第38話 戦いの煙

「信号が届きました。東が来ます」


 11月10日の朝、首脳部と詰めている会議室にムスフスが報告してきた。


 整備してきた信号台を延々と中継して、2日かがりで届いた知らせだ。昼は狼煙で夜は明かりの明滅で、時間さえかければかなりの情報が送れる。ただし、今回の第一報はスピード重視。


 細かいことはこの後のこと。それであっても、たった2日で届いたのは驚異的なスピードだ。逆を言えば、2日「も」掛かっているってのは、けっこうキツイ。前世のスマホを持ち歩いた記憶があるとイラッとしたくなる。


 こちらの世界では、何をどうやっても遠隔地をリアルタイムで情報分析してコントロールするなんてことは不可能だから、現地判断をする指揮官の能力が戦争を左右してしまう。


 今回は、クラ城の指揮官がポイントになる。


 地元に近いカインザー家の長男として教育されてきて、東部方面での小競り合いも経験済み。こちらが用意できる理想的な指揮官だった。


『出城との連携まで考えていたくらいだ。予定通りの敵ならしのげるはず』


 侯爵家の長男としての教育は、まさに「城主」の資質を伸ばしているのがポイントだ。


 ムスフスもテノール君とは会ったことがあるだけに、一応の信用をしているのだろう。報告の声は落ち着いていた。  


「今ごろは、クラ城の方でも敵軍が目視できる頃かと思われます。予定通りミュートをつけてテライ隊を送り出しました」

「ありがとう」

「テラも、これで一皮剥けてくれるのも期待しています」

「あぁ、そう言えば、単独任務は初めてですね」


 既にピーコックの連絡員はテライ隊から5小隊ほどバラ撒いてある。今回の知らせも、そこが見つけてきた話。(作者注:ピーコック大隊だけは偵察・連絡任務が主体のため3~5名の小隊編成を随時行います。今回はミニマム編成の3名で小隊を作っています)


