第8話 あぶり出し
アーベとイーヨ達と一緒に無事に潜り込めた。潜入後、ただちにバラけるのは鉄則だ。誰かが発見されてもリスクは最小限となる。落ち合うのは、大攻勢が始まる時、場所は司令官のいる建物だ。
逆を言えば、それまでに司令官の居所を探るのが第一の仕事だ。ここまでの指揮ぶりを見る限り、そうとうに落ち着いた「戦巧者」という印象が強い。
そう簡単に居所を探り当てられるとも思えない。それが最大の問題だ。
「ゲーハ、エーエフ、それにツェーデは反対側に行ったはずだが、見当たらなかったな。連中の方が訓練期間が長い先輩だから、きっとオレなんかよりも上手くやっているんだろう」
他人の心配をする余裕などない。
朝食の配布に紛れ込めたのはラッキーだった。守城戦ではよくあるように、手が空き次第、配布場所まで来て食べに来るカタチなのは想定通り。
列に並ぶと、流れ作業で手渡してきたパンとスープを受け取った。
しっかり敵の糧食を減らすのも役目だよななどと信じてもないウソを自分に言い聞かせて受け取った。
パンの量が多い。それにスープには具が大量に入っていた。
「美味い!」
なんだ、このパン。王宮にでも行けば食えるのか? って言うよりも、これ、ウワサに聞く砂糖が入ってるんじゃないか? パンがこんなに甘くて、ふわふわしてていいのか?
スープには、たっぷりと具が、しかも肉まで入っていやがる。こんなの
広場の斜め前に、さりげなく座ったアーベと視線を見合わせた。
「こいつら、こんな美味いものを食っていやがったのかよ」
「スープにも肉が入ってる。オレ達は、ここを包囲して何ヶ月経つんだよ」
無言の会話だ。
こんなのありえない。肉はホロホロとほぐれて美味い。塩漬け肉特有の臭みや硬さはこれっぽちもない。いや、それ以前に、長期籠城した城で肉が出てくるモノなのか?
側に座る仲の良さそうな男の会話にさりげなく聞き耳を立てる。
「やっぱヤマト煮が入ってると違うな」
「あぁ。遊びに行く場所はないけど、メシだけは超一流だぜ」
「こんなんだと、籠城が終わったら嫁ちゃんの不味い飯に戻れるのかなぁ」
「今日は昼にあれが出るらしいぜ」
「おぉお、オレ、アレ、好きなんだよな」
「あれが嫌いなヤツなんていないだろうよ」
なるほど。こういうものをずっと食ってるわけか。しかも「昼」だと? 昼飯のことを言っているのか? まさか戦場で3食出るのかよ。こっちは芋の粉を丸めただけの団子に塩を付けて食っているだけ。肉なんてずいぶんと見てない上に、朝と夜だけだ。野戦があるときだけは補助食で、焼いた芋が1個でるけどよ。
クソッ。オレ達とずいぶんと違いやがる。
あぁ、それにしても、このパンは甘い。ミハルに持って帰ってやりたいかったな。
今年3歳になる娘の顔が浮かぶ。
敵の司令官クラスの暗殺に成功すれば、家族にはたっぷりと慰労金をくださる約束だ。だが、敵の基地内での暗殺に「帰還」の文字などない。なぶり殺しにされるのがオチだろう。せめて、スキを見て毒を含むだけの余裕があれば良いが。
『かかぁ、あとは頼んだぞ』
愛嬌のある垂れ目のかかぁだ。料理下手でドジだが、いつもニコニコと笑っていて我が家を明るくしてくれる妻が愛しい娘と楽に暮らしてくれることを祈ろう。
スープの最後の一滴をパンで掻き取って食べ終わった時に、静かなリズムの太鼓の音が聞こえた。
城の中の太鼓は、時折聞こえていたが、これは聞いたことのないリズムだ。
途端に周りが腰をあげると、あっちこちで声が聞こえてくる。
「急げ-」
「集合だ、集合!」
遠くでも目の前でも、指揮官クラスが周りを追い立てる。
「急がねぇとな」
「中の広場だ」
「おい、急げ」
ザワザワと声を掛け合いながら、周りの連中が走っている。
こういう時に、キョロキョロするのは下策。三人分離れた場所にいる男に目星を付けて、その動きをトレースするのが一番目立たないやり方だ。
おそらく、潜入がバレたのだろう。あぶり出しを掛けてきたに違いない。ここでの選択肢は二つ。周りに合わせて動いて紛れるか、建物に隠れる場所を探すかだ。
こういう時に「カン」を働かせてこその間者(潜入工作員)だ。
建物の方は、なぜか危険な感じがピリピリしていた。周りに合わせる方がマシだろう。
それに、兵達の流れがあまりにも一方的だ。一切「別へ」がないのだ。これでは流れから外れようとすれば目立ち過ぎてしまう。「トイレ」などという言い訳も通るわけがない。
『え? ケガ人も連れ出されるのか?』
チラッと見ると、建物から一斉に担架に乗せられた者達が出てきていた。動ける者達は松葉杖を突きながら、あるいは戦友の肩を借りて建物から出てきている。
静かなリズムの太鼓は、少しずつ、少しずつ早くなっていた。
突然、太鼓が3つ刻みのリズムへと変わった。
一体何が?
