第17話 ChangeとChallenge
説得役をするはずのジョイが到着するのを待たずに、話は決着した。
全員が忠誠を誓うと言ってくれたのは大きい。語弊を恐れずに、心の中だけで(つまり、漏れちゃったらヤバい本音だけどさ)呟いたのは「ヤリーとかいう女が、すっげぇー良い仕事をしてくれちゃったわけか。感謝だよね」ってやつだ。
なお「ヤリーだった何か」は、騎士団寮の入り口の上の壁にピン留めされてるんだから凄まじい。
ベイクが言うには、同じサスティナブル帝国の臣民でも、地方になればなるほど基本的っていうか、感覚的な何かが変化しているらしい。長年、北方遊牧民族から必死になって防衛している分だけ、感覚があっち側に寄ってしまうのは仕方ないんだそうだ。
「それにしても、いくら領主の跡継ぎを殺されたにしても、あまりにも怒りのレベルが高すぎないか? その割に、わりと簡単に、こっちに下ったし。いったい忠誠心が高いのか低いのか理解に苦しむ部分だけど」
こっそりベイクに聞いたら「正直、忠誠心の問題と言うよりも名誉の問題が大きいのだと思いますです」と即答してきた。
つまり、騎士団が詰めている本領で、いくら別邸とは言っても領主の跡継ぎが暗殺されるというのは騎士団からするとありえないほどの屈辱だとか。
まして、領主一族は大逆の罪に問われ、自分達が最期に依るべき存在もなくなってしまう。そんなときに「お世継ぎ様」を殺した相手に怒りをぶつけることだけが、自分達の存在理由になり得たってことらしい。
「じゃあ、ロウヒー家騎士団の当主への忠誠度って、そこまで高かったわけではない?」
「正直、かなり高かったと思いますです。ロウヒー家の当主って、王都ではちゃっかりしちゃってるから誤解されるんですけど、身内にけっしてケチじゃないです、はい」
「ケチじゃないって、どういうこと?」
「商人達からワイロも受け取るし上前をはねるけど、その分ちゃんと商人が稼げるように領地を整備しているんですます、はい。儲けた金を再投資して、その分の金を王都での権力争いや子貴族の抱え込みに使っていたからこそ、正直、御三家を敵に回すようなことをしても、やっていけたわけです」
「そっか。金回りが良くて、子分にも金を出すやり方ってことは、つまり、周りからすると、ジャンの権力が強くなれば、もっと美味しい思いができるってわけだ」
「はい。そして、正直、そうやって金回りが良いからこそ、広大な北の地で北方遊牧民族対策を一手に引き受けられるだけの騎士団を維持できていたわけです」
つまり、経済政策だけで言えば、ロウヒー家のやり方は、間違ってないということか?
オレの顔を見たベイクが言葉を続けた。
「ひょっとしたら、ロウヒー家のやり方を良いなとお思いになられましたです?」
「うん、だって、それなら、みんなが豊かに暮らせるんじゃ?」
「ロウヒー家のおこぼれに
「豊かになるはずなのに人口が増えてない?」
「はい、です。それが全てではないかと存じますです。だから、我々は、なるべく多くの人達が豊かになるように差配すれば、正直、領民達の不安は抑えられるかと思いますです、はい。」
「わかった。そのあたりをドーンも入れて相談しよう」
そこで、あらかじめ考えてきた方針と、実際に領都・ボンの人々の様子や町の人の達の話を集めて話を煮詰めて「7つのお触れ」にしたんだ。
1 ロウヒー元侯爵の三親等以内は全て大逆罪を適用する。
2 血縁者、姻族については個別に裁判に掛ける。
3 上記以外で3ヶ月以内に申し出てきた者は、大逆罪の適用は行わない。
4 旧ロウヒー侯爵の財産は没収し、領地は皇帝直轄地とする。
5 直轄領統治官をカルビン侯爵家嫡男ドーン・サウザー=ドミナドとする。
6 仕えていた者、働いていた者についての反逆罪は問わない。
7 皇帝直轄地全体を今後「ソロモン」と呼ぶ。
旧ロウヒー家騎士団改め「ソロモン騎士団」の小隊が、領内のあらゆる街へとビラビラを大量に運ぶことを第一優先にしたのは言うまでもない。
