第24話 移動先の希望

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作者より

文章中に、敵の捕虜の扱い方について、少々気持ちの悪い描写がありますが、歴史的事実を踏まえておりますので、お許しください。

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 高地からの降り口のあたりが一気に賑やかになっていた。


「どうやら、脱出が始まったね。羊からというのは少々意外だけど」


 パールが「あれは、ヤツらにとっては財産の全てなんですよ」と教えてくれる。


 羊毛と肉や乳は当たり前、腱は弓に使うし、骨はパオテントの補強材にも使うんだとか。


「まあ、我々も食べることは食べますけどね。ヤツらは1頭の羊をツブしたら、捨てるのはほんの一部だけって言うか、ほとんどゴミは出ないですよ」


 彼らは大家族主義で、一家の飼っている羊の多さは、そのまま家格の違いとか、部族の中の勢力の強弱にも影響しているらしい。


「嫁が欲しければ、羊を何頭持って来い」


 という感じの会話が遊牧民の間では普通らしい。ちなみに、美人度では羊の数は変わらず、皮の縫い方とか羊毛の編み方の上手さで羊の数が変わってくるらしい。


 超現実主義者達だよね。まあ、こっちの国でも民の間では、料理上手が嫁としての価値を決めるとかいう話も聞いたことがあるけどさ。


『そういえば、先輩の結婚式に出ると、奥さんは三つの袋を大事にしてください的な話は、田舎のおっさんの定番だったもんな』


 もちろん、胃袋に、給料袋に、金〇袋なんだとか。


 いや、昭和な感じのネタだよね。


 なんてネタを思っているうちに、戦闘要員と思われる騎馬隊が、いくつもの集団に別れて、違う円を描くようにして警戒し始めた。


 その後ろに隠れるように、次々と女たちと思える集団が逃げ出していた。


 荷物を積んだ荷馬車のような……としか形容しようのないモノにいろいろと積み込んでいるが、あれがパオや生活用品ということだろう。


 羊の集団を馬で取り囲んで移動させているのは、遠目に見ても子ども達だ。

 

 それを誘導する男達は、居残り部隊のリーダ格ということなんだろう。


 それにしても、子どもたちの働きぶりがスゴイ。数百頭もいる羊たちを群れにして方向付けているんだ。


 昔、牧場で見た「牧羊犬」並、って言ったら変なのかな? 牧羊犬がすごいのか、この子達がすごいのかは分からんけど、ともかく、数百頭の羊の群れを子どもたちが20人ほどで連携して、見事に移動させているよ。


「あの、連携ぶりはスゴイね」

「はい。どこかが暴走させてしまえば大ごとになりますからね。恐らく小さい頃から、あうんの呼吸で仲間と馬に乗ってきたのでしょう」


 パールは「そろそろ?」とこちらを伺ってくる。


「もうちょっとかな?」

 

 そう言いながらも、ショウの目は羊を囲んでいる「子ども」に目が釘付けだ。


「羊を誘導している子たちって、あれ、相当に小さいよね」

「そうですね。遊牧民族は8歳になったら十分に馬を乗りこなすと言われてます」

「なんか、もっと小っちゃい感じもするけど」

「やはり、体格は小さめな方が馬には良いのか、連中は平均して背が小さいです」


 う~ん、やっぱり子どもの頃に栄養が偏っているからじゃないかな?


 人類の歴史を見れば、一定のカロリーを安定して確保するなら、圧倒的に農業なんだよね。遊牧民族は歴史に何度も名前を残しているけど、農耕民族を圧倒的な力で抑えた時だけ、国を残せたわけだし。


