第33話 ペア

 任せられるところは人を頼る。後のコトは国軍とトライドン家に任せて、オレは一気に帰ってきた。あ、領地には1日だけ寄ってきたけどね。


 今回、邸の門までメリッサが迎えに来てくれていた。


 そこで馬車に乗り換えたのは「第一夫人」との打ち合わせが必要だから。長期間領地を離れた場合、いない間の情報は第一夫人が「ご進講」する権利があるっていうのは、母上に叱られてわかったこと。前回は、それを知らなくて、結果的にメリッサに悪いことをしちゃったのかも。


 でも、そんな不満をぜんぜん見せなかったのがメリッサだ。


 二人っきりの馬車の中。まずお礼。


「手紙、ありがとう。すぐに分かったよ。ミネルバだね?」

「お帰りなさいませ。ショウ様。ご活躍、何よりでございます。はい。ミネルバさんがご報告なさりたいとお待ちかねです」


 手紙っていうのは、メリッサから戦場に送られてきた小さな箱のこと。(第16話「家族の喜び」参照)


 箱には折り鶴が入っていた。一枚の小さな紙が「鳥」となる不思議さに驚いた妻達は、様々な折り紙を折れるようになっていた。


 大きな鶴の羽の下に小さな鶴


 一文字も書かれてなくて、ただそれだけの「手紙」だった。だからこそ、メリッサが伝えたいことが一発で伝わってきたんだ。


 これなら、万が一箱が奪われる、あるいは覗かれても意味が分かるのはオレだけ。しかも「夫婦の秘密を共有してますよ」という言葉にならないメッセージが込められているわけで、ジーンとした。


 あれはメリッサなりの「アイラブユー」ってわけだよね。


 なんてできた嫁なんだ!


 しかも、メリッサだって本当は赤ちゃんが欲しいというのは、ちゃんとわかってる。それなのに顔にも出さず「おめでとうございます」と言えるんだもん。本当に立派な嫁だよ。


 だから「君を愛してるよ、ボクだけのメリッサ」と抱きしめながら伝えるのが最初にしたこと。そのくらい、贔屓しても罰は当たらないはず。


 そして、全てに渡って無理してくれるメリッサが、オレの腕の中では、真っ赤な顔をさせた一人の少女に戻るのが、何となく特別感だ。


 後の順番は「できた嫁にお任せ」でいい。ちょー楽だよ。


 みんなが出迎えてくれる中、お館様と母上に帰還の報告をするのが最初。


 次にミネルバを抱きしめて「ありがとう」を伝えてから、メロディーを抱きしめて、バネッサとフォルを抱きしめる。


「抱っこさせて」

「まぁ! 抱いてくださるなんて!」

(戦陣からの帰宅直後に「女の赤子」を抱くのは珍しいことらしい)


 抱いた瞬間、泣かれてしまった。


 だいぶ知恵が付いてきたみたいだ。レベルアップしたらしい。


 チャララン


 フォルは人見知りを覚えた。


 うわぁあん!


 泣きながら、猛烈な勢いで「いやーん」と脚を突っ張られた。ショックはでかい。頑張って、家を出るまでに目は合わせてくれるようになろうと決心した。


 でも、次に会ったら、また忘れられてるんだろうなぁ。


 横でニコニコと見ていた母上は「赤子など、みんなそうですよ。あなただって何度、お館様にショックを与えたことか」と楽しそうだ。

 

 妻妃全員が、母上に味方して笑顔を見せながら「絶対大丈夫ですよ」と断言しつつも、微笑みかけてくる。


 くっ、みんな仲いいじゃん。


 ま、負けないからね……


 その後、邸の中でスキンシップができたのは何時間でもないけど、ともかく嫁軍団からエキスを吸収して、リスタートだ。


 これから、ちょっと心が荒れるかもって言うときに「戻る場所」の温かさを感じないとやってられないからね。


 オレは王都に向かった。


 あ、寄り道ルートの護衛の話はしておかないとだよね。もちろん、アテナはずっとそばにいるけど、まさか二人でってわけにもいかなかった。


 厳正なる「あみだくじ」の結果、ツボルフのジェダイト中隊が当選した。他のゴールズのメンバーは、王都に先に戻って短い休暇を出すことになっている。俺の権限じゃないけど、公爵家騎士団も同じ感じになるらしい。


 でもさ、休暇がなくなっちゃうのに、何でオレの護衛に当たったジェダイト中隊が喜んでたんだろ? オレとしたらボーナスをはずむくらいしかできないんだよ。せめてものことだと思って、オレンジ領内での護衛役はウチの騎士団にしたのに、実験農場に行った時だって、しっかり付いてきたんだから。


 短い滞在だったけど、ツボルフがちゃっかりと三人娘の誰かと仲良くなったらしい。名前は教えてくれなかったけど、その日は朝帰りなんかもしちゃってるから、それなりに上手くやってるんだろう。

 

 ピュー ピュー


 ただ、ちょっとだけ気になったのは、三人娘ってオレのお手つき済みなんだけど、良いのかな? 


 アテナが馬を近づけてきた。


 なに?


