第6話 野球
最も原始的な飛び道具って何だと思う?
人類が手と道具を使うことを覚えたころから使ったのは「石を投げる」ってやつだよね。まあ、実際に投げるモノは石じゃなくても良いんだけど、とりあえず、その辺にある石を投げるのが一番手っ取り早い武器になるわけだ。
前世の日本でも、60年代の東京は、道路の舗装は「石畳」が普通だった。ところが学生運動が盛んになってきて、暴れる連中は、神田の道路を舗装していた敷石を徹底的に剥がして機動隊にぶん投げてた。剥がした石畳をそのまま投げることもあれば(きっと体育会だろう)、計画的にたたき割ってから手頃な大きさにして投げる連中もいたし(きっと理工学部に違いない)、他の人が一生懸命投げている間に「アジ演説」をしている連中もいた(文学部だろう)らしい。
ちなみに、これに懲りた大人側は「学生に武器を与えないように」ってことで、国会周辺の道路を大急ぎでアスファルト舗装に切り替えたほどだ。
学生が投石と火炎瓶、機動隊は高圧放水で対決する姿は、当時の定番だった。機動隊の放水は水がなくなると終わりだけど、学生は、その辺にある石を拾い集めてバンバン投げてた。
その辺の子どもが投げた石だって、当たれば大人が怪我をする。たとえ文学部のガリガリくんが投げた石でも機動隊の持つジュラルミンの大楯をボコボコにする威力があったらしい。まして野球部なんて、驚異的な殺傷力を持っていたんだとか。
つまりは石こそが人類最古の飛び道具だ。
たださぁ、実戦経験を積むウチに気付いたんだけど、石を投げる兵士ってほとんどいないんだよ。ちなみにウチでは迦楼羅隊がピーコックさん達との演習で試したら、それなりに結果は出たけど、思った以上に結果が微妙。
相手が鎧を着ているからだ。
演習では割板を割れば良かったから有効だったんだよ。
そりゃあ、確かに全身鎧じゃなければ、痛い部分もできるかもしれないけど、致命傷になるわけではない。
第一、あの時は事前に大量の石を集めておいたから、煙の中で無制限に投げ続けられたのが効果を生んでる。しかし普通の戦いなら、その場で石を拾う余裕があるわけがない。かといって、戦う前から持ち歩いたら重いという難しさ。
効果抜群ってわけでもないのに、石を準備しておいて投げろと言っても「その分、ヤリで突撃しますから、勘弁してくださいよ」って考えるのが普通だ。
あ、演習の時は「割板相手だから」と思ってくれたらしくて、すごく好評だった。
「石を投げるだけなら、相手も死なないし、さすが考え抜かれてますね!」
つまり「手加減用の武器扱い」という称賛の声が雨あられだよ? 実戦でもやれって言う度胸なんてオレにはないよ。
でもさ、武田信玄は石つぶてを投げる専門の部隊を作っていたし、実際、三方ヶ原の戦いでも300人の部隊が石つぶてで多大な戦果をあげたって話もある。
一体何が違うんだろうと思ったら、根本的に投げ方が違うって分かったんだよ。
石つぶてを投げる部隊は「専門職」だからこそ成果が出たんだ。
なぜかって?
この世界の貴族達は、モノを投げたことがないからなんだ。ちょっとビックリだろ? だから、そもそも「相手が何かを手で投げてくる」という発想自体が無い。
(「投げ槍」は、騎士の恥だとされてる。そもそも当たらない上に、自分の武器を投げるってことは、後は逃げるんだよねってことになるらしい)
もう、ずっと遠い昔に感じるけど、新歓キャンプで賊に乱入された時に暴れたことがある。あの戦いの時、微妙に不思議な感じだったんだよね。
軽いバットでフルスイングしたスピードを見極めて、重い剣で簡単に受け止める技量のある敵だった。それなのに、オレがバットを投げたら、運痴クンがドッチボールをしている時みたいに顔面で受け止めちゃったんだ。
あれは、こっちがバットを投げることを全然考えてなかったからだとしか思えないんだ。あ、オレがバットを投げたこと自体は「全ては作戦で、相手を驚かすために何でもやったんだろう」って受け止められたらしい。
ともかく、こっちの世界の人は、石を投げさせるなら特別な訓練が必要だってことが分かったんだ。
そこで……
野球部が使わなくなった硬式ボールとグローブを左右セットで出して、こっちの世界の職人に作らせてみた。革細工の技術はそんなに劣ってないからね。もちろん、金箔押しとかプリントはできないけれど、十分に実用的なモノを量産できた。
それを王立学園の希望者に渡して「キャッチボール」を教え込んだんだ。
まあ「やってみたい人~」って言ったら、男子全員が応募してきちゃったんで、体育の先生に運動神経の良い子を20人ほど選んでもらったのは笑えるけどさ。
その子たちに基本的な投げ方と取り方を教え込んでおいた。最低限、キャッチボールが、なんとかサマになるくらい。
野球のルールを全部教える余裕はなかったから、ざっと説明しておいて「後は考えながら決めなさい。君たちが上達すれば、我が国の重要な戦術が生まれるかもしれない」な~んて言ってみたら、みんな目を輝かせ頷いてくれたよ。
野球を流行らせれば、自動的に「石の投げ方」も上達するからね!
