第43話 ヨク城の戦い 序盤

 この日の戦いを、サトウ・フィールド・シチミは、その著書「サスティナブル王国物語」の中で、次のように語っている。


・・・・・・・・・・・


 双方の歩兵同士が50メートルの距離で向き合ったとき、期せずしてロウヒー家の歩兵団から、次のような声があがった。


「王家に弓引く反逆者ども、降伏するなら今のうちだぞ!」


 相手は「サスティナブルの中興の祖」であるショウが率いる軍団である。しかも「ゴールズ」なのは明白なこと。


 今日の私達からすると、そこに向かって「反逆者」と言うのは奇妙な感覚であるのだが、降伏勧告をした側にとってはかなり本気であったのではないかと思うのだ。

 根本的に、ロウヒーが「自分達は正しい。君側の奸を取り除かねばならない」と家中に説明するのは当たり前のことだ。

 限られた情報しか持たない人々にとって「領主様のお言葉」を疑う習慣を持つはずもなく、どれほどオカシイと思っても、疑うには勇気が必要だ。


 その上で、この「降伏勧告」が発せられた理由は次のように考えられると思う。


 第一に敵が少数であったこと。


 封建制社会においての反乱軍という存在は常に少数派なのだ。逆を言えば「王権を背景にした正義は多数派になる」という常識が存在する。したがって、圧倒的に自分達が多数であることを目にして、自分達の正当性を裏付けられたと思った可能性は高い。


 第二がロウヒー家の歩兵団の特殊性ということ。


 彼らは歩兵としての集団戦をほとんど経験することなく、むしろ警察業務が本業なのである。本当の戦いを前にしたときに「お里が知れる」ということが出る。


 殺すよりも捕らえる。


 それこそが「警察官」としての本能だ。だからこそ、彼らは「降伏を選ばせてやろう」と考えたのではないかと思える。


 どっちにしても、歴史を知る我々からすると驚くべき傲慢さと言うべきであろう。


 ところが、ここで「伝説」が誕生するのだから歴史を学ぶのは楽しい。


 ゴールズご自慢の歩兵部隊エレファントは、十倍以上もいる敵に対して一斉に口笛を吹くことで対抗したのである。私も、さすがにこれは良くできた伝説だろうと思ったのだが、いくつもの信頼できる資料において参謀であるカクナールの証言が残っているため、どうにも事実としか思えない。


 曲は「ヤンキードゥードゥル」であったという。あの、軽やかなメロディーは、今日でもお馴染みである。


 想像してみてほしい。10倍もいる敵の「降伏勧告」に対して、男達が口笛を吹いて対抗する図だ。しかもサスティナブル王国の覇権を確立するべき大事な戦いがこれから始まるというのに!


 50メートル先の圧倒的な敵に対して、口笛での挑発行為をする兵士達。これ以上に、人の想像力を刺激する戦いがあるだろうか? 実際、私がそこにいたならば、相手の数に圧倒されて口笛どころの話ではなかっただろう。


 しかも、参謀のカクナールの手記によれば「鉢割ジョイナスでも、カクナール自身の命令でもない」とわざわざ書いている点がクサイ。


 いかにも「自然発生的に起きました」と言わんばかりの記述であるのだが、さすがにそれを信じるほどにお人好しにはなれないのである。


 どう考えても、これは命令あるいは「お仕込み」である。


 では、誰が命じたのか?


 明確な証拠はないのだが、作家としての想像力を働かせると、これは事前にショウによって命令、あるいはサジェストされていたのではないかと思えてならないのだ。


 これまでも、そして爾後も、彼の戦いは人間心理の隙を巧みに突くことで「不利を不利で無くすこと」を狙うやり方を大変好むのである。


 ショウとしても、この命令は「限定されたシチュエーション」のみで行うことにしていたのではあるまいか?


 あるいは心理的奸計を好んだショウからすると、敵が「降伏勧告」をしてくることすら計算の中にあった気がするのだ。


 なぜ、私がそんな風に思えるのかと言えば、この戦いの序盤をロウヒー家側から見てみたからだ。いや、もう少しだけ言葉を換えれば「ロウヒー家の歩兵団」としての視点だ。


 圧倒的多数を驕る、実戦慣れしてない兵隊達……その実態は警察官である……が、降伏勧告をした相手に対して自分達から襲いかかれるはずがない。ここで襲いかかってしまえば「降伏勧告は相手を油断させるために、セコいワナを張ったと思われてしまう」と心配が出る。


 それでも相手が敵対行動を取れば話は違う。しかし、口笛を吹くのは挑発ではあっても、敵対行為と言えるわけがない。武器を持った悪人を取り囲んだ警察官は、相手が口笛を吹いた瞬間に、いきなり殺しに掛かりはしない。おそらく「口笛を吹き終わってどうするのか様子を見たい」と思ったはずだ。


 逆を言えば、ロウヒー歩兵団にとって、この瞬間だけはエレファント隊に襲いかかることはということに私は気付いてしまったのだ。


 おそらくショウはそれを読んでいたからこその作戦であったと思ったわけである。


 となると、逆算してみよう。


 口笛を何のために吹かせたのか?


