第37話 サスティナブル王国の影
8月の真ん中だというのに、涼しすぎるほどだ。
窓を閉めたままでも問題なし。
オレは王宮にいた。国王の執務室に、なるべく立ち入らないようにしてきたけど、今日は特別だ。
王家の影との交渉というか接触をするべき時期だから。
相変わらず「王家の影」は、こちらに不干渉を決め込んでいるので、仕事の依頼はできない状態だった。
しかし、案の定、王の執務室はやっぱり監視が入っているらしい。
ドアを閉めてから「話したいんだけどなぁ」と大きめの声で呟くと、1分と経たないうちにドアがノックされた。
「入って」
「失礼します」
見たこともないお色気をまき散らしたメイドがやって来た。
おっと、横に立っているアテナに軽く手を当てて「我慢だよ」とボディランゲージで伝えたら、既に剣を抜き放ってた。
え? そんなにヤバいの?
メイド服のあっちこちがけしからんほどのボリュームを見せてるけど、そんなことには騙されない。そもそも、相手が「女」かどうかすら怪しいんだからね。
相手が強いというか、得体の知れぬ不気味さがあった。
ホントは一人で話そうと思ったけど、アテナにムチャクチャ反対された結果が、こうなってる。
「早いね」
軽く手を当ててるけど、アテナの身体は信じられないほどの緊張をしていた。
「お茶の用意をお命じではないのですね」
妖艶な笑みを含んだ妖女メイドは、優雅にカーテシーをしてみせた瞬間「動かないで」とアテナの鋭い声。
「あら? 危害を加えるつもりはありませんわ」
「次にしたら、どっちにであれ、切る」
「ごめんあそばせ。一度ご覧いただけば安心していただけると思っただけですの」
まるでダルマさんが転んだをしているみたいに、ピタリと動きを止めた妖女メイドは口だけを動かしてる。
「それに、アテナイエー様の危険度はSランクですもの。差し違えても私達には良いことなんてありませんわ」
だから挑発するなってば、っていうか「差し違える覚悟」をすればヤレるとも言ってるわけで、これだから「王家の影」って油断できないんだけどね。
ともかく本題をすませてしまおう。
「お互い、今の状態で交渉にならないのはわかってるから、これは仕事の依頼じゃないよ。そちらにはそちらの事情があるんでしょうし」
「動いても?」
妖女の質問は後ろのアテナに対するものだ。どうやら小さく頷いたらしい。
フワッとした動きで「待ちの姿勢」と呼ばれるメイド独特の立ちポーズになった。
「ご賢察恐れ入ります」
「まあ、こっちに付いてくれるんなら歓迎するってことと、こうしていても金は必要でしょ?」
妖女は「でも、仕事は受けられませんわ」とすました顔。
「それで良いよ。組織を維持してもらって、少なくとも敵対しなければ現状では十分だから。組織を維持する分の金は机に置いておくから足りないときは言ってきて。王国金貨と銀貨で用意しておいた」
「私達は仕事を受けられないと申し上げたはずですが?」
妖女は警戒というか、戸惑いの雰囲気を濃くしてる。
「仕事の依頼はしてないよ。ま、これは敵対しないためのカネと思ってくれてもいいや。今、潰し合いをする余裕はないからね」
「さすが、サスティナブル王国を支える方ですね。つまり、落ち着いたら我々を潰せると?」
「御三家の影と、また、やります?」
かつて、その死闘は凄まじかったらしい。
「必要があれば」
「必要がないことを祈ってますよ。でも、今はお互いに敵対する必要もないわけでしょ? だから持っていってくれて良いから」
小さく肩をすくめた妖女は「先王がベッドの上で息を引き取ることがおできになったのは、閣下のお陰ですね」と小さな声。
一切の感情を読み取れなかった妖女から、その瞬間だけ、小さな悲しみを感じた気がした。
「それでは遠慮なくいただきますわ」
「じゃ、これで、こっちは部屋を出るんで後は適当にね。アテナが反応しちゃうんで、そっちのスミにでも動いてもらえると良いかも」
「わかりました」
ふわりとした動きで片隅に向かうと、完全に背中を見せてきた。しかし、後ろのアテナの雰囲気は、まったく緊張が解けてない。
「じゃ、またね」
立ち上がった瞬間だった。
「閣下」
壁を向いたままなのに、声が反対側から聞こえてくる。
「ん? なに?」
「二つほど呟かせていただきますわ」
「へぇ~ 何?」
「シーランダー王国のクルシュナ王は暗殺を得意とします。その手口は、我々が全力を挙げても今だ不明。将来、交渉ごとがあっても絶対に目の前で口に物を入れないでください」
「え?」
いや、そんな情報を勝手に教えてくれるの?
