第19話 会戦の始まり
リンデ川が向かって左。
右に子泣き山、中央のデカいのが男山、左側が女山。
それぞれの間にある河筋と山道がファミリア平原への出口となる
平原などと言っても決して広くない。
右側にそびえる山に踏み入れるのは至難。左がリンデ川。
そうなるとファミリア平原の南側は横が4キロ、縦は10キロ少々と言った場所になる。
いつか使った王立学園「野外演習場」のサイズに似ている。
そこに出てきた敵は、全部で4万ちょっとだった。となると輸送部隊や支援部隊の大半は山の中にいるんだろうな。
それにしても、敵の動きがとろい。
「ようやく並んだ感じだな」
まだ並び終わってないが、それを待っているほどお人好しでもない。適度に崩れた並び方をしてくれるのが、一番、オイシイのだから。
敵主力は目の前で隊列もどきの3万ちょっと。小隊単位で方陣を組んで、16個の横並び、それを縦深に組もうとして、8段目あたりから山裾に邪魔されてグダグダ、と言った感じに見える。
敵の指揮官が置いた「最前列」の位置取りが悪いんだ。まあ、そうさせたのは先に陣組をした我々だけどさ。
ついでに言えば、後方が山肌になるので、一度崩れると、逃げた兵はバラバラに山へ逃げ込むことになる。
あとで孤立しやすくなるんだよね~
右側のお団子さんは、方陣を諦めたらしい。なんとか30人ずつ段を作ろうとしているけど、隊列が曲がっているせいで、後ろがお互いに邪魔になる位置になる。
つまり、最初の対決は、敵の500人ほどの「一列目」でしかなくなった。
『コイツを崩して後ろに追い込めば、自動的に後ろの列は隊列が維持できないわけだ』
そんなことを考えた時に、横からミュートが「予備隊が見えませんね」と、首を捻ってる。
「予備隊にしたいのはあれだろうね」
オレは右側のお団子を指さした。
「え? 予備隊をあんな場所に?」
「連中の後ろは余裕がないからね」
おそらく、敵は予備隊を女山の横から出てきた部隊で当てるつもりだったはず。ところが、敵は狭い所で縦深に陣を構えてしまったから、後方の持ち場を山裾が邪魔をした。まさか山道に予備隊を置くなんてできないもんね。
ハッキリ言って、10分の一以下の敵に縦深に陣を組むのが間違いだよ。あるいは、それくらい、敵の司令官は味方の兵に信頼できないのかもしれないけどね。
ともかく、狭さと人数を考えてない陣構えを選択したってこと。
後ろには置く場所がないんだから、女山の間だから出てきた1万を「脇」に置いて予備隊として使うつもりなんだろう。
いや、それ悪手だからね? 予備隊を敵に晒す位置に置くなんてありえない。
でも、おそらく、それは向こうも分かってる。仕方がないんだよ。5万を配置するには狭すぎるんだよね?
密集するしかない上に、まともな隊列を作るスペースが持てなくて、予備隊が前戦のポジショニング。
およそ、数万の大軍がやって良い配置じゃないんだよ。後世の歴史家ってヤツは、この配置を知っちゃったら、きっと「悪い見本」として喜んで著作に載せるだろうなぁ。(3年後の王立学園の教科書に載りました)
そこで、ミュートが声を出した。
「正直、向こうの騎馬は厄介ですが、戦線に参加させなければ、どうと言うことはありません」
おそらく、周りに控える伝令に聞かせておくためだろう。ミュートは声を大きくしながらも、口調はいたって淡々と分析している。
「こちらの騎馬隊を避けて後ろに回り込もうとしても、至る所にあらかじめ鉄パイプが埋め込んで、閣下ご自慢の切れないロープの柵ができていて、誘導する形になっていますからね。後は罠にはまるだけでしょう」
歩兵ならまだしも騎乗のままでは絶対にこちらの後ろに入り込めないようになっている。しかも、何とかして抜け道を探して進むと、奥へ奥へと誘導されて戦場から離れた袋小路に追い込まれる罠だ。
たどり着いた場所には国軍歩兵弓隊が少数だけど配置済みとなる。
途轍もない「狩り場」になるだろう。弓隊のみなさんは、全体と離れた位置で、少し心細そうだけど、装備はチートだよ。
