第44話 ヨク城の戦い・中盤

 中央の戦いに唖然とするジャンである。


「圧倒的じゃないか、我が軍は」


 嘆きたくもなる。


 相手の何倍もいたはずなのに、戦場で生き生きと動いているのは全て敵軍で、鮮血を噴き上げているのは常に自家なのである。


 ジャンの目から見てさえ、リアルタイムで「ボロ負け」が進行中である。


「左右の騎馬隊が包囲を完成させれば、情勢などあっと言う間に変わります」


 ロウヒー家騎士団長であるウェイスは、少しも動揺を見せずに言い切るが、先ほどから戦場の両サイドを隠す煙幕の上を「飛ぶ」物体から目を離せずにいた。


 断じて鳥ではない。明らかに人である。


 彼らが何かを「撒く」度に、霧の中では激しく大きなパン!と弾ける音がいくつも響き渡る。


 馬のいななきと人の悲鳴、怒声が、この平原一杯に響き渡るのだ。


 使っているのは未知の武器だろう。聞いたことも無い激しく音を立てて破裂しているようだ。


 煙の中の阿鼻叫喚は、想像するまでもない。 


 本来、人が空を飛ぶなどということはありえない。非現実の光景だ。まして、飛んでいる人間が「空から攻撃」してくるなどというのは、想像できる方がおかしい。


「敵が空を飛べるなんて聞いておりませんでした」


 それは、領主への抗議と言うよりも、半ば茫然自失のつぶやきである。


「私だって、初めて知ったのだ。こんな秘密兵器を連中が隠してあったなどとはな。ひょっとしたら、王家の秘宝を勝手に持ち出したのや知れぬ。いや、きっとそうであろう。一伯爵家が、そのようなモノを開発できるはずが無いからな」


 ジャンは憮然としながらも、侯爵らしく、正解を「王家の秘宝」に求めようとした。


「王家の秘宝かどうか分かりませんが、あれには対抗手段が思いつけませぬ」

「そこを何とかするのが、ソチの務めであろうが!」

「申し訳ありません。私の能力を超えております」


 ウェイスは、頭を下げつつも「幸いにして」と言葉を付け足した。


「なんだ?」

「飛び回っているのは8つほど。おそらく大量に使うことはできないのでしょう。あの程度の少数であれば、それほど大きな被害は出ないかと」


 上から矢を射かけてきたとしても、分かっていれば防ぎようはある。あのパン、パンと鳴るものがどれほどの威力を持っているのか、ここからでは分からないだけに不気味ではある。


 しかし、たとえ投石機を持ち出しても、人相手ではたかが知れている。被害は限定的に違いない。


「問題は、あのように煙に巻かれた状態だと、何が起きているのか分からないのです。お館様、ご決断をいただきたい」

「何の決断だ?」

「今現在、煙の中にいる騎馬隊を、一度撤収させましょう。このままでは空からの餌食になる一方です。煙から出さえすれば、騎馬隊は、まだ十分に立て直せます。しかしながら、今騎馬隊を撤収させれば」


 ウェイスには、結果が見えている。


「どうなるというのだ!」

「おそらく、歩兵部隊は壊滅するかと」

「壊滅だと? こちらは敵の10倍いるんだぞ!」


 ウェイスは心の中で『正確には「いた」でしょうけどね』と考えたが、それを気配であっても出すような愚かさは持ってない。

 

「歩兵達からしたら、ただでさえ包囲されている感じが強いはず。今、踏みとどまっているのがギリギリなのです。もしも騎馬隊撤収の合図を聞けば、浮き足だってしまい、今戦えている者も逃げることしか考えられなくなるのです」

「そうなると、逃げられなかった歩兵は?」


 一瞬、ウェイスは唇をギュッと噛みしめてから、少しだけ言い方を変える。


「逃げ出せるのは良くて半分でしょう」


 それを聞いて息を呑む侯爵。


「しかし、おそらくは2割ほどしか助からないと思われます」

「2割だと? では、助かるのは1000人だと申すのか!」

「それも、こちらの願望を含めての数字です。包囲している敵の歩兵の数からすれば各々での脱出は可能かも知れませんが、それが100名になったとしても、不思議はないです」


