第11話 勝って兜の

 外では、またも始まった「When Show Comes Marching Home ※」が盛り上がっていた。


 仲間の死を受け入れるためには、どれだけ疲れ切っていても大騒ぎをするのが一番良いのだとベテラン兵は知っている。勝ち戦であることを自分達に言い聞かせて、仲間の死を受け入れるのだ。


 今夜は、ゴールズによる全力の周辺警戒を前提にして、守備兵達を中心に浴びるほどの酒宴を許していた。


 勝利を受け入れる夜に、この曲はピッタリだ。何度も繰り返し歌い、口笛を吹いて盛り上がる。めでたい!と叫んで杯を持ち上げながら、死んでいった友を思い出すのが、自分の心を取り戻すための儀式なのだ。


 そうやって盛り上がる声が響いてくるのは指揮所の隣に設けた会議室。


 守り切った人と、助けた人による3人の話し合いが行われようとしていた。


 アポロニアーズは、ガッチリとハグをしながら左手でテノールの背中を叩いた。


「ご苦労様でした。本当に良くやってくれました。お見事です」

「お褒めいただき光栄ですが、救援があってこその勝利でしたから」

「いえ。ここまで粘ってくださったから間に合えたのです。元々籠城は、時間を引き延ばすのが目的。見事に目的を果たしてくれたのですから任務達成ですよ」

「そう言っていただけると、ありがたいです」


 この場合、アポロニアーズは公爵家の次男、テノールは侯爵家の嫡男であるから、実家的な力関係は、ほぼフラットと言って良い。オマケに二人はショウを介した「義兄」つながりでもある。


 アポロニアーズは「東部方面軍の全権」を委任されているからクラ城も権限下に置いている。だから「上司と部下」の形を取るだけだ。


 もちろん、ソフィスティケイトされた貴族的おすましさんの振る舞いが身についている二人にとって、一切のわだかまりなどみられない。王都でのパーティーでも同世代の男同士、難度も顔を合わせている。だから、百年の知己であるかのように、くつろいだ雰囲気だった。


 アポロニアーズは、傍らに立つニィルに向き直った。


「奥方のお働きは伺いました。本当にありがとうございます。女性でありながら、と言う言葉を使ってはいけないのは承知の上で申しますが、お見事な働きぶり。ぜひ、ウチの参謀本部に来ていただきたいものだと思いました」


 そうやって言葉で持ち上げたニィルに貴族式の礼をしたのは淑女に対する対応だ。ニィルを「貴婦人人妻」として尊重するという態度の表明でもある。


 こうなるとニィルが貴族女性としてのカーテシーをするのは当然のマナーである。ぎこちなくニィルは見よう見まねの淑女のカーテシーをとった。(メイドがするものと、貴族女性が相手を敬ってするものとは動きが微妙に違う)


「ありがとうございます。妻として…… まだ、認めていただけたわけではありませんが、夫婦になりたい者として彼を支えただけでございます」

「いえいえ。そんなことはありません。立派なお働きでした。あなたの貢献はたいへん大きいという話です」


 アポロニアーズの朗らかな称賛にニィルは声を落として答えた。


「私の支えなどなくても彼は任務を成し遂げられたと思いますが、私ごときを頼ってくださったのが嬉しくて。つい、出過ぎたマネをいたしました。大変ありがたいお言葉ですが、お褒めいただくのは、とてもお恥ずかしいです」


 そこまで喋ってから、さりげなく半歩下がったのは、この話題は終わらせてほしいとの意思表示だ。もちろん、アポロニアーズにも伝わった。しかし、先ほど、ルチアとパバロから事情を聞き取ってしまったがゆえに、あえて言葉を足したのである。