まあ、実際には、家令や各地に置かれていた代官の類いもドサクサに紛れて王都に送りつけたけど、もはや抵抗なんてなかった。ソロモンは、新しき主を迎え入れることを、心から受け入れたんだ。
それやこれやで、やっと一息ついたのは3月10日だった。
朝、起きた瞬間から、頭の中がいっぱいだよ。
「ああああ! 今日は、卒業式だよ!」
「そうですね」
アテナの顔を見ちゃうと、やっぱりお詫びが先に出ちゃうよ。
「ゴメンよ。留年させちゃって」
「いいえ! その分、ずっと一緒にいられるので。むしろ、ボクはご褒美組だと思います」
おそらくアテナは本気でそう思ってくれているのが、かえって申し訳なかった。
なんだかんだで、ずっと学校に行けてない。サムも途中で引っ張り込もうと思ったんだけど、メリッサとメロディーに諫められて戻してしまったのが、なんだか面白くなかった。
いーんだよ。どうせ、オレは小さい人間だよ。
どこにも使い道がなくても、やっぱり「卒業証書」は欲しかったし、サムだけ逃れて、卒業しちゃうのにはムカついちゃうんだよ。チッ。
実はさ、皇帝特権を振りかざせば、特別に卒業させてもらえるって話は、あったんだよ。でも、忙しさに紛れて、すっかり忘れてたんだよね。
あ~ オレってバカ! オレだけならともかく、アテナの進級だってあったのに!
やさぐれていたところに、ベイクがやってきた
「「ショウ様、正直、きっとお忘れかと思いますが、本日は王立学園の卒業式です」
「いや、覚えてるけど」
「それなら話が早いです。どうぞ、これを」
「ん? 何これ?」
「王立学園の卒業証書(仮)です。アテナイエー様の進級の証書も、ちゃんとあるです。どうぞ」
「えっと、でも、オレって全然学校に行ってないけど」
「それは当然です。王国のためにお働きだったのですから。逆を言えば、王立学園の目的を鑑みれば、非常に優れた生徒と言うことですので、宰相以下、国会決議でショウ様は最優等生として、ここに卒業を認められました。なお、アテナイエー様は2年生となり、今年度は健康優良生徒として表彰されています」
「進級、できたんだ…… オレも卒業?」
「ただし、正式な卒業証書は卒業式でしか渡せないことになっておりますので、来年以降の卒業式に出席していただきたく、王立学園教職員一同からのお願いが届いております」
「つまり、卒業式に出られる?」
「はい。ご挨拶をされる立場でもありますが、一度くらいは送り出されるのもよろしいかと存じます。ショウ様は、送り出される立場なのに送る挨拶をする王立学園史では二番目の人ってことになりますです」
なんか、嬉しい。すっごく嬉しい。オレのことが忘れられてなかったっていうか、家族以外も、ちゃんと、オレのことを考えてくれるのが実感できて、ミョーに嬉しいよ!
あぁ、今ごろ、卒業式、始まっているかな?
ホントはさ、自分の卒業なんて諦めてた。
卒業式の件で気に掛かっていたのは、挨拶する人間のことだったんだ。
メリッサ。
頼んだよ。
王立学園史上、初めて、卒業式で演壇に立った女性に向かって、遙か東の空へと思いを飛ばしていたんだ。
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作者より
アーサーに卒業式の挨拶をさせた日には、3時間は話しそうですよね。今回は「皇帝代理」としての挨拶を誰がするのかというのは、高度に政治的な問題となりました。ノーマン様とリンデロン様の意見を入れつつ、ノーブル様が最終判断をしました。もちろん、出発前にショウ君が了承しています。
なお、ショウ君の卒業についてもノーブル様が手配しベイクに託していました。これは、完全にサプライズでした。
アテナとクリスは同じ2年1組になります。警備上の負担を減らすためです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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