第3話 謎の南進

 1月24日


 サステインの誕生記念パーティーが御三家の連名で開催されることが国会で決まった。


 しかし、パーティーに出る余裕はないのが現実だ。想定外が起きてしまったのだ。


 いつものメンバーが揃っている中で、ブラスが額のシワをさらに深くして報告した内容は衝撃的なモノだった。


「ロウヒー家騎士団が全力で出動した」


 16日に北へと出動したのとは、全く雰囲気が違うというのが重要な付帯情報だ。


「領都ボンにいた、ほぼ全員が北の地へ出動しての演習だった。そして、戻ってくるやいなや休む間もなく全力で南へと向かった。その時とは騎士団全体の雰囲気が違うそうだ。各地に残してある対北方遊牧民用の戦力も、続々と集まってきているらしい。ボンから出たのは300だが、最終的に千を超す見込みだ。全て南へ向かっている」


 淡々と状況説明をしたブラスの言葉が途切れても、しばらく誰も言葉が出せない。


 こんな時に「信じられん」などと、愚かな言葉を挟むほど愚かな人間は、ここにはいなかった。


 ただ、あまりにも切迫感と困惑を含んだ空気を嫌ったアーサーが、冷笑を浮かべて言った。


「世の中、想定外のことが起きるものですなぁ。我が家はドルドが生まれて喜んでいたら、後は続けて三人も娘でしたぞ」


 優雅に紅茶を飲んでみせるところまでが貴族としてのアルテである。


 さすがに、ショウも、これには噛みつかない。分かっていて使っているネタだからだ。


 重々しい空気が多少ともかき回された。


 だが、この情報を知るまで、ロウヒー家騎士団が出動することを予想した人間は、誰一人いなかった。それが千騎もいるという。王都を落とすにはあまりに少ないが、実戦経験の豊富な騎士団である以上、けして軽視してはならない数である。


 むしろ、この数での来襲は目的地を絞り込むことができない。敵が機動力を持った騎馬隊である以上、対策は困難を極めるのだ。


「敵は戦力が集まるのを領地内の街のどこかで待つつもりらしく、今のところ領境から出て来てないのが救いです」


 出席者の手元にはブラスがガリ版刷りで作った簡単なマップがある。それによれば主な街だけでも20を越え、人口が3千以下のレベルを入れれば100に届きそうだ。


 王都を落とすことが目的だとしたら、話は遙かに簡単だが、それを想定する人間は一人もいなかった。


『遅滞行動としてのジェノサイド』


 頭に浮かんでいるのは、領を守る代わりに「攻撃的な防衛」を選んだ可能性である。


 騎馬の機動力を活かして、あっちこちの町や村を徹底的に破壊していけば、こちらは後手に回らざるを得ない。そして、敵の破壊活動を止めるまでに、どれほどの民が損なわれるのか考えたくもないほどだ。


 いくら、敵が攻めてきたせいだと言っても、民の感情は理屈ではない。守ってくれなかった祖国に怨みがつのるのは、ごくごく自然なことなのである。


 バッカスが悔しそうに言う。


「せっかく、閣下が殲滅戦に持っていってくださったのに」

「バッカス様、それは、いったいどういう意味ですか?」


 こういう時、ドーンは素直に聞くことができるのが美点だ。また、ショウを除けば「大人ばかり」の中に置かれている自分の役割を理解しているとも言える。


 実はあやふやになりがちな基本的なことを素直に尋ねて確認すること。それこそがドーンの務めなのである。


「本来、ロウヒー家騎士団の戦力はできる限り温存したいのだ。我々の処罰対象は敵の首脳部であって、我が国のために懸命に戦ってくれた騎士団が悪いわけでは無いからね」

「それなのに、壊滅状態に持っていったわけですな?」

「左様。万が一、敵の戦力にまとまった形で逃げられると、村々を襲い始める可能性があったのだ。だから、ああやって、根こそぎにする勢いでいかねばならなかった。そうですな、閣下?」


 バッカスが急に話を振ってきた。


 ショウとしては「さすが、よくおわかりで」と言えないが、さすがにそれを言っちゃぁお終いなので「卓見である」と言うだけに留めておいた。


 ドーンは「なるほど。やはり勝ち方を選ぶというか、勝った後のことも考えていらっしゃるのですな。私は、そこまで考えが至りませんでした」と感心してくれている。


『大丈夫、君の横にいるフレデリックお父さんも、初めて分かったみたいだからw』

 

