第54話 流行のお芝居は
「えっと、デビュタントをすませたばかりだし、婚約したとはいえ、いきなり同居しなくても」
「そんなことをおっしゃっては、我が妹なれどもいささか不憫でございます」
控えめだけど、メロディーは妹のためにしっかり抗議してくれた。抗議とは言え、可愛らしく頬を膨らませての上目遣いだ。ラブコメのヒロイン以上の破壊力を持った可愛らしさでは、こちらも「ごめん、ごめん」と言うしか無い。
実は、年明け早々にリズムを同居させるという話になった。
いや、マジで。確かに、スコット家からしたら、お姉ちゃんが既に迎えられていていて、しかも妻妃が同居しているのに「ウチのリズムだけ同居してない」のは仲間外れという気持ちになるのは分かる。
でも、王立学園入学が控えているんだよって言いかけて、メロディーとメリッサがニッコリと笑顔で返してきた。
そーですよねー ミネルバはともかく、うちの正妻達も学園生だもんね。
ついでに、クリスもアテナも1年生だし……
となったら、ありなのかなぁ。あ、しつこいようだけど、今度の卒業式、オレは卒業できるのかなぁってのが心配だ。
「やーい、留年生~」
みたいに言われてイジメられたりはさすがにしないと思うけど。新しいクラスで友達はできるかなぁ。あ、でも、クリスとアテナがいるから大丈夫かもしれない。
ん? でも、オレが卒業できなかったら、アテナが進級するなんてもっと無理か。となるとクリス頼み? 一緒のクラスにしてもらえるかなぁ。
『どう思う?』
何か言ってほしくて、目の前に座ってるほっそりしたメイドに目で質問しても、軽々と無視されてしまった。
うーん
って、しんみりした話はさておき、リズムとの同居の話だったね。
カタチの違いはあれども、去年のデビュタントを飾ったクリスやアテナはずっと同居してきた。ある意味「家族」として一緒に暮らした歴史が先にあった。
だから「ショウ閣下の妻(婚約者)がデビュタントを飾った」ってカタチで通してしまえば良かった。
でも、リズムには当然ながら「デビュタント後の公爵家の娘として普通の対応」が必要とされるんだ。そんなことは考えるまでもないんだよ。
王立学園入学前に婚約が決まる貴族の子女は実際問題として多い。普通なら「婚約者」として一緒の学園生活を送っていって、卒業してすぐに結婚というカタチになる。
そこには「婚約者との甘い学園生活」という暮らしがあるはずで、オレだって憧れた時期もありました。
実際、メリッサとメロディーとは、短い期間だけど、そんな学園生活があったのだから、いきなり同居しなくてもと思ったんだ。
「ショウ様が、我が妹のことをお気遣いくださる真心は、痛いほどに分かりますが、リズムからしたら、寂しいと感じると思いますわ」
そりゃそうだよね。でもなぁ……
いろいろと考えてしまうオレにメリッサが提案してきたんだ。
「同居なさるとしても公爵家の関連がありますもの。挨拶関係だけで年が明けてしまいますわ。しかも嫁ぎ先がウチですから、さらに大変になることは目に見えています。それなら、いっそのこと同居前に二人っきりの外出をなさってはいかがでしょうか?」
「デートってこと?」
「はい。そうすれば学園生活無しでも、素敵な婚約時代の演出ができると思いますわ」
こういうことでメリッサに逆らえるわけがない。
急遽、リズムとのデートが決まったんだ。
といっても、遠出するだけの余裕はないから王都の中という制約付き。しかも、いつ出動するのか分からないという条件付きという、我ながら笑えないけど、笑っちゃう話だ。
ということで「初日の出デート」が決まったんだ。
・・・・・・・・・・・
ラノベだと、こういう時は「平民になりすまして」のデートがよくある話。
でも、さ、よく考えてみて。
そんなことをして、もしも途中で何かがあったら、いや「何か起きそうになったら」ってだけで警備担当者の首が飛んじゃうんだよ。物理的にw
いくらなんでも、それは無理。働いている人に理不尽な負担は掛けられないよ。
デートするなら、貴族としての平均的なカタチにするのが一番なんだ。それを現実の脅威に合わせて、どうしていくのかは「任せる」のが、オレの仕事でもある。
ってことで、本日は「伯爵家の紋章入り馬車」で公爵家にやってきた。
きっと、ご先祖様もビックリしているはずだよ。
「お迎えに参りました。リズム」
「ありがとうございます」
すでに、メロディーの家族として何度も顔を合わせてきただけに、こうして「婚約者」なんてカタチで会うと、ちょっと照れる。
リズムの方が、それはひどいみたいだ。いつもなら、コロコロと鈴の音のような可愛らしい笑い声を響かせる子なのに、真っ赤な顔で下を向いちゃって寡黙だ。
「お手を。どうぞ」
「ありがとうございます」
マナー通り、手を取って馬車にエスコート。しかし、走り出して「恥ずかしがる乙女モード」はあっと言う間に解除された。
「ショウ様、この馬車、すごいです! 静かだし、揺れません」
窓に顔をピタリと付けて、外を見ながら歓声を上げてる。
「ははは。我が家の馬車は特別なので。もうすぐ、貴族向けに販売もされますよ。もちろん、リズムのお家にも優先していますからね」
ウソではない。なにしろ、1000台の廃自転車を出して、マシなモノを選んで調整したからね。スポークの仕組みとタイヤは絶大な効果を発揮する上に、アルミフレームとサスペンションシステムをバイクから取ってる。
王都の主要な道路はアスファルトを使って平滑化済みなこともあって、この馬車は途轍もなく上質な乗り心地になったんだよ。
その静かな乗り心地を利用して、前の席に座る小柄なメイドがジュースの入ったグラスを差し出してきた。
「カンパイ」
もちろん、目の前で毒味をしてからなので、そのまま飲める。いや、毒味なんてきちんとすませであって、あくまでも形式的なモノだ。このメイドさんに、めったなモノを口にさせられないからね。
「あぁ、馬車の中で飲み物をいただけるなんて、なんて素晴らしいのでしょう。それに、これは初めてです。甘くて、ほのかな酸味。こんなに美味しいなんて。あの、これは一体何という果実でしょうが?」
こっちの世界では「ジュース」っていうのは基本的には果実の生ジュースってのが前提だから、このセリフ。
「これは、果実ではないのですよ。牛の乳を発酵させて、そこに砂糖をたっぷりと使いました。寒い時期だけに、こうしてホットでいただくと美味しいですが、夏は氷を浮かべて冷たくして飲むのも、また美味かと」
商品名は出せないけど、日本人の95パーセントが知っている定番のアレだ。ペットボトルや自販機用の缶入りタイプはそれほど返品は出ないけど、元々売っていたビン入りで希釈するタイプはけっこう返品が出るんだよね。
我が家の妻妃達がとっても気に入っていて、半ば定番でもある。
「美味しいです!」
すっかり気に入った様子なのが可愛い。
頬をピンクにして見上げてくるリズム。えっと、カウピ〇ってアルコールは入ってないはずだけどなぁ。
「今日は帝劇へ参りますよ」
「お芝居ですか! ありがとうございます。私、お芝居が好きなんです」
「それはよかった。どんな作品を今までご覧になりました?」
「初めて見たのは『野外演習は殲滅に』でした」
ん? 何、そのタイトル?
