第14話 優先順位

 武装解除に応じた騎馬集団を残して、町の中に戻ってきた。


 非武装のまま、一緒にきたジョイ達3人は、どうやら自分の命はとっくにないモノだと決めつけているらしい。何の躊躇もない。


 アテナの警戒度がジョイ達に対して明らかに低い。どうやら「オレに対して」の敵意は、ほとんど感じられないのだろう。


 よく聞く「明鏡止水」に近い感覚だと想像してみる。それにしても、アテナの警戒度で考えると、ベイクに対する方がよほど高いんじゃないかと思うよ。


 おもわず、ニヤリとしてしまう。


 さて、町長の家に入って転がされている女を見た瞬間、ジョイは「こいつだ!」と、真っ先に叫んだ。


 まぁ、話はだいたい、これで終わったんだけどね。


 もちろん、彼らも勝手に動くわけに行かないのは承知している。何しろ「国王代理暗殺未遂犯」かもしれないんだからね。


 手を出すに出せず、憎き相手を目にした三人は「ギギギギ」と、食いしばった歯から奇妙な音を発生させている。そんな三人を横目にベイクへ事情を話し、逆に取り調べた内容も聞く。


「なるほど、なるほど。正直、ここまで都合良く行くとは思いませんでしたが、はい。この女が、と言われると納得するです」


 ベイクが何事かを考えているが、その足下には裸に剥いた女性が縛られたまま転がってシクシクと儚げに泣いている。


 これが演技だとしたら大したモノだと思うよ。絵面だけで見たら、マジで「山賊に誘拐されてきた無辜むこの町娘」って感じだもん。


 一方のジョイ達は殺気立っていて、今にも飛びかからんばかりの姿。

 横にいる町長の爺さんも、縛られていなければ今にも襲いかからんばかりの飢えた表情だ。


『明らかに、こっちが悪役に見えるよなぁ』


 ということで、ここはオレが明るく聞いてみる。


「どうかなぁ? この人がユー達の尋ね人ってことで正解?」


 指をパッチンパッチンと弾きながらジェスチャーしてみても、誰も笑ってくれないどころか、冷え冷えとした空気が流れてしまうだけ。ちょっと哀しい。


「ハッ! コイツに間違いございません!」


 かしこまって答えてるけど、血走った目が女に釘付けだ。


 血走った目ということなら町長さんも同じだけど同じじゃ無い。少しでも女に近づこうと、ジリジリと縛られたまま這い寄っている姿との対比がすごすぎる。


 オレは、女を覗き込んで尋ねた。


「君がヤリーとか言う人なの?」

「違うモン。私、サクで生まれたマリーだもん。地元じゃ食べていけないから、雇ってくれるところを探してこの街まで流れてきただけなんだもーん」


 サクっていうのは西部山岳地帯にある小さな町らしいけど今は確かめようもない。


「名前は知らないけど、どうやら、君のことを探している人達がいたみたいなんだ」

「違うモン、違うモン。私、こんなオジサン達知らないもん」


 おそらく、ここにオレがいなかったら、ロウヒー家騎士団の三人から罵詈雑言の嵐というか、その前に手足が出ていたはず。激しい怒りが見えているけど、逆に言うと、それをちゃんと自制できるのは、騎士団員としてもちゃんとしている証拠だ。


『ロウヒー元侯爵って、意外と地元ではしっかりしていたのかな?』


 もちろん、そんなことはおくびにも出さずにベイクの顔を見た。


 どうする? と言う無言の投げかけだ。


「この場合、ショウ様に毒を盛ったということなので、死刑が優先しますです」


 途端に女が声を上げた。


「毒じゃないもん。お元気になっていただこうと、精力のつく粉をちょっとだけ足したんだもん!」

「それを毒というのだよ」

「でも、ほら、このおじいちゃん、ね? 見てよ、ちゃんと元気でしょ? こうやって元気になる食べ物なんだよ!」


 確かに、町長は年甲斐もなく「お元気」になっているのが丸わかりだ。アテナと女騎士が如実に生ゴミを見る目に変わっていた。


 いや、さすがにちょっとそれは可哀想な気がするよ……


「おまえ、どこの草です?」

「え~ わたしぃ、農家じゃないですぅ」


 ベイクの問いかけにも、胸を見せつけるようにして答えてる。それを見ながら、ベイクはオレに行った。


「ショウ様。こいつ、どこかで教育されてますね。さっきの受け答えでも慎重にクスリという言葉を避けてますでしょ? しかも、これだけに囲まれているのに、まったく恐怖を出してない。そうとうに厳しい訓練を受けたと見えます。お楽しみいただく権利はございますので心ゆくまでどうぞ。ただし、お勧めは即座に殺すことです。話をしてもおそらく何も意味のあることは吐かないでしょう。おそらく素性はアマンダ王国の影。そうだな?」


 最後は女に向かっての言葉だったけど「え~ マリー よく分からないですぅ~」と首を振った。


 さっきまで、儚げに見せる泣き方をしていたのに、今度は、まるっきり「田舎から出てきたアホ娘」の顔になってるんだもん。


 さすがに、これは芝居だと分かるよ。


 ん? それにしても、こういう時って、ベイクは普通に喋れるんじゃん。合いの手みたいに入る「正直」の言葉も、ヘンな語尾もない。


 そこは知らん顔をして、と。


「ジョイ。この女をくれてやったら、騎士団の残りの者を揃えると約束できるのか?」


 一瞬、ベイクを見たのは、直答することへのためらいだろう。このあたりも、しっかりと「騎士団」らしいシツケができている。まあ、すくなくとも、どこぞの親分が仕切っているよりは、よほど騎士団ぽい。


