第27話 東の心配
いつまで待っても夏が来ない。
ガバイヤ王国の王都から北に100キロほど外れたポリ村の農民達は、買い換えたばかりの真新しい鍋、釜、そして農具を磨きつつ、不安な思いで空を見上げる。
こんなに不安になる原因は、家に揃った「真新しい数々の品」なのである。
そもそも2週間ほどの前のこと。商人が村にやってきた。
「北では食い物が足りなくなってしまった。食い残した作物を売ってくれ。去年の倍で買う」
気温がなかなか上がらぬ不安で首を振り続けていたら、相手が勝手に値をつり上げた。
ついに四倍の値になってしまった。
収穫期の前はただでさえ値上がりするのは毎年のこと。しかし、例年の値上がりした分の、さらに四倍である。あまりの高値に不安を覚えつつも、農民にとってカネは貴重だ。欲しかったあれこれを手に入れるチャンスかもしれない。
村の仲間達と相談した。
一部の年寄り達は血相を変えて反対したが、その老人達の服だって、そろそろ買ってやりたいという思いもある。
そして、連日の曇り空さえ晴れれば、夏の日差しがあっと言う間にイモも、野菜も大きく実らせてくれる。雨さえ止めばすぐに手に入るものなのだ。しかも、去年の夏が暑かったお陰で、たっぷりと蓄えはあった。
もうすぐ夏の日差しが戻ってくる、数週間分だけ残しておけば大丈夫なはず。
しかし年寄り達は強硬だった。絶対に売るなと言う。今年の夏は、このままで終わってしまうかもしれないとバカなコトを言う老人もいた。年寄りはひがみっぽくっていけねーやと、若者は苦笑いを浮かべつつ、取り合わなかった。
「
「なるほど。バァさん達がウルサいからな。サッサと買ってきちまえば、これ以上、文句は言われないさ」
「村の荷馬車を使えば、みんなが食べる分くらいは簡単に運べるだろう」
そんな結論が出た。しかも、試しに6倍の値段を言ってみたら、根切りもせずに即決されてしまった。「これなら10倍って言っても良かったかも」と後悔する者もいた。
しかし、しょせん売り買いで商人に勝てるわけがないのは知っている。
ほどほどに儲ける、どころか、例年から見たら暴利をむさぼったことになるのだから、大部分の村人はニコニコしていた。
買い付けに来た商人は「今年の分が収穫できたら、また買わせてもらうよ。もちろん、今ほどじゃないけど、十分な値を付けるから」と言い残して去って行った。
しかし、商人は知らないのだろう。農民達も、あえて言わなかった。
「今から照っても、今年は売れるほど穫れねぇだろう」
と、誰もが思っていることを。
本来なら、葉っぱが火傷するほどに強烈なお日様が照りつけて、グングン育っていく時期だ。それなのに、今年は寒い。曇りがちでお日様がちっとも出て来ない。
しかも、収穫期が近いというのに思ったよりも雨が長く、しかも大量に降る。
イモの収穫期に「雨」は大敵なのだ。根腐れと言われるイモの病気が起きれば畑一つが全滅することだってある。
だから、天候が回復しても今年は記録的な不作になるに違いない。その意味で、年寄り達の心配も間違ってない。
逆を言えば、食い物を売ってカネを手にできるのは今しか無かった。
商人達は、なんと「金のツブ」で払ってくれた。かなり質が良いようだ。これなら王都でも通用するに違いない。
村の共有財産である荷馬車を持って、男達は勇躍、買い物に出かけた。様々な品物を買った後で、最後に食料を売っている店に行くのはちゃんと忘れない。
しかし、どこに行っても門前払い。お前達には売れないと断られてしまう。
売りものが全くないわけではないらしく、挨拶を交わす「ご近所さん」には、小さな袋で渡している。
一瞬「オレ達を田舎者だと、バカにしやがって!」と怒りも芽生えたが、ここでケンカをしても、どのみちイモは手には入らない。
そこで、買えるモノだけ買うと、いったん村に引き返した。十数年ぶりに手に入る「新品」に歓びの溢れる家族。
男達は束の間、満足した後、改めて近隣の農村に買い出しに出かけたのだ。
だが、10日以上も歩き回っても、イモも麦も全く手には入らなかった。どこもポリ村と似たようなモノ。商人が洗いざらい買っていった後だ。
男達は次第に不安が大きくなっていく。しかも、天気は一向に回復してくれない。
「しかたない。思い切って南の方に買い付けに行こう。あっちはもっと余っているはずだからな」
往復には一ヶ月以上かかることを覚悟して、南の村へと向かう荷馬車は、あっちこちの村から出ていたのを男達は知ることになる。
そして……
ポリ村の農民達は、商人というモノの怖さを初めて知ったのだ。
