第50話 来客

 ともかく、これで4つのウチの2つまでは急場をしのげたことになる。


 包囲されたクラ城は敵の将軍が超優秀な堅実派で危うかった。でも、テライ隊が敵司令部を事実上壊滅させるという大金星をあげたのは知らせ。ただし、依然として包囲は解けてないし、戦力差は変わらない。


 とりあえず、今すぐ落ちることは無くなっただけだけど、それはそれで大きい。


 上出来上出来w


 とはいえ、テライ隊にも休息が必要なのは確かだからタックルダックル隊を交代に派遣した。


 一方で、ガバイヤ王国は北のシュモーラー家の飛び地に攻め込んできているらしいけど、そこの詳細が分からない。それにしても、敵さんマメというか、良くそんな余裕があるよなぁ。余分な食糧は根こそぎにしたつもりだったのに。


 とりあえず「攻めてきた」という報告だけが飛び込んできたのが11月の上旬だった。


 距離がある分、詳細な経過は分からないけど、今の段階では予定通り「遅滞戦術」を駆使して持久戦に持ちこんでいるらしい。だから、派手な勝利もない代わりに、悲惨な敗報も入ってこない。

 

 ただジリジリと戦線が押し込まれている状況だけが1週間ごとに届く報告に書いてあるのみだ。


 ロウヒー家の力は奪えたので「とりあえずは大丈夫」と思えるけれど、西の様子が把握できないと、うかつにゴールズを動かせない。


 最悪なのは、東に派遣してガチでガバイヤ王国と戦い始めた途端に、西で何かが起きること。


 あらゆることを想定すると、うかつに動けない。戦略偵察機とか、偵察衛星でもあれば、もっと楽なのに。


 敵の様子が分からないというのがこんなに辛いとは思わなかった。こっちの世界の「機動力」を考えると、情報が確定するまでは動きようが無いんだよね。


 ここで一番悪いのは戦力の分散化だ。なんだかんだで先人達は戦略的な要地に、各方面騎士団を置いてくれているわけで、それをうかつに動かすのは悪手の典型になる。


 こっちとしては、大事な所の大事な戦に最大戦力であるゴールズをぶつけられるかどうかってことを考えないといけない。


 そのためにはウロウロしちゃダメなんだよね。


 ほら、武田信玄の「風林火山」は有名だけど、実は「山」の部分が凄く大事なんだよ。


「動かざること山の如し」

 

 これが無いと、いざというときに使えない戦力になってしまうからね。


 ってことで、オレがいるのは王都の旧ロウヒー邸。


 カーマイン邸の方は、最近、近所の大商会が2箇所も土地を開けてくれたんだ。お陰で現在、そこに新居を構築中だ。


 それまでの仮住まいな感じだけど、元侯爵家だけに家屋敷も上等だし「居抜き」で使わせてもらってる。ベッド類だけは全部新しくしたw 前からのヤツは希望する人に抽選で差し上げたら、希望者殺到。すっごく喜ばれた。侯爵様(と家族)の使っていたベッドは、庶民にとってはプレミア感がスゴいらしい。


 ついでに騎士団の宿舎は、そのままゴールズの宿舎だし、空いている家臣用の住宅はゴールズの世帯向けにピッタリってことで利用してる。


 あ、ゴールズが活躍するために王都に常駐する事務職も50人以上の規模になってる。事務所もロウヒー家の「外交用の方」の建物をそのまま利用できるんで、さすが侯爵邸だけに、いろいろと余裕のある構造だから利用しやすい。


 ちなみに、事務系はクラリッサ先生に指揮をお願いして、ニアもお手伝いをしているんだよ。女性が多いから、ミチル組のみんなもここで事務職兼の警備担当をお願いしている。ちゃくちゃくと「働く女性」が増加中だ。


 おかげで、オレの住居は自動的にゴールズのみなさんに守られているのと同じなんだよね。ただし、日替わりで御三家の騎士団が100人単位で常駐するのは、お願いしていることだ。


 毎日、御三家のどこかの騎士団が堂々と警備のためにやってきて、ド派手に「交代式」までやってみせる。これがまた、カッコいいんだよね。


 ちなみに、この交代式は毎日9時きっかりに行うようにしたら、王都の民の評判になっちゃって。毎日、見物客が増える一方だ。


 けっこう、各騎士団のみなさんが、これを楽しみにしているらしくって、日に日に、装備の磨き込みがスゴくなってるらしい。


 王都に妻子がいる人は、ほぼほぼ、見に来ているらしいし、毎回、見に来て「ごひいき」ができちゃう人もいるから、ちょっとしたスター気分を味わえるみたいだ。


 演じる方と見る方とでwinwinってことになる。万事OKってね。


 王都の民にとっても、王都にたまたま遊びに来た人も、そして「意図を持って王都に来た人」も、これを毎日、目の当たりにするわけだ。

 

「御三家とゴールズの一体化」ってのを印象付けるには、どんな理屈や宣伝よりも、こういうのが一番確実なやり方なんだ。


 ちなみに、なんでゴールズの根拠地なのに「御三家の騎士団が100名」も警備に必要なのかと言えば、ゴールズ本隊がカインザー家の東側にある城に詰めているからだ。


 娘婿の特権という名目で東側にあった古い城を丸ごと借り受けて基地にしてあるのは、万が一の時に王都から出動するより10日以上も日数が稼げるのが大きいから。


 ちなみに「城主」は副長のノインを指定した。


「あの怪物ムスフスにオレが指示って、セッショーな」


 泣きを入れてきたけど「ミュートを付けるからなんとかしろ」って無茶振りしておいた。でも、ホントは無茶じゃないんだよ? だってノインはゴールズの正式な副長なんだもん。当たり前にしなきゃいけないことだ。もちろん、ムスフスだって副長に指示される立場に不満なんて持ってないから問題はない。


 とは言え、出発前にノインの胃が痛くならないように「実はね」と教えておいた。


「大丈夫。Pさんたちは、だいたいは城にいないと思うから。あとは現地での演習と道路造りを頑張ってね」

「え? ピーコック隊はいないんですかい?」

「ま、だいたいはね。たまに帰ってくるから、その時は休ませて上げて。だから、ムスフスに何かを指示することは無いからね」

「え? ピーコック隊は何か任務を?」

「うん。そこはあっちにいってミュートに聞いて。現地で参謀本部を作ってるから、よく、そこの話を聞いてノインが判断すれば良い」

「え??? オレに、なんかできるかなぁ」

「大丈夫。君はゴールズの副長なんだから」


 ブツブツ言いながらも出かけていったのが12月に入ってからだった。


 ちなみに現在は、カーマイン領とカインザー領との間には完璧な舗装を施して、馬車が悠々とすれ違える「高速道路」を完備してある。


 おかげで物流が活発化しているよ。


 そりゃ、ぬかるみもないし、馬車のガタゴトもないから車軸も折れにくいし車輪の痛みも少ない。お陰で荷馬車は荷物をだいたい以前の「倍」積めるようになった。


 それに、近隣のみなさんが勝手に私道を繋げているんで、物流革命に近いことが起きているんだ。あ、前に決めてお触れも出してあるとおり「繋げるのは自由。ただし繋げ方は規格通りにすること」ってことは、みなさん守ってくれてる。


 守らないで作った私道は片っ端から破壊して、ついでに悪徳商会だったところは、それを口実にいくつか潰しちゃったのが見せしめになったみたいだね。


 誰だって命は惜しいってこと。「お貴族様の怒りに触れるのは怖い」で通すよ。


 そして、現在の王都で話題になっているのは来週に迫ったデビュタントのあれこれだ。


 うん、平和で良いねぇ。


 え? 戦をしている国でパーティーだなんて不謹慎?


 それは逆だと思うんだ。


 何のために戦うのかって言ったら、民が楽しく暮らせるようにってこと。そして、この世界では、貴族が消費することで経済が回っているってことが多分にあるんだ。


 なんでも節約すれば良いとか「お国のために我慢する」なんてことをやったら、一番困るのは働き口がなくなる庶民なんだよ。


 貴族は王都に来てバンバン金を使ってもらわないと庶民が潤わない。「お貴族様価格」で飲む紅茶が、貧民の1ヶ月分の食費と同じになる社会で、貴族のパーティーがなくなったら、経済なんて維持できるわけがないからね。


 だから今年も早くから「デビュタント」のお知らせはしておいた。もちろん「ゴールズ首領」と御三家当主の連名だ。


 準備の細かいところは王宮の内務官や儀典官達に任せておけばいいんだけど、最終決定だけはこっち政治家で責任を持って上げないとお役人というのは動けないんだよね。


 なんだかんだで、山のように「決定事項」がオレの机に積まれていくけど、これだってノーブル様やブラスが懸命に仕事をしてくれたから、こんなものですむわけで。


 今年のデビュタントが去年と大きく違うことが1つある。


 去年は妻妃そろい踏みで、むしろ全員を紹介することに意味があったんだけど、今年はミネルバを登場させられないのは大きな違いだ。


「もうすぐフォルも1歳か」

「はい。言葉っぽいのも出てきてます。早くパパって言うと良いですね」


 2週間ほど一緒にいて、毎日、抱っこしているいるおかげで、やっと「いやーん」と足を突っ張らなくなったフォル。


 今日は、初めてオレの抱っこで寝てくれて大感激中のオレだ。可愛いなぁ。


 そして、オレの隣にはお腹を大きくしたミネルバ。


「ひょっとしたら、お姉ちゃんと同じくらいに生まれるかも知れません」

「え? ちょっと早くない?」


 予定では1月の終わり頃じゃないかと言われていたのに。


「育ち方が早いみたいなんです」

「順調なら良いけど」

「はい。とっても元気です。さすがです」


 ミネルバを中心に、妻達は幸せそうにニコニコだ。


 実は、これがミネルバを登場させられない理由でもある。


 前にも言ったけど、この世界の出産経験のある女性は不思議な能力を持つんだ。もちろん、人によってそれが強い弱いがあって、妊娠初期から分かる人もいるし、ギリまで分からない人もいる。


 母上は、かなりその力が強い人だけど、ここまで臨月が近いと、もう、そんなのどうでもいいくらい誰にでもお腹の子どもの性別が分かっちゃうらしい。


「元気なお子であることがとてもうれしいですわ」


 メリッサの笑顔が綺麗だ。


「国中の祝賀になりますものね」


 バネッサも心から嬉しそうにしてくれる。


「フォルも、オレの子どもなんだけどなぁ」

「パパにとって同じであるなら、フォルは幸せだと思います。今だって、こうして腕の中で寝かせてもらえるんですもの。こんなに幸運な子はいないと思います」


 バネッサは本気で、満足してくれているみたいだから良いんだけどさ。


「ショウ様? フォルは我が家の一人の子どもとして大切です。真心を持って育てるべき大事な子どもです。だけどサスティナブル王国の全貴族、民の慣習というものがありますわ」


 メロディーがそこまで言うのを引き継ぐのはメリッサ。


「男の子、特に最初の男の子という意味は、それだけ重大なのです」


 この2週間で100回は言ったセリフを繰り返している。


 要するに、今のミネルバが人前に出てしまうと「お腹の中の子どもは男の子プリンスです」って宣言しているのと同じなんだ。


 薄々、各貴族家では掴んでる話だろうけど、公に発表するようなデビュタントに登場ってしちゃうと話が変わってしまうらしい。全ての祝賀が吹き飛んで貴族達の関心が「男児はいつ誕生するか」待ちになってしまう。


 だから、今回はミネルバと、それに合わせてバネッサを登場させないというのがメリッサの判断だ。


 オレにはよく分からないけど、母上も妻達も全員が納得している上に、ティーチテリエー様までもが早い段階から「隠した方が」と言ってきているほど。


 影響がムチャクチャ、でかいらしい。


 なにしろ、既に王都を含めて「男の子の誕生祝いに使いそうな贅沢品」の値段がジリジリと上がっている。職人さん達もフル稼働になっているらしいし、いつもの年のデビュタントよりも、王都に集まっている貴族当主が多いのも特徴だ。


 貴族向けのホテルも、賃貸物件も天井知らずで相場が上がっているし、高位貴族が持っている子貴族向けの邸は、満員御礼になっているらしい。


 こうなってくると、高位貴族と子貴族のつながりまでもが再確認の作業が必要になる。ともあれ「発表」の前から、世の中への影響が強すぎるらしい。


 まあ、そういうことも政治の一種なのかもしれないね。


「ふんぎゃぁ んくぅ」


 そう思おうとしたときに、急にぐずりだしたフォル。


「まぁ、お腹が減ったのね。さ、いらっしゃい」

 

 こういう時の母親は容赦が無い。パッとフォルが連れ去られてしまった。何となく喪失感を味わうオレの所にミィルが耳打ちしてきた。


「お客様がお見えです」

「え? 今日のこの時間の約束はなかったはずだけど?」


 だって、これからフォルがオッパイを飲むんだよ? 客とオッパイとどっちが大事かなんてわかりきってる。

 

 ん? あ、えっと、が見たいんじゃないからね? オッパイを飲んで幸せそうなフォルを見たいだけなんだ。


 来客に会ってるヒマなんて無いよ。


 露骨に嫌な顔をしちゃったらしいけど、ミィルは、重ねて「お客様です」と言ってきた。


「でも、約束してないよ」

「はい。存じておりますが、お耳に入れるべきだと思いましたので」


 ミィルが引いてくれないってことは、諦めるしか無いってことか。


「わかった。じゃ、応接室でいいかな?」

「その前に。ご配慮をいただいてもよろしいでしょうか?」

「配慮?」

「はい。かなり遠くからお見えです。アテナ様もご覧になっていらっしゃいます」


 あ、ミィルは本人にも望まれていて「アテナ呼び」がOKなんだよ。


 そして、ミィルがこの表情をしたときは、たいてい受け入れた方が良いというのは、オレが一番よく知っていること。


「わかった。ミィルが必要と思うことは何でも許可するよ」

「ありがとうございます。お客様は、ブロック男爵家のアーシュライラ様とおっしゃいます」

「あああ!」


 そう言えば、今年デビュタントだっけと思い出したんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

覚えていらっしゃいますか? 西部小領主地域のブロック伯爵家の娘でしたね。

さてさて、アーシュライラちゃんの訪問は何が一体どうなりますか。

続きは、明日にいたしとうございます。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 



 


 

  


 


 

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