「奥方に、少々、お考えいただきたいことがございまして」


 敢えて、その言葉を使って踏み込んできたのだ。「いかなることにございましょう?」と聞かざるを得ない。


「実は、ウチの分家の子爵家ですが、娘が欲しかったと嘆いている夫婦がおりましてね。いや、そのお人柄は保証できます。だから…… もしも、お気持ちがおありでしたら、ぜひともその夫婦のご希望を叶えてはくださいませんか? ご都合の良いときに、ウチの実家の誰にでも、ご連絡くだされば、必ず、お迎えしますので」


 つまりは公爵家の分家筋である子爵家への「養子縁組」の申し入れである。


 ありうべからざる「好意」の表れであった。


 テノールとニィルが直面しているのは「身分差婚」の問題だ。


 侯爵家の長男としての立場は身分社会においてあまりにも重い。

 

 一方の当事者であるニィルは一代騎士爵家の娘だ。男爵家の傍流に過ぎないのである。成人後の身分は基本的に平民と変わらない。一方で、父親が存命のウチは貴族の末端の立場でもあるという中途半端な存在だ。


 多くは平民と結婚するのが普通のこと。器量が良ければ男爵家、子爵家に召し上げられることもあるが、それでも愛妾か、せいぜい側室となるのが常。よほど恵まれていなければ側妃になることもありえない。


 それが、ニィルの置かれた身分というものなのである。


 結婚においての身分差を乗り越えるため、テノールは今回の手柄を盾に父親を説得することを考えていた。


 父のバリトンは気さくで、物わかりの良い領主であることは確かだが、一方で、侯爵家の当主としての常識もある。嫡男には、それなりの後ろ盾になれそうな貴族家との縁談が当然だと思うのが普通だ。だから、巨大な手柄を背景にニィルを「側室」か「愛妾」とするなら賛成もするだろうが、結婚することには難色を示すだろう。


 そして、それが普通なのだ。


 平たく言えば「側室としてなら歓迎しても正妻としては絶対に認めない。無理をしても側妃だろう」というごく当たり前の結論となるだろう。

 

 アポロニアーズの申し出は「ニィルを子爵家の養子として迎える」というもの。しかも公爵家として養子縁組の世話をすると言っているのと同じなのだ。


 もしもそうなれば、ニィルは公爵家の後ろ盾のある子爵家の養女の立場ということになる。これなら、どこからどう見ても縁談に不釣り合いは生じないことになる。


 しかし、テノールが考えるに、問題は公爵家に何のメリットもないことだ。むしろ他家の婚姻問題に余計な介入をしたということで警戒されかねない。 あまりにもアンバランスな申し出を受けるのは次期侯爵家当主として、認めることはできない。 


 反応したのはテノールが先だ。いや、ニィルの立場から反応し辛かったということもあるだろう。


「私達にとって、とてもありがたいお話です。しかしながら、なぜ、そこまでご厚遇いただけるのか伺ってもよろしいでしょうか?」


 裏に何があるのかわからないというのが普通の感覚だろう。しかしアポロニアーズは微笑んだのである。


「厚遇いただける、なんておっしゃるが、逆なんですよ。むしろ、これは役得のようなものなので」

「役得? ニィルの養子を世話するのがですか?」

「はい。だって、この申し出を完遂する上で、この先に控える一番の困難は何だと思います?」

「それは、ニィルを迎えるべき子爵家の根回し、あるいは、ご当主の反対があるのでは?」

「いえいえ。そっちは、まったく問題ないです。お話ししたように娘を欲しがっていますし、私の父も母も手放しでOKします。それもノリノリでね」


 アポロニアーズは半ば苦笑、半ば自嘲の笑いに変えて言葉を続けた。


「私の困難はですね、ブラスコッティ……は、まだ良いかな? ノーブル様を説得するというか、なだめることが一番の厄介ごとなんです」

「え? いったい、それは」

「ニィル様はご存知ですよね? 妹御に殺到しているお話のことを」


 思わず、ニィルを振り返ったテノールだ。


「はい。なんでも、王都中の貴族家から実家に、養子縁組の申し込みが殺到しているのだとか」

「ご存知でしょう? 妹御はショウ様のお気に入りというか、事実上、側妃に準じるお方だ。養子にして身分さえ付けば、100パーセント側妃となる。そうなれば、次代の皇室とつながりが生まれるという読みです」

