第52話 義父
リンデロン様に密かに呼ばれたのは、スコット家の寝室。
オレはショックを受けていた。
「ショウ閣下。私の遺言だと思って、お願いしたいのです」
正直に言えば、こんなセリフを吐くリンデロン様なんて想像もできなかった。
幽鬼のように痩せ細り、肉が戻ってこないのは「真の闇」の拷問が想像以上に過酷だったってことなのだろう。
人払いをされた寝室で、ハーモニアス様はオレの後ろに控えている。
まだまだ、肉が戻ってない細い手を差し出されてしまえば、どれほどショックを受けたとしても「ほら、断れないだろ」って形になる。
気になるのは、ハーモニアス様の気持ち問題だ。いくら、家族みんなで決めてあったことだって、可愛い末娘を「遺言代わりに引き取れ」だなんてセリフ。
母親として許せないに違い無いんだ。
かといって、こんなに衰えてしまったリンデロン様の言葉をムゲにできるほど、冷たい人でも無い。
正直困っていた。
リンデロン様は、かすれた声で続けた。
「メロディーをお迎えいただいたので、妹は妃が慣例でございます」
これも、実はメリッサから事前に聞いていたこと。こんな風に言っていた。
「スコット家からのご招待は、妹御を迎えて欲しいと言う依頼だと思います。本来は今の立場だとご当主が我が家にいらっしゃってお願いするがスジですが、おそらく身体の状態だと、それが許さないのでしょう」
「確かに、かなり前にそれっぽいことは言われたことがあるのは事実だけど。でもなぁ。今ですら正妻が4人なんだから」
公爵家のお姫様が「妃」というわけにいかないよね。
「そこについては心配ないです。姉が先に嫁いだ場合、この先よほどのことがない限り、妹は妃として迎えるのが仕来りです。それは先方もご存知のはずです」
そんなセリフのメリッサが、イタズラっぽい表情で「それに、リンデロン様ですよ? いまさら、断れるような条件で持ちかけてくるとは思えません」
だから、ここに来る前は「迎え入れる」ことが前提だったけど、こんなリンデロン様の様子を見てしまうと、オレとしては素直になれなかったんだよね。
オレが一つため息を落として、言葉が出せないままだった。
どうやら痺れを切らしたハーモニアス様がややキツ目の声を投げてきた。
「だから言ったのです。こんなことでは困りますと」
それは「夫」へと向けた言葉だった。
妻の叱責じみた強い声に、リンデロン様は、初めて小さな声で笑ったんだ。
「なるほど。やはり、衰えているようだな」
さっきよりも、よほどハリのある声で、瞳に光りが入った感じだ。
オレは、そこで初めて声を出せたんだ。
「リンデロン様? 本当に、早く良くなっていただかないと困ります」
「申し訳ありません。ついつい、誠意を忘れておりました。我が家の基本をないがしろにした私が悪うございます。ついでに言えば、ハーモニーは、ずっと反対しておりました」
「あたりまえです。普通におっしゃれば良いだけなのに」
照れたような笑いをみて、初めてオレの心が柔らかくなったんだと自覚できる。
だって「衰えたフリ」をして娘を娶れなどと芝居をしてみせるなんて、あまりにも愚かなことだ。リンデロン様らしくない。
どうせ策謀するのなら、いっそ「すまぬ、リズムはチャーリー(3番目の王弟)の所に輿入れさせようと思う」くらいの誤解をさせるはずなんだ。
もちろん、直接オレには分からないようにしてね。
それが、こんな「田舎芝居」を演じて見せるなんてありえない。あまりにもリンデロン様らしくなくて、そこまで心が壊されてしまったのかとショックだったんだ。
「ショウ閣下がショックを受けているのが分かりました。どうやら、まだまだ私は復帰できそうにありませんね」
表情が、とっても寂しそうだった。そこにはチラッと「父の本音」が混ざっている気がした。
その表情を見たからこそ、オレは初めて言葉が出せたんだ。
「とても美しく、素直なリズラテイラムさんは、私が頭を下げてもらい受けたい方。なかなか、一緒に遊びに行く時間の無い夫となりますが、よろしければ、ぜひとも我が妃として迎え入れたく存じます」
「おお! そう言ってくださるのか!」
「しかしながら、差し出がましい物言いとなりますが、我が家に迎え入れるにあたり条件がございます」
リンデロン様の眉がヒクリと反応した。
「なんでしょうな? 我が家のあらゆるモノはショウ閣下へと差し出す用意がございますぞ」
「なんでも飲んでいただけますか?」
「約束いたしましょう。スコット家は既に、全力で閣下の僕となると約束したのですから。誠心誠意お答えいたしますぞ」
「それでは。私からのお願いは、外ではともかくとして、家族だけの場では、二度と閣下呼びはお止めいただきたいということ。いえ、ついでに、公の物言いはお止めいただかないといけません。ただ、義理の息子として言葉をいただきたいのです」
ふふっと小さく笑ったリンデロン様は「ハーモニー、やっぱり君の言葉が正しいようだ。本当に、真心なんだね。この年で、また学べたよ」と背中を支えるクッションに身体を預けたんだ。
その日、義母に紹介されたリズムは、オレの妃としてデビュタントに参加することを泣きながら喜んでくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
今年は、リズムがいるんですよね。
直接の描写は、次回になりますが、リンデロン様のやつれ具合がハンパないことを描きたかった回でした。
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