第7話 クラ城の1月23日
1月23日。
王都で華やかな式典が行われている頃、クラ城では連日、壮絶な戦いが続いていた。
以前に、テライ達の夜襲が歴史的な結果として「敵司令部壊滅」を起こした。そのためガバイヤの攻勢はいったんは途絶えたのだ。城の包囲はそのままであったし、散発的な攻撃は続いてはいたが、年末頃まで守城が途轍もなく楽になった。
ところが年明けと共に、新たな将軍達が着任したらしい。最初の様子見が終わったのだろう。10日過ぎくらいから攻撃が一気に激化したのだ。
外部支援部隊として派遣されているミュートからの情報によれば(暗号文による矢文が時々届けられる)軍務大臣の秘蔵っ子でもある若手将軍のムタクチというらしい。こいつがヤバかった。
味方の損害を一切気にすることもなく、なおかつ、夜襲における「損害無視攻勢」を多用する指揮官なのだ。
守備をしている指揮官と兵が冷静に対応すれば、相手は損害無視の攻勢だけに対応は難しくない。きちんと守れば敵兵を大きく減らすことができるとは言え、この攻撃は守兵の気力と体力を確実に奪っていった。
なかでも、指揮官は心の安まる時間など無くなった。
攻撃側が一方的に時間と攻勢点を選べる分、守る側からしたら完全にランダムな強襲が昼も夜も常に続いている感覚だ。
一般の兵士は交代制を取ればまだしも、指揮官クラスになればベッドに潜りこむ時間も取れず、食事だって指揮所で片手間にすませるしかなくなる。
せめて、とニィルが特別に作る食事も、サンドイッチのように片手ですませられるものが多くなっていった。
一方で、人的損害を多大に出している割に敵の士気は思った以上に高かった。敵の将軍ムタクチとおぼしき人物が最前線まで来て、大声で督戦するからである。
H型鋼を使った矢倉からの狙撃が既に三度、ムタクチを貫いているが、一度たりとも手傷を負って退いたことがない猛将ぶりなのだ。
こうなってくると守備側でも嫌気が差してくるのは当たり前。まるで人であることを捨てたかのように「かかれ! かかれ! かかれ!」というムタクチの声だけで恐怖を感じるようになってきた。
「ここが
二回りも年上である副官のドミンゴが、小さな、しかし力強い声で囁いてくれている。もはや、この声とニィルの作る食事とお茶だけがテノールの正気を保たせているのかもしれない。
共に朝日を浴びながら、並んで城を見回すテノールの目は落ちくぼみ、無精髭を剃り落とす気力すら湧いてこない。
「朝イチで確認しました。昨日のあそこはいったん捨てます。虎口の第二壁だけはなんとか回復させますが」
「そうですか。虎口の第一は無理ですか?」
「余裕があれば直しますが、今、あそこを突かれたら直すどころではないです。内側に張り直した方が安全です」
その報告は「とうとう内壁を越えられた」という現実を見せつけていた。
昨日の夜は、アオ城からの連絡通路沿いに猛攻を受けた。こういう場所は敵が狙うことは想定済みである分、シカケをしてあるのが当たり前。
敵も当然、分かっているはずだ。
いわゆる「虎口」と呼ばれ、侵入してきた敵を取り囲んで上から狙って狩り場にするシカケだ。
当たり前の指揮官なら、絶対に避ける。常識以前と言うよりも、城攻めの指揮官が絶対にヤッてはイケないことだと言って良い。ところが敵はそれを平然と無視した。
昨日は二箇所を同時の夜襲だった。であれば、当然、虎口側は囮だと考えるのを逆手にとって、損害無視の力業で虎口の壁をわらわらと這い上ってきたのだ。
取り囲む全ての壁に敵のハシゴが同時に掛かる勢いだった。
結果的に100人で守っていたところに2千人を超える敵が押し寄せていた。
実際、ポロポロと敵が壁を越えてきたのだから、まさに危機一髪。辛うじて押し返せたのは、外部との連携のお陰だ。
ミュートがギリギリで城のピンチであることに気付いて、タックルダックル隊の大半による背後攻撃をさせたおかげだ。夜陰に紛れての背後からに、敵兵は「同士討ちか」という疑念によって大混乱に陥ったからだ。
明るくなって行われた確認によって、事実上、虎口のあった付近を放棄すると言うことになる。
当然ながら、内側に急造する城壁は、元の壁よりも防衛機能は落ちる。クラ城が初めて喪う城の一角となってしまった。事実上、虎口のあった付近を放棄すると言うことになる。
したがって、テノール達首脳部は朝一番に損害箇所の手当てと人員の損害の確認に追われていた。
・・・・・・・・・・・
ガバイヤ王国の遠征軍指揮所において、ムタクチは最前線以外で、珍しく吠えたのだ。
「よし! 昨夜の損害は無駄ではなかったぞ!」
損害無視の攻勢を重ねること十数度。すでに万の単位で死者と離脱者を出し、重傷者も同じだけ出しているがムタクチによれば「この程度は、出るべき犠牲である」と一顧だにしてない。
それどころか「片手でも剣が持てるなら戦力である。我も、矢傷を5箇所負い、うち1本を抜くのは敵の城が落ちてからよ」と平然としている。
しかも、その口調に一切の高揚がないのがかえって不気味だった。
いつもは空威張りでも豪快さでもなく、淡々としたムタクチの言葉に、司令部の部下達は誰も逆らえなかった。
しかし、今回は珍しく吠えたのだ。
珍しく正面突破以外の「作戦」を立てて、しかもそれが上手くいったためであろう。
夜襲による強行突破の混乱に紛れて、工作員を侵入させるという手口だ。考えるのは簡単だが、この戦いによる離脱者は千を超えてしまったのだから、誰にでも割り切れる作戦とは言えない。
それを実行してしまうガバイヤの司令部は凄まじい狂気に支配されているのかもしれない。
とは言え、これには理由がある。
一時は落城が視野に入ったところを敵の夜襲で司令部を一気に喪い、城攻めが停滞してしまった。国内の食糧不足は極めて逼迫しており、村々では餓死者が生まれ始めているところだ。
シーランダーへ派遣した部隊も、購入できた食糧は雀の涙ほど。
あと数ヶ月で、国の備蓄食糧はゼロになる計算であったが、念のためにと参謀のキャラカが命じて「軍による調査」を行ったところ、既に各地の倉庫は略奪された後だったのだ。
つまり、それはガバイヤ王国は国として民に与える食糧が事実上のゼロとなったことを意味していた。
当然、王宮の備蓄と各軍が備蓄している食糧はあるが、このまま城攻めを継続すれば、それとて3ヶ月でゼロになる計算だ。
ここにきて軍務大臣は「サスティナブル王国攻略」の機運を逃すわけにはいかず、子飼いの猛将ムタクチを起用することで、早期攻略を目指すしかなくなったのだ。
その後押しに、急遽、国内の貴族が抱える手兵をかき集めて1万の軍として送り出すなど、手を尽くしている。
後は、ムタクチが城が抱える補給物資をどこまで押さえられるのかに掛かっている…… いや、ここまでくれば、もはやそんなモノは後回しだ。
援軍の来ない孤城を落とせなかったと言われることだけは避けないと、作り上げてきた「積極策の機運」が全て水の泡となってしまうだけに、必死だったのだ。
従って、遠征軍司令官としてムタクチは「我が国のために何が何でも早期開城」が至上命令なのである。そのためになら、大げさに言えば手持ちの兵を全てすりつぶしても構わないと考えていた。
とはいえ、ムタクチもバカどころか、作戦面で言えばエリートとも言える道を辿った将校である。
猛攻を繰り返したのは、昨夜の夜襲が「いつもの夜襲だ」と思わせる点にあったのだ。
城を守る側からしたら、いつものように損害無視で壁を登ってきた敵が、いつものように強硬策で突破を狙ってきて、いつものように限界を迎えて引いた。
相手にそう思わせることこそが、付け目であった。
「何人侵入できたんだ?」
作戦担当のレンヤ参謀は自信なさげに「確実な計算はできませんが、5人は入れたかと思われます」と答えた。
敵兵から分捕ってきた鎧や兜を身につけさせて夜陰の混乱に紛れて忍び込ませようとした工作員は30人。しかし、壁の外で討ち取られた者が20人ほどだ。確認できない死者が半分としても5人は入れたはずだ、とレンヤは考えたのである。
そこに根拠などないのをムタクチは気付かない。
しかしムタクチは、ふむふむと上機嫌になる。通常、軍の報告は確実性を優先する。したがって、あの大混乱の中で「5人入れた」と報告された以上、その倍は入っていておかしくないからだ。頭の中では「10人もの工作員が潜入している」が前提となる。ムタクチの狂気に飲み込まれた司令部では、その齟齬に気付くモノはいなかった。
「よろしい。それだけ入っていれば、後は、混乱を起こしてやるだけだな」
狙いは指揮官である。どんな堅城も、いや、これだけ粘ってきた堅城だからこそ、指揮官がやられた時の崩壊は一気に来るものだ。
「作戦通り、本日の天中(正午のこと)でよろしいですか?」
レンヤが確認を取る。
「時間が経てば経つほど、見つかる可能性が出るが、指揮官が見つけられないと無駄になるからな。昼まであれば十分だろう。予定通りでよろしい」
かくして、グルリと取り囲んだ攻城部隊に「天中をもって全軍での突撃」を命じたのであった。
・・・・・・・・・・・
その頃、城の中ではドミンゴとテノールが話し合っていた。
「これは、黙祷が必要だな」
「はい、司令官。敵が攻勢を掛けて来る前に、城内の全兵を中央広場に集めます」
「朝食前が良いだろう。短時間ですませよう」
ドミンゴは、各部隊長宛に、壁で直接守備をしている者以外、部隊を問わず、全員による黙祷を行うと通達したのである。
城内の大太鼓は、静かなリズムで「集合」と叩かれたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
城攻めの時は、内通者を作るか、スパイを送り込むのは基本的な作戦の一つですが、内通者を作るには普段の信頼関係が必要なため、このような「新造の城」には難しいです。そのため、無謀な突撃を繰り返しておいて、スパイを紛れ込ませる手段としたわけですから、ムタクチ将軍は、優秀なのか、無謀なバカなのかサッパリ分からない人ですね。まあ、どんな手段でも、最後に勝ちゃあ、優秀って言われると言えば、それまでなんですけどね。
こちら側の歴史で見ると「乃木さんの所よりも児玉さんのところに送られる方がいいなぁと」と一兵士としては思ってしまいますよね
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます