第49話 月下に戦友(とも)と飲む

「お館様」


 寒風の吹きすさぶテラスで三日月を見上げるエルメスは、何も答えずにワインを口に運んでいる。


 入って来たアインスは、ちっとも気にせずにドカッと隣の椅子に腰掛けた。


 ガラの悪さなら天下一品のガーネット家騎士団だが、さすがに公爵様の横に無断で座る人間は、そんなに多くない。


 まあ、既に「そんなに多くない」と書かねばならぬだけでも、この騎士団が異常なのだとわかるのであるが。


 ともあれ、こういう時のエルメスには「古き友」が必要なんだと分かっているからこそアインスはやってきた。


 ウチらの大将は、今、酒の相手が欲しいんだ。


 何も言わずとも、それがわかるのが戦友ともというものだろう。


 英明な領主であるエルメスに献策も助言も、あるいは慰めすら必要ない。それを一番分かっているのはアインスだ。同時に、誰にも見せられない顔をする時に、横に友を必要とすることを知っているのもアインスなのである。


 勝手に持ちこんできたマグをコトンとテーブルに置けば、ちっとも見てないはずなのに、手元のデキャンタからワインを並々注いでくれる。


 領主に注がせるワインの味を知る家臣とは、この世界に何人いるのだろうか?


 しかし、ここにいるのは馴染みの友でしかない。友が注ぐワインを飲むのに、何のためらいがあろう。


「いただきます」


 グイッと一口飲んだアインスは「おぉ。美味い」と言って、テーブルの上にあった干し肉を勝手に一切れ取ると口に放り込んだ。


 こんなことをやる「騎士団員」など、この世界のどこを探してもさすがにアインスだけだろう。


「こっちのワインはクセがあるけど、慣れてくるとなかなかに染みますなぁ」


 勝手なことを言いながら、囓った肉をワインで流し込むのは、全力で友の悲しみを見ようとしているからだ。酒も肉も味など分かるわけが無いのだ。


 しかし、実に上手そうに飲んでみせるのが必要なのだ。


 そのためなら少々マナーに外れても、グイッと飲んだ後にぷはぁと息を吐いてみせるのも芸のウチなのである。


 そんな友にチラッと目を向けた後、珍しくため息を下ろした。


 寒風の下で領主が飲んでいるのを見た部下が言うようなセリフはひと言も出て来ない。


 アインスは、ただワインを飲み、時に、注ぎ、注がれるのである。


 エルメスは3杯目のグラスを飲み干すと「敵を10万滅ぼすのとは訳が違うな」と月を見ながらポツリ。


 アインスは、それだけで察する。


「あぁ、教団の義勇兵とかいうやつのことですね?」


 各教区に飛んだ檄により、北の地へと続々と義勇兵が集まっている。第一~第三教区に関しては、完全に「軍」となっているらしい。


 エルメスと結んだ協定により、下々には「国教化」の話を公開してないが、枢機卿会議の名の下に発せられた「神がそれを望んでいらっしゃる」の大号令の元、僧兵のみならず一般の若者までもが次々と集まっている。


 その数は、既に1万を超えているのだという。


「お館様は、彼らに慈悲の心を?」

「彼らは善意だけで動いておる。それを……と思うとな」


 グレーヌ教団の「軍事力」によって騎馬集団に対する防衛を行うことを持ちかけたのはエルメスである。巨大なエサまで用意した。


  彼らが絶対に食いついてしまうエサだ。


 戦を知らぬ司祭達は「命を捨てれば、なんとでもなる」と高をくくっているのだが、エルメス達からすれば、岩石にタマゴをぶつけるようなモノとしか思えない。


 だが、操ったのはエルメス本人なのだ。


「我にはその手しか思いつけなかったのだ」


 枢機卿会議を開かせた。王都・グラのはるか北の町「シベ」に枢機卿会議の建物を用意させ、教団はそこから信者の統率をはかるべきだということも納得させた。


 枢機卿会議を守れ、という意味づけも信者の間ではより重くとらえるのだろう。


「彼らは間違いなく命がけで戦うであろう」


 エルメスの瞳の奥には「それが、どれほど虚しいカケであったとしてもな」と言う言葉が飲み込まれている。


 とにもかくにも、その「カケ」の結果は、自ずと現れる。


 年明けの早い時期にわかるだろう。アマンダ王国軍を使った偵察でも、ガーネット家の影を使った偵察でも、北部の蹂躙が続いている上に、成功のウワサを聞きつけた他部族までもが傘下に入り始めているらしい。


「ローディングに、遊牧民族に、聖戦か。民はたまったものではないな」


 たとえオフレコの場でも弱音を吐くことはできないのが政治家というモノだ。まして、ここは敵地である。


 どんな独り言でも、誰かが聞いていると思わねばならない。


 だから、今は、友を横に酒を飲む。


 ふっと、心の奥に「麒麟児を呼べなかったのは、我の傲慢であったのか?」と思ってしまう嘆きもまた、ワインと一緒に飲み下した夜であった。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

古来、宗教団体って戦闘組織を持つことは必然でした。日本では織田信長あたりで宗教勢力の非武装化が起きていましたが、信長こそ、宗教勢力と最も長く戦い、犠牲を払った人でもあります。ヨーロッパでも、中東やインドあたりでもそうですよね。

ショウ君の世界でも一定の武力は持っていますが、アマンダ王国は宗教国家であるがゆえに武装組織に頼ってこなかったという歴史があります。グレーヌ教団の長い歴史の中でも、初めての組織的な戦争です。しかも相手は敵に対しての残虐行為を辞さない遊牧民族です。それが、どのような結果を生むかはエルメス様が一番、分かっていたのだと思います。

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