第10話 ノース自治区?

 シュモーラー家の飛び地を治める「領都」はミヤと言う。軋轢をなるべく避けるために人がいないところを通ったが、領都に近づけば、そうも言ってられない。


 ここまでに3つの男爵家を通り抜けてきた。


 来るまでの間、ツェーンが何度も言っていた。


「予想とはだいぶ違ってましたね」


 どっちかというと戦闘は覚悟の上だった。


 アテナはスタンバイモードを通り越して、常時「戦闘モード」だったし、全員の馬上槍のカバーも一発で取れるようにしておいたほどだ。


 ところが、王都からの部隊だと…… しかも我々が「ゴールズ」だと知った途端に、それぞれの男爵家は当主自らがギリギリのところまで出迎えてくれるほどの「接待モード」だった。領民達も、道の端に寄って深々と挨拶してくれている。


 歓迎の宴を開きたがるし、通過するだけと言ったら、領地の境まで当主自らが見送りに来てくれるありさまだ。


 あまりにも歓待してくれようとしてくれるから、いわゆる「褒め殺しの遅延策」かと疑ったほどだ。


 中には「今夜は娘を」とまで言い出す家があったほどだ。


 もちろん、エルメス様方式で「良き娘子よ」とお尻をペタンとやって、銀貨の小袋を渡す対応だった。どうでもいいけど、女性の方がオレよりも年上な件w


 それはさておき、2回もあった「娘を」の時にアテナは一切の殺気を見せなかった。つまり相手には一切の邪心がなかったということだ。


 この辺りはアテナが超一流の感覚センサーを持っているんだよ。わずかな呼吸の乱れ、重心のバランスぶれ、筋肉の緊張などなど、おそらく優れた剣客特有の観察力で「害意があるかどうか」を見抜くんだ。王都一の役者を連れてきても誤魔化すのは無理だと断言できる。


 ところが、アテナの「邪心レーダー」には引っかからず、家族にも娘本人にも、娘を無理やり差し出すという感じの悲壮感が無かった。


 辺境地域に住む人達の心底歓待モードだと直感的に理解できるほどの歓迎ぶりだった。


 一応、この世界のスタンダードを書いておくと、辺境の下級貴族や商人達、あるいは、それすらいないような僻地だと、高位貴族のおもてなしに娘、あるいは「妻」を差し出すのは「家と本人にとっても名誉=良いこと」なんだよ。


 ま、さすがに旦那さんの心持ちは察しちゃうけど、一般論としては「一晩のお情けを頂戴すること」は、接待する側にとっては名誉だし、娘の価値は確実に上がることになるんだ。


 まして、それで子宝に恵まれれば、父側の継承権は全くないけど「覚えめでたい家」ということで、後々の一族にとっても恩恵があるんだよ。


 逆に「興味も示してもらえなかった」というのは、娘の場合致命的なほどの不名誉扱いだ。


 それほど、辺境地にとっての高位貴族との「関係」って重要視されるんだ。ま、貴族だからって言うだけじゃ無くて、交通網が発達してない社会において、閉鎖的な地域に外部の血が入るのは歓迎すべきこと。


 日本だって「珍しくから旅人が来たら歓待して子種をもらう」って習慣のある村のことが、大正時代になっても記録されているんだよ。


 それを考えると、王都から庶民が旅すると半年以上かかってしまうこの場所だ。しかも、相手は「国王代理」サマ(笑)だ。


 王国の中心人物が辺境地域にご光臨いただいたわけなので、普通にこの程度は歓迎するっていうのは理解できるんだよ。一般論ならね。


 でも、それはあくまでも「通常」の場合だ。


 異常事態が発生しているところにやって来て、何もなければ、それは「異常」なことに違いないんだよ。


 歓迎ムードが高まっていくのと、オレ達の警戒心のテンションが高まるのは完全にイコールだった。


 ピークになるのは、ここ、領館だ。

 

 立ち寄った男爵家からの「急報」が入っていたのだろう。我々が近づくのを見て、反応は素早かった。隊列を組んだ我々が近づくと、領館からさっと、人数が出てきて出迎えの列を作った。


 ここで、我々が先に戦闘行動を取るわけにもいかない。ヒリつくような緊張感を持ちながら、笑顔で近づいていく。ツェーンが先頭に出たがるのを目で制して、オレはアテナと馬を並べて先頭のままだ。


 小太りのオッサンが、転がり出るように歓迎の形で並んだ兵達の前を飛び出してきた。


 こちらが警戒するまでも無く、丸腰での服装は、まさに貴族のパーティースーツそのもの。歓迎の意志は明らかだった。


『このオッサンは違うよね』


 こっちに来る前に見たノース・ホープ=ダブル氏とは姿が全く違ってる。肖像画では、50ガラミのガッチリした感じの男だったのに、目の前にいるのは生っ白い「潰れ大福」と言ったところ。アゴは辛うじて見えるけど、頬の肉なんてリスでも無いのに、何かを詰め込んでいるんじゃないかと思うほど。ちょっと引っ張ったら伸びる?


