第45話 ヨク城の戦い・決着

 丘の中腹まで登った領主ジャンが、ふと後ろを振り返った。


 ちょうど敵との交戦が始まったところである。


 その様子を見ながら満足げに頷いたのだ。


「おぉ、なるほど。確かに言った通りだな。我が騎士団も、まともに戦う場さえあれば、かくも精強であったか」


 満足げな声だ。


 ウェイスは、それを聞いて複雑な思いだった。


 日夜努力し、戦いと訓練に明け暮れる日々なのに、領主はその事実をウェイスが言うまで認識していなかったと言うことなのだ。その程度の認識なのだ。たまに領地に戻ってきても、演習に立ち合おうとすることはなかったのだから、わかってはいたことだが。


 しかし、それは良い。大サスティナブル王国の侯爵閣下だ。下々のやるべきことに関心が無いのは仕方ない。


 だが、自領の戦士に対して「まともに戦う場さえあれば」などと言われるのでは、まるでケンカしかできないような扱いではないか。


 精強だと認めてもらえる喜びはあっても、現時点で、送り込んだ騎馬隊は500を超えている。それに対して敵は200もいないのは分かっている。しかも、ついさっきまで歩兵戦の包囲網を作り上げて戦闘中だった相手だ。


 数が半分以下しかいない、疲れ切った相手に「善戦」程度で満足されてしまう屈辱。


 しかしながら、領主トップ自らが満足げに戦を見守ってくれるのは武人としての喜びではある。


 ウェイスの笑顔がなんとも苦くなるのも当然であった。


「おぉ! 連中は形勢不利とみて引いておるぞ! よし、そこだ、もっといけ! ははは、なるほど、騎馬同士なら、我が軍は最強ではないか。はっ、はっ、はっ、は!」


 丘の中腹で馬を止めてしまっているが、下の戦いは味方が有利に進めている。敵はこっちに向かってくる余裕はなさそうだ。


 足止めどころか、すこしずつ敵を押している。


 それを見れば、上機嫌になるのもわかるのだが、ウェイスとしては用心深くならざるを得ない。そもそも、味方が領主から離れている時間を最小限にするために、あの数を送り出したのだ。それなのに、時間が掛かりすぎている気がするのだ。


 そもそも、送り出した騎馬隊の目的は敵との戦いではない。煙の中の味方に撤収命令を伝えるのが優先なハズだ。


 だからこそ、戦力の逐次投入ではなく、一気に最大火力を送り出した。


 そして、最短時間の鎮圧を選んだのは、総大将の側から兵力が剥がれた場合の「万が一」を考えてのことだ。


 だから「戦い」という部分だけで見れば、いわば「勝てて当然」なのだ。むしろ、敵は引いているとは言え、秩序を保ったままなのはおかしい。


 そこでふと、ウェイスは「きな臭いニオイ」を嗅いだ。といっても、鼻腔の方ではなく、戦士としてのカンのようなもの。


『なぜ、下がる?』


 良く見れば、敵はけっして押されていない。それどころか互いをかばい合い、背中を見せることすらしていない。打ち合う度に馬を後ろにいかせ、立ち直ると、すかさずこちらを挑発しつつ打ち掛からせようとしている。


 いざ攻撃を受ければ、相打ちすら狙わず、受け流して斜めに下がる。


 少しずつ混戦は深まり、奥へ、奥へと戦場が移動しつつある。

 

「なんだ、これは!」


 素早く、登ろうとする丘の頂上と、下の戦いとを何度も首を巡らせる。


「まさか?」


 ウェイスは、大急ぎでご領主様の元へと馬を寄せたのだった。



・・・・・・・・・・・



 ほんの10分ほど遡る。


 ライオン隊が敵の伝令騎馬を潰していた頃、ショウは、フュンフに説明しながら、ゆっくりと騎馬を進ませていた。


 位置的に、ここでの話し声が敵に聞こえることはないのはわかっている。


「優秀な騎馬隊を相手よりもたくさん持っていて、戦場を見渡せるなら、左右からの包囲、少なくとも敵の後ろに回り込ませるのが最初の手だよね」

「ウチは、そこに煙幕を張って馬防柵を建てておきましたが」

「そ。視界を奪っておいて、敵の進路を変えた。そこにピーコックさんの空中攻撃が上手くいって敵さんは大混乱。全滅はしないとしても、この戦場においては非戦力化してしまった。この時点で敵の戦力の3分の2が剥がれてる」

