第17話 南の山岳地帯

 ずいぶん日が延びたとは言え、山陰やまかげに陽が入ってからは急速に闇が支配する。


 今の月は新月から細く顔を出したところだ。山行の明かりとしては不足する。ギリギリの時間まで夕暮れの道を急いで、山中の野営までに距離を稼ごうとしていた。


 そろそろ頃合いかも。


「親分、このあたりで?」

「わかった。停止」


 ちょうどよく、馬たちを繋げそうな場所だった。


「ぜんたーい、止まれ! 野営だ」


 オレの承諾を受けてツェーンが命じた。よほどの場合以外は、ツェーンの提案を受け入れるのが吉。


 下馬して手綱を渡した瞬間、樹間の闇から気配がした。


 とっさに戦闘態勢を取りかけたところに「お待ちしておりました」と低い声。

 

 巨体が闇から現れた。


「ウンチョーか」


 ちょーびびった~


 世界観が変わっちゃうけど、登場の仕方とシルエットだけで見たら、ラノベに出てくる「魔物オーガ」そのものだよ。


 まだドキドキしているけど、態度に出しちゃダメだと自分に言い聞かせる。声が震えないようにしてっと。


「中隊長自ら出迎えとは、重畳ちょうじょう

「そろそろだろうと思いまして。いくつかの隊を出しておきました。ここで我が隊がお会いできたのは、持って生まれたそれがしの運というものですな」


 何でで待ち構えているんだよ、と突っ込みたいところだ。


 口ぶりでは、オレを出迎えるためにいくつかの隊をバラ撒いたみたいなことを言ってるけど、これは運と言うよりもウンチョーの「読み」であることは明白だ。


 地形と道のり、馬と人の能力、何よりも「何をオレが見ようとしているのか」を頭に入れて予想したんだろう。


 猛烈に急いで来たのは確かだけど、この道は最短距離ではない。むしろ地形を読み取るために、かなりの大回りをしてきたのだ。


 オレの思考をそっくり読み取られたようで、驚かされる。この人、頭も抜群に良いんだよね。


 ウンチョーは、ゆっくりと樹の間から近寄りつつ、いくつものハンドサインを送っている。その気になって初めて分かるほどに微かな気配が素早く、かつ音も無く広がっていく。


 おそらく10人ほどはいるはずだ。


「周辺の警戒はお任せください」


 そう言ったかと思うと、右手を耳の辺りにもっていって、クルクルと動かした。


 小さな鳥の声。


 ガサ、ガサ、ガサ、ガサ


 そこかしこで枝が動いた。


『鳥笛の合図で「所在」を教えてくれたってことか』


 さっきまでは枝が揺れるところすら見えなかった。わざと動かしてくれて、初めて存在を認識できたわけだ。おそらくオレに安心させるためだろう。でも、こんなに大勢が潜んでいたなんて知らなかったよ。


『これって、もしも敵だったら、完全に取り囲まれていたってことだよね? オレ達、全滅してたんじゃね?』


 自分が要求してきた訓練レベルだけど、いざ、それを目の前にしちゃうとゾーっとした。


 ピーコックのが夜の山中で敵に回ったら、中隊どころか大隊レベル千人以上でも壊滅させられちゃいそうだ。


「周囲の警護はお任せを。報告をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「うん。ちょっと待ってね」


 地図がなければ不可能だけど、夜闇の火は目立つ。ロウソクの明かりレベルでも隣の山から見えてしまうものだ。


 幸い今日の分のMPは、まだ全残ししてある。


「出でよ、旧校舎の遮光カーテン!」


 びよょよ~ん。


 オレのいた大学では、まだ性能の悪いプロジェクターがあった。さすがに、それを使うのはお年を召した教授ばかりだったが、彼らは、新しいプロジェクターの操作を覚えようとしなかった。で、光量が足りないから「遮光カーテン」で昼間の日差しを遮る必要があったんだ。


 でも、結局、新校舎が建つと全てが一新されてしまった。あの時、ちょっとモヤっとしたのは「いや、新しい機械は操作が楽でいいねぇ~」と目を細めていた老教授達を見た時だ。


 使えるじゃんw


 おそらく、新しい操作を覚えるのが面倒だっただけなのだろう。


 ともかく、周りの樹にテグスを渡して、次々とカーテンを掛ける。簡易テントの完成だ。


 内側も黒いから、反射光もほとんど出ない。


 ランプを二つ灯して、早速地図を広げた。あ、ただし、夜目を犠牲にすることになるんでアテナはカーテンの外だ。


 狭い所にむさいオッサンと二人っきり。嬉しくないけど仕方ない。


「兵力は?」

「5万は下らないかと思われます。隊列の続くはるか先までは把握できませんでしたが、山々を埋め尽くすかのごとき軍勢ですな。ただし、練度は低いようです。新兵が多く、我が国の騎士クラス並みに槍が使えそうな者は小隊長あたりになっているようです」


