第11話 釣りとかないからw

 後ろの男がテーブルに地図を広げてきたので、少々驚いた。軍事行動を前提とするなら「敵」に地図を見せる人間などいない。


 果たして、どこまで本物なのだろうか?


 けれどもブラウニーは、しなやかな指示棒で家の形をしたコマを領都においた。


「ここが現在地の領都・ミヤです。えっと、失礼ながら確認させていただきますが、閣下におかれましては、ノース自治区がウチとソトとに分かれているのをご存じですかな?」

「いや、そういうのは聞いてなかったと思う」

「シュモーラー家からお預かりした旧飛び地の中心部が領都ミヤであり、その周辺部は商業が盛んです。ちょうどこの点線で囲まれている地区ですな。一方でソトと呼ばれているのは、この外側全てですが、主に南東部や西側で農業が盛んです」


 しなやかな棒の先端部が、ウチとソトの道路やポイント、荷物の集積場所などを次々と示すと、そこに小さなコマをいちいち、置いていく。


 手間はかかるが、わかりやすくはある。


「なるほど。商業が盛んな地域であると言うのは聞いていたが、こうやって区分けするのは、何か意図が?」

「代々、シュモーラー家から派遣された家宰は10年で交代してしまいます。ひどいときは、同じ家系で数年で交代してきて、その間に利益を上げねばと血眼になるのです。つまり、代々目先のことしか考えない方ばかりでしてな。長期的な視野で治水・利水や開拓、時には土地を休めるべき時もある農業に関わられてしまうと困ることが多くなったのです」


 なんか、ムチャクチャ、無能な家宰ってこと? いや、そもそも、ブラウニーが言ってることって主家批判にならないのか? それは禁じ手だよ?


 しかし、聞いているこっちが危惧してるのにも気付いてないらしい。


「ですから、商業的な利益が見えやすい『ウチ』、主に農業でじっくりと開発していく『ソト』に分けたのです。ノース自治区では、なるべくシュモーラー本家の余分な命令が届きにくいように少しずつあらゆることを整備してきました」

「具体的には?」

「たとえば、亡くなられたノース様です。派遣されてきた時に、地元から結婚相手を選んでいただき、私の姉とのご縁がありまして、弟の私が家宰補佐になりました。しかし不幸なことに、あるいは水が合わなかったのか、間もなくご病気になられましてな。そこで、お前に任せるとのお言葉でしたので」


 あ~ これ、やってることは平安時代末期の荘園領主と地頭いや「悪党」と呼ばれることになる地元勢力との関係だな。


 そして、遠隔地だから本家がろくに見に来られないことを良いことに、派遣された領主(家宰)に病気になっていただいて、後は好き勝手をしてきたわけだ。国の税金さえ納めておけば、本家の方は、飛び地で叛逆が起きているなんて言えないって読み取って、誤魔化せるだけ誤魔化そうって考えたのだろう。


 そう考えると、前家宰の名前を付けた「ノース自治区」というのは、彼らにとっては最大限のペテンになるんだろうな。まさにエイリークが名付けた「グリーンランド」並の大ペテンだと思うよ。

 

 ヤッてることはアブネーとしか言えないけど、こちらの質問に対してちゃんと答える姿勢だけは評価すべきだよな。


 じっくりと質問して説明を求めると、実に細かく、そして具体的に答えてくるんで、ますますブラウニーの考えが分からない。

 

 実は真面目なヒト? そんなわけはないよなぁ。


 ただ、態度としては「そんなに喋っちゃっていいの?」くらいの勢いで詳細に喋って、たまにブラウニー自身が分からないことだと、わざわざ部下に命じて、説明できる人間を呼び出してくる。


 その対応ぶりが、あまりにも熱心で、誠実そのものの姿なのが不思議だ。


 たとえば、税収、なんて話になったら、山のように書類が持ちこまれてきた。しかも「提出用」の書類では無く、今現在、内政官が使っている「使用中」の帳簿まで強制的に持ち出してくるほど協力的だ。


 まあ、そのおかげで、去年、シュモーラー本家に届けた「農業に病害虫が発生して被害甚大」というのは、少なくとも収穫高の点で言えば「ウソ」だとわかってしまった。


「あのぉ、これを本家に教えちゃっていいんですか?」


 オレの指摘に、申し訳なさそうな表情をするブラウニー。


「いや、それを言われると辛いのですが…… 内密でお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか?」

「そういうわけには」

「ですよねー 覚悟はいたします」


 あれ? ずいぶんと神妙じゃん。


 ともかく、ひとわたりの説明は受けた。


 なお「本家から使者が来ましたよね?」と言ったら、3人目の使者までは覚えていた。


「ちょうど、ノースが病気だったもので、お引き取りいただくしか無かったのです」


 と、看病日誌まで持ち出してきての説明だ。一方で、4人目以降のことは「記憶にも記録にもないようです」と領館の日誌をひっくり返しながらの回答だった。


 う~ん、これをどうしたら良いんだろ。


 悩みつつも、気付けば事情聴取は5時間にも及び、いつの間にか夕闇が濃くなっていた。

 