「ってことは、中央のエレファントの戦いは?」

「ホントは、耐えてくれれば十分だって説明してあったんだけど、まあ、ジョイナスだとああなっちゃうかな。ふふふ」


 肩をすくめる動きを見て、フュンフは『あ、これは、性格を読んで企んでいたのか』と密かに分析する。


 ショウは、その瞬間「これは初歩的な詰め将棋だよなぁ」と考えていることは気付いてない。もちろん、こちらの世界には「詰め将棋」なるものは存在してないのではあるが。


 次の一手の必然を選ばせて、次の一手を決めていく。こんなことをされれば、いつの間にか「王」のコマを守る者がいなくなるのは当然であった。


「で、当然、敵は両サイドを引き戻したいから伝令を出すわけだね。ただ、中隊規模で出してきたのはビックリだったけど。あれはあちらの指揮官が相当に優秀だったんだろうってことになる」

「もしも、もっと少なかったら?」

「一応、煙幕の中にホース隊が待機しているからね。集中して襲いかかれば、敵も残りを出さざるを得なくなるでしょ。まあ、一度、あちらさんともつれさえすれば、ライオン隊はこういう練習はさんざんやってきたし、大丈夫だとは思ってた」

「あれ? さっき見たときは、ちょっと押され気味でしたけど」

「うん。練習通りだね。相手が来たらがっぷり組み合って乱戦に持ちこんで、塊になったままできる限り、こっちから引き離すのが役目だもん」

「つまり、押されているフリですか? そんなの歩兵ならともかく、騎馬にやらせるなんて無茶ですよ」

「うん、騎馬隊でそれをやるのはすっごく難しいらしいね。だから敵も疑わない。味方が優勢で、本陣を襲おうとしてきた敵から離れたいと思ったら、相手はどこを目指すのかというと……」

「後ろの丘? つまり「ここってわけさ。ノイン!」」

「承知、やろうども! 前方の頂上を越えた所に敵あり! 上に出る!」


 迦楼羅隊が揃って丘の稜線に姿を現した時、丘の中腹にいる敵はわずか50騎。


 しかし、きらびやかな甲冑を着けた将が、猛烈な勢いで、その50騎の中を通り抜けつつあるところだった。


「あれ? 見抜かれた? スゴいな、敵さん」


 そんな言葉を出している余裕があったのは、ノインが自動的に命令を出していたからだ。


「野郎ども! 殲滅せよ! 敵はロウヒー家騎士団だ。相手に不足はねぇぞ!」

「「「おおおおおおお!」」」


 しかし、勝負は既に決したも同然。


 迦楼羅隊は、王国最強と謳われた元ガーネット家騎士団員からの選抜メンバーである。個人の武勇なら、相手と同等か、それ以上。


 しかも、この戦場では、全ての隊が少数で戦いを支えてきたのに、ここでは敵の4倍なのだ。


 騎馬同士の戦いにおいての絶対的に有利な上と下の位置関係。


 この戦場の全ての味方は、この戦いのためにこそ奮戦してくれたのだ。全軍の目は、この戦いに注がれるに決まっている。


 相手を舐めるどころではなく、瞬殺できねば沽券に関わると迦楼羅隊は必死の形相であった。


 4隊の「うぉおお~」という暴力的な叫びは絶えることなく聞こえて、最初に駆け抜けたのはフュンフのタイガー隊であり、重なるようにゼックスのクォーツ隊が駆け抜ける。(作者注:上から下に駆け抜ける形の「一撃離脱」が、この場合の定石です)


 2隊が駆け抜けた後、馬上の敵はどう見ても一ケタ。そこに争うようツボルフのジェダイト隊が少ない敵を取り合い、ツェーンのエメラルド隊は最後に走り抜けながら「てめぇら! ひでぇぞ!」と分け前にあずかれないことを味方に当たり散らすことになる。