へへへ
我ながら、ナイスアイディアだよ!
まともに野球を覚えれば、肩の強い子なら50メートルは簡単に届くし、スピードだって出る。至近距離からの130キロなら鎧の上からでもダメージが出るのは確実だよ。
ということで、コーナンには「来年度のカリキュラムに野球を入れさせて」とお願いしておいたわけ。
本当は、もうちょっと丁寧にルールとやり方も説明したい所なんだけど、あいにくの出動だ。後は、いろいろと考えてもらうしかないんだよ。
まあ、考えて見れば、いくら「野球」と名付けても、前世とまるっきり同じにしなくちゃいけないわけじゃないからね。
そして、野球を導入したことなんて、うっかり忘れてしまったオレは、いろいろな騒動が落ち着いてから、王立学園の授業を見学に行って、あらぬモノを見てしまったのは、また別の話なんだ。
とはいえ、カリキュラムの話も終わって、アテナへの可愛らしい「お仕置き」を終えた後のコトだ。
当然、アテナに独占させるわけにはいかないから、みんなで順繰りにイチャついていたんだよ。
みんながいったん下がると、メリッサがやってきた。
第一夫人の心得だとでも言うように、寝る前の最後が自分の順番だと義務づけているらしい。(その後、みんな一緒に寝るよ)
「あれ? ニアは、まだ来てないけど。体調が悪いの?」
「病気ではないので、ご心配いりませんわ。あ、後で添い寝の時はいらっしゃいますので抱きしめてあげてくださいね」
もう、その表情を見ただけで、さすがに察した。
「良かった~」
嬉しいって気持ちはもちろんだけど、どっちかというと「安心した」という感じが強いんだ。だって、ニアが産むつもりになってからずいぶんと経ってる。
幸いなことに、側妃だし、他の女性に子どもが生まれているから目立たないけど、とっくに「おめでた」になっていてもおかしくないんだよ。むしろミネルバよりも先であってもおかしくなかった。
だから、密かに悩んでいるのは気付いていた。ウチの嫁さんズなら、それで何かを言うのはありえないけど、やっぱり一番気にするのは本人だもんね。
ただ、まだ確証のない段階だから、本来、オレに言ってはいけないらしい。そのためメリッサが「体調は悪くないですよ」と伝える形を取ったということ。
もちろん、この後、本人と妊娠の話をしたり「ありがとう」というのもダメ。あくまでも「聞いてなかった」ことにするんだって。
ということで、メリッサと相談しながら、いくつもの名前の候補を挙げておいて、その日が来たらニアに選んでもらう形にした。このあたり、ホントはメリッサだっていろいろとあるんだろうけど、少しもオレに見せないのがスゴイ。
「メリッサ」
「はい?」
「君はオレにとって最高だよ。結婚してくれてありがとう。愛してるよ」
前世なら、絶対に言えないだろう「愛してる」を実に素直に、そして心を込めて言えたんだ。
「もう~ 私も愛しています。ショウ様と会えて、私は幸せです」
身体を交わすことは無理だったけど、心の奥までつながった気がするよ。
こうして、翌朝、オレは何年かかるか分からない「旅」に出発したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
現在は野球の人気がさっぱりで、サッカー部の中学生が、体育の授業でソフトボールをやらせてみたら、何とかバットにボールを当てて、そのまま三塁に走り出すなんてことがマジであるそうです。そのくらい、野球ってやらなくなりました。野球というか「キャッチボール」をしたことがない人が、モノを投げて当たらないし、スピードも出ません。でも、草野球のピッチャー程度のスピードでも、石を投げられる人なら強烈な破壊力になります。それを狙っています。
学生運動の「デモ」って言ってもイメージが掴めないですよね。
動画でごらんください。
参考 神田カルチェ・ラタン闘争 1969年
(https://youtu.be/fulfN26Nlbk?si=r6ZIV3HCQ6XfaaWZ&t=50)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます