第26話 西の悩み

 エルメスの悩みが深い。


 任されているアマンダ王国の闇があまりに深すぎるのだ。


『宗教に毒されすぎているからだな』


 王位継承者を12人の枢機卿が決める。中央司祭3人と、地方司祭9人による合議制となっており、全員一致が原則だ。従っていつまでも決まらぬこともある。そういう時は、枢機卿会議の意向に沿って、国教務大臣が実務を処理していくという仕組みまでできている。


 事実上、この国は中央・地方司祭が王の決定権ではなく「王としての決定権」をもっていたのだ。これでは「宗教が国を持っている」というのと同じ事になる。


『せっかく、ショウ君が最高のチャンネルを作ってくれたんだが』


 ここにきて、イルデブランド3世が体調を崩している。しかも国王に男子が生まれなかったことが、さらに事態を悪化させていた。


『国内法の成立を急がせるべきだった』


 たとえ降伏した上での条約であっても、それに応じた国内法が整備されて初めて機能していくものだ。王位継承問題は最高度にデリケートな問題だけにエルメスとしても即断即決とはいかなった。


『こういう時にヤツがいれば、なんとでもなったのだが』


 頭に浮かぶのは盟友リンデロンである。エルメスとは違い「闇」に潜むタイプの天才だけに、アマンダ王国を仕切らせるには持って来いなのだ。


『つくづく、下らない連中に足を引っ張られる』


 ゲールの一件で盟友は真の暗闇におかれるという拷問に晒された。エルメスですら信じがたいほどの精神力で耐え抜いたが、心身をすり減らしたのは事実だ。とてもではないが、長旅に耐えられる身体ではないし、仮に現れたとしても占領国を仕切るという荒行をこなせる力は残ってない。


 それはリンデロン自身が、きっと自覚しているからこそ、今なお自宅で静養中なのだ。


 その分だけ、事細かな報告を文官に作らせ、エルメス自身で決済したモノを毎日のように送りつけている。


 それを読むかどうかは、向こうに任せるしかない。


 だが、実際のところ、アマンダ王国の内情は非常に悪い。


 様々な悪事を暴くことで粛正したはずの枢機卿達がいつの間にか復活……というと正しくない。新たな中央・地方司祭を選び出していた。後は、一堂に会する場所さえあれば枢機卿会議が事態だ。


 今のところ、厳しい「牽制」を入れているため、枢機卿達が王都・グラに入ってはこないが、調べてみたところ「枢機卿会議は王都で行うこと」というルールはどこにも見つからなかった。


 国教務大臣であるシュターテンも、グラ以外で開催される可能性を否定できなかったのが事実だ。


 もしも開催するとしたら「シード」になる可能性が高い。十分に警戒をさせているが、どれほど警戒されても、完全遮断ができぬ以上、絶対に防げるとは言い切れない。


 十分に教会勢力を削いだつもりだったエルメスにとっては痛恨であった。


『しみじみ、我は、こういう分野はからきしだな』


 客観的に言えば「並ではない能力」を持っていても、比べる相手は常に「闇の天才・リンデロン」であり「王国の頭脳・ノーマン」である。


 こと軍事に関わることなら別だが、エルメスは自分の手のひらがあまりに小さいと思わざるを得ない。

 

「あるいは、麒麟児なら起死回生の手立てを考え出すやも知れぬが、我までも彼を頼っては可哀想すぎるな。ここは何とかして大人の手で持ち直さなければならん」


 だが、イルデブランド3世の容態が日に日に悪化しているのは事実である。複雑な法案を理解し決済するのは無理があった。つまり、今すぐ王位継承の国内法を変えるのは難しい。


「とはいえ、手段を選んでいる余裕もないのは事実だが、かと言って、なぁ」


 エルメスの本来は「武人」である。姑息なあれこれを考えるよりも、本来的にバサッと切り捨てる方が性に合うのだ。無性に、そのやり方を選びたくなってたまらない。


 なによりも、エルメスの中にある「イタズラ坊主」の性質が、これをやったらショウ閣下がどう反応するのか見たくてたまらないのだ。


「婿どのは、せっかく孫まで見せてくれたというのに、義父が裏切ってしまったら、さすがに怒るかのう」


 ふと、カレンダーを見れば、もはや7月に入っている。予想では今ごろサウザンド連合王国との対峙をしている頃だろう。


「案外と一気に決着させて、知らん顔をして王都で嫁達と仲良くしている、などとしていれば良いのだがな」

 

 一つ大きな問題を片付けてノンビリしたくなる。人間はそんなモノだ。


 しかし「それだけはない」のをエルメスは知っていた。その情報を王都に送ったのはエルメス自身なのだから。万が一を考えて、この重大情報は3回も重ね、しかも経路も全て変えて送ったほどだ。


 アマンダ王国の影は意外なほどに力を持っていた。いや、陰謀を好む国だからこそ発達したのかもしれない。


 苦労の末、影を利用する「カギ」を手に入れたエルメスはさすがだった。


 しかも、手に入れた途端、影は爆弾のような情報を持ちこんだ。


「北方遊牧民族が西側に一大集団を作りつつある」


 アマンダ王国には「寒い夏」を乗り切るだけの力しかない。ここで何とかしなければ、この国は、好むと好まざると壊滅する。エルメスがアマンダ王国の影を握れたのも、ひょっとしたら、この「危機感」ゆえのことだったかもしれない


 アマンダ王国に住む全ての人々にとって北方遊牧民族が本格的に南下してくるのは最大の悪夢であるのは間違いないのだ。

 

 それによって国土を荒らされれば、民は冬を越す前に飢えるしかなくなる。そして飢えた民は、生き延びるために東を目指すしかないのだ。


「この国を、早急にどうにかせねばならぬのは分かっておるのだが……」


 柄にも似合わぬため息を、また一つ、深く吐き出したのであった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

時間が交錯して申し訳ありません。現在は、ファミリア平原で捕虜達が道路工事をしているあたりです。その時に、アマンダ王国ではエルメス様が、占領政策で四苦八苦しておられた、と言うお話でした。

 二つの敵。

 復活しつつある宗教勢力

 「すべて」を求めて略奪を狙う騎馬民族の「一大集団」

 これに対抗するために、いろいろな手段がありますが、食糧不足の危機感と国内の政治がものすごく不安定なため、思い切った手段が執れない点が悩みのタネ。

 エルメス様は、何やら「策」があるような、無いような。


 ショウ君は、聞かされたら「えええええ!」と叫ぶかも知れません。まあ、本当は今さらなんですけどね。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 

  

 

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