第5話 影の戦い
ファントムの仕事はロウヒー家騎士団の目的を探ること。
これを最優先にする。
それにしても、ゲールとロウヒー家の反乱は、今さらながら痛すぎた。あっちこちに禍根を残したけど、中でも御三家の影と王家の影との死闘は、本当に痛かった。
王家の影は組織がデカいし、長い年月の間に積み上げてきたノウハウは圧倒的。けれども、御三家の影には、それぞれ特化した優秀さを持っていて、ある部分では王家の影をも凌駕していた。
そんな組織がガチでぶつかったのだ。どちらにとってもギリギリの戦いになったらしい。
御三家の影の中枢部まで何度も追い詰めた代わりに、前の長やヒカリ自身が狙われたことすらあったのだとか。
大陸最大で最強の情報組織である「
それは、もはや災害レベルというか。街中で巨大怪獣と怪獣三体が徹底的に取っ組み合いをしたようなもの。どちらも致命的に近い手傷を負ってしまったわけだ。
スゴく比喩的に言えば、たった数ヶ月のバトルで、どの組織も30年分以上の人員損耗となったらしい。
人員の損耗は、一人の能力が高ければ高いほど、深刻なマイナスをもたらす。
ほら、こういう組織って「失敗したら死をもって
だって優秀な
な~んて、エラソーに言ってるオレだって、それをヒカリに教えられて「なるほど!」だったんだよ。
それぞれの優秀な組織が人員不足に苦しめられているってなったら、普通なら「統合しちゃえばよくね?」となるんだけど、そうも行かない。
今現在はオレと御三家とが実質的に一体となっているから矛盾は無いんだけど、何世代も経つと、やっぱり御三家は自家独自の組織を必要とするのは明白なんだ。
「じゃ、今だけ一時的に手を結ぶのもダメ?」
「不戦協定、あるいは情報の限定的な取り引きならば可能だと思いますが、我々が直接、情報のやりとりをするのは長期的に見るとマイナスが大きいと思います。どんな情報をどこでどう入手できるのかということを他の組織に知られるのは、正直、怖いです」
あ~ インテリジェンスウォーってやつか。
どういうことかっていうと、一番わかりやすいのは「偵察衛星の画像」の解析能力が各国の最高機密とされているってヤツだ。
現在のレベルだと「車のナンバープレートが読み取れる」なんて話もあると言われてる。でも、新聞なんかで見たことがないか? 偵察衛星の画像ってやつ。なんらかの理由で画像を発表する場合は、あ~んな感じで大幅に解像度を落として「建物の形がおぼろげに分かるレベル」にしてるわけだ。
どこまで見えるのか?
これを常に他国には分からないようにしているんだよ。だから、時には味方がやられることが分かっていても、偵察衛星の機密が漏れないように知らん顔をしていると言われているんだ。
そして、こっちの世界の「
なんだかんだで「スパイ行為には信頼関係を作らないとダメ」ってヤツだね。もちろん、そのためには脅迫もワイロも、いや手練手管を駆使して取り込むんだけど。
クオリティの高い情報を持っている人は例外なく、その国で地位や立場を持っている人だ。だから、そういう人に近づくためには、偉くなる前に目星を付けて、そこから長い、長い時間とお金をかけて、成長を見守る、あるいは助ける必要がある。
もしも「この国のここで、こんな企みがありますよ」を他の組織に教えてしまえば、その内容から、潜りこませている人員やその弱みがバレてしまう可能性があるってこと。
数十年を掛けて育てた潜入工作員(草)を、そんなことで危険にさらすわけには行かないから、ヒカリの言うとおり「今だけ、一時的に」なんて不可能なんだ。
となると、オレができるのは3つだけだ。
1 不意に出くわした場合に、お互いが手を引けるような符丁や暗号を作っておく。
2 現在のオレの力を活かして担当する国・相手によって組織を使い分ける。
3 最優先ではないが、最重要な課題としての人員補充を考える。
ここで、アマンダ王国の「国王代理」となった点が生きてきた。なんと、あちらの国の「影」から接触があったそうだ。
これについては、その裏取りはブラスに担当してもらった。OKならばオレの現地到着をもって交渉することにした。上手く行けば、あっちの組織は吸収しちゃっても問題ないらしい。
2については、この後のこと。とりあえず、王宮内の影については皇帝としての権力を使って、各貴族家に「大変切実なお願い」をすることにした。
そうするだけで王宮内の安全度が格段に高まるのと、無駄な暗躍が半分以下になるらしい。ここについては、ヒカリを信じて、望まれるがままにしてみることにした。とりあえず「王宮内で自家の影を使わないでね」って、頼んでみることになった。どんな風に言うべきかは
3については、朗報があった。
「王国内でのショウ様の人気がすごいので、はじめから忠誠度の高い人物を拾いやすくなりました」
「そう言うのって関係あるの?」
「はい。とても重要です。たとえば、娘がならず者に襲われたと言う人物がいて、自分もあわやというところを救われたとしたら? それに、飢えて死ぬかもという子どもがご飯と仕事をもらったとして、くれた人に恩返しをするかって聞いたら?」
