第20話 会戦・点描1 鎧袖一触
「全体! 一列!」
第1段の小隊は、騎馬隊の突撃を見ての陣変更。
並ぶや横一線。30人の小隊は、一列となる。次の段が、前の列の背後を支えるように、さらに横並び。次々と、後ろへと波及していく。
3年の間に、これは何度も何度も練習してきたこと。
本来は小隊ごとに隊列交代や、配置変更が利くようにとの方陣だったが、陣構成が終わってない上に、味方騎馬隊の姿が見えない。
こうなると、騎馬隊突入に備えて、歩兵は間隔を詰めた槍ぶすまを作るのがセオリーだ。
とはいえ、騎馬隊の「突撃」の凄まじい迫力に耐えるだけの精神力が必要だし、仲間を信じて全員が結束する必要があった。
自分の防御を考えず、石突きを地面に刺すように下ろしてから、槍の穂先を馬の首の高さ目がけて揃えて支えるのだ。
どれほどコントロールされた馬であっても生物として「尖ったものに自分から刺されに行く」のは嫌がるから、騎馬としても手が出せなくなる。石突きを地面に半固定した槍を馬が弾き飛ばせるのはマンガだけの世界である。
最前列の480名が一糸乱れず、かつ馬のド迫力にも負けずに穂先を微動だにさせないことが必要だった
しかし、この戦場では始めから絵に描いた餅。
それもこれも、全ては経験と覚悟、仲間を信じるという決意、そして日頃の鍛錬があって初めて成功するものだ。
しかるに、経験という点なら凄まじく空白だった。
初陣の兵隊をまとめる側の小隊長ですら「下級指揮官としては初舞台」でもある。これが痛い。
下士官と兵がやるべきこと、考えるべきことは、種類も数も全く違う。となれば、最前線に「経験者」は、両手で余るほどしかいないことになる。
これでは戦いにならない。
相手の突撃ラッパが鳴ったかと思うと、突然、巨大な馬たちが襲いかかってきて、2回通り抜けたと思ったら、あちこちで人が倒れてる。しかも倒れているのはたいてい、頼りになる小隊長ばかりだ。
とっさに「助けに行かねば」と考える余裕があったのは3段目以降の者達だ。
うがぁああ!
最前列の歩兵が接触した。
演習では「三位一体攻撃」を繰り返し教えられた。「近くの3人が塊になって敵1人を長い槍で叩きつぶせ」という戦法だ。ひたすら3人でチームを組んだら「叩け、叩け、叩け」と教えられてきた。
だが、実戦では、そもそも「近くの」を見つけて、話して組む時間も余裕も無い。
だって、よそ見をした瞬間、敵のヘンな形の槍というか、戦斧のようなものが上から叩きつけられてしまうのだから。
だから「3人でチームを組む」などと考える余裕なんてないまま、最前線となってしまった兵として、槍を適当に突き出すしかない。
次の瞬間「え?」という声とともに、自分の槍は相手の鈎になっている部分に絡め取られてしまう。
その勢いで、槍を取り落とせば、待っているのは戦斧となった相手の槍が頭上に落ちてくる瞬間だ。
多くの兵達は、何が起きたのかを考える暇も与えられず、次々と地面にキスすることになっていった。
・・・・・・・・・・・
ほんのわずか、時を遡る。
山に木霊する、敵の猛烈なかけ声が戦場を支配した。
こちらに向かってくる歩兵隊は、誰もが途轍もなく強そうだ。足並みを揃え、眼光が鋭い。持っているヘンな形の槍の穂先がビシッと並び、先端が震える幅すら揃って迫ってくる。
まるで、殺意を持った「巨大な壁」が迫ってくる気がする。
そこから「生えている」槍は、どれもが自分を狙っている気がした。
死が迫っている。
「ひぃいい」
兵の誰かが小さな悲鳴を上げた。いや、誰かではない。誰もが悲鳴を漏らしていた。
「恐れるな! 敵はごく少数だ」
