第15話 クラ城

 マイセンとアンスバッハに後の対応をどうにか任せられるようになり、ショウが南へと向かったのは、既に6月下旬になっていた。


 途中、国軍歩兵が要塞化した「城」に寄り道した。いろいろと確認しなければならなかったからだ。


 だか、詳しく調べるまでもなく、現場は上手く回っているのがわかった。空気感が、極めて良いのだ。


「けっこう、充実させてくれましたね」

「どうにかこうにか形になりました」


 テノールは謙遜するが、城作りを実に良くやっていた。専門家の知恵を借りたとは言え、堀も二重に切って、足場を利用した3重の壁を造り、落とし穴や鉄条網を使って「削り」も考えてある城になっている。丘の形も考えれば、なかなかに攻めにくいだろう。


「3万人が相手でも、十分に半年支えて見せますよ」


 胸を張ってる。


『テノール様は実に素晴らしい人材だよ』


 城作りも破綻ないし。余った人員をフルに使って、カインザー領からの「高速道路」の整備もしっかり行っている抜け目のなさ。本国との連携で備蓄すべき食糧や武器も溜めに溜めている。


 まだ、ガバイヤ王国からの妨害も入ってないし、道が整備できているので補給は万全と言えるだろう。


 ショウは、根本的なことを聞いてみた。


「ところで、この城の名前は?」

「えっと、それは閣下がお付けになるものだとばかり思っておりました。我々は単純に『基地』と呼んでおりますが」 

「じゃ、西は地名でヨク城ってつけたし、ここも地名で良いかな? えっと、この辺りの地名って確かラクだっけ。ラク城…… う~ん、ちょっと不味いね」


 さすがに「落城」って名前は不味い。あ、だから、オレが言い出すまで名前を付けなかったのかな?


 苦笑いを返してくるテノールは、オレの考えたことを察したらしい。だけど何も言わないのは、人柄も良いってことだ。


「じゃあ、ラクを反対にしてクラ城でどうかな? この城にはね、大量の食糧を運んでくるんで、倉庫って言う意味の『蔵』でもある」

「クラ城! それは良さそうですね。なんだか、懐が豊かになりそうです」

「ただ、物資の運び込みを、今後は北からも受けられるような道路整備を頼むよ。シュモーラー家の飛び地から大量に運べるようにね」

「北からですか?」


 怪訝な顔をするテノールに、ショウは嬉しさを感じた。


 確かに飛び地は豊かな地味を持っているが、そこは前戦となりうる国境地帯でもある。敵の鼻先をかすめるような補給路を作って食糧を運び入れるのは、普通なら下策であった。


 だから、たとえ「ショウ閣下の言ったこと」であっても、ちゃんと怪訝な顔をするテノールは、実に真面目で優秀な証拠なのである。


『わぁ~ ヘンな命令には唯々諾々として従わないって人材はホントに貴重品だよね。お姉ちゃんバネッサは、ホントに良い兄弟を持ってくれた』


 ショウは、そこで説明してみせる。


「あ、えっと、本当に運んでくる必要はないんだ。ただ『北から大量に運んだんだな』って思わせられるように工夫してほしい」

「あ! だから、ここの城も、わざわざ「蔵」と付けて『ここに食糧がありますよ』と敵に喧伝する…… となると、今年の冬は、だいぶ忙しいことになるかもしれませんね」


 ニヤリ。


 想定する籠城戦を分かってくれたらしい。


「一応、最大6万を1年支えるって思っていただけますか?」


 守兵の5倍が籠城戦の限度と言うのは、当然、テノールも知っているだけに、一瞬、目を剥いたが「わかりました。1年であろうと、来年の夏までであろうと、必ず持ちこたえて見せます」


『さすがぁ! 無茶振りなのに、それはあえて受け入れて。しかも、返事に、ちゃんと「来年の夏」って言葉を入れただけでも、優秀さが丸わかりだよ!』


 既に、今年の「ヒドリの夏」の話は伝えてある。だからこそ、ガバイヤ王国でが始まると、この城の価値が激減してしまうのだと、テノールはよく理解していたのだ。もしも、ここの食糧に価値を見いださなければ、最悪、ここに押さえ兵を置くだけで、カインザー領に向かうことだってあり得るのだ。