「そうだったのですか」

 

 このあたりに気付いてないかったのでは、まだまだ貴族家当主としては目の付け所が甘いと言えよう。


「でも、妹は受けないと全て断っているそうです」


 ニィルは、キッパリと言った。


「なぜか、という理由はご存知ですか?」


 重ねるようにアポロニアーズは尋ねる。


「いいえ」


 本当は知っているが、自分の口からは言い辛かった。それを分かっているかのように、アポロニアーズはすぐに言葉を続けた。


「ショウ様に教えていただいたんですけどね、自分が養女に迎えてもらうような理由がないからだとおっしゃっているんだとか。そして、ショウ様も、それをお認めです。理由も無しに専属メイドを優遇したと思われるような振る舞いはできないというのが、お立場です」

「確かに、義妹ミィルの件について、ショウ様のお考えは分かる気がします。しかし、だからと言ってニィルを召し出したがるとは思えないのですが?」


 ミィルがいる以上、どれほどの権力を掌中に入れようとも、ニィルを自分の側妃に召し出すことなどありえない方だ。


「違います、違います。それはありえません。そうではなくて、ほら、ご存知でしょう? ショウ様って身内には異常に甘い方だ」

「それはわかりますけど」

「考えてみてください。似ていませんか? ミィルさんとショウ様の関係って、同じ専属メイドと仕える方との大恋愛じゃないですか」

「それは確かに、というか同じですね」

「はい。だから、愛する人の姉が結婚する時に、それをサポートした人に対してショウ様がどうお感じになるでしょうね?」

「「あ!」」


 二人同時に声を上げてしまった。ニィルは、自分のはしたない行為にあわててハンカチで口元を隠して赤くなる。


 間違いなく、ショウ様は感謝をしてくれるだろう。しかも皇女フォルの祖父母との縁続きとなれるわけだ。


 確かに、世話をする価値はあるどころか争う価値があるとまで判断するほどに大きなチャンスだと思う人がいても不思議では無い。実際、そういう人は多いのだろう。


 二人が納得顔になったのを見て、アポロニアーズは会心の笑顔となる。


「今回は幸いにして、ニィルさんは、城を守る直接の手伝いをして大殊勲をあげた。だから、子爵家夫婦が迎えたがっても不思議はない。ちゃんと理由ができましたよね」


 テノールは自分の視野があまりに狭かったことが恥ずかしくなっていたが、トドメを刺すようにアポロニアーズは続けた。


「私がお世話をさせてもらえなかったら、賭けても良いですけど、皇都へ着くまでにシュメルガー、スコット両家だけではなく、並み居る他の侯爵家から同じような話が殺到するのは目に見えているわけです。だからいち早く申し出ができた私は役得だったし、先を越されたと怒るブラスコッティやノーブル様をなだめるのが大変なんです。いかがでしょう、ご納得いただけましたか?」


 しかし、テノールは、敢えて謙遜して見せた。


「しかし、私は…… 私達は任務を全うしただけだとも言えますよ?」 


 大きく首を振ったアポロニアーズは、強く言った。


「あなたが守ってくれたものは、単に城だけではないということを、これからお話しさせていただきます」

「城だけではない?」

「はい。この後、我々はガバイヤ王国を征服に向かいます」

「とうとう、乗り出すのですね!」

「はい。その際、序盤で大事なのは地域の救恤きゅうじゅつ策だというのがショウ様の読み。つまりは凶作の影響で広がり続ける飢饉で飢える人々を助ければ、自然とかの国の半ばが転がり落ちてくるそうです」