『さすがに、3年で丸くなったって域を超えているよね。別人だ』


「国王陛下代理のショウ閣下とお見受けいたします。ノースランド自治区のまとめ役のブラウニーにございます。我々はショウ閣下、そしてゴールズのみなさまを心から歓迎いたしますぞ」


 ん? ノースランド自治区? そんな地名っていうか、地方名なんて聞いたことが無いんだけど…… って言うか、名前がブラウニーのくせにずいぶんと色白だな。


「ふむ。自治区か。王都では知られてない話のようだな。とりあえず、ブラウニーの話を聞かせてもらおうか」

「はい。喜んでご説明させていただきます.遠いところをわざわざ、ありがとうございますう。さささ、どうぞ、どうぞ、お待ちしておりましたぞ」


 ハンドサインは「全周警戒」と「臨戦待機」。付いてくるのは3名。と言っても、アテナは自動的に計算外なので、中に入るのはオレと団員の3人。ツェーンはあえて外に残しておくんだ。


 中に入ると、ワラワラと寄ってきた薄着のメイド達がにこやかに外套マントを受け取りに寄ってくる。さすがに室内においてはマントを預けるのがマナーだ。これすらやらないということは「討ち入りに来た」と取られても不思議はないってレベルだからね。


 ただし「国王代理」という立場なので、剣を預けるのはオレだけになる。


 形式上の武装解除に応じるってマナーなわけだ。


 まあ、どこの国だって王様自らが武器を持って身を守るなんてことはしない。だから国王自らが乗り込んでの外交をする場合は、「相手に預ける用の儀礼剣」をわざわざ持って出かけるほどなんだ。まあ、サスティナブル王国創成期以来、そんな事態は一度も無かったけどね。


 ただし、帝王教育で伝えられるマナーとして、ちゃんと学んでいるのが、今回は活かされている。


 大事なコトだからもう一度確認するよ。「国王自らが乗り込んで」する場合だからね!


 さて、剣を預けたオレだけど、どのみち、オレのそばにはアテナがいるから、丸腰でも問題なし。


 おそらく、この領館でも一番格の高い「応接室」と思われる場所の上席に案内された。当然、隊員はソファの後ろに、ちょっと間隔を取って立つ。アテナは俺の肩に手を添えるようにして立っている。ここに来る前に着替えたのは特注の「戦闘ドレス」だ。このドレスは、たとえ剣を佩いていても、最近ますます艶々になってきたアテナをいっそう輝かせてくれるデザインだ。


 何も知らない者が見れば「あれ? なんで寵姫が剣なんて持ってるの? そういう趣味?」としか思えない姿だ。


 対して、オレの前に座る「潰れ大福」は、丸腰の部下を三人、後ろの壁に立たせて、美しさと、胸元を強調したメイドが二人がかりで紅茶をサーブしてくれている。


「さすが国王陛下の代理ともなりますと、護衛までもが艶やかな方なんですなぁ」


 おいおい、そのじっとりした視線。それ以上、視線をヤらしくしたり、言葉を間違えたら「ヤレ」って言っちゃうからね?

 

 知らないよ。君が「艶やかな方」と言ってる人って、ここにいる誰よりも危険なんだからね?


 壁際に立ってるのが護衛だったとしても、その気になったら3秒以内に全員の首が飛ぶのは確定的なんだから。


 オレは簡単に貴族的な修辞を入れて訪いの挨拶をする。もちろん、通過してきた男爵家の歓待ぶりも名前を挙げて入れておくのを忘れない。こういうところで名前を出し忘れると「名誉を潰された」って思って、知らずに恨みを買うことがあるからね。


 立場が上であればあるほど、形式を守ってあげないと思わぬ余波が出るんだよ。


 こうして、最後は、メイドさんの制服までも褒めたオレの挨拶は10分ほどで終わった。途中の「制服」ネタのところで、背後がピリピリってしたのは気のせいだったってことにしよう。


 今度は、ブラウニー君の番だ。


「恐れ多くも三賢より定められし祖法により、御三家のみなさまにおかれましては……」


 スゴかった。潰れ大福君の一世一代かと思われる長口上。


 一度も手をつけてない紅茶が、三度取り替えられて、ようやくオレの「新歓キャンプ」の活躍ネタになるほどの熱演だ。


 えっと、今晩中に、挨拶は終わる…… よね?


 終わってくれると確信が持てないほどだったんだけど、ともかくブラウニー君は、メモ一つ見ずの挨拶が1時間以上に渡ったのは確実なところ。


 これを貴族社会の常識で言うと「大歓迎いたしております」ということだ。普通ならば、だけどね。


 しかし、気が付いたんだ。俺の肩に添えられたアテナの緊張はいささかも緩まなかったということ。そして、これだけの挨拶は、いかに優れた人物であっても事前に用意しない限り絶対に不可能であることだ。


 この男は、明らかに、オレが来ることをかなり前から察知していたわけだ。


 外見のふわふわ感にダマされるなよ。コイツは、アンコの代わりに暗器を持っていてもおかしくないぞ。


 ようやく挨拶が終わった潰れ大福に「見事なご歓迎ぶり、感謝する」と褒めたオレは、早速切り出したんだ。


「さきほどノース自治区と申したな? 王都が混乱していたこともあったのだろう。こちらには知らされてないようなのだが。それにシュモーラー家からは、こちらを管理しているのはノース・ホープ=ダブルと申す者だと聞いている。それらを含めて、説明を頼む」

「もちろんでございます。喜んで、栄光ある国王陛下代理たる閣下にご説明申し上げたく存じます」


 頭を下げて見せながら「最初に申し上げるべくは、誠に恐れながらノース・ホープ=ダブルは病が昂じて昨年、身罷ってございます。私はノースの弟でございます」


 哀しそうな表情をシレッと作り出す潰れ大福。


 ウソくせぇ~


 しかし、オレは顔に出さないように努めながら、話を聞いていたんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

辺境地域の「血の導入」「貴人の歓待」について出てくるのは二度目です。もしショウ君が領館に泊まるのであれば当主(この場合だとブラウニー)の近親者から女性が用意されるのがマナーです。ところが「女性連れ」の場合のマナーは少々複雑であるため、現在、バックヤードで「その問題」については深刻な顔で検討中のはずです。

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