「名誉とされていますので、むしろ、嬉しいと思うかと」


 ウチの妻達は、何でオレの思考を読むんだろ。でも「名誉」って思うの?


 えっと、なるべく町娘に手を出すのは辞めておこ~っと。


「できれば、なるべく多めにしていただいた方がよろしいかと存じます。妻にした男性が所有者様の信奉者となるので」

「マジ?」

「現に、ツボルフの忠誠が大いに上がっています」


 だいぶ、この世界の価値観は理解したつもりだったけど、なんかアンビリバボーな部分が増えてしまったよ。


「実際に結婚が決まった時は、なにかを下賜されると、さらに喜ばれると思います」

「わかった。考えておくね」


 後で、メリッサと相談しておかないとだね。


・・・・・・・・・・・

 

 後で、夫婦茶碗セットとペアカップ(ヘンなハートマーク入り)セットを取り寄せてみたよ。ほら、かなり昔の結婚式で出てくる引き出物だ。


「夫婦のセットで使う食器だなんて、なんてステキなのでしょう!」


 こちらの世界には「ペアカップ」の概念がなかったらしい。だから正真正銘「世界初のペアカップ」を贈られる夫婦になったのは後々のこと。


 ついでに「ウチの妻妃軍団用、ペアマグ」をツラツラと出してプレゼントしたら大喜びされてしまった。もちろん、リーゼの分も忘れてないよ。


そして「夫婦で意匠を揃えた食器」というアイディアを聞きつけたブロンクスが王都までやってきて、大枚をはたいて商売にする許可を取りに来たよ。


 ダイエットに成功したブロンクス君は、最近は、ついに髪までダイエットし始めたらしい。やれやれ、働き者だねぇ。


・・・・・・・・・・・


 オレが王都でやるべき最初は、国会での演説だった。急遽招集してみると、王都にいる高位貴族は全員集まった感じだった。


 シーンと静まりかえったみなさんに演説だ。もちろん、ネタは決まっている。

 



「……以上でファミリア平原での戦いについての詳細と結果についての報告を終わります」


 政治に携わる者でなくとも、勝った戦争の話を聞くのは大好きだ。これほど楽しいものはないんだよ。まして「少数で圧倒的多数の敵を倒す」という話は、お芝居でも人気の演目になるくらいだ。


 今回は、まさにそういう完勝だけに興奮度は高い。


 それに、為政者側からすると支出がミニマムで、死傷者も極端に少ないのは大いにけっこうなこと。そして、これだけの捕虜を取れて賠償金まで取る方法が付いてきたんだから、戦果は最大と言って良い。


 戦争に、こんな言葉を使ってはいけないけど「コスパがベスト」ってわけだ。


 国会では第一人者プリンケプスの言葉が終わると同時に、全員が立ち上がっての拍手喝采は当然だったんだ。


 どこかの国の国会はヤジが乱れ飛んでいるらしいけど、こっちの国会は粛粛と話が進み、良いことをすれば、ちゃんとこうして拍手してくれる。


 こっちは封建制のハズなのにな。どっちが民主的か分からないよね。


 さて、ここからが勝負だ。


「この戦いの勝利の後に待つのは耐える時間です」


 ざわざわざわ


 実際には声は出してないんだけど、明らかに空気が揺れた。そりゃ、記録的な大勝利の後に「耐える」って言われたら、そりゃ戸惑うよ。


「時間との勝負になるため、既に使者は出しています。国王代理の権限として西部小領主地域の北側に領地を持つ家に、緊急避難命令を発出しました」


 恐る恐る、という感じで手が上がった。


 ドーンだ。


「ショウ閣下にお伺いします。敵はアマンダ王国になるということでしょうか?」


 疑問の表情をしているのは「エルメス様がいらっしゃるのに」ということがあるせいだろう。


「エルメス公爵からの情報である。敵は北方騎馬民族。かつてない規模の大集団で襲ってくるぞ。小領主地域の半分、少なくともハーバル家よりも北にある領地は無人にすることを命じてある」


 おぉおお


 今度はハッキリとしたどよめきだ。


「残念ながら、今、こっちに対応する余裕は我が国に存在しない。したがって逃げること、耐えること、そして集まることがなすべきコトだ。なお、関係する諸家とは、後ほど、もっと詳細に打ち合わせを行うものとする」


 戦勝による祝賀ムードは、一気に吹き飛んだ瞬間だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

作者より

「あみだくじ」は、ショウ君が流行らせた、最先端のクジで、みなさんハマっております。

エルメス様からリンデロン様宛に、詳細な情報分析が入っており、他の情報と合わせた結果、サスティナブル王国としては「小領主地域が狙われる」という判断となりました。エルメス様も、西部山岳地帯よりも西側は全部狙われるという感覚で準備に入っています。

騎馬民族の巨大集団による襲撃は、国家に大ダメージを与えるだろうというのが常識です。

北方遊牧民族が約束を守るとしたら、ロウヒーは「とってもお得な買い物」をしたことになります。街二つどころか、領地を丸ごと蹂躙される可能性もあったので。まあ、住民にとっては、お得も何もない地獄なのは確かです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る