第7話 連合軍、東へ
ゴールズ全軍、シュメルガー家騎士団、スコット家騎士団、そして国軍歩兵の派遣が決まった。
最初に出陣するのは国軍歩兵2千である。バッカスは「自分が率いるべきだ」と強硬に主張したが、当然却下である。全軍を掌握できる立場の人間が王都にいないと、調整不能に陥る可能性があるからだ。
代わりに、カインザー家の嫡男テノール・レイル=カインザーが指揮官として選ばれた。若干の手勢とスタッフを連れて王都に着任したのは先月のこと。
腰を落ち着ける間もなくの、出陣である。侯爵である父は苦い顔をしているが、地元であることと、才能に対する評価を考えれば拒否するわけにもいかなかったのだ。
なにしろ、大規模な戦いはしたことがなくても、既に東の紛争地帯において実戦経験を積み、それなりの手柄を立てている。良い人材を遊ばせておく余裕はないのだ。
テノールの率いる国軍歩兵2千は、派遣命令から一週間と経たぬうちに出陣した。各王領、派遣先からも兵をかき集めて、最終的に1万規模となる。
この規模であれば、輜重隊の負担もそれほどでも無い。カインザー家の東側までは「高速道路」は既にできあがっているだけに、商会に依頼して輸送してもらうことも可能だったし、実際、カインザー家の東に広がる荒野に踏み込んだ場所では築城の予定だ。その場所まで商人の力で輸送を絶え間なく続ける計画だった。
その分、通常の行軍であれば1ヶ月はかかる距離を3週間で間に合わせるのがテノールへの至上命令だった。
最初に、その命令を聞いた兵士達は「無理だ」と思ったし、実際、通常であれば誰がどう見ても不可能と判断する。
ところが「今回は武器や盾、鎧は持たなくて良い。自衛用の短剣と短スコップ以外の装備は持つな」という仰天モノの命令が出されたのだ。
確かに、個人装備品を入れた背嚢に3日分の水と食糧を入れるだけでいいなら、鍛えられた国軍兵士達は1日40キロ以上の移動を可能にした。
可能ではあるけれども、と兵士達は思った。
「オレ達何しに行くんだ?」
「戦えないじゃん」
囁かれる不安に士官達は何も答えない。全面的に舗装された幅広い道は、カーマイン家、カインザー家の所領を抜けるまでは、本当に真っ平らだった。
実は、武器や兜の類いは徹底して荷馬車を活用して運び込むことになっていたのだ。
それを可能にしたのがカインザー家の東までつながっている「高速道路」であった。
砕石の間に、黒い何かが入り込んでいて、雨が降っても全くぬかるまないし、車輪を転がせば、ガタゴトが嘘のように消えてしまうほど真っ平ら。こちらの世界の人間なら、採石をまとめているのが、道路から剥がしたアスファルトクズであることに気付いたかもしれない。ともかく、この道路の舗装は徹底されていた。おかけで、装備や食料などを積んだ荷馬車のスピードもあげやすい。
事実上、空身に近い形で兵士は、ひたすら先を急いだ。カーマイン家領、カインザー家領のあちこちでは炊き出しや、簡易キャンプまで用意されているほどだ。特に「水」が手に入るのがありがたかった。
もちろん、カーマイン家が提供した「給水塔」の設備を活用した結果だ。
至れり尽くせりのバックアップの数々。ベテランの兵士達も「なるほど、これなら、間に合うかもしれない」と思わせてくれる。
後の結果で見てみれば、この時の国軍兵士は、要所要所に用意された水と食糧を受け取りつつ、結果的に20日間で900キロを踏破したことになる。
カインザー家を抜けるあたりからは、道も一気に悪化したため、これは驚異的な移動速度だと考えて良い。
荒野地帯に突入すること100キロ。ようやく「目的地だ」と言われてホッとした兵士達に休む暇は与えられない。
「この先の丘に築城する」
驚いた。そんな資材など持ってきてない。
「それは現地に用意されているとのこと。お前達はそれを使って、5万の兵に攻められても半年持ちこたえられる城を作るのだ」
別の意味で「無理だ」とは思ったが、国軍の一員として泣き言を言わない程度には躾けられている。
夕刻に到着した男達は、黙って指定された丘に登った。
「な、なんだこれは!」
見たこともない「築城資材」が丘の上に用意されていた。国軍兵士は、生憎と見たことがなかったが、そこに用意されたのは、いつか自分たちが襲う役目であったヨク城を作り上げた資材と同じものであった。
そして、ゴールズの隊員達が十数名待っていた。彼らがいるのは、かなり特殊な「築城」方法を教えてくれるためだという。確かに、今のところ使い方がわからないものがかなりある。
「一体、何をどうするんだよ」
そのつぶやきは、あっちこちで漏れていたものだ。
その日から、国軍兵士の一万が、まるで建設現場のオッサン達のように穴を掘り、柵を作り、足場を組んで鉄条網を巻き付けていく。
築城作業自体は何度もしてきたが、使われている資材が見たことも聞いたこともないものがばかりだ。一つひとつに驚き、戸惑いながらも、いつしか男達は没頭していったのである。
一方で、シュメルガー、スコット家騎士団の面々とゴールズ全部隊は遅れること1週間。東へと向かった。
歩兵達の時を含めて目的地は公表されないが、王都から東に向かったところを見るとガバイヤ王国への対処なのかもしれないと、王都の民はウワサし合った。
しかし王都から十分に離れたところで、こちらの軍団は、こっそりと南に曲がったのを目撃した人間はいなかった。
ピーコック大隊による、徹底的な情報封鎖と、軍師ミュートによる判断が、一切の目撃者を生み出さないのはさすがであった。
今回の移動においては、ムスフスが各部隊の連絡に責任を持ち、隠密行動のためのあらゆる処置を軍師ミュートが責任を持つ。
一時的な「軍団の最高指揮権」すら、ムスフスには与えられている。
ただし、ムスフスは命令を出す前に、必ず横にいる少年に伺いを立てることは、何度も確認されていた。
したがって、今回も「では、ここから全力移動に移らせていただいてもよろしいですな?」と恭しく声をかけたのだ。
「も~ いいですよ! ガンガンやっちゃってください」
半ばヤケになったように兜の間からわずかに黒髪が見える少年は答えたのだ。
「分かりました。じゃあ、言われたとおり、例のをやりますか」
「はぁ~」
少年に向けて握りこぶしを軽めに突き出した.その親指だけが立てられている。
サムズアップ!
少年も、同じポーズを返しながら「も~ 親分、これはシャレにならないですよぉ」と嘆くのは、サムズアップ・ポーズをショウから義務づけられたサムだったのである。
・・・・・・・・・・・
その頃、変装した…… いや、彼らの標準から言えば「普段通り」の格好をしたエメラルド中隊とショウは、替え馬を巧みに使いながら、必死の形相で東北のシュモーラー家の飛び地を目指していたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
いよいよ始まります、多方面迎撃作戦。でも、戦力の逐次投入の愚を起こさぬように、敵を誘導し、攻め込んでくる時期を「指定する」のが目的です。
さて、ショウ君の目的は……
なお、サムズアップ! は、サムを影武者に仕立てたショウ君がジョークでやらせているようにも見えますが、実は…… けっこう、ジョークかな?
なお、言うまでも無く、丘の上に築城資材を出して北に向かったホンモノのショウ君の横にはアテナがいます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます