第12話 おまえは誰だ?
1月29日。ヨク城から出発して2日目の昼。騎馬ならではのスピードで快調に進んでいる。
こういう時は強行軍で行くよりも、昼や夜はきちんと休む方が、トータルで距離を稼げる。なにしろ、昔、ガーネット領まで突っ走ったときと違って、戦闘が待っているワケで。馬を潰すわけにはいかないからね。
昼もきちんと休むし、夜も寝る場所は選ぶ。できれば町の側で飼料を手に入れられるように配慮して進んでいた。
「クラ城は無事。追撃戦も含めて敵は壊滅状態とのこと」
ベイクは、小さな紙片を見て報告してきた。
ガバイヤ王国との国境地帯に一番多く接しているのはシュメルガー家だけに、自家の影からの報告をいち早く受け取ったのだろう。
正規ルートの報告は、あと少し待たねばならないし、ベイクにしても、今読み上げた以上の詳報は持ってないに違いない。
「それにしても、正直、本当に良かったのですか?」
「ん? 何が?」
「ゴールズですよ。今回、迦楼羅隊の1中隊以外は、みんなあちらに出してしまわれて。こちらが薄くなりすぎますです」
確かに、ゴールズで連れてきたのはツェーンのエメラルド中隊だけ。後は全て東に振った。代わりにスコット家とカルビン家から騎士団を300借りている。
「やっぱり、正直、北と西の方面軍も一緒に連れてくれば良かったと思うのですが」
現在の彼らは、ヨク城から全力で北上中だ。皇都からよりも3日分近くなっているとは言え、歩兵が混じる分だけ行動ペースが遅くなる。
先行する我々400騎弱が、圧倒的に早く領境に到着することになる。ベイクはそれに反対を表明しているのだ。
「戦闘になれば我々は相手の半分ですよ。しかも、ロウヒー家騎士団と言えば、正直、実戦ではガーネット家騎士団と並ぶほどの手練ればかり。いくらなんでも分が悪過ぎますですよ」
この話題は、出発前も合わせれば、10数回になる。
今回、ノーブル様に言われて付いてきたベイクは、なかなかにしつこい性格なのかもしれない。
新しい人材の能力と血統は折り紙付き。
シュメルガー家の次男、ベークドサムだ。ノーマン様の側妃であるナミティエの息子だ。つい最近まで、なんと「サウザンド連合王国」に潜んでいたが、ようやく伝わってきた「反乱は無事鎮圧された」というウサワを聞いて帰国してきた人だ。
敵地で長期の逃亡生活を単身で続けられたというのは凄まじい。しゃべり方にはちょっとクセはあるけど、その適応能力はずば抜けているというのはわかる。
まさに、ミラクルなまでの適応能力だよ。
最初に見た時は、メリッサですら「判別」をためらったほどに容貌が変わったらしい。
今のベイクの外見を一口に説明すると「80年代のヲタク」そのものなのだ。だから、金髪を刈り上げている姿は全く似合ってない。どこからか、チェックのシャツと黒縁メガネに肩掛けカバンを調達して上げたい感じだよ。
重ねて言うよ。
飢饉の起きた敵国で1年もの間、逃亡生活を単身で続けて、小太りになって帰ってきた猛者がベイクなのだ。
たとえ見た目がヲタクでも、いや、しゃべり方にクセがあっても、その上、同じことを何度も何度も繰り返すしつこい性格でも…… とっても優秀なはずなんだ。
その優秀なベイクも知らないことがある。
まだ明かしてないことだけど、ロウヒー家の跡取りであるミガッテ君が殺されたということ。そして、ロウヒー家騎士団が謎の南下をしているのは、それに関連しているという話だ。
さっそく幕僚であるベイクにも伝えるべきなんだけど、連絡員に頼まれたのは「あと1日だけ明かさないでほしい」ということ。
オレに伝えて情報判断に使ってもらうのは構わないが、この時点で情報を掴んでいると、他の人間に知られたくないらしい。
今後のこともあるし、それは受け入れることにしたから、明日までは黙っている必要があるんだよね。
「ともかく、この町の受け入れ態勢は大丈夫?」
「はい。商人達がもうすぐ飼い葉と食料を届けてくれるはずです。あ、どうやら届いたみたいますですね」
「え? なんで分かるの?」
「だって、町側に配置した馬たちの雰囲気が変わりましたからです。見慣れぬ人間達が来たと警戒しているはずなのに、人間は通常の警戒態勢のまま。したがって、正直、商人が届けてきたのだろうと判断しましたんです」
「えっと、我々が到着したのはさっきじゃん? もう、商人が自発的に飼い葉なんかを持ってきたわけ?」
「えぇ。昨日まででウチらの移動ペースも分かったので、昨晩の宿営地から判断すれば可能性のある町は3つ。後は、昨夜のウチに連絡員を派遣して交渉しておくだけです。それで、今日は我々の移動をいち早く見える場所に、その連絡員が見張っていましたので、我々の姿を見て、いち早く用意させたわけです」
ムチャクチャ、優秀だった。
「町長が、正直、ぜひともお言葉を賜りたいとのことですが、いかがいたしましょうですか?」
「断りたいところだけどね、便宜も図ってもらっているみたいだし。ちょっとだけね」
「では、ごちらでございますです、はい」
オレ達は、皇都とロウヒー家領都の間にある無数の小都市の一つである「ウベ」に来ていた。本隊を町に入れると迷惑なので、ツェーンに一緒に行く10騎を選ばせ、ドーン君には留守番部隊の長を任せて、オレ達は町に入ることにした。
もちろんアテナは離れないし、体型に関わらず、さすが公爵家の令息を思わせる巧みな馬術でベイクも一緒だ。
いや、この人、見かけよりも超優秀。人を見抜く目もあるらしい。しかし、アテナのことが分かってないのは仕方がないのかな。
「ところでさ、ベイクのやっている、それって逆効果だよ」
