第36話 ガバイヤ王国の戦略

 ガバイヤ王国の軍事力は侮れない。


 兵の総数や王立学園を始めとした士官の育成システムなど、総合力で言えばサスティナブル王国に遠く及ばないが、ワールドパワーとローカルパワーの違いは大きい。


 立場の違いとも言える。


 サスティナブル王国は、常に大陸全体を見つめ、兵士も装備も様々な戦場に対応する用意が必要になるし、一度ことを起せば2千キロにもおよぶ補給線までもが必須なのである。ロジスティクスを担える司令部機能だけでも、作り上げるまでに膨大な手間と人材の集積が必要になる。


 一方、ガバイヤ王国は「ローカルパワー」にすぎないから、自国の戦力はサスティナブル王国との攻防だけを考えればいい。その活動範囲は自国の周りだけで十分だ。戦う相手は一国だけなのだから、その対応にも複雑な戦略を考えずに済む。


 だから、国力には大きな差があれども、大陸東側だけのパワーバランスで言えば常に拮抗してきた現実があった。


 ガバイヤ王国は建国以来、堅実な国作りをしてきた。その分だけ、軍の首脳も作戦能力は決して悪くないし、実戦経験の豊富な兵も下士官も大量に備えている。粘り強い性格で、上官の命令を愚直に聞くという特質を持った兵が多いため、同数の兵であればサスティナブル王国には常に負け知らずであったほどだ。


 戦線が大きく動かなかったのは、ひとえに、サスティナブル王国側の首脳部が常に敵の倍以上の兵力で当たれるように配慮してきたことと、バックアップする体制を作ってきたことが大きい。


 特に東部方面の騎士団や国軍は、たとえ同数の敵に負けても、その部隊を責めないことを常にしていた。


 国軍を統括するエルメスに言わせれば「兵が弱いと言われているんだから、敵の倍、集めておかない指揮官が悪い」となる。


 それに、シュモーラー家の飛び地を除けば、王国との国境は500キロ近い荒れ地を挟んでいるため、開発すべき土地がいくらでも残っている。だから戦いを激化させる必要性を双方が感じていなかったと言うことも大きかった。


 だから、大きな戦いは生まれず、それは常に「小競り合い」と、それがエスカレートしかけるだけのものであったのだ。


 そして、代々のガバイヤ王は英雄と呼ばれるほどではないが、けっして愚王ではなかったため、軍事を強化しつつも現実的な対応を常に取ってきた。よほどの好機以外、サスティナブル王国に無理に仕掛けることをしてこなかったのである。


 それは、歴史的に見れば「100年前の婚約者戦争のような好機があれば、襲いかかる」と言う国家としての意思を持ち合わせていたことになる。


 しかしながら、20数年前にリマオ軍務大臣が就任して以来、ガバイヤ王国が変わってきた。リマオが唱える「積極策」に賛同する軍人が少しずつ増えてきたのである。


 それは、王国内の「融和派」と「独立派」に並んだ第三の派閥として成長していったのである。同時に、独立派の一部が合流し、サスティナブル王国への陰謀を積極的に仕掛けるようになったのである。


 そのシカケの一環が王の長女を人質同然にして「王妃」へと差し出し、アマンダ王国とも手を結び、夏の離宮に特別な教育を施したダンス教師が送り込まれるのを容認したことだったのだ。こと、この陰謀に関しては、王の意志すら入ってないほどだ。


 サスティナブル王国に草をバラ撒き、時にはアマンダ王国へも手を伸ばす。北方遊牧民族とも手を結ぶのもためらわない。


 全ての陰謀が成功したとは言えないが、いくつかの陰謀は確実に実を結んだ。今やサスティナブル王国の屋台骨を揺らすようになっているのも、その成果だと受け止めていた。


 大小の陰謀を練り上げて実行してきた「積極派」は、確実に王の周辺に増え、今や廟議の「融和派」は、バッキンだけであり「独立派」ですら宰相のシャーラクだけになった。


 シャーラクはキレ者だけに、時流に逆らう勇気は持ち得ない。


 したがって、ガバイヤ王国に様々な人材が数あれども主流は「積極派」が固めたのが今なのである。


 そのトップであるリマオ軍務大臣を支える人材の筆頭が、たたき上げの将軍であるサルードとコーエンという同期生コンビである。二人はリマオによって将軍に任命される時に、昇給と年金の全ての権利を投げ捨てて、古式ゆかしい「将軍名」を願ったからだ。


 当時は、驚きとともに「変人め」という蔑視もあったが、今では、すっかり二人の異名として定着していた。 


 滅西将軍・サルード

 鎮西将軍・コーエン


 ガバイヤ王国にとっての「西」とはサスティナブル王国であることは言うまでもない。


 二人は、真剣に「サスティナブル王国を滅ぼすには」を研究テーマとして生きてきたのだ。


 結論としては「今すぐは、不可能」ということだった。


 ここで大事なのは「不可能」の方ではなく「今すぐ」の方だった。たとえ自分達が現役の間に達成できずとも、数々の陰謀を経た今ならクサビが打ち込めるのではないか。それが二人を前のめりにさせていた。


 二人は大国に対抗するため、他国の軍事情報について敏感だった。


 隣国で生まれた新制度をいち早く知ったのはそのためだ。


 サウザンド連合王国では、農民や職人、商会で働く人々のを強制的に兵隊にする徴兵制というものを創設したとのこと。


「兵を無限に増やせそうだ。なかなか上手いことを考えている。しかし、農民を兵士に育てるのは時間が掛かりすぎるかもしれない。調べてみよ」


 司令部きっての知謀と言われるキャラカ参謀に、その制度の詳しい調査を命じたのも慧眼と言って良い。軍の中枢部では、否定的な意見が多かった。しかし、キャラカは、半年の調査を経て少々違う意見を出したのだ。


「使い方次第では、これは有効かも知れません」


 キャラカの構想は「非戦闘員としての徴兵」である。


 一体それは何か?


 ここで、我々の世界を思い出していただきたい。


 1機の戦闘機が飛ぶためには3000人の補助が必要だと言われている。


 計算方法には異論があるが、必要な整備や給油に関わる人間、基地の誘導員などが存在することは軍事に疎い人でもわかりやすい。しかしそれだけではない。パイロットの食事、医療に関わる人が必要であるし。そのための資材を輸送するスタッフも必要だし、近代の戦闘に必要なレーダーを初めとする誘導員に司令部機能と考えていくと、この数字は決して過大な見積もりではないことがわかる。


 ショウの世界の軍隊は、さすがにそこまでの補助部隊を必要としてないが、1万の兵がいれば、千人近い人間が輸送から馬の世話にと駆り出されるのは普通のことだ。食事だって、兵自身の手で作る余裕があれば良いが、乱戦になれば厳しい。


 キャラカ参謀は、そこに目を付けたのである。


「これらを徴兵に分担させれば1万の兵は1万人が戦えることになる」


 キャラカの提案は「連れていく戦闘部隊は全員が戦えるようにする」ということになる。指揮官にとっては魅力的なアイディアに思えたのだ。言葉を換えて端的に言えば「戦闘訓練を積んだ人間に、大鍋の煮物を見させるのはムダ」ということだろう。


 しかも「民」を軍の仕事に使うと副産物があった。商会で働いている人間は文字も数字も分かるのだ。一部の人間は輸送の段取りまでつけられる上に、より安く、効率の良い方法を提案できた。


