第21話 会戦・点描2 突撃
突撃ラッパが響く。
ベスレーエフは先頭になって突っ走る。後に続くはスコット家騎士団から自身の手で選抜した遠征隊の200だ。
『お前達は決して、ゴールズに選ばれた後の残りかすってわけじゃないんだ』
スコット家騎士団に誇りを持っているのは全員、同じ事。しかし、漢にとって時代を作る英雄の元で戦うというのは、強烈な吸引力となる。
誰もが選ばれることを望んだ。ある意味で前騎士団長ムスフスは、限り無く公平だったし、選抜基準を先に公表した。
ショウ閣下から望まれた基準を下敷きにして、以下の通りに選ぶと告示したのである。
1 なるべくいろいろな場所の土地勘を持っていること。
2 頭が良くて我慢強い者。
3 地方出身や異民族を優先する。
4 長期遠征を踏まえて、若手の独身者を優先する。
騎士団員は、全員が文字を読めるように教育されている。告示された内容を、むさぼるように見ていた団員達の顔に浮かぶのは悲喜こもごもだった。
とはいえ、指揮官となると、いささか条件が違う。ゴールズの中隊長を務めるとしたら、第1から第4騎士団長が務めるのが当然だ。
だが、である。総騎士団長と各団長である4人が抜けてしまえば、後に残った者はさすがに厳しい。
ベスレーエフは「誰が残るべきなのか」をよく知っていた。
だからこそ、ムスフスに頭を下げさせたくなかった。
異民族で騎士団員になるだけでも大変な苦労を重ねたというのを一番よく知っているのは親友であるベスレーエフなのだから。
いつもなら入り口で騎士団の敬礼をしてみせるベスレーエフは、ノックも無しに部屋に入ると、ポンとムスフスの横に座った。
「はぁ~ ムッス、ラッキーだよ。今夜はギズモで驕ってもらえるんだろ?」
ムスフスが騎士団長になってから、どれほどプライベートな場であっても呼ばなかった「ムッス」の愛称。敬礼も敬語も止めて、友として接する。それこそが親友としての務めだと思ったのだ。
「ベス、すまな「おっと、だから~ お前は真面目すぎるってば。そうだ! 来年辺り、戻ってきたら、ギズモの女の子を一緒にナンパしようぜ。ゴールズの大隊長様と一緒なら、きっとモテるだろうからな。一番可愛い子はオレに譲れよ」あ、あぁ、今日は飲み明かそう」
「そう来なくっちゃな、ムッス」
ベスレーエフの最大の持ち味はバランス感覚だった。
その感覚が自分に理解させしてしまうのだ。ムスフスとウンチョーは絶対に必要な戦力。タックルダックルはとっさの判断能力に優れ経験豊富な指揮官だ。自分がそれに劣るとは思わないが、タックルダックルよりも優れるバランス感覚こそが、残されたスコット家騎士団には必要だということを。
『バランス感覚のあるヤツが残って、まとめ直す必要があるってこった。それに、オレが親友であるってことを信じてくれたんだよな?』
4人とも連れて行くわけにはいかないとしたら「親友」に貧乏くじを押しつける。それこそが、ムスフスなりの公平というものだ。
だからこそ、親友に頼ませるのは嫌だった。頭を下げさせたくなかった。
以後、選抜の話は一切しなかった。
残った騎士団員をまとめ上げ、新人を教育しつつ、練度をさらに上げることに心血を注いだ。ただ、一つ予想外だったのは、残された団員達の力量が一気に上がったことだ。
『これは、選ばれなかったことがバネになったわけか』
嬉しい誤算だった。騎士団も200名がごっそり抜けた分だけ、逆に仲間意識が上がった。もちろん、ゴールズへ移った連中との仲間意識も顕在だ。
『ゴールズが新しい部隊であっても、今のスコット家騎士団も、新生だぞ!』
ウンチョーやムスフスというバケモノがいなくなった分だけ、全員の力が平均化され、なおかつ向上したのだ。
今回連れてきた200名は、ショウの前で目にもの見せてくれんと、激しい闘志を燃やしている。
それを引き連れての馬上突撃だった。
雁行と呼ばれる陣形で、先頭のベスレーエフから、ガンの群れが飛ぶように右後ろに斜めで連なったスコット家騎士団は、敵の主力とは別の集団となった、団子状の敵に向かって突撃する。
