第61話 サステイン!

 いろいろと検討したけど、優先順位はアマンダ王国と言うことになった。っていうか、どう考えても、選択肢がない。


 一つを選ぶと言っても、他を手放して良いと言うことではないのが辛いところ。


 今回、一番脅威度が低いのは南の対シーランダーになる。あそこは外征できるだけのスタッフは奪ったつもりだから、すぐに大規模侵攻してくるのは難しいはずだ。


 これには、国軍である南部方面騎士団とトライドン、スコット両家による共同防衛をお願いする。言葉にはしないけど、最悪、トライドン家の半分くらいまで侵攻されても我慢すると覚悟した。


 東側は放置をしたら不味い。


 夏の収穫が上がってきたら全面対決もありうる。東部方面の戦力比だけで見れば互角に近い。こちらの主力がいないと分かったら、カインザー・シュメルガー両家の領地を取りに来るのは、十分に考えられることだ。


 っていうか、ガバイヤ王国だって「西が平定された後は」を考えないわけがないのだから、全面的に仕掛けてくるに決まってる。だから、彼らにフリーハンドを与えるとかえって守りにくくなる。


 ここは、攻めるが勝ちだろう。


 ゴールズの全面展開でクラ城からの一点突破をはかることにしたんだ。これは計画されていたことだけに、そこまで無理のない作戦になるはずだけど、問題は、攻めた後のこと。


 すなわち「統治」だ。


 侵攻作戦そのものは、切れ者参謀であるミュートがいるし、部隊を締めるだけならムスフスもいる。ただ、必要なのは占領軍となるゴールズの最高指揮官だ。


 攻撃に成功した後の統治を考えると政治のことも分かるセンスが欲しいし、相手が納得するだけの「名前」が必要だ。戦い自体もゴールズができることを利用した柔軟な運用を許容できるだけの頭も欲しい。


 この場合、副官のノインはいるけど、これを任せるのは可哀想というもの。まあ、はじめから本人が拒否するだろうけど、そもそもとしてノインの役目は戦闘を任せることであって「戦争」を指揮することでは無いんだから。


 人選は難しかった。


 下手をすると年の単位で攻略期間が必要なので、高位貴族家の当主クラスを投入するのは避けたいところ。かといって、こちらが成し遂げたいことを考えると「統治」ができる人物で、なおかつ、外部に対してゴールズを代表する顔が必要だ。


 となると、やはりこの人しかいない。


 ライオン隊の大隊長でもあるアポロニアーズだ。彼は外交交渉にも長けているし、戦略眼もエルメス様が褒めていたくらいの能力もある。


 そして、御三家の子息だけにムスフスやウンチョー達を従えて他国に対するだけの「格」がある。実際の戦闘指揮でもミュートを上手く使いこなすだけの器量も期待できるだろう。


 ミュートと一緒に王都に呼び寄せて、精密な打ち合わせを5日間掛けた。


 ブラスやノーブル達と、それにドーンを呼んで頭と身体がボロボロになるまで泊まり込みで徹底してシミュレーションをしたよ。


 それが終わって、再び送り出したら、もう1月20日になっていたんだ。


 王都の壁面まで見送りに行った帰りだった。オレは言おうと思っていた言葉を初めて口にしたんだ。いや、気を持たせたんじゃなくて、迷いに迷っての言葉だからだ。


「ドーン」

「はい」

「君の婚約者、ビードウシエとの結婚式は来月だったね?」

「はい。閣下にご来臨いただけるということで、とても嬉しく思っております」

「あのさ、新婚早々の人にすっごく悪いんだけどね、一緒に来てもらえないかな?」

「もちろん、閣下のご指示であればどこへでも参りますが、どちらへ?」

「旧ロウヒー領だ」

「え! 連れて行っていただけるのですか! もちろん、参りますとも!」

「喜んでくれるなら、ありがたいけど。一度行くと年の単位だからね? 現地の総大将を任せることにするんで」

「私が、総大将ですか?」

「うん。それも旧ロウヒー家騎士団の残党とか、かき集めた部隊を利用しての持久戦だからね」

「じきゅう、せん?」

「詳しくは、城に戻って。あ、たぶん、今日は帰れないからね」

「もちろん、それは望むところですが」

「ということで、新婚の短い間だけど、跡継ぎ作りも頑張ってね」

「閣下、それは…… と、そういえば、私ごときよりも、そろそろでしたな?」

「うん。ウチは、二人目だからね。しかも誕生日が近いって感じだし。親孝行な子どもだね」


 その時だった。


 歩いている最中を捕まえるように我が家からの火急の使いがやってきた。


 ドーン君は、素早く察したみたいだ。


「閣下?」


 もちろん、その場で手紙を広げれば「始まる」とだけメリッサの文字だ。


「ごめん、打ち合わせは、明日以降になる! アテナ!」

「はい!」


 幸い、マンチェスターも連れてきている。


「馬引けぃ! 出るぞ! 我が家だ!」


 その瞬間、後も見ずに「我が家だぞ」とマンチェスターに声をかけると王都を駆ける。

 