 農民達は、寡黙に働くのを厭わず、一般の兵卒よりも遙かに多くの荷をかつぎ、疲れを言葉にしなかった。彼らは身の回りを自分ですることにも慣れている。


 つまり1万の兵を1万として使う手段を徴兵によって作り上げた。これは、軍事の世界では画期的だった。


 自分達の手柄になることを踏まえて、廟議において軍務大臣のリマオは「従来よりも兵数が3割増えたも同然です」とまで断言したのである。


「兵数が3割増え、自国に足りない「食糧」という魅力的な軍事目標がすぐ目の前にある」


 これがガバイヤ王国の置かれた立場だ。


・・・・・・・・・・・


 今や、最後の融和派の消えた廟議だ。


 一気に主戦論が支配したのもこういった背景ゆえに必然であった。


 もちろん、いくら積極派と言えども「兵糧無しの勝負」など負けを認めるようなものだとよく知っている。軍事においては冷徹な計算がものを言う。


 有能な参謀を始め、ベテランの軍人達が間抜けな計画を立てる。よって、両将軍に命じられたキャラカ参謀を中心とした軍令部によって、3つの作戦が立てられ、同時発動させたのである。


 第一は、徴兵を主体とした3000人規模の輸送部隊をシーランダー王国へと派遣すること。


 現地での買い付けは徴兵された商会員を中心にした買い付けチームが行う。同時に、優秀な官僚を同行させて外交交渉を行い、援助を少しでも引き出すことが狙いだ。


 一応の武装はするが、戦いは一切考慮していないので、既存の軍事力への影響は微々たるものですむ。


 とにかく、これで食糧を手に入れることは重要であった。



 第二が、王都・カイの喉首を狙う「クラ城」攻め。敵がため込んでいる糧食をどうやって奪うのかがポイントだ。


 ここには限界ギリギリの6万人を動員する。


 本来の兵に徴兵を1万付けて、食糧の輸送、馬の世話をはじめとした、ありとあらゆる補助を担わせる。


 偵察によれば、現在のクラ城には支城が2つ。合わせた兵数は上を見ても1万。


「城攻めは3倍を常とし、5倍を理想とする」


 と言うのが軍事上の常識である。したがって、支城から順番に落としていけば、最終的には10倍近い人数で本城を攻めることができる。


 まさに必勝の戦略だ。

 

 もちろん、敵本国からの増援にも備えねばならないが、西側には造反したロウヒー家の存在がある。あちらを何とかしない限り大規模な増援は不可能なはずだ。


「まず、1ヶ月、手こずったとしても2ヶ月で落とせる。したがって敵の大規模増援は間に合わない」


 緻密に計算した結果だ。


 もちろん、これは公式見解である。


「鎧袖一触。最初の3日で落とす!」


 と言うのは内向きの宴会で酒を片手に語るべき言葉である。サルードとコーエンは、この意味においては、けっして「イケイケ派」ではなく、どちらかというと堅実な戦いを好むベテランの軍人なのである。


 そして、第三は各貴族家に任せた陽動である。すなわちシュモーラー家の飛び地に向かって5千の兵で2方向から襲いかかる。


 有力貴族家と、その子貴族の私兵達を総動員して、手に入るものは後ほど山分けとする。切り取った土地の差配は参加した貴族達に任せるというものだ。


 国軍を使えない分、苦肉の策であるが、こちらを攻めることでサスティナブル王国は援軍の出し先に迷うことになる。


 敵側から見れば「自国の領土」と「相手を攻撃するための出城」とどちらが大切か比べるまでもない。援軍の向かう先は当然、こちらになるはずだ。


 司令部では、この第三の軍は、正直言って潰れても一向に困らない。むしろ有力貴族の力を削る分だけ王の支配力が強まり、今後のサスティナブル王国攻めに有利に働くと見ていた。


 正直に言えば「襲撃には成功しても、維持は不可能」という見立てだけに、いくらでも大盤振る舞いの約束ができたのであった。



 ガバイヤ王国は、歴史上初めて三正面作戦へと踏み込んだのだ。


 サスティナブル王国側は、まだ、その決定を知らなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

ガバイヤ王国側の視点で「戦略」を説明しておかないと

この後の戦いが必然性を感じられなくなると思って書きました。

キャラカ参謀は、第一の作戦は半ば上手く行くと思え、第二の作戦は半信半疑、第三の作戦は、失敗して当然という読みだったはずです。第三の作戦の方は、あくまでも第二の作戦を成功させるための捨て石と考えていたのでしょう。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 



 

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