第9話 シュモーラー家の秘密

 今日は6月15日。


 シュモーラー家のコーナンから、飛び地を差配する家宰へと出した手紙は18日に届くことになっている。


 ここで「固有の人名」が出て来ないところが、根の深さを物語っていた。


「え? 家長が、自分っとこの家宰の名前が分からねぇって、そんな馬鹿なことってあるんですか」


 初日の夜、実はねと打ち明けた話に、ツェーンが茫然としている。


 シュモーラー家の飛び地と言えば、歴史的経緯から侯爵領並の広さを誇り、北方の冷涼になりがちな気温をはね除けるように地味豊かな土地だ。おまけに北方騎馬民族もフォルテッシモ家が壁になるお陰でやってこないという場所でもある。


 婚約者戦争においてガバイヤ王国に侵略されたとは言え、100年の間に半ば以上も押し返し「自領ではないけれどもガバイヤ王国のものでもない」という奇妙な隣地を持った場所でもある。


 歴史的な不幸が土台であったとしても、民にとっては交易の中心地になるのは当然のいきさつだった。お陰で、軍事に頼らずに安定した治安を見せているのであるから、それは悪いことばかりでは無いのだろう。


 それだけに、サスティナブル王国としては格別の敬意を払うのと同時に、仮想敵国との関係性を踏まえて、独立的な決定権の数々を認めていた。


 つまるところ「ガバイヤ王国からの侵略さえ受けなければ良い」というのが最低限の義務とされた。従って、この飛び地から上がってくる王国の税収はシュモーラー家の本領とは別勘定となる。他領に比べてケタ違いに少なかった。代わりに、王国からの支援が無くともガバイヤ王国と十分に対抗できるだけの戦力を蓄えておくのは義務だということになっている。


 結果的に、半ば独立国のようになってしまったが、サスティナブル王国としての危機感が無かったのは、飛び地全体がシュモーラー家の自由にならず、中小の男爵、騎士爵領、そして独立交易都市が存在感を持っていたからである。


 簡単に言えば「飛び地全体は怖くないが、まとめようとすると七面倒くさい」領地なのである。


 こんな遠隔地を領地として支配するのは考えただけでも煩わしい。シュモーラー家としては、面倒ごとは分家に押しつけて「上がり」だけを享受できるのが理想だと考えるのは無理もなかったのである。


 しかし、それが裏目となった。「主人」のコントロールが不能となってしまったのである。


「なるほど。出発前に親分が、いろいろと相談されていたのはそっちの件だったんですね」


 一連の会議で、コーナンの口が重たかったというか、モゴモゴと「家宰が」としか言わなかったのは「現在の家宰」の名前が分からなくなって、もう3年が経とうとしていたからだと分かったのは、歩兵部隊が出発する前日のこと。


 渋い顔のコーナンが「ご内密に」と打ち明けてきた。あの時は、老公とバッカス、そしてブラスの三人に立ち合ってもらった。


「3年前までは、分家のノース・ホープ=ダブルが家宰であったのは確かだ」

「今の家宰はノースさんではない?」

「どうにも、家宰がおるようなのだ」

「は? 家宰が別にいる?」

「正確に言えば、当家が任じた家宰が別の者を家宰に任じて使っておる。まるで一家の当主のようにしてな。それ自体は、呼び名の問題であれば、問題は少ないのだが」


 言っている意味は、いくらシュモーラー家の家宰であっても、人を雇っていろいろと働かせるのは当たり前のこと。その「雇った人間」の役職名として家宰という名称を使っただけならば、問題が少ないだろうと言うことだ。


「そんなわけはないですよね?」


 コーナンは沈黙を持って肯定した。


「何分、遠方のことにて、税を納めることと、当家に収入を納入することさえ守れば、うるさいことは言わないというのが父の代からのやり方だったのだ。代わりに、10年で家宰役の家は変えるし、2年に1回は当家の王都邸へ報告に来る義務を課しておったのだ」

「果たされなくなったのはいつからですか?」

「税はずっと納めていた。去年の分もちゃんと納めておる。しかしながら、本家へのこの数年での収入は一貫して減り続け、昨年は激減した。手紙には『農作物に壊滅的な病気が広がったため』とあったが、元々彼の地の収入のかなりの部分が交易からもたらされていることを考えると、収入の激減とは計算が合わなかったのだ」

「当然、使いを?」


 苦々しげな顔で頷くコーナンである。


「舐められたものだ。昨年から、あちらからは一方的な言い訳の手紙がとどくが、こちらの質問には一切答えなくなった。放置はしておらんぞ? 手紙を何十通も送ったし、使いの者も出した、我が家の影すら使って様子を探ったのだ」


