせて内容を確認した上で署名だけするのが普通である。丁寧な場合は「口述筆記」を命じて、署名する。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

「ゴールズ」があったら、下部組織に「ターゲット」が来ますよね。ちなみに国連のSDGsにあるのは「17のゴール・169のターゲット」だそうですが、ゴールはそこまで多くないですが、ターゲットは今のところ、いくつあるのかわからない状態なのが困りものですね。


 ニアちゃんとの婚姻が、やっと役に立ったと思いきや、いきなりの主役級に躍り出たわけです。ただし、この戦いは長引きます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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