第51話 抜けてたよ!

 アーシュラちゃんを迎えた部屋は、わざとこぢんまりした応接室にした。そこには、メリッサとメロディー、ミィル、それにニア。もちろん、アテナはデフォだよw


 それにしても、数年ぶりに会った感じがしたけど、まだ、2年も経ってないんだよね。


 何もかも懐かしい……


 と思うほど枯れてないけど、アーシュラちゃんはビックリするほど可愛くなっていた。やはりお年頃だよね。


 ただ、同時に、驚くほどにやつれていたのにも驚かされた。


 ものすごく苦労したらしい。


 なんとブロック男爵家は全滅していた。


 いや、大げさな表現ではなくて「全滅」らしい。


 アーシュラちゃんの説明によれば「ローディングに参加しようとした領民を保護しに行った時に巻き込まれた」ってことらしいんだけど、アテナの反応からすると、おそらくウソ。


 やっぱりブロック男爵家は、グレーヌ教徒で間違いないんだと思う。ただ、ローディングで全滅したのかと言えば、それは違う。


「騎馬集団が何度も襲ってきて」


 以前撃退したのとは違う部族っぽいんだけど、ローディングの後のドタバタにつけ込むように深く侵入してきた部族がいくつもあって、場所的に「通り道」みたいな被害を受けたらしい。

 

 こうなってくるとどうしようもなくて、必死になってハーバル領に逃げる過程で何度も襲われて、アーシュラちゃん達は少数の護衛と共に逃げ延びるのがやっと。


 と言ってもギリギリまで追い詰められたところをハーバル領の騎馬隊が巡回しているところに出くわして、やっと助けられた。


 アーシュラちゃんは、ちゃんとニア(面識はなかったけど自己紹介済み)に、改めてお礼を言うあたりは、とってもシツケの良い子だと思う。


 その後は、親貴族であるガーネット家まで波瀾万丈の道のりを辿ってたどり着いたのだとか。


 家臣達はガーネット家が保護してくれたのは良いんだけど、アーシュラちゃんは王立学園入学を控えた身だ。生き残った少数の家臣達から王都へ向かうことを強く勧められたらしい。


 幸い、ガーネット領と王都の間は道も整備されていて、商人達の馬車に便乗すればたどり着けそうだった。ガーネット家の声の掛かった商人だけに、道中の安全はそれなりだったのだろうけど、貴族の女の子が一人旅なんて本来はありえない。


 おそらくブロック男爵の家臣達も、相当にヤバい状況だったのだろうね。


 そして、まだ成人もしてない女の子が、たった一人で王都にやってきたのは良いんだけど、いざ王都への道のりで心配になったのが「一人でガーネット家に行って相手にしてもらえるのか」と言うことを悩んだらしい。


 そして、王都に来るつれづれで商人達が喋っているウワサ話に出てくる「ゴールズのショウ」が「ショウ子爵様」だと言うことに気付いたわけだ。


 ということで、王都に着くなりガーネット家ではなくて「オレ」を尋ねてきたというわけだ。


『さっき、ミィルが「ご配慮を」って言っていたのは、男装して現れたからってことなんだね。しかも、けっこう悲惨な状態だったみたいだし』


 風呂付きの良い宿に泊まれるほどの金はないから、厩で寝たこともあったんだとか。(商人達は勧めてくれたらしいけど、遠慮したんだそうだ)。


 商人達の馬車だと2週間以上、ひょっとしたら途中の村にでも寄るんなら1ヶ月掛かってもおかしくない。


 一応、商人さんとしては「某貴族家のを王都まで」と頼まれているわけで、扱いは男の子。本人も身バレ防止に気を遣ったから、そりゃあ悲惨な姿にもなる。


 というわけで、風呂に入れて、クリスのお下がりのドレスを着せたというわけだ。


『さすがに、髪の毛はどうにもならないよね』


 シャンプーもコンディショナーも使ったけど、黄金の絹のような髪の毛は耳すら出ているほどに短く刈り込まれているのはどうにもならない。逆に、ここまでしないと、簡単に女の子だとバレそうなほどに成長しているんだ。


『クリスのだと、ちょっと、あの部分がキツイかな? あの頃よりも全然、成長しちゃってるじゃん! 大至急、メリッサあたりのお古でも用意してもらおう』


 一瞬、ミィルの目がキラリンと輝いたのは気のせいだよね?


「ショウ様。差し出がましいようですが、私の服をいくらか持ってこさせるように手配いたしました。ピッタリというわけには参りませんが、少し余裕はできるかと」


 小さな声で囁いてくれたけど、逆サイドのメロディーまでもが微笑んだのは、なんだろうなぁ。おそらくは「ショウ様は悪くありませんわ」ってことを言ってくれてるんだろう。


 まあ、どっちみち、この子が西部小領主地帯から、最後は単身になってまでオレを尋ねてきた以上は「ただの知り合いです」ってわけにはいかないよね。


 しかも、次の春に王立学園入学と言うことと、オレが西に行ったのがいつだったのかを考えれば、けっこうオレの非道ぶりってバレちゃったよなぁ。


 ん?


 あれ? 誰もオレを非難する目をしてない?