 とチラリと思いつつ「直答せよ」と声を出した。


「ありがとうございます。もしも、若様の仇となるこの女をいただければ、身命を賭して、必ず旧ロウヒー家騎士団の一兵残さず、御前に揃えてご覧に入れます」


 そこにベイクが割り込んできた。


「ショウ様、ご無礼ながら意見具申をお許しください」

「許す」

「目先のロウヒー家騎士団よりも、筋道を正すべきかと存じます。皇帝の毒殺をはかるなど言語道断。関連する一族もろとも、いいぇ、この街全部を今後の見せしめのために、処断いたしましょう。町ごと破壊、消滅させることこそ、今後の国家安定につながるかと存じます」


 一気に喋るなぁ。


 そして、横で聞いていた村長やその一族は、真っ青になって震えだしている。

 

 なるほどね。ベイクはこういう役割を果たそうとしているわけだ。その好意を存分に使わせてもらおう。


「ならぬ」

「しかし、ショウ様、王国法によれば「ならぬと言った」申し訳ございません」

「国法は大事だ。しかしながら、人倫にもとる法があれば、それを変えるのもまた、新しき時代の役目。まして、たった一人の処遇を変えることで数百の兵士が助かるのであれば、私がどうするのかは明白である」

「ははー ショウ皇帝の御心のままに!」


 ベイクの芝居がかった拝礼によって、なぜかまわりの騎士団やジョイ達まで拝礼しちゃってるよ。


「命じる。この女は即座にジョイ達に下げ渡す」


 ありがたき! とジョイ達が顔を伏せたまま叫んだ。


「ただし、道すがら、その方らが聞きだしたことは細大漏らさず報告すること」

「必ず、徹底的に聞き出しましてございます!」


 うん。なんでもやっちゃいそうだね。


「次に、ウベ町長とその一族に告ぐ!」


 はは~


「そちの罪状は明白。よって、一族の財産を差し出して周辺4町の孤児達を手に職が着くまで全員の面倒を見よ。その間に、少しでも蓄財を図ろうとすれば、即刻一族全員を処刑する。何度も監査を行うからな。心して子どもたちに笑顔が出るように最大限考えて育てよ」

「心して臨ませていただきます。温情、誠に、ありがたく存じます」


 本当は、オレが許してないのに直答しちゃいけないんだけど、まあ、一族抹殺から逃れられたと思ってホッとしちゃったんだよね。


 それにしてもベイクは頭が回りすぎるほどに鋭い。


 おそらく、最大限に厳しいことを、しかも「法律では当たり前ですよ」と主張して見せた。おかげで、オレは二つを得られたんだよね。


 一つは、温情を施す優しい為政者という評価。


 そして、もう一つは……


 「過去の法律よりも、皇帝の意志の方が上である」という事実を積んだことだ。


 こうしてオレは「本当の皇帝」へと立場を固めていくってことなのか。


 ふと見ると、ベイクは頭を下げたまま、周りに聞こえるように声を出していた。


「正直、陛下のおっしゃることは、本来は正しくないのでありますが、皇帝陛下の御心のままに尽くすのが、正直、臣下の務めとなるのでございますです」


 いつもの「ベイク言葉」に戻っていやがった。


 かくして、オレ達はロウヒー家騎士団の残りを手に入れられることになったわけだ。

 

 先に行くというジョイ達は何度も頭を下げてから悲しげに言った。


「団長のウエイスが生きていれば、賊軍には許されないこととは言え、きっと皇帝陛下にお仕えしたいと願うに違いなかったと存じます。本当にありがとうございました」

「ん? えっ~と、君たちの団長であったウエイスだろ? 生きてるよ」

 

 え? とジョイ達は声を上げかけて、慌てて飲み込んだ。そりゃ失礼な反応になっちゃうからね。言葉を飲み込んだのは騎士団員としては当然のこと。


「まだ、療養中だから馬に乗れないんで一緒に連れてくるわけにはいかなかったけど。馬車でこっちに向かっているよ。到着次第、君たち騎士団員を説得する役目を引き受けてくれる約束なんだ」


 訝しげな目。


「あ、説得っていうのはね、君たちを全員、新たに国で直接雇おうと思うんだよ。だから、再就職しない? って話なんだ」

「オレ達は死刑では? あっ、ご、ご無礼を」

「君たちを死刑にしても誰も喜ばないよ。苦しい実戦を経験してきた君たちの力を王国のために死に物狂いで活かしてくれることが、民のためになるって思うんだけどね」


 あれ? 返事がない……


 ジョイ達は、口をポカンと開けたまま「無」になっていたんだ。


 さて、どうしたもんかね?


 ふと見たら、アテナが、まだジョイ達よりもベイクに注意を払っているのが、妙におかしかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 王国法の縛りなら「大逆の罪」は、一族ことごとくだし、戦力になる騎士団は、全員が縛り首です。しかしながら「ショウ皇帝の意向は王国法よりも上位になる」という現実をヤリーちゃんの身柄引き渡しなどで見せつけられた旧ロウヒー家騎士団と、お付きの騎士達でした。

 ベイク君が、どこまで狙って対応しているのかは、今の時点では謎です。ただし、超優秀で、何手も先読みをして動いています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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