「それと…… 北の地にいるマイセン伯爵とアンスバッハ伯爵の閣下への忠誠はホンモノだと思われます」
「え? マジ?」
「王家の影の本業は、各地の貴族達の忠誠や不忠を調べることでございますれば」
「いいつぶやきを聞いたよ。じゃ、次は暗器無しで会えることを期待しておくね」
「まぁ、私といたしましたことが」
背中を向けたままの妖女は、なぜか、楽しそうに笑ったように感じた。でも『持ってるのは否定しないんかい!』と心の中で突っ込んでしまうオレだ。
ドアを自分で開けた。
本来ならアテナが先に確かめてくれるんだけど「危険度」は圧倒的に部屋の中ってことだろう。
ドアを閉めた瞬間、珍しくアテナが大きく息を吐いた。
「そんなに、あの人って強いの?」
歩きながら尋ねた。
「得体が知れない感じです。けして弱くはないと思うんですけど、強さが分からなかった。触れたら命が無くなるような、そんな闇が目の前に迫っているみたいで。どうやって防いでいいのか分かりませんでした」
「へぇ~」
珍しく弱音っていうか、こういう反応は初めてだ。
「途中で投げてきたピンは、おそらく、こういうことができるから見せておく、という、こちらへの好意だったとは思うのですけど、それも確かめられませんでした」
「え? ピンなんて投げてきたの?」
「はい。カーテシーをする瞬間、窓の方に。このくらいなら十分に打ち落とせるでしょと言うことを見せて、安心させたいと言うことをいってましたね。でも、わざとゆっくり投げて、油断させようとした可能性もあるので、信じるわけにいきません」
ピンなんて投げてたのか。マジで分からなかった。しかも、アテナならそれを打ち落とせる前提かよ。既にオレには分からないレベルの話になってる件……
と、ともかく、これで王家の影とつなぎはできてきた。後はあちらがどう判断するかだ。
『王家の影は、建国して間もなく原型ができたらしいし、婚約者内戦で王朝が交代しても存続したわけだもん。必ずしも血統にこだわってるわけじゃ無さそうだ。もうちょっと立場をハッキリさせれば、こっちに付いてくれる可能性はけっこうあると思うんだけど』
とりあえず、顔つなぎはできたってことで良しとした。
「じゃ、次は、会議だよ」
「はい」
それにしても、アテナにあそこまで緊張させたのは凄いよなぁ。
そんなことを思いつつ急ぐと、そこかしこですれ違うメイドや執事に内務官が心からの尊敬と好意の眼差しが嬉しい。ただ、いちいち相手が廊下の端に寄ってくれると、なんだか悪いみたいだよ。
廊下はお互いが気を付けてすれ違いましょうってのが日本人だもんなぁ。やっぱり、この辺りの感覚は理屈は分かっていても、感情が慣れてくれないんだ。
ただ、こうやって、メイドさん達が落ち着いた、それでいてキビキビ動いているのは王宮の中が徐々に正常化してきた証拠だ。
それからオレ達がやってきたのは、旧ロウヒー家が占有していた一角だ。
高位貴族は王宮内に一定のスペースを持っているんだよね。侯爵以上は専用の部屋がいくつもで、伯爵クラスは汎用の部屋がその度に用意されてる。
ちなみに、子爵クラス以下になると大部屋につめることになっている。
ハハハ
テレビ局に詰めるタレントの扱いに似てるかも。人気俳優は専用のお部屋で、ひな壇タレントは大部屋扱いってやつだ。
会議を予定した部屋の前には衛士が二人。
オレを見た瞬間、騎士の礼をとってからドアに手をかける。答礼を見せると同時に、スッとドアを開けた。
こういう場合、ノックは必要ないんだよね。
「集まってくれて、ありがとう」
この部屋はロウヒー家が使っていた部屋の一つを会議室として改造したものだ。
御三家いずれからも、オレ用の部屋の提供を申し出られていたけど、今後のことやバランスを考慮して、ここを使うことにしたんだ。
ちょっと失敗したのは、改造にアーサーの意見を取り入れてしまったこと。
彼の趣味を満たすために中金貨が何十枚も吹っ飛んだけど、まあ、王都の経済のためにはやむを得ないと思うことにした。
『それにオレの懐が痛むわけじゃないし』
ゴールズの費用として、王家の経費から支出されることになってる。無駄遣いはしないけど、必要なカネはバンバン使うよ。
ちなみに、王弟用の区画を全て閉鎖した分だけ経費は浮いてる。使用人は一時的に公爵家のどこかで雇ってから後でウチに再雇用するカタチにした。
ノーブルからの説明だと「見極めが必要です」ということらしい。
王宮勤めの中には、スジの良い人と悪い人がいる。公爵家と違って各貴族家の思惑がある分だけ、色々な人が入り込むのを避けられないのが王家だ。その辺りは、王家の影の存在とでバランスを取っていたわけだ。
現状で、王家の影を頼めない以上、公爵家並みに、よその国や他家の影とか草である可能性のある使用人を見極める必要があるわけだ。
それを公爵家がやってくれるのはありがたい。もちろん、一筋縄ではいかない各公爵家の事情もある。だけど「ヤバい人」を娘がいる家に送り込むのは避けたいはずだからね。
各公爵家でスクリーニングと初期教育をしてから、メリッサとメロディーに全面依頼をしてしまうつもりだ。それにしても王宮勤めをしてきた人に施す「初期教育」ってなんだろう? ちょっと聞いてみたら、曖昧な笑みで誤魔化されてしまった。
こわっ
とまあ、そんな事情も含めて、会議室にいるのはいつもの中心メンバーだ。
ブラスコッティにノーブル、バッカス、アーサーとドルド、カルビン家当主フレデリックにシュモーラー家のコーナン、カインザー家からバリトン、オブザーバー参加のドーン君もいる。
端に控える新メンバーがノーパソ。ノーヘルの5歳上の兄で、ノーブルの下について将来の宰相補佐官ってあたりを目指すらしい。
それとトライドン家のライザーは、シーランダー王国との後始末の最中で、しばらく王都には戻れそうにない。
「始めてください」
「では、最初に、我がサスティナブル王国の新しき星にして、永遠の輝ける光をあまねく民に照らす……」
とりあえず、アーサーの挨拶は、はしょれない部分だ。ただ、よく聞いていると侮れないんだよ。だって、しっかりとオレのしていることを知っているんだもん。
長い長い…… もとい「丁寧な」挨拶の中にはオレが報告してない細かな事、たとえばシュモーラー家の飛び地で出したガトーショコラのことまで入っている。
これは、暗に要求されているんだろうか? 一応、後でお届けしておこうかな。
それにしても恐ろしいほどの情報収集能力だ。まあ、だからこそリンデロン様が法務大臣を任せたってことなんだな。
本日は軽めにすませてくれたので、30分ほどだった。
「では、閣下より、お言葉を」
もう、本題に入っちゃって良いよね?
チラッとアーサーを見たら、我関せずの雰囲気だったので、じゃあ、遠慮なく。
「国会では別に話しますが、ここにいるみなさんには我が国の置かれた状況が他国から見るとどうなるのかを、ここで改めて確認しておきます」
みなさんが関心を持ってこっちを見てくれてる。まあ、分かりきった話だけど、確認は大事だからね。
「サスティナブル王国の現状は、はなはだ不安定だ。国王は病に伏せており、もう1年以上も人前に姿を見せず。王弟が王太子になったものの立太子の式も終わってない。一方で、重臣であり王国の三本の柱であった宰相と法務大臣は健康を害して執務不能、国軍を司っていた三人目の公爵は2千キロ彼方で釘付け状態。さらに、王国最強を謳われた騎士団も本隊が公爵様と一緒に出かけたままで、国軍の最精鋭である騎士団は叛逆の手先として使われボロボロになっている」
いや、近衛騎士団を解散するのは予定通りなんだけどね。でも、伝統ある近衛騎士団を潰すなんて、他の国は考えないだろうから普通はマイナス材料と受け止める。
全員が、複雑な顔をして聞いてくれてる。
「さらに、侯爵という高貴な身分であり、国内の貴族家最大規模の騎馬隊を誇るロウヒー家が謀反。その気になれば、実戦経験豊富な騎馬軍団1万が王都を襲える位置にあり、その間には藩屏となり得る主な貴族家は存在しない」
ふと思ったけど、改めて自分の言葉にしちゃうと、マジでやばい国だよね。
「大陸の中心から東を見れば、軍備を徐々に拡張してきたガバイヤ王国が婚約者戦争における占領地の奪還の夢を見ているのは明らかである。ひるがえって、西を見ればアマンダ王国は占領したばかりで不安定であり、その状態は楽観できない。さらに、そこへ北方遊牧民族が圧力をかけてくることは確定的である。では、南はと言えばシーランダー王国との先の戦は勝つことができたが、その恨みから隙を見せれば襲いかかってくる要素は十分にある。」
つまり、大陸規模で四面楚歌状態ってわけだ。えっと、みなさん気まずい笑顔なんですけど、続けていいよね?