「我らの方が圧倒的に多い。必ず我らが勝つ!」
そこかしこで、小隊長達が叱咤する。しかし、聞いている兵からすれば「最後に勝っても、オレが死んだら何にもなんないじゃん」としか思えない。なんだったら、戦なんて負けてもいいから、自分だけは生きて帰りたい。
その時、浮き足だった部下達を必死になって叱咤する若い小隊長が、少しだけ別の事を考えていた。
『負けは決まったようなもんだが、ウチで一番若いタゴ-・サクだけは生きて帰らせないとな。この戦いが終わったら、尻がデカくって、ソバカスのある、思いっきりイモで可愛い幼馴染みと結婚すると言ってたもんな』
小隊長には、ぜひとも嫁を紹介させてくださいと、タゴーがはにかんでいたのは昨日のことだ。
『ここにいるやつらは、戦いが終わった年末にチョーヘーの年季明けとして村に帰れるんだ』
束の間、タゴーの照れた結婚式姿を思い浮かべた小隊長、タロ・ヤマダの目には迫り来る騎馬の集団が目に入っている。
来る。
「うわぁあああ!」
まるで無人の野だった。
何のためらいも見せず、虫けらを踏み飛ばす以上の勢いで騎馬集団が目の前だった。
ふわり
胸に強い衝撃を受けた直後、世界が反転した。
気が付けば、タロは宙を舞っていた。自分が馬体突撃のヤリに突き上げられ、たかだかと飛ばされているのだと気付いたのは空中だった。
瞬時に「上から」の光景が、まるで動く絵画のように映っていた。
横に並んだ8番隊と12番隊の辺りに飛び込んできた騎馬軍団が、ヒトを塵芥のように跳ね飛ばしながら突っ込んでいく姿が見えた。
同時に、接触した歩兵達が、瞬時に削られていく姿が見えた。
それは「戦い」の姿ですらなく、ただひたすら「ゴミをモップで掃き飛ばしていく姿」に酷似した何かだった。
あるいは、タロが見たのは幻だったのかもしれない。
次の瞬間、大地に叩きつけられたのだから。
「隊長!!!!」
タゴーがしがみついてきた。
「にげ…… ろ」
この戦いは負けだ。最初から無理だったのだ。
音が消えた。
光が陰る。
『あっ、これは』
ヤリのように見える戦斧を振りかぶった敵兵が陽を遮ったのだと思った次の瞬間、振り下ろされる。
「ぐあぁ!」
即死を感じさせる断末魔の声。
しかし、それを吐いたのは自分では無い。
覆い被さったタゴーが微かに笑う顔を見たタロ。
かすれる意識の中で呟いた。
『バカ、ソバカスの彼女に、オレはなんて謝ればいいんだよ』
・・・・・・・・・・・
ミュートは、こういう時に便利だ。分かっていても、言語化してくれる。
「初撃、成功。完全にH入りました。予定通り左右に反転。E、削りを開始。Hの崩した6段までは、一気にいけます」
順調みたいだけど気になることが一つ。
さっきからE大隊長が、一番奥に突っ込んでるように見えるんだよね。
「ね? あれはさすがに」
この辺りは以心伝心。
「かしこまりました」
頭を下げたミュートの横に、Pの兵が二人。
「伝令!」
「はっ」
「ジョイナス殿に、下がれと。ショウ閣下が怒り狂っていると伝えよ!」
え? え? ちょっと、それは、あの……
「ジョイナス大隊長に、ショウ閣下のお怒りと『下がれ』を伝えます」
復唱すると同時に、出発してしまった。
「ミュート?」
「はい。閣下のお怒り、確かにお伝えしましたぞ!」
コイツ、確信犯でやがる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
会戦で起きる同時多発の全てを書くのは無理ですが、いくつか書いてみたいシーンを続けます。
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