リズムがニコニコして、お芝居の素晴らしい点って言うか「主人公の素晴らしさ」を誉め称えているんだけど。それって、お芝居だからね? 脚色がすごいと思うよ?
「次に見たのが『王立学園を救出せよ』で、その次が『アマンダ王国成敗記』だとか『西部をさすらうショウ英雄』だとかでした。あまりにも素敵で、何度も見てしまいました。人気があるせいで、なかなかチケットが手に入らないのが難しいですね」
なんか、他のもタイトルを聞いただけで、これ以上の中身を聞きたくない感じナンデスケド……
しかも公爵家の娘ですらチケットが手に入りにくいほどに人気だと?
ん? 待てよ? 今日のお芝居の中身を聞いておくのを忘れていたような。
メリッサをはじめとする妻妃連合が全部お膳立てをしてくれて、楽は楽なんだけど、今さらながら嫌な予感がするよ。
オレの心配を見抜いたかのように、前に座るほっそりしたメイドが「しょゆ…… ショウ様? 本日の演目は『三日月の四者誓約は成れり』でございます」とすまし顔。
「そ、そうなんだ」
「まあ、先週からの新しいお芝居ですね。さすがショウ様。ありがとうございます!」
「あ、う、うん。ははは。楽しいと良いね」
観劇デートは、護衛がしやすいんだよね。
なお、公爵家からも護衛メイドが3人。その人達は、馬車の後ろ側に立ち乗りしているんだよ。
護衛メイドって言うのは、別に敵をやっつける役目じゃなくて、何かあったら「護衛対象の代わりに攻撃を受けて時間を稼ぐ係」なんだ。
けっこう怖い役割だけど、今日だけで言えば護衛メイドさんが働く可能性はゼロ。
なにしろ、馬車の前後に護衛が1ダースずつ付いているだけじゃない。スコット公爵家と我が家の騎士団から「志願者」が50人ずつ付いている。彼らは、厳正なるあみだクジで勝ち残った運のいい人な上に、腕は立つ。
そんなスゴい人達を、仮にかいくぐれたとして、賊が目の前に現れたとしたら、それがムスフス級の刺客でも無い限り、瞬間的に首チョンパされることになっているから。
うん。確実だ。
目の前の細身のメイドさんが、何かを言いたげにニッコリしている。
まあ、本日のあらゆる所に表の警備が張り付いて、裏には裏で影の組織がそこかしこにバラ撒かれている。
警備の最高責任者は「
ってことで、延べ2千人の警備を動員した「王都の二人きりデート」作戦は、リズムの思い出として記憶され、オレの何かをガリガリ削り取って、無事に終了したんだ。
あ、リズムは春に王立学園入学が決まったけど、週末は、我が家に来ることが決まったのは付け加えておこう。
それにしても、肝心の劇が、ある意味スゴかった。
主役のイケメンぶりと、歯の浮くような甘いセリフの連続に、オレのSAN値は、ガリガリに削り取られたんだよ。
ウチに帰って「あんなイケメンをオレの役に使うなんて」ってこぼしたら、みんなが「とんでもない! あの程度の役者では魅力の千分の一も出せていませんけど、あの人が王都で一番の若手なので、仕方がないのです」 って慰めてくれたよ。
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作者より
もちろん、アテナが側にいないわけがないです。今回は戦闘メイド服姿です。おしとやかなスカートに見えますが、脚を上げた瞬間からパンツタイプになる特別仕様です。
なお、メイドさんが当たり前に存在する世界なので「メイド服萌え」属性は、この世界の貴族の間には存在しないようです。(平民の中には存在しています)
新川は、もともと「イチャラブ」シーンを苦手としておりまして、今回は、サワリだけでお許しください。
あ、リズムちゃんには、手袋を取った手にキスをしたのと、指輪をはじめとして、いろいろなプレゼントを送ったのは当然です。でも「どんなプレゼントよりも」と頬をポッと染めたリズムちゃんは、一体、何をしてもらったのかは、馬車の中だけの秘密です。
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