第41話 夜襲

 クラ城を見下ろす山中。


 テライ隊の隠し陣営である。


「夜襲、しかないですね」

「おめえ、本気で言ってるのか?」

「はい。これでも参謀を仰せつかってますからね。それなりに考えた結果ですよ」

「このわけの分からない数字がか?」


 もしも、ショウがこれを見れば、そこには無数の分数と割り算、足し算。そして三角関数を用いた式が並んでいるのがわかったであろう。


 しかし、文字が読めて計算ができても、騎士達は学者ではないのである。ミュートが並べた数字の意味が分からない。


「まぁ、計算はしましたけど、実はあんまり意味がないんです」


 シレッと言いのける。計算したのはあくまでも、ショウ閣下への報告用である。


 目の前にいる中隊長は、この戦場を「感じて」いる以上、細かい数字など必要ないのだ。


「意味がない?」

「はい。簡単に言えば、数は力ってだけなんですよ」


 実に分かりやすい話だ。


「連中は交代で盾で矢を防ぎつつ、昼に夜を継いで堀を埋め続ける。有刺鉄線の剥がし方も慣れてきたみたいで、着々と引っこ抜くペースが上がっています。このままで行けば、あと3週間以内に完全に堀と有刺鉄線は無くなります。といっても、彼らだって整地作業をしに来ているわけではないので、そこまでするつもりもないでしょう」

「それが、あと1週間だって言うのか?」

「遅くとも、と言いました。おそらく有刺鉄線の排除は明日で終わります。既にズタズタですしね。有刺鉄線さえなければ、この3日間で見てきたとおり、堀の埋め立ては、もっと急速に進みます」


 敵の将軍のやり方は、非常にゆっくりに見えるが着実だ。守兵に絶望感を押しつける戦い方だった。命のやりとりをする前に、守城側の「命の盾」となる防御機能を一枚、また一枚と剥ぎに掛かってきているのだ。


 このまま地続きになれば、次は破城槌はじょうついを持ち出してくるだろう。それなりの対策を立てられるが、100パーセント防ぐことができるわけでもない。


 また、今までの堅実なやり方から見て、破城槌にもちゃんと屋根を被せて水を含ませた皮を張るくらいはしてくるはずだ。


 教科書通りの手順をきちんと踏む敵。できそうでなかなかできないことをする敵は脅威だ。


 5日前に守将のテノールが、馬出口を使って「殴り込み」を掛けたのも、このやり方を嫌ってのことだ。敵に対する損害という意味では「大成功」の部類であったが、同じやり方は何度もできない。正直に言えば、敵が一気呵成に突撃してくれて、壁に取り付いてきたところを外と中で挟み撃ちにしたかった。


 そうなれば、敵は壊滅的な打撃を受けたはずだ。


 しかし、城兵を攻撃するのはあくまでも飛び道具による牽制のみであったから、騎馬攻撃の成果も限定的だった。


 数度の騎馬攻撃は成功したが、結果として「馬出口」の位置を把握され、そこに押さえの兵と柵を作られてしまった。


 当分、使用できないだろう。


 そして、敵はじっくりと城を観察してから、再び「剥がし」に掛かってきた。


 その行動を逐一観察し、投入される兵力をあれこれと計算した結果をテライは見せられたというわけだ。


 城が落ちる。しかも、想定していた半年どころか、保ってあと1ヶ月だという予測。


「しかし、オレ達の任務はだなぁ」

「堀を喪った所に、粘り強くて命令をよく守る攻撃兵が守兵の5倍以上はいるんです。物量攻撃を受ければ案外と脆いですよ」

「そんなこたぁ、わかってる」


 このままでいれば、破城槌が襲いかかり、同時に、堀を喪った壁に多数のハシゴが一斉に掛かる。


 その時こそ人数差がモノを言う。7万と1万。


 この場合、常識的に同時に対処できるのは10箇所がせいぜいだ。もしも、それ以上の攻撃点を作られてしまうと、どこかしら破綻するのは目に見えている。


 もちろん、中にもいろいろと仕掛けがあるため「敵の侵入=落城」というわけではないが、長期間の籠城は極めて難しくなるだろうとミュートは予測している。


 敵は数がいて、その中には明らかに大工仕事などに特化した兵がいた。その者達は陣営内で剣すら持ち歩いてないが、何かを作る時には異常なほどに仕事が早いし、兵士が作ったとは思えぬ出来映えなのだ。


 敵が作成したハシゴは200本以上。破城槌は10体以上もあった。その置き場所を見る限り、全周からの一斉攻撃を意図しているのは明らかだ。


「今までの動きを見る限り、敵は城攻めを知り尽くした賢将が指揮をしていると考えるべきです」


 この先、急に悪手を打つとは思えない。


「くそっ。頭の良い将軍に我慢強い兵隊か。嫌な組み合わせでいやがる」


 ガバイヤ王国の兵隊は強いのだ。しかも、命令を律儀に守ってくる。


 地味な作業である「堀埋め」も、5人で一組になって盾で防ぎつつ、有刺鉄線を喪った堀に、交代で土袋を投げ込んでくる。盾からはみ出る身体を狙うが、じっくりと構えられると、そうそう狙えるスキは生まれない。