いくら歩いても、売るほど作物が余っている村など、どこにもないことを。
同時に、村に残った働き者の女たちは、長雨にしっぽりと濡れそぼちながら、唖然として畑に立ち尽くしていた。
「根腐れだ」
「あぁ、日が照らないから」
「寒さもだな」
「どこの畑も、これじゃ、全滅……」
男達が、余分に芋を買ってきてくれることを祈るしかない。
祈りは、届かなかった。
・・・・・・・・・・・
内務大臣のパッキンは、蒼白な表情で御前にまかり出ていた。会議を待たずして、緊急の奏上である。
ここまでのパッキンを見たのはメハメット王も、初めてである。
「お時間をいただき、申し訳ありませぬ」
「よい。ソチのことだ。大事なことなのだな?」
「ハッ。偉大なる陛下のご治世にあるまじき事態を発生させてしまったことを、臣は心よりお詫びいたします」
「ここは、
何度も何度も頭を床にこすりつけながら、パッキンは「王国の危機です」と声を震わせた。
「サスティナブルが攻めてきたとでも? だが軍務のリマオ大臣は、何も言ってなかったぞ」
「今年の天候でございます」
「あぁ、雨が多いようだな。それに夏らしくないが…… それがどうしたのだ?」
「各地でイモが育ちませぬ。南の麦も記録的な不作の見込みです」
「しかし、去年は記録的な豊作だったと記憶しておるが?」
「さすが陛下。おっしゃる通り。民の暮らしにもご理解を賜り、恐悦至極に存じます。しかしながら……」
「ん? 去年の蓄えがなくなったとでも申すのか? それはなかろう。各所で『蔵』が一杯になり、蓄える場所をあれだけ新設したではないか」
国王の言うのはあたっている。
昨年の酷暑は、農作物にとっては恵だった。暑くても、雨が少なかったわけではなく理想的な年だったのだ。
国家備蓄の倉だけでも、数年分の蓄えがあるはずだ。
それがあるからこそ、膨大な兵を動かすことになる「領土奪還計画」が行えるのであるから。
先日の会議では、動員する5万を1年間動かしても余裕があるという計算が奏上されてもいた。
国家備蓄ですら、それだ。農村部には、まだまだ大量の食い残しがあるに違いない。仮に、記録的な不作になったとしても、少なくとも今年は大丈夫なはずだ。
「ムスベのヤツが、このところホクホクしておりましたな?」
「ああ、記録的な税収になるのだとか言っておったな。国内に、いつもの何倍ものカネが動いているという話だった」
目を閉じたままのパッキンが顔を上げた。蒼白な表情を、横に振った。
「ん? 何か間違いがあったのか?」
「各地の農村には、もう何もありませぬ。商人達が買い上げ、北に運んだようです」
「北?」
「はい。しかし、我が国の北の町には、買い上げた食料は麦ひと粒たりと届いておりませぬ」
「どういうことだ?」
察しの良いメハメットは、答が半ば分かりながら、しかし「分かりたくない」という気持ちが優先した。
「農村に残った全ての食料は、サスティナブル王国の地に運ばれた後でした」
「何だと! 何という悪辣な! し、しかし、農村はともかくとして国倉はどうなのだ? あれさえあれば、問題はなかろう?」
パッキンは言えなかった。
各地の役人達が「間もなく収穫だ。これだけ値が上がった食料をホンの少しばかり売っ払っても、後で買い戻せば良いだろう」と勝手に売り飛ばしている事実を。
「ともかく、各地の国倉を急ぎ調べさせます」
本当は、既に調べが付いていた。
新設した蔵に満杯だったはずの食料が、なぜか、ごっそりと消えていることを……
廟議において、何をどう伝えるべきなのか、パッキンは深く苦悩することになったのだ。
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作者より
ガバイヤ王国に限らず、食糧を国家備蓄(貴族の領地は領主が蓄える)として蓄えておくのは、この世界では常識です。したがって、各貴族家は、管理した食糧を時には売り払い、時には買い付けるのは、常に行っていること。問題は、王国直轄地以外の国倉も、各地の貴族が管理権を持っていると言うことです。
内務大臣のパッキンは農業が管轄下にあるため、寒い夏にいち早く気付いて、各地の食料備蓄を調べさせたのです。
なお、指示通り「言い値」で買っておりますが、値段でおわかりの通り、買い付けはすでに終盤戦でした。小さな村にまで、買い付けにくるレベルだったのです。
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