 答えは、戦場の端に満ちつつある「煙幕」にあったのではないかと思う。


 「ヤンキードゥードゥル」など、長めの編曲をしたとしても3分もかからない。だが、敵と肉薄した状態での3分間の空白は、予定された戦場の両端に煙を行き渡らせるまでに十分な時間となったのだ。


 両サイドからの包囲を狙ったロウヒー家の騎兵戦力は、その煙の中に見事に飲み込まれることになった。


 この時、中央の戦場にあったのは


 ゴールズ  エレファント隊(歩兵)400+ライオン隊(騎兵)の220

 ロウヒー家 歩兵5000


 ということになる。これだけの差があれば、多少の戦慣れの差があっても、どう考えてもロウヒー歩兵団が負けるわけが無いと読者はお考えになるかもしれない。そして、結果を知っていれば、そこに「ゴールズの歩兵は、きっと何か特別な作戦を使ったのだろう」と期待して当然だ。


 しかし、ショウという男はトコトン、人の考えることの裏を行きたがるらしい。そこに「作戦」など何もなかった。


 全てをエレファント隊の奮戦に賭けたのである。隊長のジョイナスが意気に感じないわけがない。敬愛する領主様の息子であり、命の恩人であるショウに、会戦の最重要ポイントを無条件で託されたのだ。


 作家として断言できる。この時の鉢割ジョイナスは、自分の命など二の次、三の次で敵を叩きつぶすことしか考えなかったに違いないのだ。


 口笛が終わった次の瞬間、ジョイナス隊長が大声を上げた。


「構え!」

 

 全員が、一瞬にして戦意を噴き出すようにしてハルバードを持ち直したはずだ。次の瞬間出された命令に、事情を知らない我々は噴き出すことになる。


殲滅せよ皆殺しだ! 一人も生きて帰すな!」


 重ねて言う。歩兵戦力だけで言えば、中央で視界に入るのは5千に対する4百なのである。この命令を出すべきはロウヒー家歩兵団の隊長であるべきだろう。


 しかし、鬨の声をあげながら、5千に襲いかかった4百は、本気で敵を殲滅しようとした。


 この時の陣形は、次のようになっている。


 ロウヒー家の歩兵団は鶴翼になり損ねたとしか言いようのない半ば崩れた変形横陣。エレファント対から見て右側が分厚く、左はわずかに三段であったらしい。


 エレファント隊は三段構えの横陣であった。


 通常なら、鶴翼の陣形の「ツバサ」に取り囲まれて終わりだ。ところが、この三段構えの横陣は先頭列が、まるで稲刈り作業をするかのように、一斉にハルバードを使って相手を削り取り始めたのだ。


