第12話 辺境の2伯
拷も…… いや、厳しい取り調べの結果ノース氏の亡骸は領館裏の林にひっそりと埋められているのを発見できた。今さら死因を調べようもないけど、連中の言い分からすると、亡くなったのは着任してすぐってのは本当らしい。
それと、今回はマジでピンチだった。アテナの直感がビンビン反応していたのに、何とかなると思い込んでたのは反省すべきだ。
心のどこかに慢心があったのかも。
それに「辺境にいるから、オレ達のことなんてろくに知らないだろう」などと勝手に思い込んでた。だけど、予想以上にこっちの手の内を調べてたらしい。
だから、アテナの「美少女守護神」ぶりも調べたんだろう。
何しろ王都での行動は派手だった。毎日のように、各騎士団や国軍兵士のところに出かけて模擬戦に励んでいた。剣道の太刀筋も、手首の使い方、北辰一刀流仕込みの「打ち落とし」まで覚えたアテナにとって、剣対剣なら負け知らずにもなる。
最後の方では「剣だけ」と言う条件ならムスフスと互角に打ち合えるようになってしまったことは、軍関係者のみならず、ちょっとした商人までもが知っている衝撃の事実になった。
あ、言っておくけど、ムスフスやウンチョーは、槍とか鎌槍なんかの一薙ぎで3人くらいの首を吹っ飛ばすのが本来の戦い方だ。剣は余技に過ぎないっていうのはある。でも、その条件であっても、二人と剣を幾合も交えることができるのは、十本の指ではあまるほどだ。
ブラウニーは王都から情報を掴んだに違いない。だからこそ「アテナの剣」を無力化する暗殺方法を考えたんだろう。これからは、相手がそのつもりでくることを前提にして考えるべきだっていうのが反省点か。
それとシュモーラー家当主から、オレ達の到着に間に合うようにと出してもらった手紙が無事に見つかった。良かった。
計算通りに昨日到着していたけど、オレ達には一切ほのめかしもせず、執務室の引き出しに隠していやがった。
これは「当主」からの公式な手紙で「ゴールズの指示に従うように」という全面委任を指示している。
これが見つかったお陰で後始末は楽だった。
オレ達の裁定は「ブラウニーが二枚舌でノース自治領と名乗って運営していた。本家に対しては誤魔化し、飛び地の子貴族達には本家の指示通りだと嘘を吐いていた」というものだ。
この裁定は、大きな矛盾は無いし、見逃しでもない。だって多くの小領主や騎士爵に、そして民は
知らないからこそ、通りかかったオレ達に「王国貴族の一員として」何の屈託もなく接待ができたと言うわけだ。
ともあれ、こうして領館を占領して、実質も名目もヘゲモニーが握れたことになる。あとは、領館で捕らえた「ノース自治領」とやらの内政官を使って、周辺の子貴族達を呼び出せばOK。
時間が無いので、とりあえず、二大勢力であるマイセン伯爵とアンスバッハ伯爵に話を通しておくことにした。他に集まってくるのは男爵クラスが5人に、騎士爵クラスは多数となる。
でもこの二人さえ理解してもらえば、後は任せてしまえるという読みだ。
二人とも、オレとは正真正銘の初対面だった。王都までの距離を考えると、たとえデビュタントへの顔出しとはいえ、当主自らが毎年というわけにはいかないのだろう。
この辺りが統治と距離の問題を大きくしているゆえんだよね。
翌日、二人が同時にやってきた。時間的に見て、こちらの連絡が届くやいなや出発したのは明らかだ。
まるで王都にいるエリート官僚という雰囲気を持った繊細で、それでいて怜悧な印象のマイセン伯。一方で、北の大地に吠えるヒグマといった印象のヒゲだらけのデッカいおっさん、アンスバッハ伯。
対照的に見えるけど、二人は幼馴染みで同い年。とっても仲が良いらしい。
「国王陛下代理のショウ閣下が自らいらっしゃるとは、誠に恐れ多いことでございます。この度の不都合について、民は一切知ることはなく、すべて
「言い訳はしない。民は関係ないのだ。我々だけの首で免じていただきたい」
ふむ。本当に仲良しみたいだね。揃って、ソファの横に跪いて頭を垂れているっていうか、マイセン伯がどう考えようと、アンスバッハ伯の方は、一人に責任を負わせる気がゼロと。
ミヤまで連れてきたふたりの警護は最低限。それも領館の塀の外に置いてきて、丸腰でやってきた上に、一切の装飾品を外してやってきた。
デザインこそ貴族のスーツみたいだけど、黒一色ってことからみて、死に装束だと考えているんだろうってことが伝わってくる。
「あ~ 卿らに問う。新しきやり方で民の暮らしと民心はいかに上向いたか」
戸惑ってるみたいだ。あぁ、やっぱり「貴族しゃべり」だと上手くいきそうにないや。路線変更。
「堅苦しいのはやめやめ。えっと、二人ともそのソファに座ってください。ちゃんと話ができないんで」
一瞬怪訝な顔をしてアンスバッハ伯が横を見る。目を合わせたマイセン伯が一つ頷くと、二人は怖ず怖ずという雰囲気でソファに浅く腰掛けた。
「あなたたちのやり方で民の暮らしは、上向いたのですか?」
「民の暮らしは向上しております。ですが、この一連を首謀したのは、あくまでも
「おい、お前ばっかり」
仲いいじゃんw
「えっと、勘違いしてほしくないんだけど、主犯はブラウニーで既に決着しています。子貴族となる小領主達は騙されていたということで、すでに王都に向けて報告書を送っています。私が間違っているとでも?」