 ちなみに「監査」の時は、饗応を受けてはいけないっていうのが、前世から持ちこんだやり方だ。外で待っている連中も「臨戦待機」を命じてあるから、持参した食料と水以外は口にできないのがルールだ。


 こういうところは絶対に「馴れ合い」をしちゃいけない部分だって徹底しているから、連中は遵守しているはずだ。


「あのぉ、お食事はなさらないということですが、本家には温泉がございまして」

「え? 温泉?」

「はい。旅塵りょじんを流す程度でしたら、いかがでしょうか? ちょうど、露天風呂を作ったところです」

「温泉かぁ」

「要人用でございますので、お二人でお入りいただくことが可能ですが? 警備はこちらもいたしますが、閣下の部下の方々に内側を固めていただけば、いかがでしょうか?」


 少しだけ考えて、風呂はいただくことにした。


 アテナの方は、依然として緊張は解いてないけど、反対する気持ちはないらしい。まあ、マンツーマンで守れるなら、基本的にオレが何をしても反対はしないんだけどね。


「それでは、メイドに案内させますので」


 その瞬間アテナが初めて言葉を挟んだんだ。


「あなたも一緒に来て、確かめてみて」


 一瞬、ブラウニーがオレの顔を見てから「もちろんでございます。私もご同道させていただきます」と腰を低くして答えた。


 アテナは、それ以上何も言わず、けれども、少しも警戒を緩めなかった。


 領館の庭先から木立を回り込むと、「背の低めな二階建て」という感じの建物が見えてくる。


 湯煙と微かな硫黄の臭い。


 うん、温泉って雰囲気だ。


「ずいぶんとガッチリ作るんですね」

「はい。この地方の冬はドカ雪が降るときがございまして。こういう『平屋根』の場合は三メートルくらいの雪に耐えられないと潰れてしまうんですよ」


 ブラウニーが如才なく、スラスラと答えてくる。確かに、あんな平べったい屋根だと雪が積もったらヤバいよね。


「こちらでございます」


 ドアを押し開けてブラウニーは自分が先に入ってみせる。ガランとした脱衣所はシンプルな感じだけど、四方の壁の窪ませた場所にランプが入っている。


 付いてきたメイド達が、次々と火を入れると、かなり明るい。


 うん、脱衣場所は、さして広くないけど見事なまでに何もない。つまりは、暗殺者の隠れ場所はないと言うこと。


 ツカツカと奥へ進んだブラウニーは、そこにある扉を開けると「こちらが当館自慢の湯にございます。ほら、このように、お肌あたりの極めて良い湯で。美人の湯として知られております」とオケに取った湯を持ってきて、手を浸けてみせる。


 まるで温泉旅館の仲居さんみたいな口調でひとわたり説明し、湯を「毒味」したとアピールするブラウニー。


 一方で、ブラウニーが親切に身をもってあれこれ、ここも大丈夫、あっちも大丈夫とやっていく姿を見ながら、ますますアテナの目が険しくなっていった。


 つまり、どこかにワナがあるってこと? 


 しかし、建物の大きさから見て、暗殺者の潜めるような隠し部屋のスペースは作れないのは確かだ。


 ブラウニーは「内鍵を掛けていただけば、外からは開きませんし、ご家来衆もいらっしゃいますので、これでご安心いただけますかな?」と確認してきた。


「これで大丈夫だ」

「それでは、ごゆっくり」

 

 メイドと一緒にブラウニーが出ていくと、閉めた扉越しですぐさまツェーンの声がした。


「周囲に10人。ブラウニーの追跡もさせています」

「そうか。警備を怠るなよ。必ず何かある」

「はっ!」


 もちろん、いくら温泉でも楽しむつもりなんてゼロ。「何かある」と思ったから誘いに乗っただけだ。


 絶対に、ここには何かある。


 けれども床をガンガンと蹴ってみても、下に穴があるようには思えない。むしろガチガチの大理石っぽい石材の床は剥がすのも大変そうだ。風呂の方にも、異常は無さそうだ。四方の壁も石材を用いた立派なモノ。穴を開けるのも難しいだろう。

 

「う~ん、今のところ、誠実に答えてるっぽいんだよなぁ。まさか、ここもワナ無しなのか?」


 それがわからない。どう見ても胡散臭いのに、こちらの質問にも率直だし、何なら、そこまで教えちゃって大丈夫か? って感じなところまで具体的だった。


 そして、風呂である。


「ウチのミヤにやってきて風呂に入るか……」


 ん? まてよ? ウチのミヤ? 風呂って湯殿って言うよな……


 まさか偶然の符合だよね。


「宇都宮の湯殿」と言えば有名じゃん、とオレは上を見た。


 その時、微かなキシミ音が確かにした。


「ショウ様! 何かが!」


 アテナの目は、ランプの小さな炎が次々と小さなヒモを焼き切るのを見つめている。


「ヤバい! 出るぞ!」


 返事の前に、アテナがドアに飛びついた。


「鍵が開かない!」


 落としこんだ鍵は、出っ張りが邪魔して元に戻せない。いや、ゆっくりやれば可能だけど、天井の音が先だった。


 間に合え!