反対に進むはシュメルガー家騎士団。あちらは2列が互い違いの位置に着く
互いの騎士団は連携しつつも独自で戦う約束である。下手に「連携」を考えるよりも、その方がお互いの持ち味を発揮できる。
バランス感覚に優れたベスレーエフは考えた。
『シュメルガーは、後方へ回り込んで包囲を考えているわけか』
となれば、右側から圧力を掛けてやれば、逃げる先を喪って敵は混乱するに違いない。
「続けぇえ! 我らは、側面を削る、いけぇええ」
先頭のベスレーエフは、敵の側面に接触した瞬間、素早く離脱、右後ろの騎馬が瞬時に入れ替わり、さらに奥の歩兵を瞬殺し離脱。直後に到達した次の二騎は傷口を広げるように前後の歩兵に一撃して離脱。
次々と一撃しては離脱する騎馬戦術は、瞬間的に壊滅する類いの衝撃力はない。しかし、騎馬隊が、大きな円を描くようにして、2周目、3周目とえぐりに来ると、傷口は見る見る広がってしまうのだ。
歩兵が騎馬隊に有効な対応をするためには、まず、敵の馬を止めるところからというのが常識だからだ。
おそらく、歩兵集団の中に弓兵がいるのだろう。たまに前線の頭越しに飛んでくる矢は、機動中の馬にあたるものではない。たまに当たっても「アルミニウム覆い」のお陰で、大きな傷とはなり得ない。
直射ならともかく、頭越しの「曲射」では威力が限られているのだ。
馬の息が上がらぬよう、回転中は馬速を押さえ、襲撃の瞬間だけ勢いを上げる。鍛えに鍛え抜いた馬と人は、騎士団全員の気持ちがつながって、一つの車輪のように攻撃を続ける。
後の世に「車懸かり」と呼ばれたスコット家騎士団が歴史に名を残す戦術を初めて使った日であった。
これは奇しくも、ムスフスとウンチョーという2人のバケモノを喪い、戦力が平均化したからできた戦術でもあった。
ぐる、ぐる、ぐる。
車輪がグリグリと歩兵を削り続ける。
一撃で離脱していく騎馬に、後ろの兵は何もできない。ただ、見つめるだけだ。
そして、5周目に入ったときだった。ベスレーエフの優れたバランス感覚が察知したのだ。
『反対側を削ってるシュメルガーの圧力に挟まれて、敵の空気が変わった』
勝機、である。
一撃して、離脱と思いきや、そのままど真ん中へ突き進んだのだ。
「いやぁああああああ!」
知らず、ベスレーエフは雄叫びを上げていた。
続く部下達が、見る見る傷口を広げ、右半分の敵を真っ二つに分断したのだ。
「に、逃げぇ!」
「無理だぁ」
「助けて」
崩壊は瞬間的だった。
次々と敵は槍を放り出して逃げに回った。
潮目だ。
「続けえ!」
シュメルガーは後方からの包囲に回っている。それならウチらは前半をヤる。それを暗黙のウチに決めたのは、ベスレーエフが敵の動きと、シュメルガー家騎士団の動きと狙いをしっかりと見ていたからである。
後方をシュメルガーに遮断された敵は、一気に「負け」を意識したのだろう。ただ逃げる形になってしまう。武器を手にしているのは、マシな方だ。
『前半分が、ウチらの獲物だぜ』
あらかじめ「全滅させても良いけど、全殺の必要はないから」とショウ閣下からは伝えられている。
この日、騎士団員は、ほぼ全員が返り血を浴びて、鬼神のような姿になっていたという。
合わせて400にも満たない騎馬部隊が1万の歩兵部隊にぶつかった結果、死傷合わせて4千、無傷で投降した捕虜5千弱という大戦果を上げるまでに、1時間もかからなかったのである。
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作者より
ムスフス達が抜けた後のスコット家騎士団を、絶対に描きたかったんですよね。二大傑物を喪った騎士団が、その後にどうなるのか。
この日の「車懸かり」は、王立学園の教科書に載ったそうですが、後年、調子に乗った生徒がイキって、この戦法を野外演習でやろうとして、必ず失敗するので伝説となるのを、この時のベスレーエフは想像だにしませんでした。
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