 いよいよ中隊長であるテライが残りを連れて出撃することになってる。


 彼はベテランで、ちょっと口の悪い男だけど、面倒見が良い性格で判断を大きく誤らない慎重さを持ち合わせている。


 今回のように「急戦」を考えず、めったやたらに突っ込んでは困る任務では適役だろう。


 戦力の小出しは禁忌だけど、今回はあくまでも「威力偵察」の要素が強い。ゴールズの他のメンバーも腕をムズムズさせているけど、今は「本命」を待つ時だ。


「西の避難は終わってる?」


 机に向かって何かを書きながらブラスが「残念ながら」と首を振った。


「ずいぶん前に(避難命令を)出したのに?」

「北部や襲われたことのある場所の住民は、いち早く逃げたようですが、なんだかんだで今までに被害を出したことがない所ほど反応が鈍いです」

「仕方ないか。ちょっと冷たいけど警告はしたんだから従わない人まで救えないし」


 それに、と思ったけど、その先は言わなかった。


『冷酷な計算だけど、逃げろと言われて従わない人を救おうとして被害を出したくないし、逃げなかった人に引っかかれば、敵の南下スピードが遅くなる可能性があるもんね』


 前世では、台風の避難勧告に従わなかった山村の老人を救おうとして、消防隊の5人が山崩れに巻き込まれたなんて事件があったような気がする。


『人命重視って言うけど、そんなことになったら、逆に人命軽視になっちゃうと思うんだよなぁ』


 いち早く、危険を察知してお知らせはした。早く逃げろと避難命令も出した。


 後は、その人がどうするかの問題だ。残念ながら全部を救おうとするのは傲慢だと思うよ。



『つくづく、あっちはエルメス様任せになってしまう』


 王都にいるこっちとしては、他に打つ手がないので2日に1回はエルメス様と手紙を送り合うけど、基本的にお任せするしかない。距離の壁は絶対的なんだよね。


 一応、献策はしておいたけど、それ以上の策をエルメス様なら持っているかもしれないし。


 とにかく王都にいる我々が注目しているのは、ロウヒー家がいつ動くのかってこと。影の働きで、向こうの騎士団や領軍が領都の「ボン」郊外に集まっているのは掴んでいる。


 北の地だけに、あそこも食糧事情が悪いはずだから、集まったら出陣まで無駄な時間を作るわけがない。


 こちらの予想では、ある程度集まったらすぐに動くはず。つまりは、ここ一週間程度で動くだろうってこと。


 そこにタックルダックルがやってきた。


 ムスフスが「このまま報告してくれ」と言ったのは、本来、ムスフス経由で報告すべきだからだ。でも、そんなのを形式張っても仕方ないもんね。


「報告します。昨日、敵が動きました。先遣隊は千、本隊は4~5千ではないかと思われます。5日後には先遣隊がヨク城付近に到達する見込みです」

「ご苦労。さすがに、けっこう早いですね。まだ集まりきってない感じなのと、輜重は後からかもしれません」


 ムスフスの言うのはもっともだ。


「ヨク城の方は、分かってる?」

「もちろんです」


 タックルダックルがもの言いたげだ。


「えっと、言いたいことはわかるけど、まだだよ」

「いえ。オレは何も」

「早く出たいけど、王都直撃を企まないとは言い切れないからね」


 ロウヒー家から見て、ヨク城を野放しにすると、王都攻略中に背後を突かれることになる。王都にはそれなりの構えがあるから、どれほど焦っても直撃は悪手だ。しかし、貧すれば鈍するのたとえ通り「何が何でも一気に王都だ」と言わないとも限らない。特に今回は、ロウヒー侯爵が最高指揮官になるわけで。ちゃんとした指揮官の言うことなんて無視する可能性もあるからね。


 まあ、そうなってくれたら作戦的には楽だけど、こっちがヨク城に出たところを突かれると「空き王手」が掛かりかねない。


 ことはないけど、王都の民をヒヤリとさせることになるから、できれば民の見てないところで戦いたいっていうのがこっちの「つもり」だ。


 そのためには「王都の戦力が薄いかも」ってな幻想を抱かせないように、ゴールズを始め、国軍や近衛を含めてやたらめったら王都に配備しておかないとダメなんだ。


 歩兵であるエレファント隊は、既にヨク城にいかせてあるので、最悪「あと2日」の所で見極めれば、狼煙の連絡を使って十分に間に合うはずだ。


 ギリギリまで引きつけて見定める必要がある。その見極めのためにウンチョーの隊を送り狼のごとく、ピタリと相手の本隊にくっつけておく必要があるってわけだ。


 ヨク城か、王都か。


 問題は「いつ」確定するのかということ。


 この戦いの序盤は、ウンチョーの判断に掛かっている。


 とりあえず、今、王都にいる人間ができるのは「壁の外」にいる人々に警告することだ。


「ってことで、避難勧告を出してください」

「わかりました。すぐに」


 ノーブルが下官を呼んで命令書を渡してる。この辺りは、既に打ち合わせ済みだから「勧告を出せ」「ハイ」ですむ。

 

 こちらの避難勧告は、実はそれほど切羽詰まってない。


 どういうことかって言うと、こっちに向かっているのは遊牧民族とは違って、一応「サスティナブル王国を乗っ取りたい」ことになってるロウヒーの軍だからだ。


 いきなり略奪に走ることはないと信じたい。ただ、追い詰められた人間がなにを考えるか分かったモンじゃ無いからね。壁の外には「3日以内に避難すること」と既にビラビラを配布済みってわけだ。


