第13話 キルロイ参上

 敵が来たことについてはショウ様に任せてしまおうと割り切っているのだろう。ベイクはテキパキと話を進めつつ、少しも慌てていなかった。


 最初に女の持ち物を徹底的に調べさせた。現代日本であれば、衣服を調べるのは女性にさせるだろうが、そんな「人権感覚」などカケラもない世界である。


 その場で、全てを引っ剥がし、全てを探った。髪の毛の中から、靴までもだ。徹底している。


 出るわ、出るわ、出るわ。


 ベイクが調べると、あらゆる所から怪しげな丸薬に粉薬が出てくる。女たちの控え室にあったカバンからは液体の入った小さなビンまで見つかった。


 鶏で試せば、いくつかは明らかに「毒」だった。液体を掛けたエサを鶏が嫌がって食べないケースまで出てきたので、全てがなんらかの薬であることは確実。


「ここにある毒を皿に入れたのか?」

「そんなことぉ、しないですぅ~ 私、こんなの知らないですぅ~」


 涙を流して無実を訴えるが、ベイクは全く意に介さない。


「君の足がピッタリ入るブーツのカカトが入れ物になってるんだよ? 正直、これを知らないはずがないだろ?」

「それは、前に行った町で、もらったもので」

「へぇ~ 正直、どこの町? なんていう人からもらったの? けっこう、モノは良いよね? これだけの価値のあるブーツを、なぜもらえたの?」

「それは、えっと」

「つけてた髪の毛留めだけど、これ、裏側にへこみがありますですよね? ここから出てきたのって薬だよね? 鶏は、これで死んじゃいましたですけど?」

「それは、持病の薬で」

「どんな持病? どこの医者でもらった薬? なんて名前の薬だです? そもそも、こんなところに持病の薬を隠す人っていると思いますです?」


 言葉を荒げるでなく、暴力を振るうでもなく、立て続けの早口で質問を繰り返し、答えられないと見ると、パッ、パッと話題を切り替えて、淡々と論理的に追い詰めていく。


「だけどぉ、私ぃ、お皿に何にも入れてませんよぉ~」

「じゃあ、半分食べて見ようか」


 テキパキとお皿の中身を半分ずつとりわけて、シルバーも、元々セッテイングされているものを渡して、それで食べるように命じた。


 これは、食器類に毒を塗るケースがあるからだ。


「わかりましたぁ~ 食べればいんですよねぇ~ あぁ~ おいしぃですぅ~」


 まったく躊躇なく、パクパクと自分がサーブしていた前菜を食べる姿を見ると「ど田舎の子が、町に出てきて、初めて美味しいものを食べている」といった図になる。


 しかし、ベイクは眉一つ動かさずに、食べ終わるところを見てから「町長、正直、これをパッと食べてみて下さいです」と残りの部分を差し出した。


 町長としては食べるしかない。誰がどう企んだとしても「町長の家で提供した昼食に毒が入っていた」となれば、最低限監督責任が問われる。


 ここに毒が入っていれば、どのみち死ぬのは確定だ。毒で今死ぬか、後で暗殺事件の責任者として死刑になるのか。


 むしろ、ここで死んだ方が、早く楽になれるだろう。


「それでは、身をもちまして」


 そう言ってからフォークを取り、ためらわずに完食した。


 しかし、やはりなんともなかった。


「ふぅむ。媚薬か麻薬の類いだな。少しずつ馴らしていけば問題ないものや、特に男性にだけ卓効がある薬という物があるそうだからね」


 じっとみていると、町長の顔に赤みが差してきた。その視線が「罪人」であるはずの女に粘り着くように絡みついているのを見て、ベイクは「あ~ そっち系ね」と悟ったのである。


 もちろん、町長もこの女も、ベイクの心の中で「死刑」が決まったのであった。


『まあ、百のうち九十九まで、この女の単独犯だろうから、町長もたまったモンじゃ無いだろうけど、例外は作れないし、仕方ないね』


 瞬間的に、サラリと割り切ってみせるのは、高位貴族の教育の賜であったのだろうか。



 

・・・・・・・・・・・


 戦闘態勢のこちらを理解しているのだろう。50騎は、百メートル以上手前で止まった。十分に相手を視認できる距離だ。


 そこから3頭が「速歩」でやってきた。こちらに見えるように、手持ちの槍と剣を同僚に渡してからだ。


「私が出ます」

 

 と言うツェーンを手で制してから、アテナを連れて30メートルほど前に出た。もちろん、ツェーンも一緒に付いてきた。


 相手は近づくにつれて馬をゆっくりとさせ、敵意はないという精一杯の姿を見せようとしている。足を踏ん張るべき鐙を外しているのも、その一つだろう。


 騎士が暗器を使うとは考えられないが、それでも左斜め前でアテナが警戒しつつ、こちらもゆっくりと近づいていった。


 10メートルまで来ると3人は馬から下りて、手を挙げたままゆっくりと近づいてきた。


「王都からの軍だとお見受けする」


 先頭の男が声を上げると同時にバッと騎士の礼をする三人。


 ショウは馬上で答礼の形を取る。


「旧ロウヒー家騎士団 副団長を務めていたジョイ・キルロイと言う。この二人は中隊長のディックとゼブだ」


 ツェーンが答えた。


「こちらはサスティナブル王国 国王代理 ショウ閣下とお妃でいらっしゃるアテナイエー様である。控えよ!」


 三人が慌てて跪くのを見極めて「ゴールズのツェーンである。もったいなくも、御自ら話を聞こうと仰せである」と大上段の構えだ。

 

