第42話 ヨク城・開戦へ


 一段高い丘に建てたヨク城だ。さらに、その頂上付近に置いた前世での「作業員用プレハブ」を利用した天守閣。


 屋上からは、遠く平原の端まで見通せる。戦場となる予定の中央からかなり外れた両サイドにボコッと飛び出ているのは4階建ての廃ビルだ。


 これが、おそらく「戦場」との境界線の目安となるはず。まあ、向こうも、よほどの変わり者で無い限り、戦場の端にある変わった建物をわざわざ会戦直前に見に行くこともないだろうし、放置しても大丈夫にしてあった。


 遠くのあっちこちに見える灯りは、朝食の支度の火だろう。こと、ここに至れば、お互いの存在を隠す必要など無い、そう思っているに違いない。


「いやぁ~ つくづく、こっちに食いついてくれて助かったよ」

「さすがですね。戦う場所を誘導したら地の利はこちらにあります」

「ふふふ。初めて戦いの現場が見られるのですね」


 ムスフスとティーチテリエーが、ワクワクした様子を隠さない。


 ノインはノインで「まぁ、知っちゃったら、こっちに来ますよね~ まさか自分から嘘を流すなんて、しませんものね」と、暗に王都で偽情報を流した件をチクリ。


「あながち、あれはウソじゃなかっただろ?」

「でも、ホントでもないっすよね」

「だいたいはホントだったから、いいってことにしておこうよ」


 最高責任者が自国の、それも王都に偽情報を積極的に流すことなどめったにないだろう。


 王都には当然、ロウヒー家の影がどこかにいる。それに代々のつながりを持った商人だって、恩義を感じている家は確実にある。ああ見えても、支払いはキッチリしている高位貴族なのだから。


 なんだかんだで「代々のつながり」というのは封建社会においては大きい。以前、公爵家から出禁を食らった商人が破綻したのも、そういうつながりを疎かにするヤツだと見なされた部分が大きいのだ。


 だから、新生サスティナブル王国に賛成した商人であっても、ロウヒー家のシンパ共鳴者となっている商人は絶対にいるのは織り込み済み。


 それに、御三家から出禁を食らって潰れた商人が、一か八かの逆転劇に期待して、情報を流す可能性は大きい。


 と言うことで王都には、いつもの通りにビラビラが撒かれている。


いわく「王都の守り重視で、ヨク城はガラガラになる」

いわく「ショウ閣下は、念のため少数精鋭でヨク城へ」

いわく「王都のために、東部と南部の戦力を全て王都へ配置済み」


 そんなことを、文面の中に忍ばせておいた。この「忍ばせる」というのがポイントだ。あからさまに書けばワナだと勘付くからね。しかし、近衛をはじめ王都にいる部隊にはあからさまにパトロールを強化させてある。普段の十数倍の国軍兵士を目の前にすれば、軍事に疎い市民だって気付く。


 まあ、東部方面軍と南部方面軍が王都に入っているって言うのはウソだけど、どうせわかりゃあしない 笑 


 市民からしたら、普段よりも多い兵士を見かけた上で、ビラビラを見る。


「あぁ、王都をガチガチに守ろうとして、兵隊を集めてくださるのだな」


 そんなウワサが自然と流れてくれば、ロウヒー家が狙うのは、先にヨク城を潰すこと。さもないと、王都攻略中に後ろから攻撃されるからだ。


 まずは「少数」のヨク城を片付けるのは敵さんにとっては常識だけど、常識通りに反応してくれて良かった。


「とはいえ、戦い自体は、10000対1200ですから。予断は許されませんぞ」

「そうだね。序盤はジョイナス頼みだし」

「けっして頼り切ってはいけませんが、ライオン隊を付けるとは言え、歩兵同士は5000対400です。どこまで頑張って耐えてくれるかですね」


 敵を横撃するライオン隊がいても、当然、そこに妨害する敵騎馬隊が来る。ハルバードがあっても、この戦いが苦しいのはわかっている。


「情報によれば、集団戦は経験不足ということですが」


 ムスフスの言葉は、ロウヒー家の歩兵団の特殊性を言っている。彼らは街の警備が主な仕事だ。騎馬隊に比べると練度が足りないし、集団戦の演習もほとんどしてないらしい。だから、槍による集団戦もどこまでできるのかは疑問とされていた。