 瞬時に相手の最前列を削り、2列目を削り、3列目へ。


 一瞬でも手間取ると、次列で控える兵が代わりに前に出る。


 鈎の部分で敵の槍を引っ掛けて叩き落とす。すかさず、反対側の戦斧で兜をたたき割る。


 全員が「鉢割ジョイナス」に取り憑かれたかのように、ブン、ブン、ブンとハルバードを振るい、敵の兜を粉砕し続けていた。


 倒れた敵を踏みつけ、どんどんと後列を刈っていくエレファント隊。


 ロウヒー歩兵団は、慌てた。前列が圧倒的なスピードで削り取られ、自陣の右側は削り終わって端からどんどん「包囲」が始まってきたのだ。


 いつでも、前線の兵士にとっては「自分達が包囲される」と思える事態は恐怖になる。まして戦慣れしてない者にとっては最上級の恐怖であっただろう。


 エレファント隊の「削り」を素早く見て取ったライオン隊は、すかさず包囲を完成させるべく後ろへと回り込む。


 崩れた鶴翼は、分厚い構えの内側を非戦力化してしまう危険がある。特に包囲するための鶴翼が包囲されれば、そのデメリットは顕在化する。


 今起きているのは、まさに兵法の書に載っている通りの「鶴翼の弱点」がそのまま露呈してしまったということだった。


 次々と、敵の騎兵に背後から襲われ、着実に壊滅が訪れる歩兵からしたら「ウチの騎兵は何をしているんだ」である。しかも、騎兵こそがロウヒー家の力の源である。


 しかし、来られなかったのだ。


 条件は二つある。


 一つは、ものの10分と経たずに起きた歩兵隊の惨状に気付かなかったこと。


 なぜなら、騎兵達は定石通りの仕事をしようとした。すなわち「大きく回り込んでの包囲網」を敷こうとしていたのだ。大軍としては当然の行動になる。


 ところが、何とか煙をかいくぐっても、行きたいところには馬防柵が作られていた。そこを避けてショートカットしても馬防柵が設置されている。そこに張られているのが簡単に切れない鉄線だと判断すれば、律儀に遠回りをするしか無い。


 騎馬隊は戦場から離れる方へ、離れる方へと誘導されることになった。とは言え、騎兵達からすれば、まさか敵の10倍いるはずの歩兵が、こんな短時間で壊滅的な打撃を受けているとは思わないだろう。


 騎兵達にとって歩兵は一種のお荷物だと言える。城攻めのための必要悪だという考え方すらある。そんな集団にとって「歩兵は多少やられるだろう」というくらいには思っていたかも知れないが、断じて「壊滅」の想像をした者はいなかったのだ。


 そして、時を経ずして歩兵のことを考える余裕はなくなるのである。


 見通しの悪い煙の中を、中央の戦場から離れる方向に回り込もうとしたロウヒー家騎士団は、そこで悪夢の攻撃に晒されることになる。


 「空爆」であった。

  

 ロウヒー家騎士団は、我が国の歴史でも一連の「大陸統一戦」以外では一切使われてない戦術が初披露された当事者になってしまったのである。


 実行したのはピーコック隊第4中隊の精鋭だ。この時使った道具は、今でも王国歴史博物館で見ることができる。当然、既に色あせ、繊維もボロボロであるが、当時は力持ちでも引きちぎることができないほど強く、そして軽い布地であったらしい。


 かれらは、その布を紙飛行機の羽根のようにして使い、そこにぶら下がる形で飛んだ。飛び立った場所は、戦場の端に築いておいた高層の建物の屋上である。


 当時の気象条件は、地表近くに風はなく、上空にのみ東に向かって風が吹いていた。この風に乗って飛び立ったのは8名。それぞれがゴールズの得意技であった「パンパン」を呆れるほど持っていたのだ。


 馬は臆病な生き物だし、草食動物ゆえに周りの音に敏感だ。


 視界が塞がれた戦場で、いきなり足下で パン! パン! パン! パン! と何かが破裂したのだから、怯え、すくむ程度で止まらない。動物の本能として「逃げる」を優先したくなる。竿立ちとなって音から逃れようとし、次にメチャメチャに走り出す。


 哀れなのは、馬たちと言いたいところだが、乗っている人間は、そのさらに上を行く悲惨な目に遭うことになった。


 しかも、この空爆は「予定通り」なのだから、そのまま逃げられるはずが無いのである。


 さすが、その名をサスティナブル王国に知られたロウヒー家騎士団である。最初の攻撃で振り落とされた騎士はそれほど多くなかったらしい。しかし、むしろ、そこで落ちた者は幸運だったかもしれない。


 空爆された場所は、馬防柵によって誘導されてきている。当然、そこから逃れようとした先々にワナが大量に用意されている。


 待っていたのは地面から30センチの高さに張られた鉄線たちだ。


 ゴールズでは通称「メリーゴーランド」と呼んだらしい。脚を引っ掛けた馬が次々と転び、転んだ馬は周りを巻き込む。しかも乗り手の言うことなど聞きもしないほどに混乱した状態だ。


 サスティナブル王国でも「北の守り」として知られたロウヒー家騎士団は、この瞬間から、地獄に連れて行かれたと言っても良いだろう。


 たった8人の男によって引き起こされた悪魔的な状態だった。


 会戦が始まる直前に、ロウヒー家の戦力は中央の歩兵、左右に分かれた騎士団、中央で予備選力を兼ねた本軍という4つに分かれていたのだが、まともに残ったのは中央に残った千騎ほどとなったのである。


 これが「ヨク城の戦い」の序盤で起きたことであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 今回は、視点を変えて「後世の歴史作家」さんによる自由記述をお届けしました。一部に間違いはありますが、おおむね、こんな感じだったようです。


 いや~ 文体のパロディーって、マジで疲れます。今回はそのためだけに、大部となる著作の何冊かを読み直すのに時間を取られました。後半なんて、あんまり似てないですものね。反省です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


  

 


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