第16話 情と政治の狭間
まだ、実際には会ってないけど、まさかの「再会」だった。
ヤッバイ君とモレソ君は、モブだった…… じゃなくて、田舎町・モブにいた。
そもそも、二人のことがファントムの情報網に掛かったのは「ロウヒー家騎士団からの少年脱走兵がいる」という話だったらしい。
普通なら脱走兵の行方など一々気にする必要はない。せいぜい、日時や人数、どういう人が、と言う程度まで記録しておけば「元ロウヒー家」の状態は想像できるのだから。
それを念のために調べた結果、わざわざ「上司に伝える」という判断をしたのはワケがある。
「あの時の少年だったとはね」
調べた結果、それが呟かれた言葉なのだと思う。
もはや懐かしいとまで感じちゃう王立学園の新入生だった時のこと。オレ達はゴンドラ君と同じ班で新歓キャンプの「夜間行軍」に行った。そこで二人の先輩が熱中症を起こしちゃって、エマージェンシーのサインを出した。
あの時はゴンドラ君を警護するために「王国の影」の人達が大量にいて、ワラワラと登場した。その代表で顔を出したオッサンが、この地区の元締めをしていたのがそもそもの話だ。
見つけた脱走兵が「いつか世話をしたボウズ達」だと覚えていた。まだ年端もいかぬ少年の気の毒な事情はだいたい分かるだけに、何とかしてやった方が良いんじゃないかってことで、情報を上げてきたってわけだ。
そのあたりの話はヒカリからゆっくり聞いた。え、いつ聞いたのかだって?
そりゃ、わざわざ脱いでくれた相手をそのまま帰すのは失礼じゃん。アテナを巻き込んで、えろえろと、いや、いろいろとやっている合間のピロートークで聞いた話だ。
と言っても、ヒカリとは静かにしただけだよ。だって「今は大切な時期なので」と言うからね。その分、二人がかりでアテナの「ご不満」を取り除くように努めたら、その甲斐あって、翌朝には、ヒカリに剣を抜くことはなくなったみたいだ。
良かった、良かった。それに、えぇもん、見せてもらいました~
るん♫
「良くないですよぉ。ボク、力が入らなくなっちゃった。二人がかりなんてキチクですぅ」
いたって上機嫌なオレに、朝一番の苦情は悲痛な声だった。叫びすぎて、ちょっと声が嗄れ気味だもん。体力がある分だけ、とことん、付き合えちゃうのがアテナの体質ってわけ。
久しぶりのボクッ子全開の嘆きは、とっても可愛くて花丸だよね。
とはいえ、調子に乗りすぎた分、アテナに泣いて頼まれたのが「半日あれば回復してみせるので、それまでは味方に囲まれていてください」ということ。
この頼みを聞かないと、おそらく、二度と「二人がかりのご不満解消ごっこ」をさせてくれなくなるから、言うとおりにするのは当然のこと。
そこでモブへ派遣したのがベイクだった。最初はちょっと渋ったけど、対応については全権委任をする約束をしたら、引き受けてくれたんで、騎馬小隊を付けて送り出した。
いくらベイクが有能でも、隠れている人間を見つけ出して、説得して連れてくるんだから、数日かかっても不思議はない。
それなのに、朝イチで送り出して、夕方合流してきたのはさすがだよ。
テントで報告を待つと、早速やってきた。
「あれ? ヤッバイ、モレソは?」
一人で報告に来たベイクが不思議だ。普通は連れてくるよね?
