第14話 ゴールド大作戦
領館の大会議室には、相当に無理して集まったと思える当主達。人数は30人を超えていた。貴族ではあっても、騎士爵辺りだと経済的に豊かな家はほとんど無い。それが急遽集められたのだから、たった5日でよくこれだけ集まったものだろう。
それでも、こういう時に備えた「浴室」で最低限の身なりを整えた当主達が、一堂に会している。
テーブルにはオレの提供したオレンジジュースと紅茶が自由に飲めるようになっており、それぞれにガトーショコラが提供されていたはずだが、すでに全員、食べていた。
これは「お待ちいただく間に召し上がっていただきたい」とメイド達に言わせてあるからだ。通常の場合だと、何も言われなくても待つのが常識だし、食べてしまう貴族はいない。
異例づくしの集まりだからこそ、こうして「甘いもの」が与える安らぎ効果は大きいのだ。
食べたことのない「甘味」が饗されたおかげで「悪い方」へと考えが行きにくいようにという作戦は成功したらしく、居並ぶ顔に、そこまでの強い緊張はなかった。
むしろ「困惑」だろう。
会議室の正面には、サスティナブル王国の旗と、シュモーラー家飛び地の旗印としての雲雀の旗が掲げられているのは慣例通り。彼らの困惑があるは、二つの旗を付き従える形の真ん中に「ゴールズ」の旗があることだろう。
二伯の後から「真打ち登場」的にオレが登場し、正規の隊服、マント姿のツェーン達ゴールズの隊員が6人。アテナは、こういう時のための戦闘ドレス姿でオレに寄り添う。
声なき小さなざわめきが起きたのはアテナの美貌を見たからだろう。えっと、腰に佩いている剣のせいじゃないよね?
まずは、マイセン伯爵が正面に立つ。
「おのおの方、急な知らせにもかかわらず、よくお集まりいただいたことに感謝する。さて、永遠なる栄光を掲げし、その偉大なるサスティナブル王国においては、英傑にして慈悲深き国王陛下が奇跡のご回復を見せ」
と、先日の「奇跡の復活」を遂げた国王についての賛美から始まり、きちんとシュモーラー本家への賛美にも時間を使った挨拶は「公式」通りの形だった。
それに対する不審な顔をした当主はいなかったから、どうやら「ノース自治領」は、本当に一部の暴走であったか、それとも「ノース自治領の旗印」が掲げられてないことで、夢が潰えたことを全員が素早く察した結果なのか。それについてはわからない。
とりあえず、居並ぶ当主達に反発も不信も見えない点は「まずまず」としておこう。
マイセン伯爵が、ひとわたり貴族式の挨拶をした後半、歯が浮くような美辞麗句を並べながらオレを紹介した。
どうやらオレは「開国以来の英傑であり、サスティナブル王国に未知の繁栄をもたらす英雄で、まだ若いながらアマンダ王国をゴールズという極少数でしかない独立軍で降伏させた麒麟児とも言うべき存在」ということらしい。
ここはオレから話すべきところだ。
「初めて顔を合わせる方もあるかもしれない。永遠なる繁栄を持続し、偉大なる光に包まれるサスティナブル王国において、国王陛下より代理を務めるようにと任じられたゴールズ首領のショウである」
マイセン伯からの紹介でも名乗りでも、家名どころか爵位までもが省略された上に、謎の「ゴールズ首領」なんて肩書きをもった人間が国王代理。
微妙な困惑をみせるオッサン達。(笑) まあ、ふつうはそうだよね。
でも、話はここからが本番だ。
「端的に言おう。ブラウニーなる者は私利私欲を満たすため家宰の立場を利用して諸卿を騙し私腹を肥やしておった。よって、国王代理の名において私が断じた。以後、この地は、皆の努力が報われる場所となるので安心するがいい」
いや、全然、安心できないよね。静かなざわめきが広がった。
「業突く張りの家宰のせいで天がお怒りになった。いっこうに天候が上向かないのは諸卿が心配していることだろう。このままでは、今年の収穫が大変なことになるのは明らかである。おそらく平年の半分も取れれば上出来と思える。諸家におかれては、備えは万全であろうか?」
今度はハッキリとしたざわめきと絶望の表情が広がった。
6月だというのに暖炉仕舞いもできないことで、薄々、悪い予想をしていたはずだから、オレの言葉を「ウソだ」と否定できないのだ。むしろ、実感に沿った「あり得る絶望」だろう。
「しかも、まだまだ悪い予想がある」
シーンと静まりかえった。
