第24話 会戦・点描5 生死を分けるもの
ファミリア平原を広々と見渡せる場所に、十数人が肩を寄せ合うようにしていた。
一応、姿は隠してはいた。だが、ここまで登るには半日以上はかかる。万が一発見されても下が片付いた後に逃げれば十分に間に合うだろう。身を隠すのにもそこまで神経質ではなかった。むしろ、全景を見ることが優先だった。
あまりにも衝撃的な光景だ。
「ヤバい」
誰ともなく、そんな声が漏れる。
『いくら徴兵が弱いって言っても敵の20倍以上はいたはずだろ? しかも、小隊長クラスなら全部、軍の人間だ。それなのに、この壊滅ぶりなんてありえないだろ?』
ここは、男山の中腹に設けられた「軍監所」である。旧マトゥラー王国騎士であるルーク達がここにいるのは、戦いの状況を王に報告する役割を担っているからだ。
だが、ここまで悲惨な現実を見てしまうと、報告するしない以前の話となる。
全員が一様に青くなっていた。
自分の目で見ているというのに、起きていることが信じ難かった。
眼下の平原での戦いは、もはや一方的な蹂躙となっている。善戦しているのは川沿いの騎馬隊だけだが、圧倒的な兵力差があるのに「善戦」止まりなのが哀しいほど。しかも、かなりひいき目に見ても「やられているけど逃げ出してない」という程度だ。馬から打ち落とされる敵は見かけないのに、味方が次々と落馬している姿ばかりが目に付いてしまう。
敵本陣を突こうとしたはずの、分離した前半分が突貫した。それはいい。数の差を考えれば分離して本陣を襲うのはあってしかるべき行動となる。
しかし理由は不明だが、本陣に突撃したはずの騎馬隊は、逆にどんどん本陣から離れてしまっている。おそらく、ここからは見えない馬防のシカケがあるに違いない。
「相手の良いように踊らされているのかもな」
「だが歩兵よりはマシだぜ」
「あぁ、歩兵は逃げることばかり考えてるな」
こうして見ている間にも、女山の前に布陣した1万ほどは、ほぼ降伏同然となっている。次々と武器を投げ捨て手を挙げているのだ。
「確かにウチは弱いと思っていたけど」
思わず呟いた言葉を、元アルバトロス王国騎士団長のトーラクが「ここまで弱いとはな」と引き継いだ。
「だから、農民を無理やり兵にしてもダメだって言ったんだ」
「数は大事だけど、シロートがムダに多くてもなぁ」
「補給ばかりが大変になって、良いことが一つもなかったな」
「おい、下の連中、このままだと全面崩壊だぞ」
「撤退命令をいつ出すんだ? だが、タイミングが難しいところだな。撤退口が山道ということは、撤退命令が出た瞬間、八割方は逃げそびれる」
「オレ達ができるのは……」
「まだ、状況知らない連中に伝えないとだ」
「そうだな。すぐに逃がさないと。補給の連中はただでさえ足が遅いのに山道なんて最悪だ」
誰彼問わず出てくる文句にお互い頷きつつも、彼らは「観客」ではなくて「軍監」なのである。平原の部隊に余裕がないなら、せめて山中にいる補給部隊に指示を出すくらいはするべきだと気が付いたのだ。
そして、もう一つの気の進まない「仕事」があった。
「大至急、王宮に報告を届けないとだぞ」
「王は、これを聞いて、さぞ荒れ狂うんだろうな」
誰かの言葉に、全員が暗い目をした。
「クルシュナ王は、確かに賢王でいらっしゃるのだが」
新王となったクルシュナは、気さくで親しみやすい性格だ。普段なら冗談も通じるし、ちょっとした仕事を見かけると、ホイホイと自分から手伝ってしまうくらい庶民的な感覚を持っている。実際、ついこの間も掃除をするメイド達に混じって花瓶を運んでいた姿を見かけている。
さすがに、それはと止めた者がいたら、ニヤリと笑って花瓶から鳩が飛び出してきてビックリ。メイド達がヤンヤの喝采をしたら、それで上機嫌になっていた。
こうした不思議な魔法まで使える王の人気は非常に高い。
人気取りの行動と言うだけではなく、メイドや侍従達の待遇にも気を配り、相手の身分を問わず、配下の進言を聞き入れる度量をたびたび見せる。
その意味では、実に物わかりの良い素晴らしい王だといえるだろう。
しかしながら、自分の考えた計画が上手く行かないとひどく癇癪を起こすことがあるのだ。
今回は、クルシュナ王の肝いりとなる「徴兵」を使った侵攻計画だ。しかも、サスティナブル王国の内紛という絶妙のタイミングで国土をかすめ取りに行くと言う作戦を気に入って決めたことだ。