 スキを伺う城兵の方が先に音を上げるくらい、地味な作業を朝から晩まで続けていた。


「どうしますか? このままだと」

「うっせえ! わかってる、そんなことぁ」


 ミュートに言われるまでもなく、この人数差ではなんともならない。堀を埋め立てられれば、そこから城はもって1ヶ月という所。とてもではないが想定の期間まで保たせられないだろう。


 そして、昨日から「できることをするべきだ」というミュートのススメに、テライだって真っ先に思い浮かべたのは夜襲である。


 しかし「城の外にも戦力がある」というのを知られると、その後の情報収集は格段にやりにくくなる。


 正直、迷いに迷った。しかし「城を守るための偵察係」が、城が落ちるのをみすみす見逃すのもバカバカしい。


 なによりも「ヤらない理由を並べるよりも、ヤッて失敗しろ」は、常々言われてきたことなのだ。


 腹を決めた。


「わかった。やろう」

「ご決断、ありがとうございます」


 ミュートは頭を下げた。テライの方が年長な上に、ガーネット騎士団の先輩であるという感覚が、双方ともまだ抜けてない。ただし、作戦面に関しての提案をムゲにするほどテライも愚かではなかったのだ。


「今日の見張りで出ている10人はおめぇに任せる。そいつらには悪いが、任務を放棄するわけにはいかねぇんで、報告を受け取ってやってくれ。そん時やぁ、くれぐれも、これも任務だ我慢しろと詫びを入れていたと伝えてくれ」

「それは、ぜひとも。ところで?」


 夜襲での狙いの話だ。


「あん? この段階で狙いを聞くか? お前、そこまでオレをバカにしようってのかよ。最高のシチュでやるんだぜ?」

「これは失礼しました。それと、できれば、こいつを破城槌にぶつけていただけると」


 テントの外に積み上げた、通称「タル」である。名前とは裏腹にガラス製であり、これ一つで、豪邸が買えるほどの高価な入れ物だ。


「おぉ。このタルは」

「えぇ。以前、練習していただきました。もしも落とすと非常に危険ですので、それだけは重ねて念を押させてください。もしも落としたら、その場からすぐに風上へと逃げてください」

「あいよ。分かってるって。こんな高価な秘密兵器まで使わせてもらうんだ。ちゃんと成功してくるぜ」


 やがて、夜が更けてくると、下弦の月。


 テライ達は、常人では見えないほどの頼りない月灯りで、音を立てずに影から影へと歩き始めたのであった。



・・・・・・・・・・・


「どうやら、杞憂だったようだな」


 コーエンは、サルードにワインを勧めながら、自ら先に腰を下ろした。


「いや、甘く見ない方が良い。この城の出来だって、けっしてんだからな。もしも、外に2千もいたら、ここまで上手く行くはずがなかった。全ては兵法に書かれたとおり、外の援助のない城は落ちるということにすぎん」

「その点で言うと、この間の飛び出してきての攻撃は、まだまだ青いな。あそこをグッと我慢してこそ、生きる攻撃だったのにな。こっちとしても、あれを打ち漏らしてしまったのがなぁ」


 本陣にいるコーエンとしては、あれを打ち漏らしたのは無念だった。


「いや、あれはあれで、タイミングとしては最高だったという見方もできる。連中は、あの突撃で、例の支城にこもる兵士を回収したのだからな。脱出できた敵兵は7、800いたんじゃないのか?」