「さらに、国内の最大の問題は、政治の中心である」
ん? みなさん怪訝な顔だ。でも、これが一番、よそ様は重視していると思いますよ~
「諸国から見ると、王の不在を良いことに、ゴールズのショウなる怪しげな男が伯爵家の息子である立場にもかかわらず、大きな顔をしている。しかも、その男は出席不足のため王立学園を卒業できそうにない生徒なのである」
全員が爆笑したんだけど…… あれ? これってギャグになってるの? けっこう深刻だと思うんだけどなぁ~
このままだと、卒業式に出られないっていうか、あれ? 卒業できないのに、卒業式でオレが挨拶しちゃったりして? うーん、どうせだったら、サムも一緒に卒業できない仲間に引きずり込んじゃおうかな……
ちょっと口調を改めてっと。
「とまあ、そういう状態ですから、千載一遇と言いますか、ここで会ったが百年目とでも申しますか、間違いなくガバイヤ王国は攻めてきます。それもロウヒー家と歩調を合わせてきますよね? さらに、そこと軌を一にして南下してくる騎馬民族をどこまでしのぐかが問題です」
端の方でオブザーバー参加のはずのドーン君が手を挙げてる。うん、やっぱり発言しないと気が済まないのは、貴族中の貴族って感じかな。
「はい。ドーン殿」
「シーランダー王国との戦いは、いかがなりますか?」
「この間の戦で、徹底的に士官クラスを叩いたのと捕虜が完全に戻ってないはずですから、大規模な戦いを仕掛けてくる要素はないと思います。いちおう、現状で貼り付けてあるトライドン家と国軍で警戒をすればすむはずです」
「なるほど。わかりました」
「あ、えっと、現在の状態が極めて不安定な状態であることが共有できたと思います。他にご質問は?」
ノーブルが渋い表情をしながら手を挙げた。
「どうぞ」
「伺いますが、その全てに対応することは難しいでしょう。どうなさるおつもりで?」
これは予定された質問だ。
「当面、クラ城で東を支えて、ヨク城を使ってロウヒーを迎え撃ちます。西はエルメス様にお願いしちゃう部分が大きいんですが、とにかく、西部小領主地域の諸家には避難命令を出していますので」
「ガバイヤ王国の戦力はどのように予測をなさっていらっしゃいますかな」
「おそらく5万プラスαというところでしょう」
「クラ城を捨てて、さらに攻め込んでくる可能性は?」
「それは可能性が低いです。彼らの兵站能力からすると、中間に敵の城がある状態で送り出せるのは最大でも2万というところ。そうなると、守るだけならカインザー家とカーマイン家の戦力で十分に抵抗できます」
「抵抗? 撃退ではなく?」
「はい。敵が今一番欲しいのはクラ城に蓄えた食糧でしょう。だから、城を捨て置いて攻め込んでも、その土地を確保できるわけもなく、余分な食糧を奪える可能性も低い。となると深く侵攻してくるメリットが少ないのです。時間は我々に味方しますから、撃退ではなくて抵抗できれば、それで十分に勝利です」
そこで質問は止まった。まあ、個別の打ち合わせはできているからね。後は国会で、もう一度説明をすれば良いだけだ。
解散を宣告した後で、ドーン君がススッと寄ってきた。
「ショウ閣下」
「はい?」
「先ほどの、卒業式のネタ。あれは最高に笑いを取れますね。国会でもきっと、大ウケすると思われます」
心からの尊敬の目で見ながら、そんなひどいことを言いやがった。
その夕方、開かれた国会で、マジで、真剣に、切実に訴えたのに、ドーン君の言うとおりになったのが、ムチャクチャ悔しいんですけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
ネット小説は、みなさまの反応を見ながら内容を修正できるのが良いところですよね。応援メッセージでのご質問内容を拝見するに付け、もう一度確認した方がイイかなと思い、この回を入れました。
果たして、ショウ君の卒業は? 「ついで」にサム君は無事卒業できるのでしょうか?
クンクン あ~ またまたご褒美にいただいたこの刺繍、最高!
……え?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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