 テノールは、その想定もしてあるということを「夏」という一言を混ぜて返すだけで伝えて見せたのである。


 そして、右斜め上の宙を睨んで呼吸を三つ。


「しかし、それだと、少々備蓄が足りなさそうです。それに東への付け城(連携して守るための支城のこと)も二つほど必要かも知れませんね」とにこやかだ。


「大変だけど、お願いしていいですか?」

「もちろんです。というよりも、閣下、ここはぜひとも『見事に果たして見せろ』と」


 付け城2つで、備蓄食糧を狙ってくる6倍の敵という困難を前にして、テノールの表情は爽やかだった。


「故国のため、お力を存分に発揮されますよう」

「ありがたく」


 恭しく軍隊式の敬礼を返す表情を見て、ショウは慌てた。


「あの、絶対に死なないでくださいね! この城には、そこまでの価値はないので」

「いえいえ。死守してご覧に入れます」

「むしろ、いざとなったら降伏してくれちゃっても構わないから。その時は「倉庫を焼き払え、ですね?」あ、うん、その通り」


 いや~ 子どもの頃はけっこう優しく遊んでもらった記憶しかないのに、こんなに優秀だったなんて。


 テノールは「お言葉はありがたく頂戴いたしますが、必ず生きて、最後までお役目を果たしてごらんに入れます」と頭を下げた。


「それと、ウチらの狙いは、ガバイヤ王国が動けなくなってくれることなんだ。だから、あちらの宮殿があるカイの『喉に刺さった骨』になってくれるのが最高ってことは覚えといて」


 ちゃんとした人材には、細かい指示よりも、こっちの「目的とか配慮してほしいこと」を教えておいて、工夫してもらう方が効率的だろうというのは、ショウの目論見である。


「かしこまりました。こうして、認めていただけること、何よりも嬉しいです。では、くれぐれも南よりお戻りになる日をお待ちしております」

「ありがとう」


 最後の言葉にちょっとだけ引っかかったけど、ま、気のせいだろうと思うことにして、いよいよ「第一関門」へと向かったのであった。


・・・・・・・・・・・



 ガバイヤ王国の商業大臣・ムスベはホクホクである。


 7月に入って、突然、北部を中心に経済が活性化したのだ。農産物を扱う商人達が大喜びだ。次々と南から買い付けて北へと送り込んでいる。


 昨年が豊作だっただけに、貯蔵の利くイモの類いは、南部の農業地帯には、まだまだたっぷりと残されている。今年は気温が上がってこないために収穫が遅れそうだが、せいぜい1ヶ月といったところだろう。税収さえ上がれば、いざとなったら民にカネを貸し付けることだってできる。


 むしろ、北部で農作物が3倍の値をつけたというのだから、王国全体で、どれだけの金が動くか楽しみで仕方なかった。これなら、商人を通じて、最近、サスティナブル王国から回ってくるガラスビンやアルミサッシと呼ばれる贅沢品も手に入れられるようになるかもしれない。


 実際、主に農産物を扱う商人達は、儲けた金で次々と輸送用の馬車や船を買い換え、輸送にかかる人員を雇いいれている。


 回り回って王国全体の経済が活性化して、商業大臣になって10年の経験になるが、今年は最高の税収になるのは、取らぬ狸の皮算用どころの話ではない。ほぼ確実なのである。


 一方で、滅西将軍・サルードと鎮西将軍・コーエンの二人からの情報がもたらされた軍務大臣・リマオは、困惑していた。


「カイの西に城だと? 我々が、西に攻めていくと思っているというわけなのか? どう思う?」


 将軍達は、既に「北」への侵略戦争の準備に忙しくなっている。今さら「ヤーメタ」とは言いたくないが、王都から西に400キロの地点に城があるというのは、いかにも不味い。


 王都の喉元に匕首でも突きつけられた感じだ。


「ひょっとしたら、我々の攻勢に向かう動きが読まれ、いくぶん誤解している可能性があるのでは?」


 サルードは、兵の訓練に明け暮れている分だけ、その動きを敵の草に読み取られている可能性を考えたのだ。


「もしも、そうであるなら、むしろそれを利用するのも手ですな。西に向かうと見せかけて、一気に北を落とせるかもしれませんぞ。もともと、400キロを大軍で超えてくるのには、無理がありますからな。王都に攻め込むつもりなら、後2つは中継する基地が必要なはずです。おそらく、守りのための城でしょう。それほど気にする必要はないと思います」


 コーエンは、優れた将軍にありがちな「攻勢派」である。どんな情勢も前向きに捉えてしまうのだ。


「ふむ。確かに、敵の読み違いを利用するのは古来、賢い戦術ではある。よし、わかった。幸い、守銭奴ムスベのヤツも、このところホクホク顔でな。戦費は、それほど惜しまぬだろう。では、予定通り、秋の侵攻というセンで御前会議に諮るとしよう。お主達も説明に控えるんだぞ」

「御意」


 かくして、ガバイヤ王国の定例御前会議は、ホクホク顔と隠れホクホク顔が、険しい表情を作り合って始まったのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 人間って金が大量に入ってくると「何でも買えちゃう」って錯覚をしやすいんですよね。しかも、この段階だと「去年の備蓄」がどこの農家でも残っていて、収穫までに食べてしまいたいという気持ちが出てきます。ただし、夏が過ぎた頃に作物の育ち具合を見ている農家も、同じ気持ちになれるかどうかは別の話ですが。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

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