第23話 会戦・点描4 狙うべき相手

 エレファント隊とホース隊が見事に相乗効果を上げていた。


 騎馬突撃が敵の隊列を崩し、そこを目がけて歩兵隊が「面」で制圧していく。押し下げられた前線に圧迫された敵に乱れが生まれ、その隙間に騎馬が容易に突入し、戦果を拡大していく。


 その圧力が、最前線で戦う歩兵の集中力をごっそりと奪う。となれば、ただでさえ逃げ腰の素人兵の意識は、逃げることにばかり向くことになる。


 それを立て直そうとするのは経験のある軍人である下士官だ。しかし、部下を叱咤して立て直そうと声を上げれば、たちまち「発見」されて、騎馬による馬体突撃で消し去られていく。


 下士官を喪った徴兵は弱い。逃げ惑うことばかりが優先で、戦おうとする少数の兵の邪魔となってしまう烏合の衆だ。混乱を拡大して味方の足を引っ張ることしかできなくなる。


 まさに阿鼻叫喚とはこのことである。


 正面の3万が大混乱に陥った姿を見つめるサスティナブル王国本陣には、安堵感とまではいかないが、会戦前の緊張はほぐれつつあった。


 左から仕掛けてきた敵騎馬隊も、ワナの方に入り込みつつある。これも成功だ。ただし、ライオン隊と敵騎馬隊の後ろ半分との死闘は、こちらが優勢ではあるものの決着が付いたわけではない。


 敵の騎馬隊は、後ろ半分を切り捨てて、こちらの本陣=ワナに突入してきた形になったのだ。


 ライオン隊と敵の後ろ半分との死闘は遠望するだけでも凄まじい。「切り捨てられた半分」と言っても千近い数は脅威だ。ライオン隊の士気の高さは凄まじいし、一人ずつの技量の高さも素晴らしいとは言え、5倍の敵と戦って「勝つ」のは並大抵のことではないのだ。


「迦楼羅を出せば、状況はかなり楽になりますが?」

 

 ミュートの助言にショウはすぐさま首を振った。


「ここは我慢しよう。何よりも、彼らは望んでない」


 戦士としての矜持を賭けた戦いだ。それを汚してはならない。無駄な損耗を嫌うショウではあっても、時に、必要な傷があることは知っている。


 敵軍の全容は把握できたため、今なら本陣に残っているピーコック隊や迦楼羅隊を援軍に出すのは簡単だ。だが、それをしたら彼らの矜持を傷付けることになる。


 胃の下が切られるような思いをしながらも、そこは知らんぷりをするのが最高指揮官の辛いところだ。


 ミュートも、一応は言ってみる、程度のつもりだったのだろう。すぐに話題が変わった。

 

「子泣き山の方は片付いたみたいですね」


 意外なという言葉は失礼だが、当初の想定よりもスコット家騎士団の戦闘力がすごかった。想定の数段上である。


 なにしろ「部隊全員の円運動による一撃離脱の連続攻撃」という不思議な戦術を使った効果が大きい。麦わらを刈り取るように敵歩兵を次々と屠っていった。もはや相手は「なすすべがない」としかいえない状態に陥っていた。


 おまけにシュメルガー家騎士団も燃えている。かなりの無理をして敵の退路を断ちに行ったのが覿面てきめんであった。


「正直、迦楼羅を入れるタイミングを見ていたのですが」


 ミュートの声は、もはやその必要がないことを示している。もはや戦意の残っている敵兵の方が少なかった。


「あぁ、あっちこちで、手を挙げてますね」

「うん。決まったってことで良いだろう」


 むしろ、降伏する兵が邪魔で馬が進めない場面がチラホラ出現している。

 

 ショウの声を拾ったミュートは「そろそろ歩兵を?」と確認を取ってくる。


「予定通りに」

「はっ」


 伝令、と声を出すとキビキビとしたピーコックの当番兵が、そこにいる。


「各歩兵団に連絡。子泣き山前の降兵を確保せよ。武器、食糧、水は没収。負傷兵救護は容認、かかれ」


 歩兵団とは、両公爵家の騎士団に伴う歩兵達のことだ。今回は一緒に仕事をしてもらう。


 降伏した兵の数は自分達の数十倍の規模となる。武器を取り上げたにしても、相当に神経をすり減らすはずだ。

 

 同時に、周囲への同時情報伝達の役目を兼ねて、名前に似合わぬ大きな声でショウへと報告する。この辺りの気遣いは、実に軍師らしい。


狼煙のろしを上げてあります。手はず通り2時間での到着を期待できます」

「日暮れまでには間に合うね」

「はい。最初は連中の布陣が遅いので、どうなることかと思いました」


 到着するのはトライドン家の私兵と、王国の南部方面軍だ。捕虜確保の役割を担う手はずとなっている。連携の取れない戦力は会戦の邪魔になるが、決着が付いてしまえば人手は多いほど良い。夜までに囲わないと、せっかくの捕虜が逃げ出して収拾の付かない状態になりかねないのだ。