 見なくてもアテナはピタリと横だし、後ろの怒濤は、警護部隊がちゃんとついてきているってこと。


 全速力で王都を駆け抜け、我が家に戻れば、馬寄せには大勢が待ち構えてくれている。


 こういう時、馬を降りたら、後はお願いしちゃえるのは嬉しいよね。


 出迎えの中にはミィルもいた。


「どう?」

「まだです。入浴の準備は整っております」

「わかった」


 これはかねてから言っておいたこと。


 関係する全員が新生児に触れる前に必ず石けんで手を洗う。できれば入浴レベルで全部を綺麗にすることって。


 もっとも、このところ王城に泊まり込みばかりだから、新生児に会うんじゃ無くて普通の人に会うんでも、風呂は必要だったかも。


 初産は時間が掛かるとはよく言うけど、母上の見立てでは「ミネルバは、陣痛が始まったら早いかも」という話だ。


 気が気じゃないけど、こっちの世界だと「立ち会い出産」の概念なんて無くて、たとえ王様でも出産の場に入ることはできない決まりだ。


 このあたりは、マリーアントワネットのころのフランスよりは、良かったかも。


 ともかく、生まれた子どもをこの手で抱きたい一心だ。


 入浴係に頭を拭かれながら(ゴメン)、オレは産屋となった部屋に向かったんだ。


「もうすぐです」


 ジャストタイミングで部屋から出てきてくれたメリッサが、笑顔で教えてくれた。


 実は、この時、赤子の産道での進み方が速すぎて危険かもという事態だったらしい。


 メリッサが出てきたのは、最悪の場合に「最後に一目でも」を告げる役割があったんだ。


 でも、その時のメリッサは、一言もそんなことを言わず「全て順調です。もう、まもなくですから」と笑顔でオレを安心させてくれていたんだ。


 ウソと言えばウソ。

 

 仮に、何かあれば、そのウソでオレに恨まれる可能性だってあったのに、全てを飲み込んで嘘をつき続けたんだ。


 もっとも、そんな事実を教えてもらったのは、何年も経ったときだったけどね。


 ただ、緊張するしかできないオレは、扉の外で産声だけを待ち続けたんだ。


 時間が止まったんじゃないかと思うほどだった。実際には、数秒だったらしい。


 突然、力強い産声が聞こえたんだ。


『あ、こっちの世界でも赤ん坊ってオギャアと泣くんだな』


 そんなバカなことを考えているオレの目の前で扉が大きく開いた。


「ショウ、あなたの役目よ」


 母上が、ニコリとして招き入れてくれた。


「ショウ様」

「ミネルバ! ありがとう!」


 額の汗をメロディーが優しく拭いてる。


 ミネルバは消耗した顔でオレを見ていた。


「あの、元気な泣き声を…… 無事な、お子を産むことが」

「あぁ、ありがとう。君が無事でいてくれて、本当にありがとう!」


 キュッと手を握ったところに母上が顔を出した。


「妻をたたえるのはとても良いことよ。でも、生まれた子どもに最初のお言葉をかけてあげるのは、あなたパパの役割よ」


 おくるみに包まれた赤子が差し出された。オレ譲りの金髪が覗いていた。


 大事に受け止めて、覗き込む。


「ようこそ、ボクの子どもクン。この世界に生まれてきてくれてありがとう」


 その時、新生児の小さな唇がヘロッと、笑った気がしたんだ。


「君の名前は、決めてあるよ」


 ミネルバと話し合って、決めていた名前だ。


サステイン持続する。君の名前はサステインだ!」


 そして、腕の中のサステインは、答えるかのように、大きな声で、泣いたんだ!


 サスティナブル王国のみならず、その知らせはどの勢力にも緊急の言葉が付いて、伝えられたのである。


 1月20日、ゴールズ首領ショウ閣下に健やかなる男児誕生す。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 すみません。今回ギリギリで、東征軍の代表者をアポロニアーズに変更したため、いろいろやり直しになりました。

 ドーン君も、ロウヒー領に連れて行くことにします。


 ホントは、男児誕生をメインにしたかったんですけどね。まあ、フォルちゃんの誕生日パーティー直前に「男児誕生」なので、ちょっとした出来事が起きるかも。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 

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