「国境に近い家であれば気付いているかもしれない。ガバイヤ王国は本領へ侵攻してくるぞ。今のところ敵は5万を動員すると読んでいる」
ザワザワ
今度はハッキリとしたざわめきとなる。
「みなの者、絶望する必要などない。永遠なる栄光を備えるサスティナブル王国は決して諸君を見捨てはしない」
全員の目が食いつくように見てきた。そりゃ、自家の存亡に関わることだ。真剣にもなる。オレを見る目つきが「自分の家の子どもと同じ年の若者」を見る目ではなく、うろんげな表情でもなく、すがりつく顔になっていた。
よし、掴んだ。
「作戦を授けよう。戦をするためには何が必要か?」
オレはアンスバッハ伯爵に話を振る。
「兵です。敵よりも多く、練度が高く、そして国を守る気概に燃えた兵です」
「ふむ。それは道理ではある。では、具体的に尋ねよう。もしも10万の理想的な兵だけを与えられたら、そなたは勝利できるのか?」
「兵だけというのは、いささか不思議な仮定ではございますが、食糧と水、武器は必要になります」
「ありがとう。十分な答えだ」
オレは笑顔で人々を見回した。
「勇将、アンスバッハ伯爵をして、勝つためには食糧が必要だと言わしめた。もしも、食糧がなければ?」
「戦えません」
「よろしい。理想的な答えだ。諸君、だからこそ、ガバイヤ王国は秋に侵攻してくると読めるわけだ。では、もしも余分な食糧がなければどうなる?」
ここで、さっきの「今年の秋は平年の半分以下の収穫だ」という言葉が自動的に蘇るわけだ。
オレはニヤリと笑って「勝利は金で買えということだ」と伝えてからマイセン伯に説明を交代した。
「本国の予想では、今年の夏は寒い。作物の取れ高も低くなるのは、先ほどおっしゃった通りだ。その兆候は既に出ていて、疑う方はいらっしゃらないと思う」
それぞれがお互いの顔を盗み見るようにしながら頷いている。
「そこで、現在ガバイヤ王国に保存されている食糧を片っ端から買い占める。諸君は相場の2倍、後半は3倍になっても良い。さいごは何十倍にもなるかもしれない。だが買いあされ。片っ端から伝手をたどって食糧を買いまくるのだ」
ザワザワ
おそらく、言葉だけでは信じてなかったのだろうというよりも「買えと簡単に言われても、先立つ
「安心したまえ。今からショウ閣下から渡されるモノがある。順に取りに来ていただきたい」
マイセン伯爵がすかさず男爵家から順に名前を呼び、革の小袋を順に渡していった。さすがにその場で中を見るようなマネをするお下品な貴族はいない。
だからこそ、マイセンが「中を改めて欲しい」と声をかけると、いっせいに驚きのため息があっちでもこっちでも。
「ご覧の通りツブ
そこで再び、オレが立ち上がった。
「カネはいくらかかっても構わない。その金は必要なだけ使え。返してもらう必要はない」
驚きの声があっちこちであがった。
そりゃそうだ。小袋に入っているのは「金のツブ」だ。おそらく、この世界の農作物に対する購買能力で言えば、十億、いや数十億は下らない。今日集まってもらった男爵家や、騎士爵あたりであれば、生涯見ることはないほどの金額となるだろう。
中身を見た当主達は、再び革袋を持って重さを確かめ、今度は、袋の底の部分までツブ金が詰まっていることを確かめて、息を呑んだ。
仰天、と言う言葉が部屋を支配した。
「これを返さなくていいい?」
誰かが、思わず声を上げた。
「そう、その通り。それはこの地で苦労をしてきたみなさんへ、サスティナブル王国からの援助であり、こたびの侵攻に対する援軍でもある」
ギョッとした表情でオレの顔を全員が見つめている。
「その金は使い切っていただこう。むしろ残さずに使った者を優秀だと認める。ただし」
そこで言葉を切って、一同を見渡す。
「くれぐれも言っておく。このゴールドでガバイヤ王国の食糧以外のモノを買ったと判断したときは、あるいは、後年を考え、我が物として蓄えようとした者は国家反逆罪として一族を抹殺する」
ザワザワ
「もちろん、輸送のための経費や、場合によっては商人を通じてワイロを渡す場合もあろう。そういうことに使ってくれるのは全然構わない。むしろ足りなければ、言ってきてほしい。どんどん渡そう。大事なのは、これが我が国の戦争なのだと信じて行うことだ。諸君、戦え。ガバイヤ王国の食糧を全て買い尽くせ。それこそが闘いの全てだ」