なにしろ、弓隊の弱点である「矢」はあらかじ配置したカゴに大量にあるからね。無制限の「打ち放題」だ。しかも最初の方に使う「矢」のシャフト(軸の部分)は、廃棄された大量の釣り竿から取ったカーボンファイバー製になってる。弦は、いろいろ試した結果、廃棄された光ファイバーに織り込まれた補強用の「アラミド繊維」を使ってる。
まだ、試作品の域を出ないけど、短弓でも、現代のアーチェリー並みの速度を出せることがわかってる。
平たく言えば、至近距離だと馬上鎧など意味がないってレベルになるわけで、弓隊のみなさんは「生涯スコア」が劇的に伸びるはずだよ。
そんなことを考えている間も、ミュートの解説は続いている。
「いったん袋小路に入ると抜けるのは難しいですなぁ。まあ、敵に天才がいて、騎兵に下馬させて歩兵として使うなんて奇策を考えなければの話ですがね」
チクリと声を尖らせつつ、クスクスと笑って見せるという奇妙な笑顔なのは、例のウチとP隊の演習で、煙幕を使って罠を張ったときのことを言っているのだろう。
その「罠にはめられる予定」の敵騎馬隊が左の河川敷から出てきた。
補助の兵を合わせても3千といった感じだった。
対する我らは、今や遅しの状態だ。
エレファント隊が3列で中央の前戦を付く。その左右を守るのがホース大隊。
本軍である迦楼羅隊が真ん中。ただし、中央のオレの周りにはピーコックのみなさんが引き締まった顔で馬を揃えてる。これはいつでもどこへでも伝令が何回でも出せるってこと。そして、彼らを小隊単位で予備隊として使えることも意味してる。
ウンチョーなんて、いつのまにか槍を使い慣れたものに持ち替えて、切り込み命令をワクワクと待ってる感じだよ。
そして、敵の騎馬隊には、ライオン隊があたる。元近衛騎士団だからって、なんとなく良いイメージがないんだけど、タエ達は本当に優秀だったし「たかだか10倍の敵」だ。敵の勢いを殺して、突撃の衝撃をいなす程度は期待していいはずだ。
すでに、全員が馬上槍を構え、突撃の構えだ。
本軍である我々の後ろには、ゴールズの旗とサスティナブル王国旗が同じ高さではためいている。二つの旗に挟まれて、一段高いポールが「信号旗」である。会戦においての、意思伝達として、もっとも基本となるものだ。
2本の対角線で4分され、黄・黒・赤・青の4色に染め分けられた旗がスルスルと掲げられた。
味方が、燃える戦意を孕んでどよめいた。
あらかじめ徹底してある「会戦旗」である。
前世では万国船舶信号法によって「Z」を意味する旗だ。
前の方から、やたらとデカい声が響いてきた。
「苦しい時こそ、この旗を思い出せ。この旗の後ろには何もない。我らこそが国の『剣』であり『盾』である」
そんな言葉だ。
すかさず
「「「「「我の後ろに、盾は無し! 我の前に、剣あり!」」」」」
一斉に一歩前。
ザッ!
背中に背負った小判型の盾の動きが鮮やかに揃って踏み出した。意思を込めて持つはハルバードが煌めいている。
わっ、カッコイイ。
すかさず、横並び3列となった歩兵隊の両サイドを固めるホース隊が、馬上槍を高く掲げて唱和した。
愛する人を守らん、我らゴールズなり!
愛する家族を守ろん、我らゴールズたり!
愛する仲間を助けん、我らはゴールズ!
うぉおおおおおお!
高く掲げた馬上槍を、グルグル振り回しながら、けれども、高まる戦意とは裏腹に冷静に突入のタイミングを見定めるように、ゆっくりと馬が歩み始める。
『あの口上って、トヴェルクっぽくないから、ノイルあたりの発案かな? でも、あれも、わりとカッコイイかも』
こういうノリを、前世では完全にバカにしていたオレだ。ところが、現実に「槍や剣を持っての戦場」に立ってみると、こうして声を揃えた迫力って、効果がデカいんだよね。仲間意識も上がるし、戦意そのものも底上げされる感じだ。
そして、目に見える形の士気は、逆に敵にとっては脅威となる。
『おぉ~ 動揺してるじゃん』
敵の後方にある「男山」から反響した声が敵の頭上から降りかかるように響くと、明らかに相手が浮き足立ってるもん。戦場慣れしてないって言うか、あの人達のかなりの人が、初陣じゃないの?