「はい? 正直、何のことだか分かりませんです」
とぼけてみせるベイクだ。
「この際だから教えるけど、いっつもアテナとの間にオレを挟もうとするでしょ? そうすると、警戒度が上がっちゃう分だけ殺気は増えると思うよ」
「あ、えっと、いやぁ、正直何のことだか。それは誤解でございますです、はい」
顔を硬直させて、すっとアテナの向こう側に位置取ったのだから見事だ。
頻りに汗を拭いてるけど、どう見てもタオルみたいなモノを首にかけていて、それで汗を拭う姿って、公爵令息って感じを飛び越えているよ。
「こちらになりますです」
ベイクが紹介する前に、中からオッサン達が転げ出すようにして一斉に飛び出してきてヘコヘコ。おそらく、あらかじめ外で出迎えようとしていたところ、オレ達が着くのが早すぎたってあたりだろう。まあ、そのあたりは気付かなかったふりでOK。
「よくぞ、いらっしゃいました。このようなへんぴな町へ」
「ショウである。この度は世話になる」
こういう時に、いつもみたいにフランクにやるとかえって向こうが困ることは、さすがに理解してきた。
民にとって、立場的にオレは「国王代理」なわけだから、適度な塩対応ぐらいが、相手からすると一番楽というか、それっぽい対応らしい。
むしろ「お言葉を掛けてもらった」って時点で、この町長は有頂天の世界だ(実際に言葉を掛けてもらった人は、後で、そのシーンを絵師に描かせて飾る権利が生じる。ただし「お言葉を偽造」した場合は首チョンパとなる)
今までだと「国王陛下は、この木に馬をつないだ」「この石に腰掛けた」「この井戸の水を飲んだ」だのが史跡になっちゃっていたので、それは禁止した。だって、どう考えても、それはダメだよね。神格化はできる限り避けないと、後の人が困るはず。
だって考えてみてよ。「皇帝のお茶を入れた井戸」なんて名前が残っちゃったら、末代まで管理が必要になるだろ? そう言うのはなしにしちゃいたいんだよね。どのみに、禁止しても民の間に、細々と残るのは仕方ないけど。
さて、オレ達は町一番の豪邸、おそらくは町長の家に招待された。
「粗宴ではございますが。どうぞ、こちらで」
以後はベイクがイロイロと受け答えをしてくれるから、言われるままに席に着くだけで良い。もちろん「昼食会」ではないので、オレ達が食べるだけになる。
オレを真ん中にアテナとベイク、そして隊士5人。反対側に毒味役の女性騎
今回は毒味役と食事の世話をする(介護老人かよ! と言う突っ込みは無しでお願いしたい)ために一人だけ連れてきたんだ。
食べている間、この街での暮らしぶりなどを質問して上げるのがベイクの役目だから、オレは食べるだけで良い。
さて、何が出てくるのかな?
次々に皿を持って入って来た接待役の女性達は、男達の目を意識して薄衣をまとっているのはいかにもな田舎流。男所帯への心づくしで計算しているんだろうけど、アテナと女性騎士の存在に明らかに戸惑ってる。
チラッと見ると、背後からのサーブの時に胸をあてながら、ゆっくりとした動作で皿を置くのは、サービスの一環のつもりらしい。
もちろん、オレにも胸をあてようとしたらしいけど、瞬時に、アテナによって、パン皿が間に挟まれてしまった。
「あら~ん。パイを載せるお皿ではございませんわ~ん。いけずぅ」
目一杯色気を発散しているつもりだろうけど、オレには通じないよっていうか、次に何か言ったら、たぶん「剣」が動いちゃうからね?
女は殺気を感じたのか、さすがにその後は慎重に動こうとしたらしい。けれども、アテナはそこで止まらなかった。
すくっと立ち上がると低い声で言った。
「あなたは誰?」
「え~ぇ、怖いですぅ、私は、ここでのおもてなしぉ~」
「誰?」
「いえ。ただの雇われた女ですぅ。失礼があったなら、下がりますのでぇ。お許しを〜」
アテナの無言の合図で騎士達が女を拘束した。
あまりの驚きで町長はあわあわとしてるだけ。
「アテナ?」
「わかりません。でも、この人はとてつもなくイヤなニオイがしました。それと、これは召し上がらないでください」
なんらかの毒が入っている可能性あり、ということだ。
「わかった「ショウ様、後はお任せを」頼んだ」
ベイクも、空気を読んで「暗殺の可能性」を考えての対応になっている。さすがに頭良いね。
「こ、これは何かの間違いで! けっして、けして我々には、何の企みもありません! けっして、けしてです!」
町長さんの叫びを無視して対応はベイクにお任せ。女は騎士三人で拘束したままにした。
家から出ようとしたところに、伝令が息を切らせてやってきた。
「偵察隊より報告! ロウヒー家騎士団と思える騎馬、北5キロに接近。その数50。ドーン様より、ご指示を請うとのこと」
「直ちに向かう。全員戦闘配置と伝えよ」
「はっ! 全員戦闘配置、伝令します!」
まだつなぎ終わってない馬を引き出して、駆け戻る。
しかし、どうにも分からなかった。なぜ50騎なんだろう?
※ 女性騎士:正確には「騎士」ではなく、馬にも乗れる「隊員」ですが、便宜上、女性騎士と呼んでいます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
久しぶりにショウ君が登場したと思ったら、いきなりの暗殺?
そしてロウヒー家の騎士が中隊レベルが町を目指しているわけで、明日に続きます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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