「出でよ、80年代の自動販売機×4!」


 びよよょよ~ん


 間抜けな音ともにオレとアテナを取り囲むように出てきたのは、バブル景気に乗って巨大化したジュースの自動販売機だ。同時に「落ちてきた天井」が潰してきた。


 ものすごい衝撃音の中で、アテナを抱え込むようにして自動販売機の間に倒れ込む。


 もうもうと煙るようなホコリが収まって見渡すと、半ば潰れた自動販売機がつっかえ棒になって、落ちてきた天井を支えてくれていた。


 ひぇえええ 吊り天井だったのかよ!


 ほぼほぼ、初見殺しだ。これだと、アテナの剣も役に立たないってこと。


 周囲に灯したランプが上にあるヒモを焼き切ることで、シカケが作動するようになっていたわけか。


 道理でオカシイと思ったんだよ。


 あれだけ「ゴールズのショウ」を知っているのに「護衛のアテナ」を知らないふりをしたのは、わざとだったんだろう。十分にアテナの剣技を警戒したから、暗殺者ではなくて、シカケで抹殺を図ったってことだね。


 でも、これで容疑は十分だ。


「親分!」


 壊れた壁から外に出ると、オレは命じた。


「ツェーンさん、やっておしまいなさい」

「へい!」


 勢いよく返事をしたツェーンは「野郎ども、お許しが出た! ヤリ放題だぞ! 連中に思い知らせてやれ!」と叫ぶやいなや手槍を持って領館へと突っ走る。


「おぉおおお!」


 ものすごい怒声を上げながら追うのは外から駆けつけた20人だ。


 湯殿の外を警備していた者から刀を受け取って「よし、オレ達も行くぞ!」と声をかけると「へい!」という勢いのある返事。これも怒声に近いっていうか、マジで怒り狂ってる。


 いつものノリと全然違うんだけど。


「当たり前。みんな最高に怒ってる。もちろんボクだって」

「あ、で、でも、一応無事だったし」

「ホントは、さっきだってボクがかばわなきゃなのに。所有者様ったら」


 不機嫌な表情のままのアテナが口を尖らせて囁いてきた。


「でも、ありがとう。愛してますけど」


 と上目遣いしながら「二度とあんなことしちゃダメなんだから」付け足してきた。


「ごめん。でも、それは約束できない」

「もう~ 次回からは、当て身を入れてから上になりますからね」


 どうやら、次回は気絶させられることになったらしいw


 ともあれ、暗がりでイチャイチャしている間にも、順調に制圧が進んだ。相手に用心棒みたいな奴がいたらアテナを送り込もうと思ったけど、その必要すら無かったらしい。


 そりゃ、みなさん、実戦経験が豊富だもんね。


 ってことで、領館を占拠するまでに30分もかからなかったし、ブラウニーも「生け捕り」にできたのは良かった。


 それにしても「宇都宮の吊り天井」って史実じゃ無かったんだけど、今回の事件って、サスティナブル王国史に残るんだろうなぁ……


・・・・・・・・・・・


 その後、もちろん、歴史の教科書に「ウチのミヤ、吊り天井事件」として王立学園の生徒は記憶することになったのである。


 ちなみに、教科書に載っている「天井の重さは1トンを超えていた」というのは「試験に出るところだからね!」と言われるのが常だったりします。




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作者より

「宇都宮吊り天井事件」とは、徳川二代将軍秀忠の時に起きた本多正信の長男本多正純が左遷された事件に伴い、後に脚色されて広く噂になった事件。「宇都宮城に泊まる秀忠を湯殿に仕掛けた吊り天井で暗殺しようと計画した」という話。

今回は、その話と偶然符合しましたが、関係性はありません。あえて言えば「アテナという最終兵器を護衛にしている人を暗殺するなら、毒かシカケだよな」ということになります。毒は「持参のモノしか飲食しない」となると、後は大規模なシカケで機械的にハメるくらいですよね。


ところで、ブラウニー氏が丁寧に回答していたのは「誠実ぶりをアピール」するためと「天井のシカケを見破られにくいように夕闇が迫るまで時間稼ぎをする」のが目的です。どのみち、全員を抹殺するつもりなので、全部本当のことを教えても問題ないと考えたようです。以前の使者を抹殺した手口は、遅効性の毒を入れた井戸を使ったと後々自白しました。

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