 結果はひどいことになったらしい。


 使いの者のうち、最初の3人は「病気によって動けない」ということで会うことさえ叶わずに追い返された。4人目、5人目の使者は、いまだに帰還せず。送り込んだ影は、片っ端から行方知れずとなっている。


 辛うじて分かっているのは、家宰であったはずのノース氏は、もう3年も公の場に現れてないこと。しかし、領館からは相変わらず指示は出ていること。民の暮らしは以前と全く変わらず、平和であること。


 その程度なのである。


 当然ながら、使者には護衛を付けていたし、5人目には騎士団50人を付けたのに、一人も行方が分からなかった。


 これでは6人目を送るのをためらうのが当然である。そして今にいたっている、ということだった。


 立ち合ったブラスは目を点にして脂汗、老公が呻くように「そんな大変な問題をなぜ、今ごろまで」とつぶやき、バッカスは口をパクパクさせるだけとなってしまった。


 今のサスティナブル王国にとって、あまりにも重すぎる事態だ。


 要するに、東北の飛び地が、まだ味方なのかどうかも分からないという現状なのであった。


 そんなことを風に負けない声で話しながら、馬を走らせている。


 ツェーンは「最悪、ガバイヤ王国のモノになっている可能性もあるってことっすか?」と目を剥いた。


「いや、その可能性はかなり低いと思う。ただし、まだシュモーラー家の領地であると思っているかどうかは極めて怪しいけど」

「どういうことです?」

「やはり、距離があると統治は難しいってことなんだろう」


 ツェーンは、ショウの言葉の意味が今ひとつ分からなかったが『親分が理解してるなら、ま、いっか』と考えるのを諦めたのだ。


 そもそも、ネットどころか「電話や鉄道、車が発達した社会」を知っている人間でないと、感覚的に理解できないものであろう。


 サスティナブル王国のおかれている文明度、領土の広さは必然的に封建制を必要とするのだ。


 なぜか?


 それは、封建制の基本が交通・通信手段が限られているという前提で生まれているからだ。裏を返せば、強力な中央集権体制を取るには、交通・通信手段が発達しないと無理なのだ。


 シュモーラー家が飛び地の支配権を得たのは、婚約者戦争の時だ。


 ガバイヤ王国によって、当時そこにあった侯爵領の大半を奪われた状態から、5代前の当主が、ほとんど独力で取り戻した手柄による。


 後々、この土地には理由を付けて侯爵家を立てるつもりであったのだろうが、シュモーラー家の当主は、代々、きわめて優秀でミスの少ない人物であった。


 そのため、既得権化してしまった領土を取り上げる名目が立たなかったのである。


「長い間、かの場所は、半ば独立した場所になってましたからね。意識としては『王国に税さえ払えば好きにしていいんだろ』って感覚が生まれたのだと思います」


 馬を走らせながら、ツェーンに喋ることで、ショウは自分の考えをまとめ直している。 最初に立てた戦略は大幅に変えざるを得ないかもしれない。いや、最悪、この地をガバイヤにではなく、別の形で喪うことになるのかという可能性まで考えての戦略が必要だ。


「でも、親分は、それを正しに行くんですよね?」


 ツェーンの屈託の無い笑顔は、信頼の証なのだろう。それを見てしまうと「ここを喪うかも」という弱気など絶対に見せられないと思った。


「人の気持ちを簡単に正せるかどうかは分からないよ。ただ、あの広大な我が国の土地を、普通の領土にするために、何をするかっていうのを考えてる」

「ははは、よろしくたのんますよ!」


 ツェーンの軽妙な笑顔は、少しも心配してないように思えてならない。


「なんか、軽いな!」

「いや、親分が悩んで、悩んで、悩むほど、きっと後で面白いモノが見られるって思ってましてね」


 そこで、振り返ると「なぁ、お前達!」と声をかけた。


 いっせいに「ヒャッホー」と山賊並みの声が上がったのである。二人の会話は半ば聞こえなかったはずだが、中身なんてどうでも良い、親分について行くよ、と言う男達の気合いこそが大事だったのだ。


 全員が拳を突き上げて、馬上気合いを入れ直す姿に苦笑いするショウ。


 それを見て「当然」と小さく呟いたアテナは、右の口角がホンの少しだけ上がっていたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

中央から遠距離に位置する「領地」が、半ば独立国になるというのは、実は日本の戦国時代の守護大名と戦国大名との関係を見れば珍しいことではありません。むしろ、歴史的にはよくあることです。だからこそ、そのあたりを踏まえて対応を考えようとすると思います……


「だよね? ショウ君」

「え~ それは実際に見てみないとぉw」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

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