 メリッサは心からの笑顔を向けて、こう言ってくれた。


「ショウ様。いろいろと積もる話もございますでしょうが、大変お疲れのご様子です。当面、このお邸に滞在していただくと言うことでいかがでしょうか?」


 わぉ。オレが頼もうとしていたのに。


「あぁ、お願い。きっと大変だったと思うんだ。とりあえず、今日はゆっくり休ませて上げてくれる? この後のコトも、ちゃんと心配ないようにしてあげたいし」

「かしこまりました。ミィル?」

「はい。奥様」


 ススッと動く姿は、さすがメイド。そつなくアーシュラちゃんを誘導してくれる。


「あ、心配しないでね! ちゃんと、君のことは妻と話して心配ないようにするから」

「ありがとうございます、閣下」


 カーテシーをしてみせる姿は、ちゃんとしたシツケをされたんだなって、思わせてくれる。


 家族も喪っちゃったんだし、心細かったんだろうな。


 アーシュラちゃんが連れ出されると、さっそく「会議」が始まった。


 結論から言えば、仕来り通りにガーネット家の子貴族として、デビュタントにも出すし、王立学園入学も世話をする。ただし、裏では私的な援助を行い、結婚相手の世話もガーネット家と話し合って面倒を見る。


 何でオレが直接援助できないのかと言えば、オレの名前がデカすぎるからだ。


 メリッサの頭の中では、完全に「ウチは王としての権威を持っていると考えるべき」ってことになってる。


 だから、もしもウチが直接支援しちゃうと、アーシュラちゃんは「王家のご推挙をいただいた男爵位付き令嬢」という、途轍もなく美味しい女の子になってしまう。


 それが「公爵様ご推挙」と何が違うんだってことなんだけど、王には子貴族はいないけど「高位貴族には子貴族が付きものだ」ってことなんだ。

 

 もちろん、オレがいる分だけ、我が家の居心地が良いだろうから、しばらくはここに泊めるし、ガーネット家にお願いして、残った家臣を王都に連れてきてもらうことも同時進行する。


 そして、メリッサは、念を押すように「それから」とオレに言った。


「ん?」

「私の方から申しておきますが、学園に入学いたしますし、身体も心配です。今さらではありますが、本人の方には子種をいただくのは2年生の終わりまで控えることと私の方から申しておきますのでご安心ください」


 何をどう、安心しろとw


「ただし」

「ただし?」

「家臣無しで旅をなさっていらっしゃったので、いろいろなトラブルを避けるため、ひと月ほどになるとは思いますが、しばらくは、お控えいただけると幸いなのですが、いかがでしょうか?」


 ピンときた。


「今のアーシュライラちゃんが妊娠してない」という確証を得てからにしろ、と言ってるわけだ。


 万が一、オレが手を出した後に妊娠していると、さすがにちょっとヤバいことになりかねない。


 もちろん、貴族的なルールではオレの子どもではないんだけど、男爵家の令嬢であるから「街の女の子」に手を出すのとは訳が違うからね。


「あぁ、大丈夫。積極的に手を出したいわけじゃないし」

「所有者様?」

「ん? アテナ、なんだい?」

「入れ墨が入ってないのは確かめたんですよね?」


 わぉ、バレてるじゃんw


「うん。ただ、本当にグレーヌ教徒ではないのかどうかは、分からないなぁ。たぶん、入れ墨を入れてないだけで、ホントは信徒なんじゃないかと思うよ」

「え!」 


 ニアが焦って反応してきた。


「そんなことがあるなんて聞いたことが無いです」

「うん。でも、そうだと思った方が話の整合性がとれるんだよね」


 オレの言葉に、ニアは「そうかもしれませんけど」と抵抗を示すと、そこにアテナが口を挟んだ。


「ボクの実家ではなくて、こちらに直接来た理由の部分は、多分ウソだと思うんです。あの子は最初からここに来るつもりしかなかった。でも、ウソなんだけど、それを心から信じているって言う、ヘンなウソを吐いている感じでした」

「つまり、それは裏があるってことだよね」

「おそらく。でも、あの子の気持ちの中に所有者様への悪意は一切無くて、気持ち自体は私達とそっくりとも感じてます。ヘンなのぉ」


 武家の育ちのアテナからしたら、愛情を持った相手のために宗教的正義を持ち出す、という考え方は理解できないのは分かるよ。


 さあて、何をどう対応しようかなぁ。


「ん? ちょっと待って。西も東も、特に小領主地帯の子たちって、大なり小なり、アーシュラちゃんみたいな状態になった子っているはずだ……」


 そこまで考えて、ヤバいと思ったんだ。


 デビュタントは、貴族家の子どもたちにとっては一生に一度の宝物となる思い出だよ。それを「運が悪かったね」で参加できなかったら、可哀想すぎるじゃん!


「ごめん、ちょっと王宮に行ってくる!」


 そこからダッシュで王宮に行くと内務官達をブラスの所に呼び出して、今年の欠席者についての報告を求めたんだ。


 今年の欠席者は例年になく多いのと、特徴的なのは「まだ出席を連絡してこない家」が異様に多いのが分かったんだ。


 例年と違うことがあったら言えよ! と言いたいところだけど、つい最近まで戦場を走り回っていて、内政面は手を抜きっぱなしになっちゃっている引け目があって、怒鳴るわけにもいかないんだ。内務官や儀典官の手抜きとばかりは言えないからね。


「仕方ない。その家に大至急正規のルートで手紙を届けさせよう。今年参加が難しいなら来年に参加する方式でもOK。そして、援助が必要なら遠慮無く申し出よって」


 もちろん、使者は渡す相手を誠心誠意探すのも仕事のウチだ。


 うわぁ。


 正直、全然考えてなかったよ。


 その意味ではアーシュラちゃん、ナイスタイミングで来てくれた。


 これも神の思し召しってやつですかねw



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

アーシュラちゃんもデビュタントに参加できました。エスコート役はガーネット家の分家スジからレンタルが決定。ドレスはメロディーの知っているところに3日で仕立てさせました。こっちの世界にはミシンが普及してないから、死に物狂いで作ってくれたみたいです。


なお、ショウ君は手を出す予定は全くありません。しかし、世の中どうなるのかわかりませんので、この後どうなるかは、作者にも不明です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

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