「あ、だから、この城の倉庫が?」

「はい。潤沢に食料品を集めておいたのも、そして、この城まで道路を整備しておいたのも、全てはこの後の救恤策のためです。我々は、新しい我が国の民を救うんです」


 テノールは、この城の意味を初めて理解した気がした。あくまでも「釣り餌」に過ぎないと思っていた食料は、すべてがガバイヤ王国を手に入れるための「武器」そのものであったなんて。


 何よりも、先の先を読んで、ガバイヤ王国を本気で取りに行くという策の要所が任されていたのだと理解した。


 今になって初めて、身震いするテノールだった。


「本気で、ガバイヤ王国を?」

「はい。王国の歴史と地図は大きく変わりますよ。あなた方の功績です」


 改めて背筋の伸びる言葉だ。


「それでは東部方面軍総指揮官として、テノール殿に命令します」

「ハッ!」


 慌てて、切り替えて受令の姿勢を取った。ニィルもなぜか一緒に緊張顔になり、横で背筋を伸ばしている。


「ここより東、ガバイヤ王国までの補給線を構築し、国境線近くに補給基地となる城を築く責任者とします。職名は東部方面軍補給司令。あわせて補給基地となる城の初代城主となること。重責で、困難も多いことでしょうけれども、あなたの手腕に期待します」

「謹んでお受けいたします。歴史的偉業の根幹となる補給に支障なきよう小官の全力を捧げます」

「よろしい。そして奥方」

「は、はい」

「よろしければ、王都にあるエイト子爵家からの茶会への招待を、お受けいただけませんか?」


 この場合の「茶会」とは、養子家とのお見合いの意味があるのは当然である。


 ちらっとテノールを見ると、一つ頷いてくれた。


「ありがとうございます。ぜひともお誘いをお待ちしていますと。あ、それと」

「はい?」

「エイト子爵ご夫妻に、手製のお菓子などお持ちしたら失礼でしょうか?」

「お二人とも娘を欲しがっていましたよ。もしも娘が作ったお菓子を食べられたら、たいそう喜ぶと思います。素朴なお人柄ですので」

「ありがとうございます。何から何まで」

「いえいえ。これも、全部役得です。あ、一つだけおねだりがあるのですが」


 アポロニアーズは人の悪い笑みを浮かべて続けた。


「ぜひとも、宝石類と婚礼衣装はウチで贈らせてくださいね。王都一の店にやらせますので」

「そんな!」

「ははは。よろしくお願いしますよ。それでは、この後の作戦については明日にしましょう。今晩は、もはや何もありません。ゆっくりと、今日の生あるを、お二人で確かめ合うことをお勧めします」


 ニィルが真っ赤になっているのを見ぬように、頭を下げたまま振り返ったのは、アポロニアーズの紳士たる証明であったのだろう。


 その翌朝、勝利の余韻の冷めぬ城で、テノールは着任以来、初めて寝過ごしてしまった。横にいる人の温もりがあまりにも心地よかったからなのか。それとも心からの安堵からなのか、それは誰にも分からない。


 司令官夫婦が寝過ごしたことに部下達は誰一人気付かなかった……をしたのだった。


※「When Show Comes Marching Ho me」

 参考:https://youtu.be/r6vZe_gJDI8?si=_kXMbq6259i48iVl


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 今回は、政治情勢というか、皇都の人間関係、結婚事情などにも触れさせていただきました。貴族家は、上り調子の家とのつながりをどう作るのかを常に考えています。その意味でミィルに目を付けるのは当然であり、もっと目端の利く家は、その家族にも目を向けます。逆を言えば、ショウ君として、必要以上に係累が「家の縁」で厚遇されないようにと言う予防線を引く必要がありました。だから、理由もなくミィルを優遇させるわけにも行かなかったし、本人も望みませんでした。

 このあたり、逆のことをやって人心が離れるケースは日本の田舎企業あたりではよくあるみたいですね。田舎の市長、市議会議員あたりだとか。

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