 敗兵が散り散りになると、山賊化しかねない。それは避ける必要があった。


 そのため、あらかじめ用意しておいた「足場」を結束しての簡易囲いの組み立てを開始する。ではあるが、今晩は仕方ないと諦めてもらうしかない。

 

 この後の捕虜への対応は、ミュートに任せていいだろう。ショウは頭を切り替える。


「ムスフス」

「ハッ!」


 チュルッと出てくるオヤツに反応するネコのような素早さで目の前にいる。


 巨体であるのに、ネコ科の猛獣を連想させるしなやかな動きだ。


 黒檀の輝きを持つ顔には、少年のような瞳がキラキラと輝いていた。


「連中は戦闘部隊だけを平原に下ろしたみたいなので、後を頼めます?」

「わかりました。捕虜の食い物も調達してこないとですからな。お任せください」


 山中に残してきた輜重部隊の鹵獲頼むという意図は、ちゃんと伝わっているらしい。


 これからの任務のために、ピーコック大隊は事前にいくつもの班を偵察に出してあったのだ。


 敵の「補給基地」となりうる場所は、あらかじめ調査済み。あとは、片端からあたれば敵の食糧を奪える。と同時に、その過程において凄惨な任務を遂行することになる。


「では、P大隊、全軍の出動を命じます」

「ハッ! 応援部隊が届いたころに、連絡を入れます」


 つまり、2時間で敵輜重を捕捉し、分捕れるという読みなのだろう。おそらく、ムスフスの頭には具体的な場所どころか、突入経路までイメージできているに違いない。


 ムスフスは意外にも、大声を出さなかった。ただ、小さなハンドサインを送ると「出ます」とだけショウに告げる。


 この部隊は、いつの間にかこうなってしまった。一切の気合いも、号令もかけぬウチに全軍が騎乗し、同時に進発していった。


 ただ、地響きだけを残したP隊は、女山側の方から敗兵の集団を大きく回り込むと、スルスルと山肌にように、消えて行ってしまった。


『ずっと前に新歓キャンプで、王家の影のみなさんが圧倒的な隠密行動を見せてくれたよなぁ。今のP隊って丸ごとあの領域に入ってるってこと? オレの予想だと山中にいる輜重部隊って7千以上になるはずだけど、かなり凄惨な場面が生まれることになっちゃっうんだよなぁ』


 さすがのショウも、結果の血なまぐささを考えるとテヘッ、ペロとはいかない。だからと言って、この部分だけは一切の甘さも妥協も許されないことは覚悟の上である。


 なぜなら、この世界の補給部隊は、たいてい「特殊な力」を持っているのだ。


 読み、書き、読図に帳簿付けの力だ。千人規模の軍であっても、それは必須である。


 だからこそ、補給部隊の人材を喪うと外征能力を大きくロストすることになってしまうのだ。


『ノーマン様のスタッフが特殊すぎるだけで、ああいう人材なんてめったにいないってことはわかってる。基礎教育をしてくれるシステムがない世界では、1から教え込んで補給士官を一人前に務められるようにするには、相当な時間がかかることになるわけだ』


 だからこそ、今回のターゲットは「優秀な下士官」と「補給部隊の人材」なのである。初戦で下士官はだいたい狙えた。後は、こっちの人材狙いになるのである。


 今回、5万の兵を起こしたということは、5万人規模の補給を計画し、運営した経験を持った人材が生まれたと言うことだ。

 

 おめおめと、経験値を持った人材を相手に戻すことはできない。それがショウの意志であった。

 

『そっちさえ何とかなっちゃえば、5年は出て来られないくらいのダメージになるはずだからね。本当に気の毒なんだけど。ま、それに捕虜にしたみなさんの食い物も、自分達で持ってきたものにすれば、文句ないよね』

  

 後の歴史書には、ピーコック大隊の活躍として「鹵獲した敵の食糧」だけが詳しく記載されている。それは、捕虜全員を1ヶ月養えるほどであったという。


 けれども、一切の歴史書は、この日ピーコック大隊が消し去った敵の「人材」の数を一切記録してなかったのである。


 ただ、ピーコック大隊が再びこの地に戻ってくるまでに3日かかったと史書には記載されていただけであった。



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作者より

 ショウ君は元の記憶が「現代の日本人」であるため、平等な戦争自体は厭わなくても、一方的な殺戮は好みません。しかし、この世界の掟というか「必要なら殺す」をためらうのは、味方を殺すことになると知っています。だから、ピーコック大隊には一種の汚れ役になってもらうことを決断しました。   

 なお、応援部隊がピーコックの連絡兵に連れられて、敵補給基地にたどり着いた時に、警備をする兵以外は味方も敵兵の遺体も捕虜も一切見かけなかったそうです。ただ、あちこちに赤いシミだけが広がる不気味な静けさだけが残っていました。その静けさが、応援に行った歩兵達に、後々悪夢を見せるほどに殺伐とした静けさだったようです。 

 ベテラン兵と補給能力を用意できる人材をごっそりと削ることで、敵の外征能力を奪う狙いです。

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