 いよいよ、あと数日で支城から落とせると思った矢先の城兵の突出だった。徴兵を土運びや破城槌作りに最前線まで出していたため、大混乱になってしまったのだ。


「ま、何にせよ、あと3日だな。徴兵達も、シャバでの仕事に応じた役割をさせると、兵士よりも使い勝手が良いことも分かったし」


 サルードは、考えていたよりも破城槌が早く、しかも精密にできたことを喜んでいた。屋根の部分に貼った牛革には、しっかりと水を含ませもした。


 これで万全だろう。


「ただ、あれだぞ。兵士どもが徴兵を低く見て、あれこれといろいろな仕事を押しつけ始めたらしい。そのあたりは一度、下士官連中に通達しないと士気に関わるぞ」

「そうか。そういうのは本陣の方が分かるかもしれん。わかった。早速明日にでも伝えよう」


 しかし、それは半日遅かったのである。


「どうせ敵が来ない後方の警備なんだから、お前達がやっておけ」


 当番の兵は、そう言って徴兵を脅して代わりに歩哨に立たせ、自分は惰眠をむさぼっていたのである。


 だから、サルードもコーエンも気付かなかったが、本来の兵士が守っているのは本陣の周りだけだったのだ。


 襲撃は突然だった。


「火だぁ! 燃えてる!」


 そんな叫び声が聞こえた瞬間、すばやくサルードとコーエンは立ち上がり、愛剣だけをひっつかむと「何の騒ぎだ!」とテントから出た次の瞬間であった。


「ぐぇ!」

「がぼぉ」


 襲撃者は、何の言葉も発せず、淡々と「黒く塗った剣」で将軍の胸を貫いていた。同時に、次の者が首を切り裂いたのは「確実さ」のためだ。


 その時、もしもサルードとコーエンがホンの少しでも意識があれば、本陣の周りの警備兵が全て音も無く倒されていた事実を知っていただろう。


 何重にも張っていた「徴兵による素人警備」をくぐり抜けたテライ隊は、必要な兵士だけを抹殺し、別働隊の放火に合わせて飛び出てくるタイミングを待ったのであった。


 こういう時、襲いかかる側が気合いをあげるなり、次の行動を声に出すなどはコミックだけの話だ。


 実際問題として、襲撃してきた特殊部隊であれば、素早く目的を達したら音も無く消えるのである。


 自分達が闇に溶けてこそ、敵はさらに恐ろしいものであるのだから。


 素早く撤収する前に、テントにあった書類を手当たり次第持ち出すのも忘れない。


 敵陣のあちこちで火の手が上がりだした。そちらに背を向けるようにして「裏側」へと抜けるのはあらかじめ決めたとおり。


 別働隊は破城槌の全てに、同時攻撃をした。


 素早く油をかけると、持ってきたガラスケースを叩きつけ、結果も見ずに逃げ出したのである。


 ガラスの割れる音に驚いた兵達が飛び出したときには、既にガラスを満たした水は地面へと流れていた。露出したのは、ショウ閣下特製の毒物だと言われている。


 空気に触れると容易に自然発火し、しかも燃えたガスが有毒なのだ。今回は、そこに「マッチ」というモノで種火を付けてきたから、確実だ。


 その日、ガバイヤ王国軍は、本陣にいた二人の優秀な将軍と、周りのテントに控えていた上級指揮官10名を喪ったのである。


 同時に、破城槌の全てとハシゴの大半、そして消火に当たろうとして煙を吸い込んだ多くの兵が命を落としたのであった。


 これにより、ガバイヤ王国の陣営は、一時的に、壊滅的な麻痺状態となるのであった。

 

・・・・・・・・・・・


 燃え上がる火の手を遠望するミュートは、灯りの数を数えて「破城槌は全部いけたでしょ、うまくいけばハシゴも少しは。ま、その部分の欲をかいちゃいけないけどね」と独り言。


「それにしても、普段は、あんなに優しいのに。戦争になるとマジでエグいモノを作るなぁ」


 以前、実験した結果は、凄まじかった。


「確か黄リンとか言ってたな。おそろしい。水から出すと夏なら自然発火するレベルで、しかも、一度火が付くと煙が毒ガスなんだもん。絶対、そんなのワナになるに決まってるじゃん」 

 

 その毒ガスというのも、今まで知られているのはせいぜい「けむい」だとか、ずっと吸うと息が苦しいだとか、猛烈にくさいと言うレベルだ。


 それなのに、黄リンの燃えるガスは危険性のケタが違うのだ。


 まともに吸い込めば即死もあり、ホンの少し吸い込んだだけでも数日で命が失われるという特別な毒物だ。


「油も使ったんだし、多分、燃やせたよね」


 破城槌の場合、火矢による攻撃に備え屋根には水を含ませる。しかし、槌の部分はむしろ乾燥させないと破壊力が弱くなる性質を持っている。


 そのため、雨になど当てないように注意してあるものだ。


 つまり、燃やしやすい。


「さあて、今日の成果をどうやってカウントするかだけど、これは、影のみなさんにお願いした方が良さそうですね」


 ミュートは闇に向かって紙飛行機を飛ばした。


 木の間を抜けた紙飛行機が、突然、消えたのを見て、一つ頷いたのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 黄リンは空気に触れると自然発火し、有害なヒューム(リン酸化物)を生じることがあります。微粉状のものは34℃で発火しますのでとても危険です。非常に毒性が強く、 急性の場合は麻痺様症状や胃腸症状を起し急死します。多くは3~8日以上の経過で発熱、嘔吐、腹痛、下痢があり,皮膚出血などをみるほか数日後に黄疸を起こします。治療しない(できない)と死亡率が高いです。


 なお、本当の悪用を避けるため、作者的にあるフェイクを入れていますが、理系の方ならお気付きになると思います。でも、この部分に関しては「それ違うだろ!」の突っ込みは、お避けくださるようにお願いします。

 ただし、ものすごく危ないモノなのは確かなので、手に入れようとしないでくださいね。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 




 







 

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