第22話 会戦・点描3 獅子、吠える!

 「近衛騎士団のイメージは最悪なものとなってしまった」


 それが獅子ライオン隊のタエ・ラーレン達、中隊長4人の共通認識である。


 何しろ「ゴールズ」を討伐しようとした「悪の王子の手先」である。しかも、王都から3日と離れてない場所でボロ負け。


 王救出にあたり勲章をもらった4人はいたが、叙勲式があったのは幸か不幸かゴールズに編入された後だった。


 つまり悪役の近衛騎士団員に一切の褒賞はない。それは当然と言えば当然だが、名誉と誇りに鎧を着せたような騎士団が、近衛騎士団である。


 こんな状態は耐えられるモノではない。


 民達から、あるいは貴族達からも「近衛騎士団は一切良いところのないヤラレ役」という捉え方が、もはや常識になっている。


 悪い、弱い、ショボイ


 三拍子が揃ってしまった。


 いくら命令の通り動くしかなかったとは言え、これでは浮かばれない。今では、街で「騎士団ごっこ」をしている子どもたちさえ「お前は弱いんだから近衛騎士団な!」などと言い合っている。


 かつての王国最精鋭として「王の最後の盾」と憧れと尊敬をほしいままにした姿はもはやない。団員が街を歩くときは、騎士団章を外してから出かけるほどである。


 だからこそである。この場にいる誰もが、感謝でいっぱいだった。


「我々の活躍の場を、ショウ閣下が与えてくださったのだ」


 これも、タエ達の、いや全ての「元近衛騎士団員」の気持ちである。


 なぜなら、本来の獅子隊の任務は歩兵との共闘が前提であった。逆に敵騎馬隊に応じた機動戦はホース隊の主任務だ。


 ところが、今回は持ち場をホース大隊と交換されていた。


 手柄を立てるチャンス到来。喜ばないわけがない。


 しかも、会戦を間もなくにして、ショウ閣下が直々に訓示に現れたのはライオン隊の前だけだった。


 まだ声変わり前の声が、朗々と響く。


「今回の会戦においての最大の激戦は敵騎馬隊との正面衝突。すなわち諸君の任務となる」


 騎士達は、思わず、背中を伸ばした。


 望むところだ、と全員が奮いたった。


「残念ながら、これを打ち破る奇策などない。諸君の健闘だけが唯一の策である!」


 おぉ!


 普通なら「策はないけど、頑張れよ」は、指揮官として最低なセリフである。しかし『悪い、弱い、ショボイ』と言われ続けた元近衛騎士団員にとっては、最高のセリフなのだ。


 我々が信じてもらえるのだ、と。


「諸君の戦いは厳しいものとなる。歴史上、騎馬同士の合戦は数えられないほど重ねられてきたが、10倍の敵を打ち破った例は存在しないのだ」


 全員が「歴史を作ってやる」と、心の炎をさらに燃え上がらせる。


「諸君は栄えある近衛騎士団から選ばれたのだったな!」


 全員の胸がグッと持ち上がった。そうだ「オレ達は栄えある近衛騎士団」なのだという思いは大きいのだ。


 その先の言葉を期待する団員達。


「だから勝つことを期待などしない」

  

 え?


 ザワザワザワ


 規律正しさを体現するような隊だけに、上官の、そのまた上官の遙かなる人物の演説中に私語をするなど思いもよらない。抗議する騎士もありえない。しかし、それであっても「期待などしない」は衝撃だった。


 そこまで自分達は、ダメなのか……


 瞬時に涙を浮かべる団員もいた。


 十分に間を取ったショウは「だが、諸君が勝たねば、この戦は失敗に終わるのだ」と、叫ぶように言いながら、右手を振り払う動きで大きく点を指した。


「新生ゴールズが行う初めての戦だ。諸君の戦いを敵が見るだろう、天も見ているぞ! なによりも、後の世の全ての民が諸君を見るのだ。この戦を成功させたのは誰なのかということを!」


 ゾワリ、と全員の背中に冷や汗のようなものが流れた。自分達が背負っているのは「期待」などと言う曖昧なモノではないと言うことだ。


 それが伝わったのを見るや、ショウはニコリと一度頷いてから、言葉を続けた。


「どんなに辛くても戦い抜き、この作戦を成功させてくれるのは諸君であることを信じている。断じて期待などではないぞ! これは確信なのだ!」


 ベテラン中隊長であるタエ・ラーレンを始め、誰もが「信じる」という言葉の重さを突きつけてくれた最高司令官の気持ちに心の底から震えた。


「ゴールズの一員として、歴史に名を刻め!」


 うぉおおおおおお!