「はい。騎士団からの脱走兵は、正直、見つけ次第、法に則り迅速に処分いたしますです」
「ええええ!」
ベイクは、オレの反応を不思議そうに首を捻って見つめ返してきた。
「ベイク。君を派遣した意味って分かってるよね?」
「もちろんです。正直、迅速で適切な対応を心がけ、責任を持って実行することです、はい」
強がるでもなく、淡々と答えてくるベイクが、むしろ恐ろしい。オレが言葉をなくしていると、さらにベイクの言葉が続いた。
「全権委任いただけるお約束でしたので、正直、法に則って処理するのは当然でございますです。現在は、戦時の規定が適用されておりますから、脱走は死罪。正直、これが騎士団のみならず、王国軍、あるいは治安維持関係の人間全てに適応されるルールでございますのです」
何を驚いているんだと言わんばかりだ。
「私の対応にご不満がおありでしたら謹んでご叱責を承ります」
跪いた姿は、確かに叱責を受ける形になっている。
「い、いや。よい。そちに全権委任をしたのは私だ。何の問題もない」
顔は引き攣っちゃうけど、慌てて考え直したんだ。
確かに彼らに馴染みがあるとか恩義があるとかいうんじゃないけど、このまま殺しちゃうのもどうかと思っただけだといえば、それだけだ。
法に基づいて判断した幕僚を、こんなことで叱責したら、今後、オレからの頼まれごとを嫌がる人が出るに決まってる。
「本日の仕事、誠に大儀であった」
「ははっ、ありがたく」
頭を下げると、堂々とテントを出ていったベイクだ。その表情がどんなものであったのか、オレには知るよしもなかったんだ。
・・・・・・・・・・・
『最高だぜ! ウチの皇帝さんは!』
ベイクは、叫び出したいほどに嬉しかった。
任務は「騎士団を脱走した二人の知り合いを保護して、連れてこい」ということ。
チャンスだと思った。
ワザとごねて見せ、二人の身柄に関しての全権委任を勝ち取った。もちろん、皇帝からしたら、二人の存在など吹けば飛ぶ羽毛よりも軽い存在に過ぎないのだから、任せるのは普通のことだ。
よって、ベイクはわざと「望まない報告」をすることにした。
全権委任を盾にして「昔の知り合いを法の定め通りに処分した」と報告して見せたのだ。
自分の意を汲まずに、むしろ正反対のことをして見せた部下だ。並の「上」なら怒り狂うし、少しできた人間でも不快の念を隠さないだろう。ところが、素早く理屈を飲み込んで「大儀であった」と労う言葉まで出してきた。
『正直、これは最高ってことですね。さすが父上。良き主君を発見してくださった。直接、見聞きしてこなかった分だけ、どうにも信じ切れていなかったけど……』
今回のことでベイクの心は完全に決まった。
『ショウ様の覇業を全力でお支えするべし、だな。男子一生の仕事として、そして自分の人生を捧げるのにふさわしい主君を見つけられたのは、望外の幸せ。必ずや、私が父上に代わってお望みを果たしますぞ』
幕僚の一人として個人用テントを与えられているベイクは「臨時雇い」にゆっくりと顔を向けた。
「ボンに着くまで、君たちは私の侍従だぞ? こういう時にワインを持って来るなり、手を洗う桶を持って来るなり考えたらどうだ? 君たちは男爵家にいたんだから、実家にいるときは、さんざんやってもらってきたはずだぞ。少しは気を遣いたまえ」
「申し訳ありません」
「急いでワインを調達して参ります!」
二人が揃ってテントから出ようとしたところを「ちょっと待て」と呼び止める。
「ボンに着くまでの間だけだが、新しい名前に早く慣れろよ」
「「はい」」
二人は、ピンと背筋を伸ばして返事をした。
「よし、新しい名前は? ヤッバイ、君からだ」
「はい。私の名前は、パシリ=ツカイです。西部の田舎町で生まれた平民の次男です」
「モレソ?」
「はい。私の名前は、エラン
「よろしい。ボンに着いて、ロウヒー家騎士団の残留組が受け入れるなら元の名だ。受け入れないと言われたら、この名前で私の手下になってもらう。私は約束を守るぞ。どんなことがあっても、脱走兵である君たちの命は、このベイクが保証しよう、安心するがいい」
「「ありがとうございます」」
脱走兵かと疑われかねない迷子の少年達を独断で保護しましたということを「報告し忘れて申し訳ありません」とベイクが平然と詫びて見せたのは、ボンに着いた翌日のことだったのである。
その時、若き皇帝は何とも憮然とした顔をした後で「報告、ご苦労であった」と言わせて、ベイクは心から嬉しそうな顔をして見せたのだ。
しかし、天才幕僚は知らなかった。
「ベイクの元にどこの手でもない若い二人が雇われていること」など、実は名前と共にあの報告に来た日の夜には、既にショウが知っていたことを。
そして、気付かなかったのだ。
ボンに着いてから報告に来たベイクに、アテナが殺気を見せなかったことにも。
後の世に伝わる初代皇帝に仕えた二枚看板。
軍事の天才・ミュートと政略の天才・ベークドサム。
ショウは、こうして手に入れたのである。
※エランズ:こちらの世界の英語表記だと「errands」になります。
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作者より
ベイクに対して、アテナが反応していたのは「ショウとは自分が仕えるに足る人物なのか試したい」という邪な思いがあったためでした。
政略の天才にとって、仕えるべき主の度量は最大の関心事です。自分の感情よりも「政治」を大事にしなくては、と心がける主を欲していました。
以後、政治的な判断をノーマン様以上のキレで裁いてくれる手札をショウは手に入れたことになります。(もちろん、父とは経験値が違い過ぎますが)
お願い。
全年齢対応のため、アテナが半日腰が立たなくなった夜のことは、応援メッセージ欄で触れないでくださるよう、お願いします。じゃあ、そんなシーンを書くなよとお思いかもしれませんが、ついつい書きたくなってしまったのです。おかげでベイクの「試し」もできましたので、許して。
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