 まさかの一撃必殺。


 ある意味、オトコの意地を賭けた突撃は、かつてのガーネット家騎士団員の頃よりも数段、破壊力を持っていたのであった。


 後々、ツボルフは酒を飲むと「オレ達があんなに強くなってるなんて、思わなかったぜ。こんなことならアミダクジで負けるんじゃなかった」とこぼすのが定番であった。


 そう…… 事前に4隊は突撃の順番をあみだくじで決めていたのであった。


 一方でゼックスは「ま、女にもてるのとアミダなら任しておけってことよ」と言いながら、ウッシッシと笑うのも仲間同士の定番になったという。


 一方で、ショウは迦楼羅隊の攻撃など少しも見ていなかった。勝てるべき場所に、勝てるだけの地勢条件を整え、兵数も相手より多くしてあるのだ。


 仲間を信じるショウにとっては、そんなことより気にすることは違う。


 どんどん加速して逃げていく、きらびやかな甲冑。


 「あれを逃がしちゃうと不味いんだよなぁって、あれ? あ、あっちね。じゃ、いっか~」


 逃げていった先を見て、この後のコトは任せられると安堵した。


 そこにノインから「反転させても?」と言われて片手をあげて応えた。


「者ども、次は下だぁ! 今まで頑張ってくれた味方の加勢に向かう!」

「「「おぉお!」」」


 丘の情勢を見て取ったアポロンは、既にライオン隊に「反転攻勢」を命じている。


 敵騎馬隊も、丘の状況を見たのだろう、必死になってもつれた敵から離脱を計る。


 しかし、サラダボウルの中にドレッシングでえられたレタスとクレソンのように、これだけ敵味方が入り乱れていては、すぐに引くことなどできない。


 無理に引こうとすれば、そのスキを狙われて槍が入れられる。


 混戦の中に背後から200騎が、しかも、そのうちの50騎はやる気がくすぶりすぎておかしくなりそうな連中である。


 元々、騎馬隊は止まっている状態での乱戦に弱いということと相まって、それから起きたのは、戦と言うよりは「殺戮」に近いものであった。


 もちろん、横で起きている惨劇が目に入っていて、騎馬退却の笛を聞いてしまった歩兵達は、もはや抗う気力も残ってない。


 ようやく穏やかな風が地表にも吹き始めて、霧が薄らいでいくと、そこかしこに配置されたホース隊が、敵の生き残りを見つける度に集団突撃を始めていたのである。


「そろそろかな?」


 戦いの決着は既に着いている。ショウ達が丘の裏側に現れてから、わずかに1時間ほどであっただろう。


「意外と粘ったね」


 首を捻ったショウは、ようやく、待ちかねた存在を目にして微笑んだのである。

  

 それこそは、ピーコック隊に囲まれた敵将の姿であった。


 なお、ショウが丘の上でアテナと二人きりで「観戦」していられたのも、ピーコック隊が、周辺警備をしていたからである。


 敵将がショウの前に連れてこられると丘の下に向かって叫んだ。


「戦をやめよ! ロウヒー家家長と、ゴールズ首領ショウが正々堂々と決闘を行う。みなの者控えよ!」


 聞こえた者は、それをさらに周りに拡散した。半ば戦意を喪っているロウヒー家の歩兵団をはじめ、騎馬隊も、むしろホッとしたであろうことは、既に戦場の空気が揺らいで伝わっている。


「ロウヒー家の長、ジャンよ。私と勝負せよ。ソチが勝てば、家臣と共に自領に戻ることを、ゴールズ首領として、ここに保証しよう」

「ぬぬぬぬ! たかだか伯爵家の小せがれが!」

「それを言ったら、ソチは、すでに平民だぞ? 国王代理の権限でな。頭が高い」

 

 もちろん、それは挑発である。


「言わせておけば! かせ!」


 武装解除されていたジャンの横にはいつの間にかムスフスが槍を差し出している。本来なら、自分で切り捨ててしまえば良いと思っていたが、事前に「これは、私がやらないと意味が無いから、絶対に生きて連れてきてね」という指示されたのが優先していたのだ。


「こぞう! 死ねぇえええ!」

 

 ぶつけてきた憎悪は、さすがに大国サスティナブル王国の元侯爵であった。


 しかし、単なる貴族のオッサンと、実戦慣れした若者との勝負である。まともな戦いが成立するはず無いのである。

 

 あるいは、ジャンも、それは承知で槍を取ったのかもしれない。捕縛されれば醜態をさらしての死刑なのだ。


 それならいっそ「武人としての死に様を」というのは、配慮されたと受け止めたのだろう。


 勝負は、一合もなく終わった。


 サスティナブル王国元侯爵ジャン・ソーケデリック=ワルターは、ヨク荒野にて死す。


 これにて「ロウヒー家の反乱」は事実上の終焉となったのである。


 なお、ウェイスは奇跡的に命を取り留めたが、惨敗ぶりの責任を取って自害しようとしたところを「領地の無駄な死を止めろ」というショウのを受けたのだ。


 悩みに悩みながらも「生き恥をさらして、かつての仲間の命を助けることが自分への制裁である」と受け入れたのである。



・・・・・・・・・・・



 後々、ロウヒー家の一族は「大逆罪」として処刑されるところをショウ閣下による「恩赦」が与えられて北の地へ幽閉されることが決まりました。


 もちろん、一族は幽閉地に着くまでに、全員が病によって亡くなることは、わかっていたことだったのかも知れません。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 領地にも戦力は残っていますが、領主が討ち取られてしまえば、既に求心力は存在せず、もはや抵抗できる状態ではありません。

 また、ウェイスは騎士団における信用が大きかったため、説得活動が上手くいったようです。後々「その功績に免じて」国軍へと編入されますが、それはもっともっと後の話となります。

 自分の最後のトリックを見破ったウェイスの能力をショウ君は、高く評価したみたいです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  


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