「騎馬用の仕掛けは終わってる?」

「もちろんでさぁ。P隊は、予定の配置についたのも確認済みです」


 ノインと喋ってると、やっぱり山賊の親分になった感じだけど、でも、それがまた良い。落ち着くんだよね。っていうか、さすがに自分が緊張しているのが逆に分かったよ。


 そこにムスフスが「ウチのあいつらだけじゃなくて、各隊、この日のために特訓済みですからね。きっと上手くいきます」


 低音で響く声は周りを安心させる声だよね。


 そして、背後にピタリと立つのは、アテナだ。何も言わないけど、ただ、そこにいて、気配を伝えてくれるだけで十分だ。


 だって、オレが勝つって信じてくれてる。たぶん、オレ自身よりも勝利を信じているのはアテナで…… そして、オレの妻達に決まってる。


 おっと、オレと同じくらいに勝利を信じてくれる連中は、この平原に満ちているんだっけ。 


「よし!」


 気合いを入れて屋上から身を乗り出すと、一斉に見上げるのは迦楼羅隊だ。


「野郎ども! 勝つための準備は終わってる。後は、キッチリ勝ちを掴んでこい!」


「「「「「おう!」」」」」


 同時に、王都から連れてきたゴールズの本部スタッフが太鼓を叩き始めた。


 デン デン デン デン デンデン


 デン デン デンデン、デンデン


 デン デン デンデンデンデンデン


 ゆっくりだったリズムが次第にテンポを上げて力強い響きを平原一杯に轟かせたんだ。


 ほら、前世日本では「近代戦」の中にいたから、太鼓や軍楽隊の士気アップの効果を意識しないんだよね。オレ自身も、戦場を何度も経験して感じることができたんだ。


 おそらく、こういう「応援」効果を実感できるとしたら、甲子園に出た野球部員のハズ。


 独特の音が球場全体を支配して、時に、試合をひっくり返すことがある。


 普通の会戦だと、巨大な太鼓を持ち歩くわけにはいかないけど、あらかじめ天守にあげておけば、戦場全体に響かせるのは十分に可能だった。


 これが「ホーム地元」の利でもある。


 ここから見ているだけでも、戦場に散らばった味方の戦意がググッとわき上がったのが分かるほどだ。


 よし、ついでだ。オレはティーチテリエー様を前に招いた。


「迦楼羅隊の諸君! 本日は戦の女神がご覧になるぞ! 勝利を捧げよ!」


 おおおおおお!


 大歓声だ。ティーチテリエー様はさすがの貫禄で、大きく頷きながら視線を配っていた。


 ふっと気付いて、アテナを横に呼んだら、なぜかいつもと違ってオレの腕の中にピトリと身体を寄せきた。


 手まで振ってる。


 さらに大きな歓声が上がった。


 ふぅ~


 ともかく、開戦だよ。


 都合良く、上空に適度な風があって、地面は無風。


 次第に明るくなってきた。


 ヨク城、開門!


 敵さんは朝食の最中だろうけど、それを待ってあげる必要なんて無いもんね。


 ちゃんと「開始の太鼓」も打ち鳴らしてあげたんだし。


 迦楼羅隊が一斉に出ていくと、あちこちに潜んでいたP隊によって、戦場の端からゆっくりと煙が広がっている。


 ゆっくりと登ってきた朝陽が右手から差し込む中で、エレファント隊は、戦場中央へと見事な行進を見せる。


 それをとりまくように、つかず離れず両サイドを守るライオン隊。


 予定戦場の左右に分かれた持ち場に着くホース隊は、右が大隊長のトヴェルクをつけて、第1中隊のノーパソに第2中隊のチャーリー。


 左は、実績を買って第3中隊のノイルと第4中隊リンゴの二人にお任せだ。


 ここまでにさんざん図上演習もやってきた。


 上から見ると、予定通りの形になっている。さすがだね。


 敵さんは、どこかしら「あたふた」見える動きで歩兵達が集団になって正面に立った。


 騎馬隊は3つに分かれるらしい。


 連中が訝しんでるのは、両サイドの騎馬隊が徐々に煙に包まれ始めたから。


 さて、ショウタイムの始まりだよ!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

また煙かよ! って怒らないでくださいね。十倍近い敵とがっぷり四つに組み合わせて戦おうっていうのは不可能なので。


1 予定戦場には、戦いを想定した構築物がたくさんあります

2 視界不良になると「味方を見ながら指揮する」ことが困難になります。

3 ロウヒー家の影は、ショウ君の過去の戦いをそこまで掴めていません。

4 敵歩兵の5000人は、普段のお仕事は「街の見回り」ですから、槍を使い慣れていません。(槍を使いこなすには、剣以上に練習が必要です)

5 今回「黄リン」は使いませんが、過去に使った秘密兵器を使用します。  

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 


 

  


 





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