 そこに、ノーブルが「厄介ですな。どこから手を付けますか? それともゴールズを呼び戻しますか?」と合いの手を入れてくれたのは、誘い水。


 表情からすると、ゴールズを呼び戻すなんて愚案ははじめから考えてないのは明らかだ。このあたりは老獪なやり口である。


「ゴールズは、現任務を続行します。それと、バッカス?」


「はっ! 国軍と各騎士団の件ですね?」


 現在、全力動員中である。今回のロウヒー家接収には、どうしても「数が勝負」でいくことが必要だからだ。


「計画通りに実行して。ただし、スコット家とカルビン家の騎士団をください」

「もちろんです」とブラス。

「私も参りますぞ」とフレデリック。


「ありがとう。ただし、カルビン家はドーンが来てくれるので、ご当主は王都でお待ちになってください」

「そ、そうですか」


 顔の汗を吹いて下を向いた父は、恥ずかしさと息子を慮る表情。

 一方で、顔を輝かせて胸を張る息子の対比がすごい。


「3日後、両家からの300騎と共に出立します。それ以外の動員計画は変更無し。ヨク城を起点に展開を」

「ハッ! 万障を排して必ず」


 バッカスの返事は心強かった。


「アーサー」

「はい。そちらは、お任せを」

「よろしく頼む。メリッサもあなたを頼りにしている」

「メリディアーニ様であれば、私など必要は無いでしょうが、閣下のみならず我が国にとっても大事な記念祝賀です。何通りにも何重にも目を配り耳を尖らせて、最高のパーティーにしてご覧に入れます」


 典雅な返事は、サステインの誕生記念パーティーの件だ。こういう部分を貴族的に運営するのなら、アーサーに並ぶ者はいない。ただし、全面的に意見を取り入れると、多分、予算が倍掛かってしまうのは仕方ないことだ。


『ま、そっちは目をつぶるしかないよなぁ。ともあれ、みなさん優秀だから、オレが基本方針を示しさえすれば、いいだろう』


 事実、この後は細かい意見や疑問、確認は、一気にスムーズな流れとなった平常モードとなったのである。

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

  

 会議室を後にして、複雑な配置の廊下と階段を上り下りしていると、アテナが「できれば」と言葉を出してきた。


「あ、やっぱり分かっちゃうよね?」

「ごめんなさい。ボクが言っちゃいけないのは分かっているんです。でも、危険すぎます。今回はボクも立ち合わせないおつもりですよね?」


 ボクッ子の本性が出ちゃってるよ。心配してくれてるんだね。


 そう。前回はアテナが同席した。しかし、何となくなんだけど、今回はアテナを横に置いたら信頼関係が結べない気がしたんだ。


「ま…… でも、そんなに心配しなくても大丈夫だから」


 いや、根拠は無いんだけどさ。


 そこからポツリ、ポツリと話しながら歩くと、どうやらアテナは会議の最中で既にオレの決意を見抜いていたと分かった。


「仕方ないよ。この時期のロウヒー領のことまで調べてあるなんて、御三家の影では不可能だもん。ちなみにアーサーも知らなかったよ」


 フォルテッシモ家の調査能力は高い。特に他家の動向を常に調べ続けているのは特筆すべきところだ。以前は、カーマイン家の執務室に掛けたばかりの絵まで調べていたほどだ。


 しかし、いかんせん、情報の調査・伝達能力が「平時」に特化しすぎている。そのため、いちど国賊となってしまった領地からの情報収集は、かなり限定されてしまうらしい。


 だから、敵の騎馬隊が、いったい何のために「遅滞行動」以上には意味のない出兵をしたのかわからない。


 もしも、それを調べられるとしたら、この国に存在する秘密情報組織では、ただ一つしかない。  


「今回は、敵の目的次第では民に大きな迷惑が掛かる。平たく言えば、数千、いや万の単位で人が死ぬかもしれない。だから、やってみるしかないんだよ。まあ、説得できるかどうかは分からないし、説得できたとしても分かるかどうか読めないけどね。あくまでも可能性さ」

「ショウ、さ…… ま」


 パッと振り向くと、まつげをフルフルと震わせて見上げるアテナ。普段の強気は影を潜めて、ただ「心配」だけを映し出している瞳がオレを見つめている。


「大丈夫だよ。引き受けてくれるかどうかはともかく、今のオレをやっちゃっても、彼らに何のメリットも無いからね」

「で、でも!」

「心配ないよ。あ、場合によっては長く掛かるかもしれないけど、オレを信じてくれ」


 オレを見つめるのは最強の護衛でもなく、所有物でも無く、ただ、オレを愛する一人の女の子。


「お待ちしてます.必ず、お待ちしておりますから!」


 アテナに軽く手をひらつかせてから、王城の最高執務室のドアを開いたんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

「第5章・王国統一編 第37話 サスティナブル王国の影」をお読みいただくと、アテナがなぜ心配するのがお分かりいただけると思います。


「王国の影」という組織は、特に領地にいる臣下の忠、不忠や動向を探る仕事が本筋です。だから、各領主の深いところに「草」を送り込んでいます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 


 


 

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