第15話 旅の宿にて
町の宿屋をいくつか借し切って泊まった。外は騎士団からの選抜メンバーが取り囲んで交代で警備してくれる。
もちろん、オレはアテナと一緒のベッドだから、最終防衛ラインは問題なし。まあ、さすがに、準戦闘態勢なので横に寝ているだけだけど。
でも、完全に安心できる美少女と一緒に寝ているだけでも、ホッとするのは助かる。
ノックの音がしたのは、これから寝ようとした時だった。瞬時にアテナが戦闘態勢を取った。宿の外は静かなまま。何の動きもない。
『だとしたら、この時間にノックなんてあるはずない。しかもアテナが逆毛を立てるほどの相手って言ったら、決まってるじゃん』
逆算して、アテナをとっさに押さえつける必要があった。スッとドアが開いた。
『ふぅ~ 押さえるのが間に合って良かった』
相手が部屋に入ってこなかったから間に合っただけで、一歩でも踏み入れていたら首が物理的に飛んでたと思うよ?
「ご主人様、お休み前のお飲み物をお持ちしました。ワインになさいますか? それともわ・た・し?」
「ね、さすがに、それは演出に凝り過ぎじゃないの?」
オレが苦笑交じりにクレームを申し立てるけど、メイド服は艶然とした笑みだ。
入り口で立ったまま「ふふふ。ここは射程外なのね。それともドア枠が邪魔なのかしら?」とふわりと声をかけてくる。
「だから、挑発するなってば」
そもそも、こんな登場の仕方だとアテナを押さえるのが大変じゃん。
どうやって手に入れたのか、おそらく、着ているのはロウヒー家のメイド服。
そんなものを着て現れたのはヒカリだ。いや「顔」が違うんで断定はできないけど、ここまでアテナが緊張するとしたらヒカリ以外に考えられない。
「アテナ。ステイだよ? いい? ステイ」
動きは止めてくれているけど、アテナから溢れ出る殺気が並じゃない。
「ヘンな動きをしたら切る」
目一杯緊張したアテナの声だ。
「あらぁん。じゃあ、また裸になった方が良いかしら?」
「裸? あなた、何を…… あ!」
珍しく「敵」を相手にしているのに、赤くなった。どうやら、前回のアレを察したらしい。
「あ、えっと、その時は手を出してないからな」
メイド服を着た女は「入っても良いかしら?」とアテナに聞いてくる。
チラッとオレを見てから「その時はなんですね」と、右の唇の端っこをキュッと歪めた。いろいろと、分かっちゃったかな?
「あ~ えっと、たぶん、今後もいろいろと関わるのでな。仲良くしてくれ」
そう言いながらが、さんざん練習した複雑なハンドサインを見せると右目のウインクをしてからチロッと舌を見せてきた。
うん、本人で間違いない。
「名前を教えても良いよな?」
一応確認をする必要があるからね。
「はい。アテナ様には、むしろ覚えていただいた方がありがたいです」
そう言いながら「ドアを閉めますわ」と振り返ってガチャッとドアが閉まった次の瞬間、そこには裸のヒカリが立っていた。
相変わらず、こういう演出が好きだよね? まさか、脱ぐのが好きとか? 痴女枠?
むしろ慌てたのはアテナの方だ。
「なっ! あなた、なんてマネを! 恥ずかしくないの!」
「これで、少しは安心していただけるならと。女同士、隠す必要はありませんわ」
「でも、ショウ様がいるのに! ……あっ、そ、そういうことね。しかもボクよりもおっきぃ、んっんっ、ボクは負けないからね!」
どうにかこうにか、ようやくセレモニーは一段落らしい。
「ということで、こっちに来てくれ。アテナも剣を収めて、良く感じて見ろ。敵意を感じるか?」
「この人達は、殺気も敵意も見せずに、笑顔のまま人を刺す訓練をしていますから」
「ふふふ。アテナ様、それは事実ですけど、大事なコトをお忘れです。さっきの会話でお分かりですよね?」
「会話って」
「お腹の中のお父さんに、私が手を出す必要はないですから」
おヘソの下をナデナデして艶然たる笑みだ。
「そんな!」
パパパパッとオレとヒカリに視線を行き交わした後、ふぅ~と大きなため息を吐いたアテナは「つまり、手を出すなら、その時にできたと言うことよね」と言って、パチンと剣を収めた。
「わかりました。ショウ様が信じるとおっしゃるなら、あなたに敵意が見えないという自分のカンを信じます」
ちょっとだけ唇を尖らせたのは、出征してからアテナとしてないからかも。今晩は、ご機嫌取りをしておかないとかなぁ。
「大丈夫です」
オレの考えを読んで、ツンとしてみせるアテナが可愛いけど、本題に入らないとだね。
「さて、出てきてくれたってことは、何かを言いたいんだろ?」
「はい。3つ。一つは、あの女。ロウヒー家のジャン元侯爵の愛妾であったヤリー・マーン=ワルターは、アマンダ王国で育てられた草ですね。草と言うよりもあだ花かしら」