作戦会議においては、何度も反対され、特に「徴兵」された軍の有効性に疑問を呈する将軍が相次ぎ、悲観的な結論を多くの士官達が並べ立てた。しかし、否定されればされるほど、意固地になったかのように自ら地図に兵力や侵攻路を書き込むほどにのめり込んで推してきたのだ。
しかも「戦いは数が全てだ」をモットーとするだけに、サスティナブル王国が出してくる推定の10倍の兵を送り込む計画を立て、実際に、商人達から戦費もかき集めて見せたのだ。
これなら成功間違いなしだろうと、あまりにも胸を張ったため、軍の首脳陣もとうとう妥協した計画だ。
だが、眼下の平原に起きている状態は、当初の予測通り…… いや予想以上に完璧な負け戦だ。
平たく言えばクルシュナ王の「メンツ丸つぶれ」状態である。こういう時に八つ当たり的に癇癪を起こして、下々を粛正したことなんて何度見たことかわからない。
今回の「報告者」は、それに当てられる可能性が高いのだ。
その一方で、戦いの趨勢を見ている者として、なさねばならぬことがある。
「何とかして撤退させてやらないと。我々の責務は重大だぞ」
山中に隠れる補給部隊は、今の状況がわからないはずだ。早く、誰かが伝えなければならない。司令部が平原で取り囲まれてしまっている以上、補給部隊に撤退命令を出せるのは、今のところ、この軍監所にいる士官達だけだった。
「手分けして、だな……」
この場合、山中の数カ所に散らばる補給部隊に撤収命令を持っていく大多数と、王の下へ「最悪の報告」を持っていく外れクジの少数、ということになるだろう。
軍監の指揮官であるトーラクは当然のこととして、後一人は必要だ。
自然と全員の目が「元マトゥラー王国騎士」という出自であるルークに集まる。
まだ少年の頃からの関係があるだけに、クルシュナの信頼は厚かった。
「はぁ~ 分かった。オレが行くよ.少なくともオレなら殺されるまではないだろう」
いかに癇癪を起こしても、殺される確率は1割以下だと思いたいルークだ。
こうして、軍監の指揮官である元アルバトロス王国騎士団長のトーラクとルークの二人が「外れクジ」を引くことになったのである。
『良いお方なんだけどな。逆風に遭うととたんに荒れるのだけは……』
他の者は一様に申し訳なさそうな顔をした。
「すまん。恩に着る」
「ありがとう」
「申し訳ない」
「助かる。この通りだ」
口々に礼を言う顔が、明らかにホッとしている。
「では、補給部隊に撤収を急ぐように伝えてくれ。おそらく、明日の朝には追撃部隊が差し向けられるに違いないからな」
それは、この地に残る人員がトーラクから聞いた最後の命令だった。
皆から感謝されつつ、トーラクとルークは、5人の兵を供に指名すると、すぐに出発した。悪い知らせほど早く届けるというのが軍の掟だからだ。
一方で、残された面々も補給部隊に指示を出すために山中にいかなければならない。
すぐに軍監所を畳むと、手分けして山中に作った秘密の補給所へと向かった。
結果的に、これが生死を分けたのである。
ルークとトーラクは、クルシュナの癇癪をなだめるために必死に頑張った。急行軍ゆえに、それなりに大変だったが、記録的な敗戦とあれば「その後」を考える必要がある。実務が押し寄せてくるだけに助かった面もあった。
しかし、国王の下に真っ直ぐ向かった7人を除き、軍監所にいた兵は誰一人として帰還しなかったのである。
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作者より
捕虜の食べる食糧の大半は、彼ら自身が用意した補給物資を転用しました。約1カ月分の「軍用スペック」の食糧だけに、一人当たりの配給を減らすことで、数ヶ月後の「捕虜引き渡し交渉」の成立を待つことが可能になったのです。こちらの世界では「捕虜は奴隷扱いが普通」なので、待遇としては悪くないというよりも、かなり上等です。トライドン家の監督の下、王都からの道路工事に使われた程度ですから労働力として使われたとしても「酷使」とはほど遠い状況でした。むしろ、捕虜達は緩い扱いをしてくることに感謝すら生まれたほど。ショウ君からは「未来の王国民だから、絶対にひどい扱いをしないこと」という厳命が出ていました。
捕虜の話は、また後ほど出てきます。
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