 愕然となるジャンだ。空を飛ぶ敵兵を見た瞬間よりも、その表情に驚きと落胆が隠せない。


「しかし、このまま放置すれば、騎士団が壊滅してしまうかも知れませんので、やむを得ないかと」


 ロウヒー家騎士団の力だけは失ってはならない。それだけはダメだ。


「すぐに騎士団を引き上げさせろ」


 貴族として、有能な者を優先順位を付けて残す判断は当然のこと。


 この辺りは冷徹な計算ができるのである。いや、身分の低い部下の命など、いくら喪われても「もったいない」程度の感覚以上にはならないのが貴族だ。


 その意味で撤退命令承認は、当たり前のことだった。


「わかりました。ご許可いただき感謝いたします。おい!」


 直属の部下を10騎呼ぶと「撤退の笛を吹け。戦場の奥に行くと、連中の待ち伏せがあるやしれん。くれぐれも深入りを避けよ」と命じた。


 一斉に馬を駆けさせ、笛を取り出す。


「ピ ピ ピ ピー ピー ピー」

  

 短音3つと長音3つの組み合わせは「即時、無条件の撤退命令」である。


 これを繰り返し吹き鳴らしながら、戦場の奥へ行こうとした時だった。


 一斉に中央にいた騎馬隊に迎撃されてしまった。とっさに逃げ回りはしたのだが、敵の騎馬隊も練度がかなり高いようだ。すぐに挟み撃ちに遭って、一騎、また一騎と、次々に打ち落とされていく。


「お館様、ラチが明きません。中隊規模で強行突破いたします。左右に送るに200名もいれば連中も追いかけては来ないはずです」

「それほどの人数をか? 本陣は抜かりないな?」


 自分の守りが薄くなると、チラッと気にしたジャンだ。


「お味方を周りに増やすための一時的なことです」

「ふむ、わかった。やるがよい」

「ありがたき」


 頭を下げた次の瞬間、ウェイスは「第1は右、第2は左。煙ギリギリの場所を回り込んで退却の合図を徹底してこい」と声を張り上げる。


「「承知!」」


 最精鋭の虎の子である。


 一瞬、ジャンは渋い顔をしかけたが、作戦中は口を挟まぬのがウェイスとの約束である。軍事に経験も、そして自信も無いジャンにとっては「基本を決めたら後は任せた」の方が良い結果が出るのは知り尽くしていることだ。


 このあたり、ジャンはけっして、貴族家当主として愚かな人間ではなかった。


 そして虎の子の強兵が戦場の煙をかすめて撤退命令の笛を吹き鳴らすのと、まるですれ違うようにして、さっきまで歩兵にばかり攻撃を仕掛けていた敵の騎士団が一斉にロウヒー家の本陣目がけて馬首を巡らしたのだ。



 敵は撤退命令を伝える少数を討てば、本陣の数が剥がされて、その役割を果たすのを読んでいたに違いない。


 そんな単純な手口に引っかかるなんて。 


「クソ、ワナか」


 汚い言葉を使ってしまった自分にハッとしながらも、お館様は迫り来る敵の騎馬隊に目がいって、聞こえてないらしいのを確かめるウェイスである。


「お館様、少々下がります」

「う、うむ」

「50、オレについてこい。それ以外は、連中を迎え撃て。どうせ雁行だ。先頭の勢いを止めれば、こちらの方が人数が多いんだ。かまわん、全力でいけ!」

「「「「「はい!」」」」」


 各中隊長は部下を連れて敵へと構えを作ると、あちこちで「突撃!」と言う叫びが聞こえ、敵に真っ直ぐに向かったのだ。


「では、われわれは、あの丘に登りましょう」


 本陣の後方には、平原ギリギリの場所が丘となってつらなる端っこがある。ギリギリ、そこも戦場ではある。

「お館様、騎馬同士なら、ご安心をなさいませ」

「うむ」  

「騎兵は、戦った経験こそが命。我々は常に北方遊牧民族と戦って参りましたから、実戦経験だけは王国一を自負しております。ですから騎兵同士の戦いになれば、こちらのモノなのです」

「なるほど。ソチらは、王国でも有名であるからな」

「はい。我々と同等だとしたら、ガーネット家騎士団くらいは連れてきてもらいませんと、負けるわけにはいきませんな」


 そう言って、大きく「は、は、は」と笑って見せるのも仕事のウチである。


 ウェイスはご領主様をかばうような位置取りをしながら、ゆっくりと丘に登るのであった。その後ろには50騎が後方に目を配りながら従っている。


 敵の歩兵と突撃した部隊との交戦が今始まったばかりであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

今回はライオンさん達が、文字通りの獅子奮迅です。あれ? 他の隊は、今どこに?

煙の中では阿鼻叫喚が、絶賛進行中です。撤退の笛が鳴って、すぐに出られると良いんですけど、それくらいだったら、とっくに誰か出てきそうですよね?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


  


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る