 そんな会話をしながら見ていると、今度は見るからにゴツく武装した男に囲まれて、ぞろぞろと綱みたいなものでつながれた人間達が現れた。


 男達のグループもあるし、女達のグループもある。


 特徴的なのは、肩口あたりが「ヒモクサリ」でつながっていることだ。


「あれが捕虜っていうか、奴隷にされちゃった人達ね」

「はい。多くは家族ごとという感じですね。ひでぇことしやがる」


 連中に捕まって解放された数少ない人から得られた貴重な証言だけど、連中は、捕虜にした人を途轍もない「つなぎ方」をするんだ。


「あれ、やっぱりマジなの?」

「ええ。こいつらは、とんでもないんですよ。これは肩のところだから鎖骨なんでしょうね。まあ、手だと戦闘や雑用をさせにくいって言うのもあるんでしょうけど」


 信じられないことに、連中は、羊の腱を編み込んだ強靱なロープを、時には細いクサリを持ち出して鎖骨や手に穴を開けて通すことで逃亡を防ぐらしい。


 そして、外壁のある街を落とすときは、家族を人質に使って男を「死に兵」として壁を乗り越えさせるのに使う。


「勇敢に戦えば、おまえの妻を逃がしてやる」


 と約束をしながら、解放された例はないらしい。まあ、それがどこまで本当なのかは分からないけれども、ただ、生きて奴隷状態から解放された人はいないというのが事実だ。


 数少ない「逃げた」人のパターンは、だいたい同じだ。


 死んだと見なされて、キャンプ移動の時に置き去りされて、奇跡的に回復した人達がほとんどなんだよ。


「捕まっている人達って、合わせて千人もいないかな?」

「そうですね。男400の、女がそれよりもちょっと多い程度でしょうか?」


 パールはそう言ってから、声のトーンを落として「捕まっている子ども、いませんね」と怒りを滲ませている。


 これは、子どもはその場で殺されているから、という理由に他ならない。男は戦力とするし労働力とする。女も手作業をさせるし、何よりも「子どもを産ませる」ことに使う。


 子どもは役に立たないから殺すと言うやり方だ。


 だから、こうして目の前にいる捕囚は、男女ともに若い人だけとなっているのが現実だ。


 クソッ、胸クソじゃん!


「よし。じゃあ、合図だよ」

「はっ! 合図だ。狼煙を上げよ」


 用意しておいた薪に、ぶわっといくつかの生木を放り込む。なんでも良いわけじゃないらしいけど、ま、そこはお任せだ。


 一筋の白い煙が立ち上っている。当然、あちらも気付いて警戒態勢。


 そして「川の反対岸」の小高い場所に、すっくと我らの騎馬隊が姿を見せる。


 北方遊牧民族の視力はすごい。まあ、すごくなくても、数百の騎馬隊が現れれば、そりゃ気付くよね。


 たちまち、100騎ほどが向かってくるけど、連中は川を越えてこないのは計算済み。


 馬の足で渡れるところなら別だけど、このあたりは水量が豊かだ。まして、敵前での渡河のような危険なまねをする必要性はないんだから。


 こちらの騎馬隊を牽制できれば十分だと思ってくれるはず。


 そして、牽制するってことは「他の人達は今のうちに逃げるんだよ~」ってことになる。


「おっ、荷馬車もスピードを上げてますねぇ」


 上手く行ってるぜ。


「あのぉ、本当に逃がしてしまっても?」

 

 パールが心配そうに確認してきた。大丈夫ですよぉ。


「そうですね。逃げていただくのが目的なので」

「せっかく本隊のキャンプを突き止めたのに、なんだかもったいない気がしますが」

「いいの、いいの。今日のところは、捕まったみなさんも、我々が側にいるよ~って見てくれて、あっちのみなさんがキャンプから急いで移動するっていうストレスを感じていただければ十分なので」

「ずいぶんと、気の長い話のように思いますが」


 パールの言葉は不信感というよりも、ジイちゃんが孫のヤンチャを心配する感じなんだよね。


「いや、案外と時間は掛かんないかもよ。なにしろ、付け狙われたら気が休まらないってことになるからね。それにさ、彼らが移動できる範囲でキャンプできそうな場所なんて、限られてくるじゃん?」