 山岳地帯に入る前に「強行偵察」をしてもらっていた。練度の高い5万だと厄介だが、ベテランの兵士をバラ撒いてくれている状態だとありがたい。


 徴兵制というやり方で兵を増やしているなら、後者だろうなと予想をしたのだけど、正しかったらしい。


「すくなくとも歩兵部隊は、さほどでも。さすがに騎馬隊はそれなりの練度ですな。中規模な貴族家騎士団程度だと思われます」


 あ~ ウチの騎士団オレンジ領くらいね。つまり、侮ると怪我をする、と。


「迂回部隊はありそう?」

「我々が最初に捕捉したのは平野部でしたが、すくなくとも、この5日間に分離した部隊はないです。したがって、トライドン家の南端にあるこの山岳地帯を合戦中に回り込めるような部隊は存在しません」


 大回りしたら、10日間はかかるもんね。作戦的にも危うすぎて出せないだろうな。とりあえず、そこは予定通り。


「となると、後は海周りだけか」

「やはり、彼らが領土狙いであるのと、兵の多さを見る限り、ですね」

「よかった」


 ウンチョーが走り回って感じた「皮膚感覚」は、オレの予想を保証してくれた。


 実は「海からは来ない」ということだけは賭けだった。


 もちろん、理屈はある。


 西隣のスコット領の海岸線は遠浅の砂浜だ。サウザンド連合王国の…… あ、いや、シーランダー王国だったっけ。かの国の船は、あくまでも港と港を効率よく運ぶ船ばかりだから喫水が深い。そのため遠浅の砂浜に乗り付けるのを苦手にしているのは掴んであった。過去の侵攻でも「上陸戦」を仕掛けてきたことはないというのはニアが王宮の歴史資料室で調べ上げてくれたこと。


 いっそ500キロ離れたカルビン家の南岸に行けば良港もあるけど、彼らの狙いは「サスティナブル王国の壊滅」ではなくて、領土を一ミリでも我が物とすることだ。わざわざ大量の人員を船で遠くまで運んで上陸戦をするメリットはまったくない。


 よって、彼らは陸路を北上するというのが作戦の前提だった。


 作戦を立てた以上、敵が予想通りにやってきた時点で半ば勝利が決まったようなもの……と言ったら、言い過ぎか。


 逆に「外していたら大敗北」だったというのは、本当のところだ。


 冷や汗をかいたけど、どうやら予想は的中した。


 ヨシッ! どうやら敵にはオレとがいるっぽいけど、裏をかくタイプではないんだろうな。大変、良い傾向だよ。


 歴史的に見れば、敵は毎回、はかったように陸路を北上してくる。あの 「婚約者内戦」の時の大敗北でも、この山岳地帯で防衛に成功したのだ。


 それ以来、たまに起きる小規模な侵攻に、トライドン家はこの山岳地帯で防衛するのが定石中の定石だった。


 当然、自然の要害を使った縦深陣地にして、少しずつ減らす作戦だ。


 ともかく、彼らは予想通りにやってきた。兵力も、こちらの予想を上回ってない。


 今回は、それを早く確かめたくっての強行軍だったわけで、その意味でウンチョーが山の中でオレをキャッチしてくれたのは本当に幸いだった。


「よかったよ。今回は、海からはないってことを確かめるのと、敵が10万を超えないっていうのを早く確かめたかったからね。偵察、ご苦労だった」

「ありがたきお言葉」

 

 ウンチョーは、何かを言いたそうだ。


「ん? どうぞ、言ってみてください」

「我々にご命令いただければ、山中で1万は減らせますが」


 明らかにウズウズしていた。命令してくれと全身で訴えてる感じだ。


「う~ん、魅力的な案だけど、今回はダメかなぁ。あの国は、徴兵制を使える国だからね」

「ちょーへいせい?」

「無制限に兵を増やす手法っていうのかな。禁断の味を覚えちゃったからね。今回、下手にだけだと、すぐに息を吹き返してくることになると、また面倒でしょ?」

「一万を減らしただけでは問題があると?」


 ふふふっと、笑って誤魔化す。


「あ、でも、ピーコックのみなさんには期待しているよ。最後に『決め』に行く時は、頼ることになると思うので。よろしくね」


 ウンチョーは、残念そうな表情を隠さない。そのくせ「何をやるんです?」って感じで、黒目をキラキラさせていたんだ。


 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

ゴールズの各大隊は200人程度(エレファント大隊は歩兵が400人)なので、シュメルガー、スコット家騎士団(歩兵を含む)を合わせても超少ないです。ゴールズが合計1200とちょっと。両家騎士団が歩兵を入れても1000とちょっと。ゴールズ設立当初は10倍を相手にかき回せるというのが目標でしたが……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  


 

 

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