 規律正しさには定評があり、一人ひとりの品が良く、真面目で努力家の多い近衛騎士団員達は、生まれて初めて吠えていた。全員が胸に高まる炎をどうにもできずに吠えていた。


 だからこそ、こういう時は、この炎をそのままぶつけることこそ最善だと知っているアポロニアーズは、いつにない口調で叫んだのである。


「野郎ども! 行くぞぉ! 一人20人倒すまで、倒れることを禁ずる! 続けぇえ!」

「「「「「「「「いやあぁあぁああああ」」」」」」」」


 山々に響き渡るような気合いもろとも、大隊長のアポロニアーズに続いて一斉に走り出した200余頭だ。


 それを見送ったショウに、ミュートが近づいてきて囁いた。


「つまり、近衛じゃなくて、ゴールズなら勝てるよってことにしちゃってますよね?」


 さりげないすり替えを、ちゃんと分析していたらしい。


「しかも、奇策はないとか言って、あれは何なんですか? あれは」

「ウソじゃないよ? 奇策じゃないもん。騎馬隊は動けないようにして遠距離攻撃ってのが基本だろ? 基本通りの対策を用意しただけだよ」

「いや、あれが基本通りって、そんなのありですかね?」


 切れないロープで馬を誘導して、迷路のように誘導された最後の場所には、強化した弓矢を持つ弓隊が用意してある。いわば、敵騎馬隊に死地を用意してあるのだから、敵から見たら悪質な「ハメ技」に近い。


 敵が回り込もうとした瞬間、必殺の場所に誘い込まれるのが確定なのだから。


「ま、彼らが奮闘してくれないと、ワナがウソっぽくなっちゃうから、彼らの戦いが決め手になるのはマジだよ?」

「はぁ~ しかも例のヤツも大量に使うんですよね?」

「うん。あれなら、彼らは実戦で知ってるし、その上、十分に馬たちも訓練してあるからね。バッチリだよ」

「えっと、奇策はないというやつ。あれだけはウソッてことにしておいた方が……」

「基本、基本。騎馬隊との戦いに馬を攻めるのも普通のことだもん」

「はぁ。じゃ、そういうことでもいいので。とにかく本陣に戻られますよう。そろそろEとHが会敵しますので」

「OK」


 戦場のことである。もちろん周りを護衛する迦楼羅の小隊。そして、絶対にショウから離れないアテナは、涼しい顔で、ショウの横に並んでいたのであった。



・・・・・・・・・・・


 記録によれば、正面から激突した初撃。


 そこで勢いを殺したところに、各中隊長が左右斜め前、横から30騎を引き連れて敵を「縦断」したのだという。

 

