第53話 3度目のデビュタント

 オレとリズムの入場は最後になる。 

 

 儀典官が一段と声を張り上げた。


「スコット公爵家ぇ ご令嬢ぉリズラテイラムさまぁ~ ゴールズ首領、ショウ閣下とのご入場でいらっしゃいます!」


 ドレス自体の出来映えも凄まじいけれど、胸元を飾る「巨大で、見たこともないほど複雑なカットをしたダイヤのネックレス」を見て会場はシーンとしてしまった。


 去年も見ている「それ」が何を意味するのか、会場の全員が承知だからだ。


 そして、姉に負けず劣らずの優しさと怜悧さとを兼ね備えたリズムは、メリハリの利いたスタイルの良さをも持ち合わせて、いつのまにか完璧な美少女へと成長していた。


 もちろん、あらゆる分野で最高の教師達をつけてもらったのだろう。一つずつの所作がエレガントのひと言。


 オレのエスコートともピタリと合ってる。


 楽団の音楽が流れる中で、デビュタントを見守る大人達から、ため息と感嘆の息が漏れる音がハッキリと響いていた。


 壇に向き合っての正面、最前列にオレ達が立ち止まるタイミングに合わせて、音楽がピタリと止む。


 そして、上席儀典官が朗々と読み上げたのは、公爵家のノーブルに、ブラスコッティ、ティーチテリエーの三人だ。


 ノーブルとティーチテリエーだけではなくて、ブラスにも不思議な貫禄が付いていた。


 三人揃った時の「圧」は、去年の比ではない。


 サスティナブル王国の宰相に復活して、往年の辣腕を自在に振るうノーブルは、一人で「厳粛」なオーラを会場に満たすほどだ。

 

 上席儀典官が相変わらずビビってるのが面白い。雀百まで踊り忘れずってヤツだ。新人の頃に「仕事のやり方を叩き込まれた」恐怖が刻み込まれてるらしい。


 そして上席儀典官は一拍の空白を取ってから、一段と声を張り上げた。


「王国の名誉を守り、アマンダ王国を降伏させたぁ~ 現代の英雄! 我が国にぃ再びの平和をもたらすぅ~ 独立部隊ゴールズ首領、ショウ閣下にご臨席を賜った!」


 そこでオレはリズムと腕を組んだまま、ステージ正面の階段をゆっくりと上る。


 ステージ中央で向き直ると、リズムは後ろの列へ静かに移動。


 正妻達「三人」がオレの横。


 今年は正妻達の並びが変わった。メリッサがオレの右手。その向こう側にメロディー。左手にアテナとなった。

 

 三人で話し合ったらしいので、オレはそれを受け入れるだけだ。なお、ドレスの色は、メリッサが淡いブルー、メロディーが赤いバラをイメージする紅、アテナは白を基調にして大輪のヒマワリを大きく咲かせるデザインだ。

 

 もちろん、全員がお揃いのチョーカーを付けている。


「本日の~ しゅ、ひーん! 偉大ぃなるぅ~サスティナブル王国にご来臨賜った、天かける御方おんかた、ショウ閣下ぁ~」


 不思議な抑揚を付けて語尾を伸ばした上席儀典官は「である!」とこぶしを利かせて言葉を結んだ。


 これは計画通り。


 この不思議な抑揚は、先々代の国王に使われたイメージを少しだけ残しつつ、オリジナルの口上だ。


 国王への習慣をオレに適用することを、誰も不思議に思わなくなっている。少なくとも、その不満を訴える貴族は、去年からもいなかったというのは、既に調べは付いている。

 

「みなのぉ~ ものぉ、 偉大なるサスティナブル王国の永遠不滅の守護者たるゴールズのショウ閣下に、礼、なりませぇえ!」


 その瞬間、ステージ右に並んだ公爵家代表の三人が臣下の礼の形で膝付く。


 会場左にスタンバっている侯爵家の面々も同様だ。


 おそらく、親から教えられているのだろう。今年は、小さな紳士淑女達が慌てることなく一斉に同じ形の礼を取った。


 二人の正妻とアテナは一歩横に動いての立ち礼姿。


 クリスとニアとに挟まれたリズムも、一歩横に動いて恭しい立ち礼姿となる。


 これはの特権だけど、リズムがクリスとニアとに挟まれているという事実は、会場で驚きを持って受け入れられているという現実。


 この瞬間、スコット家の姉妹を妻としたという重い結びつきが、視覚から圧倒的な「事実」として伝わってくるわけだ。

 

「直られませぇい!」


 上席儀典官の号令がかかったと同時に、オレは、再び腕が触れる距離にに立ってくれたメリッサとアテナ、そしてメロディーまでもの息づかいを感じながら「諸君、王国に長らく巣くっていた悪は事実上滅んだ」と第一声を上げた。


 アマンダ王国のことを伝えたときとは違う種類のざわめき。そして、一拍置いての拍手。


 会場には、ロウヒー家の子貴族であった家の子女も来ているが、それは敢えて無視してあげるのが逆に優しさでもある。


 影響がなくはないけれども、実質的な加担をした家以外は原則として連座の意味合いを弱くしてある。


 直接の親族であった伯爵家2家と子爵家10家は、血のつながりが濃すぎたため、やむなく降爵と当主の交代と領地替えを命じなくてはならなかったが、男爵家までは一階級の降爵と領地替えでよしとし、騎士爵家に至っては「お叱り」という、非常に地味で形式的なペナルティーですませたから、非常に感謝を捧げられた。


 親貴族が「大逆」の罪であるのに、この軽い処分は通常では考えられないからだ。


 世が世なら、一族丸ごと抹消、ということだって十分に考えられたのだ。


 ともあれ、会場にいる大部分は、そんな「罰」とは無縁な家の子女だから「悪が滅んだ」というのを純粋な喜びとして感じられたのは当然だっただろう。


 そこからの演説では、今現在で侵略を受けているシュモーラー家飛び地の現実など、まだ残っている脅威についてありのままに説明した。我が国はけっして安泰ではないのだと。


 デビュタントで「暗い話」をするのは異例らしいけど、未来を担う人には、現実の厳しさをちゃんと踏まえて大人になって欲しかったんだ。


 そして、去年に引き続いての「お声かけ」だ。


 メリッサとメロディーに補助されながら全員に声をかけるのは当然のこと。


 ちょっと意外だった、なんて言ったら怒るかもだけど、西部小領主地帯の子ども達に関して言えば、アテナがけっこう知っていたのは驚いたんだ。


 後で「ボクだって、一応、公爵家の娘なので」と、さも当たり前のような顔をしていたんだけど、得意そうな表情が隠しきれないのが可愛かった。


 ともかく、デビュタントは無事に終わったんだ。


 会場の端にいたアーシュラちゃんにも、ちゃんと声をかけたからね。(髪はウィッグを使った)参加できて良かったね!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 デビュタントは、これからもショウ閣下主催で毎年続いていきますが、ショウ君がエスコートするのは今回が最後になる予定です。(リーゼの成長の前に物語が……)

 ちなみに、ファーストワルツとラストワルツはリズムと。セカンドワルツは正妻とと言うことなので、去年と交代してメロディーと踊りました。

 御三家の姉妹(しかも二人とも正妻の実子)とワルツを続けて踊ったのは、ショウ君が初めてだったかも知れません。

 ミネルバの欠席は、当然、妊娠との関連でウワサされましたが、王国中の貴族達は、一斉に「男の子用」の対応に強く踏み込んだのは当然でした。

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