 まあ、首都に嫌われた反乱軍が成功した試しはないから、やらないとは思うけど、あちらが「歴史」を知っているわけはないから気を付けるわけ。


 ともかく、あと一週間以内に、ロウヒー家との戦端が開かれるのは確定だ。



 ・・・・・・・・・・・



「テノール様。敵は予想よりも少々多いみたいですね」

「一部、おかしな動きの兵もいますが、おおむね、精強と見て良いようです」


 クラ城の一番上にある「作戦本部」から遠くの敵軍を見ながら、カインザー家騎士団から連れてきたルチアとパバロが落ち着いた表情で話しかけてくる。


「すまないな」


 テノールは頭を下げた。


「何をおっしゃる。若様のお子の顔を拝見するまで、絶対にくたばりませんぞ」


 ルチアが「なあ?」とパバロに振った。


「おうとも。それに、バネッサ様のお子にもお目にかかれてないんですから、ここで死ぬわけには参りません。精一杯、あがいて見せますので」

「あぁ。絶対に死ぬなよ。無理だと思ったら降伏してくれていいからな」

「ははは。ありがたいお言葉です」


 ルチアは、肩をすくめておどけるのは、ベテランならではだ。


「では、我々は、あちらに」


 これ以上ここにいると、若様に何を言わせてしまうかわからぬと、気を遣ったのはパバロだ。


「頼むぞ」

「「お任せを」」


 二人が本城からアカ城への連絡道に馬を進めていったのを見送るテノールであった。


 テノールの表情が悲痛なのにはワケがある。


 クラ城は、丘の上に築いた城が本城となる。


 そこから右前500メートル離れた小高い丘に作った支城をアカ城、左の峰続きのアオ城との連携で防衛する形になっている。


 ミネでつながっていて距離も近いアオ城はともかく、いったん丘を降りる形になるアカ城は、戦いが始まれば孤立することは確定的。


 三重の壁と深い堀を切ってあるが、実際に戦いが始まれば一週間と立たずに遮断されるはずだ。


 アカ城には、決死の千人を置き、通路の壁の防衛には5百を配置しているが、クラ城とアオ城の連携を断ち切ろうとしてくれば……支城を本城と切り離すのは城攻めの定石である……それを防ぐのは不可能だというのが結論なのである。


 いわば「必死」の場所。


 だからこそ、そこの指揮官には、自家の信頼できる武将を配置する必要があったのだ。 


 敵は、前方の平地に着々と陣構えを作っているのを見下ろせた。


 いきなり「包囲」に入ってこないところが、いかにも「手練れ」の将軍がやりそうな戦い方だ。


「敵が少々予定よりも多いようだけど簡単にはやられないからな。さもないと可愛い姪っ子に会わせる顔がないって言うものだ」


 一人、呟いたテノールは副官のドミンゴに「戦闘準備の指示を出せ」と銘じたのである。


 折からの風に、クラ城にはためくサスティナブル王国旗が、ふわりとはためいた。


「本国への通信の狼煙だ。我、本日より戦闘を開始せり、とな」


 やや斜めになりながら、赤い煙が立ち上っていくところを敵も味方も見上げていたのである。


 こうして11月11日の早朝。「クラ城攻防戦」は開始されたのである。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 城攻めって、日本人は江戸城(皇居ですね)だとか、家康による「一国一城」だとかの後の史跡を見るだけなので、実戦向きの城のイメージが少ないと思うんです。  

 アニメに出てくるように「平地にポツンと高い壁だけの城」っていうのは、戦いがありうる時代だと、あまり実戦向きだとは思われていません。基本的に「本・支の連携」が頭にあっての城構えとなります。また、地面の高低差は絶対に頭に置いてありますというか「平城」を本格的に作るなら水を入れた堀を備えるのは絶対条件ですね(アニメ的には、絵が複雑になってしまうのでやらないのでしょうけど)

 また、歴史的に見て「外からの援護がない城は必ず落ちる」ってこともあるんですけど、逆を言えば「城の外に援護が入ると、なかなか落ちない」って話もあります。

 もちろん、そういうことは「経験則」なので、ちょっと勉強すればわかること。さて、この先の戦いは……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 




 


 


 


  

 


 

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