だとしたら、戦いにならないぞ、これ。
エルメス様に連れて行かれた初陣の恐怖は、まだありありと覚えてるよ。
密かに身震いしたオレの右の視界ギリギリに、細い人影が映った。
『アテナ』
それは、まるで『ボクがいるよ』と応援してくれるみたいだ。「恐怖の思い出」が頭をよぎったのに気付いたのかも。
ホント、オレのことを良く見てくれるよなぁ。
心を落ち着けて、敵を見渡す。
所々で、こちらに対抗して声を上げさせようとする指揮官がいた。自分達だけでも何とかしようと考える積極派の指揮官だ。もちろん、そういう「良い指揮官」は覚えておくよ。最初の突撃の優先目標だよ。
あ、ちゃんとノーパソとかリンゴあたりもチェックしてるじゃん。OK、しっかり狙っちゃってくださいね。
そこで、チラッとオレが視線を送ると目だけで「承知」と答えたムスフスは、迦楼羅隊の前に進み出た。
「いざ! ゴールズの諸君、王国の仲間達よ! 我ら、敵を殲滅せり!」
平原に「「「「「ヤー」」」」」という叫びがこだまして、再び男山に反射して返ってくる声に向かっていくように歩兵の前進速度が徐々に上がる。
会敵まで200メートル。3分の距離だ。
「ラッパぁ!」
♫タタラタ、タタタ、タタラタ、タタラ! ♪
♫タタラタ、タタタ、タタラタ、タタラ! ♪
高らかに繰り返される突撃ラッパ。
今まで出番の無さを嘆いて、うっぷんを溜めに溜めていた「ホース隊」が両脇から一気に突っ込んでいく。
ノーパソ・チャーリーが右、ノイルとリンゴが左、それぞれ時計の文字盤に見立てると4と8の位置から突入だ。
目標は敵の「優秀な小隊長」と歩兵のかく乱である。
……というのはセオリーだけど、会戦前にようやく並んだ感じになった陣形は、こちらのラッパが鳴らされた時点で勝手に乱れてる。
「両騎士団、対峙。接触します」
軍師・ミュートがすかさず報告してくる。よし、そっちはお任せだ。
シュメルガー、スコット両家の騎士団が子泣き山の間から出てきたお団子を回り込むように突撃を掛ける。
川沿いから来る敵の騎士団には、ライオン隊。
突き抜けてくる敵を想定して、国軍歩兵は一斉にハルバードを煌めかせて陣を組んでる。彼らの役目は「守備」だ。その分、ジュラルミンの大楯をたくさん配置してる。
左防衛線の横に組んだ柵の罠に流し込む形の「受け流し」を狙うよ。
そして中央の一段高いポールに、スルスルと次の旗があがる。
赤地にドイツ花文字の「
会戦中に掲げる「戦闘旗」と呼ばれる旗だ。これがある限り「親分はちゃんと見守っているよ。だから、戦え」という意味を胸にできる。
今までは、どっちかというとゲリラ戦に近い戦いばかりをしてきたから、この旗も初お目見え。
うーん、古代ローマの兜に羽根飾りが付いてたり、実用性重視のはずの西洋甲冑に文様が施されるのも、みんなこの流れ。
カッコ良くないと、戦いが盛り上がらないってやつなんだよね。
うぉおおおおおお!
味方と敵の怒声が山々に木霊しながら、ホース隊が突入。その後を追いかけるようにして、歩兵の接触が会戦の開始だったんだ。
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作者より
初めて、軍団同士の正面衝突する「会戦」を描いています。
ここで、思い出してほしいのが、武器の違いです。本文中にも書きましたが、生身で相手と打ち合うのって、すっごく怖いんですよね。銃は子どもでも「戦士」になれます。ベトナム戦争においてベトコン側の優秀な狙撃兵は軒並み女性だったとも言われてます。でも、刀と槍、弓は「筋肉正義」「トレーニングが勝負」の世界です。そして、そこに「精神論」が載るんです。試しに、みなさんが刀を持って敵に向かっていくと考えてみてください。相手が「ヨボヨボに見える爺ちゃんが刀を持っている」のと「身長2メートル、体重120キロの筋肉ダルマでスキンヘッドで、額に傷がある人間が金属の太っとい槍を振り回している」のと、どっちに向かっていきますか? ってことなんです。銃だったら、どっちでも同じですよね。
それや、これやで、刀と槍の世界では「士気」が、ものを言う部分でもあります。昭和の体育会みたいですねw
6月6日の近況ノートに「概念図」を開戦時のお付けしました。北が上です。
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