「しかし、方向はいくらでもありそうですが?」

「あ、ないない。なにしろね、いくつかの方向には、スモークが見えてるからね。彼らがそれを見て、警戒するに決まってるから」


 シータ達が序盤で「逃げて」見せたのはワケがある。


 あれは逃げるように見せかけて、高地の向こう側に先に行って欲しかったからだ。


 いざ、あちらさんの本体が逃げようとしたときに、遠く離れたところで発煙筒をいくつも炊けば、戦闘部隊だけならともかく、本隊キャンプのご一行なら、絶対にそっちには行かれない。


 そして地図で見る限り、連中が目指しそうな場所なんて限られてくるんだよ。


「よし、とりあえず、あっちの連中が、今日、どのくらい動けるのか観察だよ。勝負は今日と明日、場所になるだろうなぁ」

「シータなら、きっと上手くやりますよ」

「うん、信じてるよ。さてと、こっちはこっちで、大移動だよ。特に歩兵隊、頑張ってもらうからね」

「はっ! 国のため、ショウ様のため、命がけで走り抜きます!」


 相変わらずカチカチッとした敬礼をしたギーガスは、早速歩兵達に向かった。


「てめぇら、ファッ〇 食らうか”#$#&$#$%’’)”$%?@’ オマん〇ぶっ殺すぞ! 死ぬ気で走れ!」

「「「「「おう!」」」」


 う~ん、相変わらず、文字にできない命令を出してる件。


「さて、こっちも出発だよ。連中の目的地まで、おそらく5日。こっちは3日で着かなきゃだからね」

「はっ」

「まあ、それまでに暴発しないと良いけどね」

「まったくですな」


『今日か明日だろうけど 「お手紙」を見てくれると良いけどな』


 ショウは心の中で、願ったのである。


・・・・・・・・・・・


 キャンプ地をいきなり移動した初日の夜。


 奴隷となっている捕虜達は、当然のように、そこにある一番の大木につながれた。もう暖かくなったから、寝るのに不自由はない。


 地面で寝るのも慣れた。


 女たちの何人かは、いつものように小テントに連れ込まれている。「誰」が連れて行かれたのかは、お互いに見ないのが奴隷達の不文律だ。


 自分の妻が連れ出されたのだと知るのは辛すぎる。


 とは言え、今は、男達の大部分が戦いに出ている分、女たちの需要は少ない。


 だから、男達のつながれた木の側に、女たちもつながれている。見張りはいないが、ひどいつながれ方をしているせいで逃げる体力などもうないし、どこに逃げても無駄という諦めが支配していた…… はずだった。


 しかし、強烈な騎馬隊の姿を捕囚達は見ていた。キャンプが急に移動することになったのも、あの騎馬隊が来たからに違いない。


『ここから逃げさえすれば、あの人達に助けてもらえるかも』


 何とかして一刻も早くと思ったとき、すぐ前につながれている男が、そっと口を寄せてきた。


「おまえ、字が読めるか?」

「あぁ、すこしならな」

「回ってきた。木の根元に、コイツと埋まっていたらしい。読んでくれ」


 それは、見たこともない上質な紙だった。男が見せたのは小さなヤスリだ。

 

 周りを慎重に見回してから、こっそりと広げる。月灯りでも十分に読めるほどに大きな字。


<5日後 移動した先で夜に待つ ゴールズのショウ>


 ゴクリ


 男は、つばを飲み込んでから、ゆっくりと前の男に耳打ちし、前の男はさらに前の男へと。


 絶望の中で生きてきた捕囚達に「希望」が、小さな小さな声で伝えられていったのである。



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作者より

 シータ君の役目は、本隊の移動を誘導することと、敵が捕虜をつなぎそうな場所に先乗りして伝言を埋めておくことでした。

 これは敵が捕虜を動物並みに扱っているという情報で「つなぐとしたら」を計算すると、ある程度、場所が限られてくるとわかります。また、サスティナブル王国の文字を北方遊牧民族が読める可能性は低いと考えたからです。

 なお、捕虜のこの「つなぎかた」は、元軍が対馬で実際にやっていたことを用いています。

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