潤んだ目で覗き込むヒカリだ。
「そんなヤツ、いるわけ…… あ、いっぱいいるかも。特にアマンダ王国に」
作戦のためとは言え、ローディングの騒動の時に助けた人達は直接間接、千や二千じゃないはずだ。
「はい。現在、あの国にも、そして我が国だって孤児達や子どもを喪った人々は大勢います。まさに宝の山という感じです。忠誠心を植え込むよりも、元からあった忠誠心を育てることの方が何十倍も簡単なので」
「で、それを人材にするまでに時間が掛かるってわけね」
ってことなんで、従来の費用以外に、オレ個人の資産から5年分を渡した。といっても、個人で持つにはあまりに重すぎるから、ブロンクスを通じて受け取る方法を考えてもらうことにした。
とまあ、こういう話を一気にしたわけじゃないよ? あくまでもピロートークとしてだ。
そして、やっぱりヒカリの体力はすごかった。初めてだって言うのに、明け方まで続いちゃったんだもん。
そして最後に、ヒカリの可愛らしい「声」を搾り取って1分もしない時だった。いきなりお目々がパッチリ。
「それでは、以後は王の執務室にて、お待ちいたしております」
「え?」
「案内のメイドが参りますので、昨晩のお部屋にお戻りください。お目覚めの時にいらっしゃらないと、何が起きるか分かりませんので」
ふわりと掛け布団が舞い上がったと思ったら、落ちてきたときにヒカリはいなかった。
うーん。普通に部屋から出ていくって選択肢はないんだ? ん? まてよ? きっと秘密の通路を使って移動してるんだろ?
「ふふふ。ヒカリが、裸でのこのこ歩く姿は、ちょっと笑えるかも。おっと、アテナが目を覚ますって言ってたな。急がないと」
こういう時にパッと服を着られるのは武人の嗜み。部屋を出ると老メイドが待っていた。
「こちらへ」
「うん。わかった。まだ、目を覚ましてない?」
「そろそろかと」
「わっ、実は、こんなに近かったんだ?」
「はい」
あっと言う間に執務室に着くと「ここまでで」と深々とお辞儀。
「ありがとう。お姉さんにもよろしくね」
「は?」
ワケが分からないという演技をしてたけど、微かに、覚えのあるニオイがしたんだよね。しかも、老メイドが絶対させられないタイプの匂いだ。
『このあたりはサムが良いことを教えてくれたよなぁ。シャンプーや石けんの匂いの大元には、特有のニオイがあるんだって。ま、オレにはよく分からない部分だったけど、化粧品で匂いを変えても、変えられない部分ってあるみたいだ』
とはいえ、オレの推理はもう一つ。
自分の弱みになりかねないタイミングで人をよこすなら、一番信頼している人を、それも最小限に使うはずだってこと。
そのためには、ここに案内した人物を、もう一度使う方が都合が良いんだよね。
執務室に入ってみると、うん、ジャストタイミングだったっていうか、目覚めたところだ。泣いて謝るアテナを落ち着かせるのは大変だったけど、ともかく、今晩「お仕置き」することで納得してもらった。
え? もちろん、一晩掛けて、全力でしちゃうよw 途中でギブしたら、きっと代わりたい人もいるだろうしね。
なあんてことを考えながら、ふと机の上を見たら、いつの間にか紙が置かれていた。
・・・・・・・・・・・
正解です さすが
推察の域は出ませんが、誰かを探している様子があるとのこと。
追伸:当然着てます。
・・・・・・・・・・・
う~ん。聞こえてたか……
昨晩と違って、妙にカクカクした文字を使っているのは、仕事上のメモだからだろう。
それにしても、誰かを探してる?
ともかく、出発までにできることをしておかないと。とりあえず、今年の王立学園の卒業式は諦めるしかないなということで、今年の名誉校長を務めるシュモーラー家のコーナンを呼び出したんだ。(名誉校長は侯爵家の回り持ちとなっていた。昨年はカルビン家)
新しいカリキュラムについての打ち合わせをするためにね。
サスティナブル帝国の新戦力を生み出すために、ちょっとだけ流行の種を蒔くよ!
こういう表に出ないこともヤッておかないとね。
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作者より
サム君とは、ちょくちょく話をします。いろいろと力説されていますが、今ひとつ、匂いのことは分かりません。ただ「野外演習の時にボクは一発であれがメリッサ様が刺繍されたものだと気付きましたよ!」と発言したのを聞いています。なんとなく、紛失した旗が、どこに行ったのかは察しました。もちろんショウ君は突っ込みませんでした。ただ、サム君が家に来るときは、家族の下着は徹底してしまっておくように言わないと、と決心しています。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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