ふんわりした笑み。それにしても、全く違う人に見えちゃってるんだよね。女は化けるって言うけど、特殊メイクの世界じゃんと思いつつも、頭は9割は真面目に考えているよ。
「ふむ。だとしたら、問題は、なぜベイクが知っていたかだな」
「それに伴うのがもう一つです、今現在、確かにシュメルガー家の影が何人か混ざっているのは確かですが、ベイクドサム氏と接触している形跡はないです。この陣にいる影は全てショウ様の指示で動いているように思えます」
「わかった。ん? その言い方だと、前に頼んだ件の答えが?」
ヒカリがゆっくりと首を振った。
「今のところ、反乱事件時のベイクドサム氏の逃走経路は不明です」
「わかった。じゃあ、この後は優先順位を下げてもらっていいや。代わりに、どこの筋か確認できない存在がここにいたら、人数を教えて」
「わかりました。3日いただければ」
「ありがとう」
ペコリとして見せたヒカリは、今度はアテナを見た。
「アテナ様?」
「なに?」
「あの女に当てたお皿、お見事でございました」
どうやら、あの時、当てようとしたオッパイを皿で遮ったヤツのことらしい。
「そんなの、わけない」
「できれば、これからは、あらかじめ分かっているケースであるなら、近寄ってくる女の衣装と香水は必ずチェックさせるようになさってください」
瞬間、アテナはハッとなった。
「本来なら、我らが先回りすべき所を、アテナ様のお手をお煩わせして、心よりお詫びいたしますわ」
「教えて。あのクサイ女の衣装には、何か仕掛けがあったの?」
「おそらく、なのですが、胸を押さえる下着の頂点の部分に小さなトゲがあったはずかと」
「え!」
「アマンダ王国のあだ花がよく使う手口でございますので」
「わかった。ありがとう。二度と、そんなマネはさせない」
ヒカリは笑顔を浮かべた。
「それと、申し上げても?」
「聞くわ」
「私とみなさまとでは立つ位置が違いますが、ショウ様を愛してしまったことだけはお信じいただけますよう」
アテナは、呼吸を二つする間、身じろぎもせずに相手を見つめた。そしておもむろに言った。
「わかった。信じる。なら私達は仲間ね。ごめんなさい。でも笑顔では握手できないけど」
「構いません。ただ、我々にしかできないこともあります。ショウ様の最後の盾であるアテナ様には、いくつかの符丁を覚えていただきたいと思います。我らの呼び出し用と、相手の確認用です」
「わかった。さっきショウ様がなさっていた、アレのことね」
わっ、すごい。ちゃんと見てたんだ。
「はい。では3つ目のご報告の後で、お時間をいただきます」
「わかった」
「さて、ショウ様、3つ目です。これは偶然、発見したのですが、隣の町に元ロウヒー家騎士団からの脱走兵が2名隠れていました。名前は偽名だと思われますが、ショウ様と同年配くらいです。不思議なことに、元ロウヒー家騎士団の人間は、この二人をわざと見逃している様子がうかがえます。いかがいたしましょうか?」
「わかった。それは、後で隠れている場所を教えて。お迎えを出すから」
「はい。隣町モブに、案内を置きますので」
「ありがとう。今日の連絡は?」
「以上です。ただ、もしも、アテナ様がお情けをいただけるのであれば、私もお
ニヤリと笑って見せると、アテナが珍しく「え? あの! 一緒にってこと? それはその、あなたが先で、私は後とか、じゅ、順番は逆でも良いけど」と慌ててる。
「ふふふ。この宿の周りには監視をお付けいたしますし、さしあたり、この街には危険要素も見当たりません。今夜はゆっくりとおくつろぎくださいませ。それでは、アテナ様、じっくりと手ほどきいたしますよ~ 女同士、いっぱい覚えていただかなくてはなりませんからね」
「えっと、あ、そ、その、私、まだ、身体も洗ってないし! それに、わたし、そのぉ、そっちの方は、いっつもショウ様にお任せだから、あの、そのっ!」
「え? サインを覚えるのに、湯浴みの必要はないかと存じますが?」
「えぇえ!」
赤くなった頬を押さえるアテナにクスクスっと笑って見せるヒカリ。その姿は完全に弄ばれる「妹」であった。
案外、この二人って仲良くできるんじゃね?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
「帝の影」となったファントムとの信頼関係は、警護の必要性から見てアテナにとってもヒカリにとっても必要なことでした。それをここで築きあげようとしているヒカリです。剣を取ればアテナは圧倒的ですが、それ以外の小技や「寝技」だと、ヒカリの方が、二枚も、三枚も上手です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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