第40話 クラ城開戦10日


 通信と連絡は本来「本業」だが、手紙や書類の「速達」を頼むなら公爵家の影を使った方が早い。


 日替わりで各家の影に頼んで、テライ隊からの報告を受け取っている。お陰で2日遅れではあっても戦況がだいたい把握できている。


定時連絡 11月21日

発 P・テライ 宛 ムスフス隊長


敵・7万

死亡・152(1750~1800)

離脱者・320(5000~5500)

軽傷者・300(5000~7000)

・傷病者用テントが増えつつあり

・有刺鉄線の残存率

 本城60パーセント

 アカ城30パーセント

 アオ城60パーセント

 堀の埋め立て進行中・3箇所6メートル架橋状態

 防御壁の損傷認められず

味方・1万

死亡・0(20)

離脱者・20(130)

軽傷者・65(800)

(作者注:( )内の数は総計です。)



 説明が必要だと思うんだけど敵の「死者」は数えやすいんだ。


 戦の間は火葬にする余裕も、まして遺体を持ち帰る余裕もないから、死んだら原則として埋める。バラバラな場所で隠して埋葬するなんてことは、どこの軍でもやってない。


 だから埋葬場所を監視していれば死者数は比較的簡単、確実にカウントできる。とはいえ戦場には回収しきれない遺体が残るのは普通なので、推定値はどうしても残る。


 一方で「離脱者」っていうのは、別に脱走した人間のことではない。(そういう人もいるんだろうけど、少なくともこの場合は違う意味)


 病気や怪我の悪化で戦場に復帰できない人を言うんだ。病気なら治れば復帰できる例もあるけど、たいていは帰らぬ人になる。重症者でも動かせれば本国に送り返すこともあるし、テントの中でずっと寝たきりの人もいるはず。


 だから、この部分が一番「監視者の腕」が関わる部分なんだ。


 傷病者用のテントの中に今何人残っているのかまで、きちんと丁寧に見て行く必要がある。もちろん、それを離れた山の上から見通すのは非常に困難なことだ。


 各公爵家の影からも情報を渡すように命じてあるから、それらを利用して推測しているのが、この「定時報告」の数字なんだ。


 開戦から10日程度で、ミニマムでも敵の1割を欠落させてしまったのだから、クラ城の機能は極めて優秀だったことになる。


 敵の死亡、離脱者の半分は5日目に行ったクラ城の「馬出うまだし口」からの後背攻撃によるものだ。


 「馬出口」というのは、敵の攻撃が届かないようにした城からの出撃場所のことを指すんだ。気付かれにくいように隠してある「突撃口」っていう機能だね。


 特に、今回みたいに孤立した城を防衛するケースだと、外からの援軍の代わりとなり得る分、攻撃軍に対して後ろから襲撃をすることになり、時には劇的な効果がある。


 前世の歴史でも「大阪城冬の陣」で使われた作戦だ。


 そして、ここ数日で死亡と離脱者が極端に増えたのは「画鋲作戦」の結果が出たと言うことだろう。破傷風だけではなくて、傷口から入った雑菌によって傷が化膿していくと、こっちの世界に抗生物質なんてないから、ひたすら「病人」が増えていくことになる。


 オレが授けた、ヒキョーな「画鋲作戦」は、相当に手ひどいダメージを与えているんだろう。


 ここ数日の「離脱者」の項目も合計で2千くらい急増したことから見て間違いない。破傷風だったら、まず助からないし、敗血症を起こしていても助からない。


 画鋲作戦によるケガからの離脱者は、半ば鬼籍に入ったのも同然なんだよ。しかも、生きている限り、敵さんは看護をする必要がある。


 離脱者用のテントは、看病する人や食料を運ぶ人も付いてくるので、敵の人的資源を減らす役にも立っているわけだ。


 軽傷者ってのは、前世の日本のように「すりむいた」とか「ちょっとひっかいた」ってものではないんだ。基本的には、松葉杖レベルとか、腕を三角巾で吊るレベルだ。とりあえず「戦えるウチは戦力」ってことになってる。でも、さすがに、片腕の人は使いづらいし、松葉杖を突いているなら、さほどの脅威はない。


 ともあれ、ここまでは順調すぎるくらいなのは上出来。


「気になるのは、こっちの人的被害が少なすぎることだよね」


 ムスフスは、オレの言わんとすることがわかっているんだろう。


「非常に、困ったことです。敵の将軍は相当に優秀なのでしょう。おそらく滅西将軍 と名乗るサルードか鎮西将軍と呼ばれるコーエンのどちらか、おそらく両方がいるとみて間違いないと思います」

「やだねぇ~ 冷静な敵は怖いよ」


 こちらの人的被害が出ないのは、敵が的を絞ってきてるからだろう。それは、攻め落とすのを焦らず、着実に堀の埋め立てを進め、有刺鉄線を片付けているという、守備側にとっては一番嫌なやり方だ。