驚きながらも足は止めない。どうやら城の中央に向かうらしい。広場だ。そこに一際高い演説台が設けられている。
『火災!』
全ての建物から一斉に煙が吹き出してきた。
連中、まさか潜入した敵を殺すために、建物ごと燃やすのか?
スゴイ勢いで白い煙が吹き出してくる。合間には「火事だ~」という声まで聞こえていた。
全ての建物から煙が吹き出しているというのに、コイツら、なんで平気な顔をしているんだ?
一切の消火をする気がないように見えた。もちろん、自分の素の反応を消し去って、三人離れた男の態度をオールコピーだ。
つまりは興味深そうな目で、ただ眺めるだけ。
気が付いた。どうやら、これは火事ではない。なんらかの方法で煙だけを出しているに違いない。いつまで見ても火などどこにも見えないのだから。
その時、建物から飛び出してきた人間が見えた。息を呑む。
『あれは、ゲーハとエーエフ! オマエら隠れてたのか』
おそらく煙に追われて逃げようとしたのだろう。この状態で後から出てきたのでは「間者」であることはモロバレだ。
あっと言う間に取り囲まれて、打ち据えられた。クソッ、せめて毒を飲む余裕があれば良いのだが。
心が締め付けられたが、周りの連中からしたら「憎い敵の間者を捕らえた瞬間」だ。ヤンヤの喝采に、指笛までも鳴らしている。オレも、周りに合わせて「殺せ! やっちまえ!」などと叫んでみせる。心が痛ぇ。
エーエフのヤツ、婚約者がいたのにな。せめて、毒を飲めますように。
どうやら煙によるいぶり出しは終わったらしい。なるほど。こうしてあぶり出すわけか。オレも隠れることを選んでいたら、あぁなるところだったか。危ねぇところだった。
自分の勘の良さにホッとしつつも、まだ、これだけではない気がした。油断するなと自分に言い聞かせていると、一際高い演説台に、恰幅の良い男が現れた。
ピカピカの立派な鎧は、おそらく儀礼用だろう。だが、演説においては、見映えが大事なのも事実ではある。
一斉に、全員がサスティナブル王国式の敬礼をした。もちろん、いささかも遅れずにマネをする。この程度のことは徹底して訓練されてきたから目をつぶってもできるぜ。
端に立った若い男は式典官かなにかなのだろう。儀典服を着て「直れ!」とよく通る声で号令した。こういう時に、独自の動きを仕込むことで間者をあぶり出すのはよくあること。慌てずに、一歩遅れた動作を、人一倍素早く行うことでリカバリーするのは芸の内だ。
とはいえ、これは普通の号令だったらしい。よく訓練された兵達特有の統一された動きで全員が気を付け状態だ。
式典官は、声を一段と張った。
「これより、クラ城司令官、テノール・レイル=カインザー閣下にお言葉をちょうだいする。敬礼!」
全員が再度敬礼した後、答礼に合わせて「気を付け」の姿勢に戻った。
落ち着いた貫禄のある動きで答礼をした敵司令官は「休め」と最初に言った。
ザッ
サスティナブル王国軍式の「休め」の動きも練習済みだ。寸分違わず、マネできる。このあたりに抜かりはないのだ。
「諸君、昨日は大変厳しい戦いを、よく頑張り抜いてくれた。司令として諸君の健闘に感謝したい。ありがとう」
低く、よく通る声だ。指揮官というのは声で兵を安心させるという技術も必要とされる場合がある。
その意味で、敵司令官は実に上手いと思った。首を動かさずに周囲を伺うと、何かを期待している姿にも見える。いや、こいつら、何か微妙に笑っていないか?
それが一体何なのか分からぬが、警戒しておくべきだろう。
とはいえ、この司令官を見る雰囲気は、下の者達から父のように慕われている証拠だろう。一体、どんなことを言うんだ?