そこですっくと立ち上がったアンスバッハ伯爵は「ショウ閣下、万歳!」と叫んだのは打ち合わせ外。
すぐさま全員が立ち上がって「万歳」を唱えられた。
目の前でされている本人は、いたたまれなくなった件w
・・・・・・・・・・・
会議の前に行われた二伯との打ち合わせ。
「このような大胆なことは、思いもよりませんでした。しかし、このカネはどこから?」
「あぁ、これは、いざというときのために王国が蓄えていたものだ。こういう時のために使わずに、いつ使うのだと国王代理の権限で運んできたのだよ」
「さすがですな。皆を安心させることができる上に、ガバイヤ王国への強烈な打撃を与えられます。長年蓄えてきたであろう貴重な金を、よくぞ提供してくださった。感謝してもしきれません。しかも、食糧を買うのであれば、領民達も助かります。何よりも戦と違って死者がでません。人の少ないこの地において、なんという素晴らしい作戦をお考えになったか。さすが王国の至宝といわれたショウ閣下でいらっしゃる」
そこにアンスバッハ伯が「最終的に、食糧がなくなったガバイヤ王国が襲ってきたとしても、誘い込んで徹底的に叩く持久作戦が取れますからな。相手が5万を10万にしたとしても、これなら負けはありません」と顔をほころばせた。
「心から忠誠をお誓い申し上げる」
二人が心から頭を下げて、感謝してくれる。
ちょっと、心が咎めた。
ごめん、真っ赤なウソです。
スキル・SDGsは「ゴミの素材の中から一部分だけを分離して取り寄せられる」という凄まじい効果を持っていた。
突然だけど、覚えているかな、東京オリンピックのメダルって、回収した「携帯電話」から回収した金、銀、銅でできていたってこと。
都市鉱山とまで言われていて、一つずつは微量だけど、日本全体の廃棄分を集めたら凄まじい量が集まった。細かい数字は忘れたけど、600万台近い携帯電話からリサイクルされたのは金が30キロ超、銀なんて3.5トンにもなったはず。
だから、オレが呼び出したのは「日本で廃棄されたスマホから金よ出て来い!」だった。
日本のスマホ廃棄量は年間300万台、金の含有量はだいたい1個0.03グラムと言われている。
ってことは、こうなる。
3000000×0.03÷1000=90キログラム
出てきたのはツブ
これを見たときの二伯の顔は見物だった。そして、作業はめったなモノにさせられないと、二伯が自ら行った。
「小さなツブツブの山を革の小袋に入れる」
おままごとみたいだけど、これ以上ないほどにエキセントリックなおままごと。総額で言えば、数十兆円にものぼる、壮大な作業なわけだ。
男爵や騎士爵家にツブ金の山を文字通り「山分け」したのだから、アンスバッハ伯も、クマのような身体を縮こまらせるほど「度肝を抜かれた」のも当然のことだった。
「この土地のことをサスティナブル王国がどれほど大切に思っているという印だと思ってほしい」
前代未聞の「食糧、言い値で買うよ」というゴールド大作戦がここに実施されたのであった。
とはいえ、久し振りにMPがごっそり抜かれたのはスゴかった。どういう基準なのかは知らないけど、いきなり「全部」が抜き取られて、オレは意識を失って倒れ込んだらしい。
後ろにアテナがいなかったら、ヤバかったかも。
とにもかくにも、これで何とかなるよね?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
ガバイヤ王国の北半分の食糧を買いまくると、遠征分の食糧の捻出ができなくなるはずです。残りは南半分ですが、北の領地の貴族達は、自家の保存分も売り払っているので、既に南からの買い付けも進んだ後。
秋の収穫をあてにして、気が付いた時には「寒い夏=凶作」の現実が起きたとき、軍事用に回す食糧どころか、生き延びるための食糧が不足している事態となります。
当初の予定では、千騎ほどの決死の部隊でガバイヤ王国の食料庫を焼き払う計画でしたが、金で買う分にはケガ人も死者も出ないだろうということで切り替えたわけです。スキルレベルが上がったお陰です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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