驚いた顔でマイセン伯が目を見開いて硬直した。
オレが二つ息を吸い込むほど固まってから「恐れ入りましてございます」とマイセン伯が頭を下げて、あわててアンスバッハ伯が「どうも」と頭をさらに深く下げた。
「遠隔地にロクな領主が来なかった点を前国王に代わってお詫びします。諸家には苦労を掛けました」
「もったいなきお言葉!」
「ははっ!」
「ただ、これからは違います。ちゃんとした領地にするので、任命された当主を支えてくれるように頼みます」
二人は深々と頭を下げたけど、おそらくやむにやまれずだったんだろうなぁ。まあ、ブラウニー君も、釣り天井さえなければ助ける道もあったのかも知れないね。
ともかく、オレとしてはここでゴチャゴチャとやるよりも、このコンビに任せてしまった方が大幅に手間が省けそうだってこと。時間との闘いだからね。理屈とか法よりも、国全体を何とかするのが優先だ。
たぶん、マイセン伯は切れ者なんだろう。今回の基本的なシナリオを書いたのもこの人な気がする。あるいは知恵の回る近習かもしれないけど、それを使えるってだけでも、優秀だ。
だから、元々の筋書きがあったにせよ、ブラウニーが何か勘違いして暴走したって感じじゃ無いかというのは、あくまでもオレの推測だ。だから、ここでは「実」と取りに行く。
「今日来てもらったのは、そんなゴチャゴチャしたことじゃないんだ。間もなく、そうだな…… 遅くとも秋には、この地が侵略される。しかも、相手の兵力は上を見て5万」
「なんだって!」
今度はアンスバッハ伯の方が反応が早かった。
そこにマイセン伯が「さすがに5万とは」と首を振ってみせた。
まあ、信じられないよね。
「もっと少ないかも知れないけど、ガバイヤ王国を舐めたら痛い目に遭うだろう」
「もちろん、過小な評価などいたしませぬが、それにしても5万などという数字は。かの国が全力動員をしても5万がやっ……」
言葉を切ったマイセン伯の続きをアンスバッハ伯が引き継いだ。
「確かな情報なのですな?」
オレが頷くと、二人とも唸った。
「こちらはかき集めても1万、いや短期的に無理をするなら2万と言ったところでしょうか」
「マイセン伯、気負いすぎです。こちらの読みだと歩兵と騎馬を合わせても1万いかないんじゃないかな。それも各家からバラバラに集まるから、統一した軍としての行動は難しいはず。戦力的には7千か、上を見ても8千程度。しかも、もしもそんなに集まっちゃうと、逆に補給がもたないというのは計算してますよね?」
唇を噛みしめるのは、オレの言葉が当たっている証拠だ。
そこにアンスバッハ伯が言葉を出してきた。
「まさか、全面戦争になるとでも?」
「ちょっと違う」
「「違う?」」
「敵は全力で来るけど、こっちは援軍無しなんだ。だから、攻め込まれたら、まず勝てない。戦争にもならないよ」
「となると、我々は座して敵の生け贄になるのを待てとおっしゃるのでしょうか?」
「それは、全然違う」
「援軍無しでかの国の全力とぶつかれだなどというのは、同じ事では?」
「それなんだけどね、良い機会だから、あっちこちの情勢を分かってもらおうと思うんだ。その上で二人にはこの地域の軍全体の指揮を執ってもらおうと思っている」
「しかし、敵が5倍を超えれば、作戦でどうにかなるものでもありませんぞ。その…… 確かに、閣下は以前、そのような作戦をなさったそうですが……」
お~ ひょっとしたらアテナのことを調べたのもマイセン伯なのかもね。よく知ってるじゃん。オレは当然という顔で答えた。
「基本的に軍は人数だっていうのは理解しています。その考えが正当です。だから、我が国としては、こんな風に考えているって話をしましょうか」
ゴクリと身を乗り出してきた二人を見て、ひらめいてしまった。
「あ、その前に、外のみなさんに、声をかけてきた方が良くないですか? 今ごろ、ねぇ?」
あっ! と大声を出したのはアンスバッハ伯だ。
「いったん失礼つかまつる。グリオン、早まるなよ!」
ダッシュしたのは、部下が「殉死」をしそうだと思ったんだろうな。なんとなくアンスバッハ伯爵領の雰囲気が分かる気がした。
そしてマイセン伯も慌てて「私も、いったん失礼いたします。後ほど、再び」と出ていった。まあ、あの人のところにも義理堅い部下がいるか。
二人が風のように出て行った後で、アテナに話しかけたんだ。
「こりゃ、案外と、ガバイヤ王国とは良い勝負になるかもよ。あの二人、期待できそうじゃん」
もちろん、アテナは全力で「ハイ!」と笑顔を返してくれたんだ。
後で聞いたらギリギリのタイミングだったそうだ。
グリオンとかいう騎士団長は、ちょうど剣を抜いたところだったらしい。
とにもかくにも、ガバイヤ王国への第一歩はできるかもしれないって希望が生まれた来たんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
話の流れに組み込めなかったので、
ショウ君のスキルがレベルアップした話は明日、お届けいたします。
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