 とっさにショウはしかめっ面らしい表情を作るのが大変だった。


 今までが今までだけに、とっさに吹き出さないようにしたのだ。けれども本来的には、今のツェーンのやり方こそが正しいのである。文句の付けようがなかった。


 そもそも「国王代理」に、一介の侯爵家騎士団副団長が、会話など許されないのが普通なのだし、今は大逆の罪に問われている家中であるからなおさらだ。


 ショウとしては、多少、面白くない気持ちを挟みつつ成り行きを見る姿勢を取らざるを得ない。


 そんなショウの「呼吸」を分かっているかのように、ツェーンは精一杯よそ行きの声を張り上げた。


「改めて伝える。それがしはゴールズは迦楼羅隊の中隊長を務めるツェーンである。そちの話を聞こうではないか」


 情報が入ってないロウヒー家騎士団員としては「ゴールズって何だ?」というのが実感であるが、国王代理を名乗る立場を紹介する人物なのであるから、自分よりも上なのであろうと、空気を読むしかなかった。


「ツェーン様に申し上げます。我らロウヒー家騎士団は、王家への叛逆の意図は一切ございません。総員が罪を受け入れ、領主の罪を認め、我らも死罪を覚悟しております」


 頭を上げずに、一気に喋ったジョイにショウはひそかにガビーンとしている。


『何で、オレが何かを言う前に、全員死罪を覚悟しちゃってるとかになるわけ?』

 

 ここまで低姿勢で出てくるのは計算外だ。しかし、ジョイの言葉は続いた。


「しかしながら、お願いがございます。何卒どうか何卒どうか、我らなりの正義をお許しいただきたいのです」

「そのほうなりの正義とは何か?」


 我慢できず、ショウが話を引き取り「直答を許す」と宣言しながら、内心で『こ~んなエラソーにしちゃっていいのかなぁ』と背中がムズ痒くなる思いだ。


 ジョイは必死の声で訴えてきた。


「我が主君は己の悪業により罪深い死を遂げましてございます。それに対して我らはいささかも申し開きすべきことはございませぬ。しかしながら、デビュタントをすませたばかりの若様は、父君の罪は罪として、別に問われねばならぬと信じます。たとえ大逆の罪であっても、それは公に裁かれるべきかと存じます」


『要するに、息子は大逆の罪であっても、ちゃんと裁判に掛けて死刑にして欲しいという願いなわけだ。ん? 話がこの流れということは、これは、あの話が出ちゃうってことか?』


 止めておくべき情報が、ここで出てしまいそうだが、自分が漏らすわけでなければ問題ないはずだと計算する。


 ジョイは声を切ない思いを込めてさらに張り上げた。


「ところが、よりにもよって、己の欲得で若様を弑逆し奉った大罪人がおりました。その罪人が逃げたのです」

「つまり、その方らは、若様殺しの罪人を追ってここまで来たと申すか」

 

 さらりと「元侯爵家嫡男暗殺」の事実を流してみせるのも芸のうち。これなら、影から聞いたというのは誤魔化せるから、セーフだよね。


「御意。追いに追いかけ探し回り、逃げ込んだ先を、ここウベほか3つの町まで絞り込んだ所にございます。どうか! どうか、我々にその女を捕らえ若様の仇を討たせていただきたく、伏してお願いいたします」


 三人とも土下座っていうよりも、ほとんど「五体投地」状態でのお願いだ。


「ん? 女? どんな女なの?」


 あ、ヤベッ、普通のしゃべり方になっちまったよ。


「これなる容貌にて。しゃべり方は、甘ったるい、男を蕩けさせる声ですが、逃げる途中に数種類のしゃべり方を使い分けた形跡がございます」


 ジョイはチラッとツェーンを見てから腰のポケットからたたんだ紙片を取り出して差し出してきた。


 ツェーンは油断なく受け取ると、裏表を確かめてからオレの方に見せてきた。


 髪は短くなっているし、眉の形も違うけど、なんとなくピンときたのはアテナも一緒だった。


「ジョイと申したな? この女を捕らえた後、その方は、どうするつもりだ」

「はっ。領地に引き返しまして、この女をぶっころ…… 正義の鉄槌を与える所存です。閣下におかれましては、残るロウヒー家騎士団の総意を私めがとりまとめ、全員の首を差し出させていただきますれば、なにとぞ! どうか、この女を捕まえるまでは、しばしご容赦を賜りたく!」


 五体投地したままのジョイに、オレは頬をポリポリと掻きながら「解決しちゃったかもぉ」と小さな声で言ってしまった。威厳なんて言葉はどこにいった、だけど、だって、それ以上の言葉なんてないじゃん! 


 懸案だった「ロウヒー家騎士団の謎の南下」が解決した瞬間だったんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ヤリーちゃんとしては、自分の魅力で、王国軍の有力者をたらし込んで、そこに逃げ道を作るつもりだったようですね。だから、ショウ君のお皿に仕込んだのは、毒ではなくて媚薬だったみたいです。まあ、媚薬も毒の一種と言えばそうですが。

 すくなくともジャンやミガッテ君を骨抜きにしたみたいにできると信じたんでしょうね。ヤリーちゃんとしては「ショウ」のことは王立学園の件で微かに覚えていたため「あの子って、こんなに出世したんだ」的な感じです。だから、ミガッテ君みたいに、骨抜きに出来る自信があったのかも。

 ヤリーちゃんとしての一番の計算違いは「アテナ」であったのかもしれません。

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