「現在、大変厳しい状況にあることは、率直に皆に伝えねばならない。だが、だからこそ、みなの協力が必要なのだ。そして、我々は協力し合うことができる。仲間の背を守り、補い合うことができる。そうだな?」
わーっと、声が上がった。信じられないことに「休め」の姿勢すら崩して、腕を突き上げてみせる者、あげく指笛を鳴らす者までいた。このあたりは我が軍とずいぶんと習慣が違うらしい。
もしも、上官の訓辞中に気をつけの姿勢を崩しでもしたら、ただちに根性棒による制裁が待っているのが我が国だ。このあたりの軟弱さがあるからこそ、我が軍よりも弱いのだろうと理解できる気がした。
「生き残った我々は助け合える。だが、昨夜の戦いで命を落とした者達も、我々を助けてくれたことには変わりはない。諸君、この後、大きな戦いが待っていることを告げねばならぬ。敵は、また、一気に攻めてくるぞ! 命を捨てて攻めてくるぞ! ヤツらは強い!」
敵を誉め称えてどうするんだよと、皮肉に思えてしまうが、これもまたこの国のやり方なのだろう。冷笑を浮かべないようにするだけの努力が必要になってしまった。
「だが、我々も強い! 強くあれ! けっして引かぬ勇気を持つのだ!」
うぉおおおお!
声をあげ、腕を掲げ、指笛が吹き鳴らされた。数秒、そのままでいたところに「諸君」と再び司令官は声を上げた。
シーン
一転して静まりかえった。危ういところだった。もうちょっとで、周りに合わせていた動きがズレるところだった。連中の切り替えは早い。ワンテンポ遅れると目立ってしまうだろう。
気を付けろ、オレ! 目一杯集中して、連中の一歩先を読んで動くのだ。いち早く動かねば。
一段と警戒モードを高めたオレの耳に年配の司令官の声が低く響いた。
「最後に、生き残った我々で英霊に黙祷を捧げる」
横の式典官がすかさず「目を閉じよ! 黙祷!」と唱えた。
ざっと音を立てて、右拳を胸に当てての黙祷をまね…… 何かおかしい? 頭のどこかで警報が鳴っている。ダメだ、黙祷をしてはダメだ! 目を閉じるな!
それは単なる直感に過ぎない。しかし、頭の中で鳴り響く警戒音によって、オレは目を見開いていたのだ。
だからこそ気付けた。
誰も目を閉じてないだと?
次の瞬間、オレの右後ろと、遙か左で、ざわめきが起きた。
「こいつだ! こいつ!」
「目を閉じやがった!」
なんてこった。ここまで手の込んだあぶり出しかよ!
おそらくは、ここまでの動きをどこからか観察していたに違いない。背中をイヤな汗が流れ落ちていた。
おそらく、アーベとイーヨだろう。
頼む。毒を飲む余裕がありますように。
一騒ぎが落ち着いたところで、敵の司令官は憎らしいほどの余裕の笑みを浮かべると「ご苦労だった。これにて解散する」と低く、通る声で宣言した。
今度は本当に解散なのだろう。さっきの式典官と違って、鎧を着けた男があらわれると「司令官殿に~ 敬礼!」と命令した。
瞬間的に、敬礼しかけた手を半ばで止めていた。周りの男達は誰一人敬礼をしていなかった。
「え?」
周囲の男達が、動いたオレをじっと見つめている。
『これもワナかよ!』
逃げようと考える間もなく、グッと両腕をガタイの良い男に挟まれてしまった。
「所属と、部隊名を、と聞くまでもないな。全部、吐いてもらうぜ」
オレの腕をガッチリとキメてる男達は、ニヤリと笑いやがった。毒を含む余裕はなさそうだった。
ミハル、かかぁ、すまん……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
小田原城や江戸城クラスになると不可能ですが、こういう野戦用の城だと、潜入工作員をあぶり出すための符丁や決め事がたくさんあったようです。本来は、数カ所に分かれて実施しますが、物語の都合上、一箇所にまとめました。ご了承ください。
なお、昼に出る「あれ」とは、当然、カレーです。家庭用ではなくて業務用のカレールーを使っています(かなりデカい缶詰になっています)
なお、後々に出てくる伏線になるかどうかはコメントできませんが。演台の端にいた「式典官」役がテノールであり、演説したのは副官のドミンゴです。城兵達は、もちろん我らが司令官の顔を知っていますので、役目とはいえ司令官になりすまして演説するドミンゴをニタニタ見つめていました。当然、ベテラン兵達は後で冷やかすつもりです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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