 毎日、着実に「削られて」いる。守兵の死者ケガ人が少ないのは「兵」を狙うよりも、城の機能を狙ってきているという理由なのは明白なんだ。


「序盤で城が崩されるのは、痛いですね」


 一気に勝負をかける会戦と違って、城攻めの基本は防御機能のをどうするかって辺りになる。守る方は城の機能をフル活用したいし、攻める側は城の機能をいかに削ぐかが序盤のポイントだ。


 人数差とか、兵の武勇に頼って力攻めをする将軍よりも、こうやって冷静に「削り」に来る将軍は本当に怖い。


 一定レベルの機能を奪われると、守城側の被害が急増してしまうからね


 だから、序盤の「兵ではなく城の機能」を狙う点を見ると、相手の将軍は油断できないタイプだ。


「この将軍を何とかしたいね」

「そうですね。我々に命じていただけば、夜襲でいけるかもしれませんよ」


 ムスフスはニヤリとした。


 もちろん、今の情勢だとピーコック隊を派遣できるわけがない。


 ん? でも、この笑顔ってなんかあるよね?


 ムスフスの目が、何かを言おうとしていた。


『報告書の続きを読めってことかな? あ、特記事項も見ておかないとだね』



特記事項

1 矢倉の有効性は存続

2 敵の投石機、部材が到着

3 投石機組み立て場所は予定通り


 あぁ、これは予定通りか。城攻めに投石機はヤバいもんね。予定通りで良かったよ。


 えっと、あとは……


4 20日より本城の馬出口使用停止


 まあ、仕方ないよね。大軍に包囲されているんだから、場所を知られちゃうと待ち伏せ攻撃があり得る。いくら戦果が大きくても調子に乗らないことが大事だ。


5 敵の1万程度が補助業務に専念の模様


 ふむふむ。補助兵のシステムかな?


6 テライ隊・本日から夜襲開始

  

 え??? 夜襲???


「ちょ、ちょ、ちょ、この夜襲って!」


ムスフスが「とうとう限界に来ましたね」とニコリ。


「とうとう?」

「テライの判断は4日ほど遅いですね。本来は、馬出口を使用した日のドサクサに紛れて行うべきでした」

「えっと、でも、あの、夜襲だよ?」

「大丈夫です。遭遇戦以外ではミュートを戦闘に参加させるなと言ってあります」


 確かに、軍師に突っ込ませるのはダメだけど、その言い方から見て、あらかじめムスフスは予想していたってこと?


 確かにテライ隊に「絶対に戦うな」とは言ってない。なぜかと言えば、ぶつかってみて相手の反応で様子を見るという「威力偵察」も仕事のうちだからだ。だから「夜、襲って備えを見る」のも仕事と言っちゃあ、仕事だけど……


「使える能力があるのに、ただ見ているだけでは我らの沽券に関わりますからな。なあに、本来の仕事を忘れるやつではないので心配ご無用で」

「でも、7万に対しての50人で夜襲がどれだけ効果を出すかって言うと」

「敵は夜襲されることを、ほとんど考えてないでしょうから、初回はかなりの攻撃となるかと。後はテライが何を見ているのかで、目標が決まります。明日の報告が楽しみですね」


 はぁ~


 なんか、ピーコックのみなさんが、どんどん「歩く最終兵器」化している気がするよ。


「わかった。そっちは明日の楽しみにしておこうか。とりあえず、こっちは、こっちの戦いで手一杯だしね」


 ヨク城にこもった我々の前に、ロウヒー家騎士団をはじめとする騎馬隊5000、歩兵5000が展開していたんだ。(「王都攻略」が目標であるのに騎馬と歩兵が同数という極端な騎馬重視の編成なのは領地の特殊性ゆえと、進軍に遅れないようにするため歩兵をスリムにしているため)


 まもなく夜が明ける。


 今日の天気は晴れ。


 開戦、日和りってやつになるのかなぁ。


 ともかく、これを何とかしないと、にっちもさっちもいかないってことになる。


「さて、今回は、気が進まないけど……」


 ゴールズの各隊長がオレの方を見た。


「蹂躙するよ」

「「「「おう!」」」」

「「はい!」」

「ご武運をお祈りいたしますわ」


 ところで、会戦を控えたヨク城の「本陣」に、公爵夫人がメイド達を引き連れて陣取っている件。


 いくらティーチテリエー様と言っても、誰か止めろよなぁ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

どうやら、ティーチテリエー様は、ヨク城の「天守閣」にいることを既得権にしてしまったようです。何だったら、自分も薙刀を持って出ると言いかねないので、仕方なく「メイド達の指揮を」とお願いして、どうにか止まっていただきました。


なお、親分の「蹂躙するよ」に「ハイ」というお返事ができたは、エレファント大隊のジョイナスと参謀のカクナールさんでした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇








 



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