 敵の純粋な騎馬は2500を数えている。つまりは「20倍の敵を駆け抜ける」という歴史的に見てありえない戦い方だった。


 鬼神のごとく槍を振るう各隊列に、相手が思わず避けてしまったのが本当だとは言え、逃げ腰になった騎馬は脆い。


 ざっと蹂躙し終えた各中隊長達は、確実に自分達の3倍の騎士を屠った意識がある。「殺」とまではいかなくても、この戦いから完全に脱落させるだけのことをした。


 敵の尻尾まで駆け抜けると、すばやく円を描いて向き直ると、各隊は示し合わせたように錐の形で、自分達が通ってきた道に再び突っ込んだのだ。


 シーランダー王国騎馬隊にとっては、狭い場所での大部隊であることが足かせとなった。急な方向転換などできるものではない。


 反転して対応した騎馬も「個」としては存在したが、騎馬部隊としての流れとしては、後ろから襲われたのと全く同じである。


 騎馬隊は後ろから襲われると脆い。切ないほどに脆い。


 大部隊ゆえに反転攻勢をすることができず、敵からの「追撃」によって大ダメージを受けたのだ。


 浮き足立つのも当然である。


 しかし、その段階になって、ようやくシーランダー王国騎馬隊も目覚めたのである。


「敵は小勢だ。付き合う必要などない! いっきに相手の本陣を落とすのだ!」


 後ろからの「追撃」に大被害を受ける尻尾を切り捨て、前半分だけでも勝負をかける。


 それは、指揮官としては優れた判断である。相手が小勢である以上、後ろ半分だけでも膠着させている間に、本陣を包囲し、一気に勝負を付ける。


 それこそが、騎馬隊の本来の価値なのだ。


 その意味で、指揮官は決して無能な男ではなかったのだ。


「我に続け! 目標、敵本陣!」


 狭い平原での会戦だけに、既に相手は見えていた。これほど落としやすいケースはないだろう。


「前方にロープ! 簡易馬防柵と思われます」

「ええい、断ち切れ!」


 各隊にいる力自慢、技自慢が試すも、無理だった。たわむところまではいくのだが、なんとしても切れない。支える支柱も金属製で、引っこ抜くとしたら時間がかかる。


 その間に、敵が反応してくれば、せっかくの好機が失せてしまうことになる。


 たかだかロープだ。下馬すればくぐり抜けられるが、それでは「騎馬隊は馬から下りればただの人」の策にハマってしまう。


「ええい! 回り込め! こんなロープは、最後まで続かん。グルリと回り込めば、良いのだ。敵本陣の守りはせいぜい300かそこらだぞ! 今しか無いのだ! 我に続け!」


 歴史的に見ると、その決断こそが、最悪の選択であったのだが、結果論で責めるのはいささか、酷かもしれない。


 千五百騎以上もの騎馬隊が、数百しかいない敵本陣を目の前にして、どうして見逃せようか。


 しかし、回り込もうとすると巧みに遠回りとなり、林が近くなった瞬間、最後尾の所から、途轍もない破裂音が弾け始めたのである。


 追いかけてくる「破裂音」に馬は恐慌状態に陥った。


 コントロールすらままならず、ひたすら「前」に突っ走るだけが唯一の道。


 最後に、林を回り込んだところで、突如、出口のない半円の広場がロープで作られていたのだ。


「ワナだ、脱出を!」


 叫んだときにはもう遅い。


 ゴールズが多用する「パンパンロケット弾」の猛烈な音にせき立てられた後続が壁となり、脱出不能。


 もちろん、その間も、林に隠れていた敵弓兵が、一人、また一人と、冷静に打ち落とすのである。敵の強力な矢は馬上鎧を軽々と貫いて、一撃で深手を負わせてくるのである。


「このままでは全滅する……」


 脱出方法も、防ぐ方法も考えられなかった。迷っている間も、また一人、矢に貫かれているのである。


 敵は、ここに「死地」を作り出して、まんまと誘導されてしまったのだ。


 もはや抵抗してもムダ。


 指揮官が「降伏する!」と馬上槍を投げ捨てた時には、落馬した騎士達が数百人も地面に転がっていたのだという。


 この日、シーランダー王国北伐軍騎馬部隊は、2500騎のうち、無事に逃げおおせたのは数十騎だけだったという。


 半数が死傷し、無傷で投降できた騎馬は後続の輸送隊を含めて1400ほどであった。その中でも、殲滅戦の主力となったライオン隊は、最後の最後まで戦い抜き、吠え続けたのだという。


 ここに「ファミリア平原の獅子吼ししく」と呼ばれる戦いは、歴史的な「完勝」として記録されることになったのだ。


 なお、勝利者であるライオン隊の団員で無傷な者は大隊長を含めて一人もいなかったというのは、後に語り継がれる隊の伝説であった。


 ライオン隊の団員達は、ここに「誇り」を取り戻せたのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

ファミリア平原の会戦において、ライオン隊の誇りを取り戻させるために、ショウ君的には、かなり危ない橋を渡りました。本来は、戦場に入らせなければ良いだけので、何段階かで分断し個別撃破すれば確実性が高いことになります。それよりもライオン隊の消耗を前提にしながら、戦士としての誇りと自信を取り戻すことを優先しました。同時に「近衛騎士団」に残った人材をさらに誘導したいという目論見もあります。なお、元近衛騎士団員だけに、ロケット弾による実戦経験(やられた側ですが)もあり、さらに、訓練で馬も馴らしておいたため、一方的でした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 




   

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